A-join特派員のかんからです。
世界全体が殺伐とした空気になってしまいましたけど……去年これを誰が予期していたことか。普通であれば...

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不穏
6-1 難題
新年を迎える。南部晴政はいまだ存命で、なかなかのしぶとさだ。……それはそれで、いいことなのかもしれない。当主が死なぬことにより、恐れている全面戦争は起きないだろう。
大浦家では正月の宴が済み、為信と戌姫は寝室にて隣で寝ている。ふと、義弟の話になる。
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「鼎丸は今年で何歳だ。」
「十でございます。」
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ふむ……。いずれは、家督を譲らなくてはならない相手。ただし最近では“このまま優秀な為信様のままでもよい” と唱える家来もいる。もちろん鼎丸が家督を継いでも、彼が優秀とは限らない。そうだとしても己は補佐役にまわり、皆で支えていけばいいこと。
為信は戌姫に約束した。
「数年たてば、南部家内の争いも収まるだろう。その時に晴れて、鼎丸には家督を継いでもらう。」
すでに分別ある歳だ。以前のようなすれ違いはないし、まあまあ仲も良い。きっと大丈夫だろう……。
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しばらくして、大浦家に難題が降りかかる。
発端は石川高信公の一周忌。津軽に住む家来衆らが堀越の別荘に集まり、法要をする計画だった。そこを止めに入ったのは石川家随一の重臣、大光寺光愛。なんと大浦家に謀反の疑いがあるとして、法要を延期すべきと津軽郡代の石川政信に訴えた。
為信にしてみれば寝耳に水だ。確かに己の出身は久慈氏で、久慈の家は九戸派だ。疑われるのは無理ない。ただしそれだけではなかった。
“大浦家は山奥で秘密裏に兵を集めている。先の軍事演習もしかり、反旗を翻すための行動といえよう”
野崎村焼討が、そのように映ってしまったか。無論、新たに兵は集めておらぬ。……後悔しても始まらない。為信は城の広間に、大勢の家来を集めた。
皆々、悔しそうな顔ばかり。
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6-2 嘘の忠誠
兼平は言う。
「一周忌には、津軽の主要な者らが集まります。そこを謀られば、たちまち危ういと思われたのでしょう。大浦家は企てるはずだと……。」
とにかく疑いを晴らさねばなるまい。事態が悪化すれば石川から、ひいては津軽すべてから攻め込まれかねない。
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ここで、とある一人が手を挙げる。知恵者の八木橋であった。
「弟の政信公を説得するには、兄信直公の意を示すのが一番かと存じます。」
今は大光寺の訴えにより、弟政信の気持ちは疑いの心に満ちている。ならば兄信直に助けてくれと哀願し、政信を窘めるように一筆を書いてもらう。
信直は為信に恩義もある。いい策だろうが……これには問題がある。兼平は懸念を示した。
「北路なら野辺地と七戸、南路は三戸を通りますが、これら場所は九戸派でひしめいております。八戸に着くまでに咎められてしまう可能性があり……決死の覚悟が必要です。」
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為信は腕組みをし、顔をしかめて悩む。他の者も同様であった。そんなとき、末席の方で二人が立った。そして大声で言う。
「この儀、われらにお任せいただけないでしょうか。」
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科尻と鵠沼だった。
最初に科尻は言う。
「他国者であれど、大浦家に仕えることができ感謝しております。ただしそれは小笠原殿おひとりの力が認められたにすぎませぬ。」
続けて、鵠沼が話す。
「ここで我らの度胸をお見せして、大浦家のために尽くしとうございます。」
上座側、それも森岡の隣に小笠原は座っている。彼はなぜか感動しているようで、いつもの仏頂面ながらしきりに頷いていた。その様子をみた為信、二人に八戸へ行かせることにした。
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為信は二人に声をかける。
「遠路、それに雪が積もる中の使いだ。寒かろうが、事は重大。頼んだぞ。」
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6-3 人質
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6-4 嫁入り
悪寒で震え、ひたすらこごえる。とてもじゃないが、布団より外へ出ることができぬ。為信は病にかかり、寝所にて休む。
そこへ、妻の戌姫と養女の久子がやってきた。今は母親と娘のはずだが……まるで姉妹のよう。現に彼女らは二つしか齢が離れていない。為信は早くも父として、子を送り出すことになった。
侍女は額より袋を取り換える。最初は氷だったものが、今ではぬるま湯と化していた。戌姫は“変わりましょうか” と侍女に聞くが、断られる。なぜなら娘の婚儀に付き添うからだ。病を移してはかなわぬ。
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「……ついてやれなくて、すまぬ。」
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為信は久子に謝った。久子は首を振り、“お気持ちだけで、十分です” と応えた。しかし、心の中はさぞ複雑だろう。お家のためとはいえ、若くして親元を離れるのだから……。
為信はやっとのことで体を起こした。そして久子に話しかける。
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「私も、お前と同じくらいの時に親元を離れた。嫁ぐならば、いつかは通る道かもしれぬ。」
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“……覚悟いたしております”
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雪深い中、祝いの列は発する。親代わりとして戌姫が石川城まで送る。……実の親である兼平は、高い櫓から列を見つめる。ついては行かない。一層取り戻したい気にさせられるからだ。今でさえ、手を遠くへ伸ばしている。 “……老いたものだな” と、己の眼をぬぐった。
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……物音が静まったのち、為信は深い眠りにつく。これまでに疲れが噴き出ているかのよう。夢を見ることもない。
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目覚めると、傍らに男が座っていた。いかつい顔をしている。床には白く塗られた木の箱が置いてあり、小皿やすり鉢が手前に用意されていた。
侍女は言う。
「薬師様がお待ちでございます。」
“おお、そうか。それはすまなかった”
為信は、その少しだけ楽になった体を起こし、薬師の方へ曲げた。
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6-5 毒消し
薬師は脈をとり、額に手を当てた。いくつか質問し、それに基づいて有り合わせの漢方より薬を作る。
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……見たところ優秀らしく、あっという間に一つこしらえてしまった。薬師は言う。
「殿はお若いので、自力で治してしまわれたようです。ただ……もう少し養生は必要です。それまではこれをお飲みください。」
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為信からは、笑みがこぼれた。そうできるほどの余裕も生まれていた。薬師も表情をやわらげ、侍女も安心している。ここで薬師は目くばせをした。
「ここからは女子のいない方がよいかと存じます……。」
侍女は男性特有の話かと思い、その場から退いた。薬師はだまって足音の離れるのを聴いている。それほどまでに慎重なのか。
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すると、急に改まった。そして口が開く。
「面松斎殿のことでございます。」
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面松斎……。ある時からぱったりと会わなくなった。なぜその名を出す。
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「私も、彼の占いを頼る身です。」
今は鯵ヶ沢から高山稲荷に戻ったという。先日、占ってもらったそうだ。なぜ移ったかと問うと、そこまでは教えてもらえなかった。ただ……。
「何か起こるかもと、におわせておいででした。」
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起こったのは確かだ。裏切りを疑われ、家来二人が八戸までの密行。さらには兼平の娘をも差し出した。
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「薬師にできることと言えば……これくらいな物。」
そういうと、白い小さな包みを差し出した。
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為信は問う。これはなんだと。
薬師は答えた。
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「毒消しの薬です。」
……いざというとき、お使いください。
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死に賜う
6-6 一周忌
6-7 異変
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