【小説 津軽藩以前】第六章 堀越騒動 元亀二年(1571)春

A-join特派員のかんからです。 世界全体が殺伐とした空気になってしまいましたけど……去年これを誰が予期していたことか。普通であれば...

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不穏

6-1 難題

 新年を迎える。南部晴政はいまだ存命で、なかなかのしぶとさだ。……それはそれで、いいことなのかもしれない。当主が死なぬことにより、恐れている全面戦争は起きないだろう。

 大浦家では正月の宴が済み、為信と戌姫は寝室にて隣で寝ている。ふと、義弟の話になる。

 「鼎丸は今年で何歳だ。」

 「十でございます。」

 

 ふむ……。いずれは、家督を譲らなくてはならない相手。ただし最近では“このまま優秀な為信様のままでもよい” と唱える家来もいる。もちろん鼎丸が家督を継いでも、彼が優秀とは限らない。そうだとしても己は補佐役にまわり、皆で支えていけばいいこと。

 為信は戌姫に約束した。

 「数年たてば、南部家内の争いも収まるだろう。その時に晴れて、鼎丸には家督を継いでもらう。」

 すでに分別ある歳だ。以前のようなすれ違いはないし、まあまあ仲も良い。きっと大丈夫だろう……。



 しばらくして、大浦家に難題が降りかかる。

 発端は石川高信公の一周忌。津軽に住む家来衆らが堀越の別荘に集まり、法要をする計画だった。そこを止めに入ったのは石川家随一の重臣、大光寺光愛。なんと大浦家に謀反の疑いがあるとして、法要を延期すべきと津軽郡代の石川政信に訴えた。

 為信にしてみれば寝耳に水だ。確かに己の出身は久慈氏で、久慈の家は九戸派だ。疑われるのは無理ない。ただしそれだけではなかった。

 “大浦家は山奥で秘密裏に兵を集めている。先の軍事演習もしかり、反旗を翻すための行動といえよう”

 野崎村焼討が、そのように映ってしまったか。無論、新たに兵は集めておらぬ。……後悔しても始まらない。為信は城の広間に、大勢の家来を集めた。

 皆々、悔しそうな顔ばかり。

6-2 嘘の忠誠

兼平は言う。

「一周忌には、津軽の主要な者らが集まります。そこを謀られば、たちまち危ういと思われたのでしょう。大浦家は企てるはずだと……。」

とにかく疑いを晴らさねばなるまい。事態が悪化すれば石川から、ひいては津軽すべてから攻め込まれかねない。

ここで、とある一人が手を挙げる。知恵者の八木橋であった。

「弟の政信公を説得するには、兄信直公の意を示すのが一番かと存じます。」

今は大光寺の訴えにより、弟政信の気持ちは疑いの心に満ちている。ならば兄信直に助けてくれと哀願し、政信を窘めるように一筆を書いてもらう。

信直は為信に恩義もある。いい策だろうが……これには問題がある。兼平は懸念を示した。

「北路なら野辺地と七戸、南路は三戸を通りますが、これら場所は九戸派でひしめいております。八戸に着くまでに咎められてしまう可能性があり……決死の覚悟が必要です。」

為信は腕組みをし、顔をしかめて悩む。他の者も同様であった。そんなとき、末席の方で二人が立った。そして大声で言う。

「この儀、われらにお任せいただけないでしょうか。」

科尻と鵠沼だった。
最初に科尻は言う。

「他国者であれど、大浦家に仕えることができ感謝しております。ただしそれは小笠原殿おひとりの力が認められたにすぎませぬ。」

続けて、鵠沼が話す。

「ここで我らの度胸をお見せして、大浦家のために尽くしとうございます。」

上座側、それも森岡の隣に小笠原は座っている。彼はなぜか感動しているようで、いつもの仏頂面ながらしきりに頷いていた。その様子をみた為信、二人に八戸へ行かせることにした。

為信は二人に声をかける。

「遠路、それに雪が積もる中の使いだ。寒かろうが、事は重大。頼んだぞ。」

6-3 人質

 ……二人を待つ間、一日千秋の思いが続く。無事に戻れるか、信直様から一筆頂くことができるか。大浦家の運命がかかっている。

 そんなとき兼平は話があると、為信の書室へ参上した。……彼の素性を明らかにすると、兼平氏は遠く大浦の分家より発する。名は盛純と言い、今年で四十五になった。年頃の娘と元服済みの息子がいる。

 娘の名を久子というが、郡代の政信に側室として差し出すよう提案してきた。兼平は言う。

 「もちろん一旦は殿の養女になさり、そのうえで石川家に嫁がせます。」

 為信は怪訝な表情だ。兼平に問う。

 「養女と申しても、一応は年下だが……さほど変わらぬだろう。」

 兼平は、落ち着いた様子で答えた。

「お家の為です。」

 ……すなわち、人質だ。これで石川家は安心するだろうし、政信に可愛がられたらなおよい。子も生まれれば、石川と大浦の関係は強固なものとなる。

 ただし為信の気は引ける。はたして、そこまでやらせていいのだろうか。家来にいらぬ負担を押し付けているような気もする。兼平は察したのか、次のように言った。

「……家来は、お家の為に尽くすもの。存分にお使いください。」

 為信は“これが戦国の世なのだな” と、改めて感じた。すこしだけ他人事のような感も受けるが、それはまだ厳しい世界を知らないだけか。

 いや、“厳しい” だけなら知っている。すでに数多の出来事を経験してきた。だが、為信に待ち受ける運命。それは過酷で悲惨、自らの手も汚す。



 ……それから十日以上が経ち、鵠沼と科尻はみごと役目を果たした。無事に八戸へたどり着き、信直と面会、一筆をいただき大浦城へ帰参。次に政信へ書状は渡され、兄の申す言葉に弟は従いざるを得なかった。大光寺は……いまだ疑っていたが、口をつぐむ。

 そこへ、養女久子の縁談を持ち掛ける。大光寺はそれならとたいそう喜び、一周忌の法要は無事に行われることとなった。

 落着したところで気が緩んだか、為信は悪い風邪を引く。

6-4 嫁入り

 悪寒で震え、ひたすらこごえる。とてもじゃないが、布団より外へ出ることができぬ。為信は病にかかり、寝所にて休む。

 そこへ、妻の戌姫と養女の久子がやってきた。今は母親と娘のはずだが……まるで姉妹のよう。現に彼女らは二つしか齢が離れていない。為信は早くも父として、子を送り出すことになった。

 侍女は額より袋を取り換える。最初は氷だったものが、今ではぬるま湯と化していた。戌姫は“変わりましょうか” と侍女に聞くが、断られる。なぜなら娘の婚儀に付き添うからだ。病を移してはかなわぬ。

 「……ついてやれなくて、すまぬ。」

 為信は久子に謝った。久子は首を振り、“お気持ちだけで、十分です” と応えた。しかし、心の中はさぞ複雑だろう。お家のためとはいえ、若くして親元を離れるのだから……。

 為信はやっとのことで体を起こした。そして久子に話しかける。


「私も、お前と同じくらいの時に親元を離れた。嫁ぐならば、いつかは通る道かもしれぬ。」


 “……覚悟いたしております”


 雪深い中、祝いの列は発する。親代わりとして戌姫が石川城まで送る。……実の親である兼平は、高い櫓から列を見つめる。ついては行かない。一層取り戻したい気にさせられるからだ。今でさえ、手を遠くへ伸ばしている。 “……老いたものだな” と、己の眼をぬぐった。


 ……物音が静まったのち、為信は深い眠りにつく。これまでに疲れが噴き出ているかのよう。夢を見ることもない。



 目覚めると、傍らに男が座っていた。いかつい顔をしている。床には白く塗られた木の箱が置いてあり、小皿やすり鉢が手前に用意されていた。

侍女は言う。

 「薬師様がお待ちでございます。」

 “おお、そうか。それはすまなかった”

 為信は、その少しだけ楽になった体を起こし、薬師の方へ曲げた。

6-5 毒消し

薬師は脈をとり、額に手を当てた。いくつか質問し、それに基づいて有り合わせの漢方より薬を作る。

……見たところ優秀らしく、あっという間に一つこしらえてしまった。薬師は言う。

「殿はお若いので、自力で治してしまわれたようです。ただ……もう少し養生は必要です。それまではこれをお飲みください。」

為信からは、笑みがこぼれた。そうできるほどの余裕も生まれていた。薬師も表情をやわらげ、侍女も安心している。ここで薬師は目くばせをした。

「ここからは女子のいない方がよいかと存じます……。」

侍女は男性特有の話かと思い、その場から退いた。薬師はだまって足音の離れるのを聴いている。それほどまでに慎重なのか。


すると、急に改まった。そして口が開く。

「面松斎殿のことでございます。」


面松斎……。ある時からぱったりと会わなくなった。なぜその名を出す。

「私も、彼の占いを頼る身です。」

今は鯵ヶ沢から高山稲荷に戻ったという。先日、占ってもらったそうだ。なぜ移ったかと問うと、そこまでは教えてもらえなかった。ただ……。

「何か起こるかもと、におわせておいででした。」

起こったのは確かだ。裏切りを疑われ、家来二人が八戸までの密行。さらには兼平の娘をも差し出した。

「薬師にできることと言えば……これくらいな物。」

そういうと、白い小さな包みを差し出した。

為信は問う。これはなんだと。

薬師は答えた。


「毒消しの薬です。」

……いざというとき、お使いください。

死に賜う

6-6 一周忌

 元亀二年、五月五日。去年のこの日に石川高信は亡くなった。当時としては七十を超す大往生である。

 彼がいなくなってから、南部家は様変わりした。当主の晴政公は信直を殺そうとし、逆に殺されかける。その後で九戸兄弟が三戸を制し、病床の晴政を傀儡とする。


 当日は、快晴だった。雲一つなく、風もない。植えたばかりの稲が、背筋を伸ばして水辺に立っている。草むらは、甘い蜜の香りがする。

 一方で……堀越の別荘からは、線香の匂いが漂う。……そこは高信公が隠居場にと建てた。将来的には津軽の中心として、石川家が本拠を置くことになるかもしれない。

 ここで今、一周忌の法要が執り行われる。喪主石川政信を筆頭に、大光寺光愛、千徳政氏、大浦為信……以下津軽の名士らが集う。

 朝より経が絶え間なく流れた。頭の中では在りし日のことを考えているのか、いや脳裏の先には為信か。はたして、為信の言葉は本当なのか。兄信直の一筆と養女を差し出すことにより落着を見たが、いまだ疑わしく思う者もいる。

 ……昼にさしかかり、日は高く昇る。ここで所用があるとして、千徳ら数名が帰り支度を始めた。大光寺は彼らに問う。顔はいたって普通だ。

 「食事をともにできぬのは、残念至極。いかような訳でございますかな。」

 千徳は答える。

 「いやはや、田植え後の祝い事でございます。毎年この日でして、領主としては絶対に欠かせませぬ。」

 領地経営の基本は米。米を疎かにするものは苦しみを得る。特に千徳の治める領地は、津軽有数の穀倉地帯。重要視して当然だ。

 千徳らは東へと去っていく。

 ……残った者は、堀越の別荘にて昼餉に入る。法要であるから、魚や肉は出ない。ただし酒は出る。宴会になることは予想ができ、津軽衆の結束を高める良い折であった。

 広間の上座には政信一人が、先頭左側は大光寺、右側に為信が座す。

6-7 異変

 膳が運ばれる。すべての食器は真っ赤な色合いで、漆が光る。椀の模様は二羽の鶴。汁は透き通り、ただ小さな葉っぱが一つ浮かぶだけだ。

 大光寺が天井を見て言う。

「毒見は誰がいいかのう。」

 為信はすぐさま返した。

「私がいたします。」

 政信は頷く。

為信は政信の前へ進む。椀を両手で持ち、一気に汁を飲み干す。ここに、味わう必要はない。

 政信はこれまたわざとらしく、大光寺をしかりつけた。

 「これ、大光寺。大浦殿の全快祝いでもあろうに、その“主役”に毒見をさせるとは何事か。」

「すいませぬ、若。大浦殿があまりにも手を付けるのが早く、止める隙もありませなんだ。」

 場が笑いに包まれる。ここで為信がおどける。

「申し訳ないが、もう一杯いただきとうござる。あまりにも早く飲みすぎてしまい、十分に味わってないのです。」

 昼からの宴は和やかに進んだ。


 途中で政信は、自分の城から連れてきた侍女らを広間に招き入れる。皆に接待をさせるためだ。

 政信の隣には久子が侍った。為信と目が合う、哀しい視線、無言の訴え。政信はその様を知ってか知らずか、久子を腕で己の体に寄せる。酔いに任せて抱き付き、口吸いをする。目は為信に向けながら。

 その様を見たからだろうか、為信は胸に違和感を覚える。なんだろう、これは……。

 “冷静に冷静に……心静まれ”

 そのうち、鼓動の激しさが加わる。これはまずいと、厠へたつ。周りの者は“便所か”と為信を指さしあざ笑う始末。酒の呑みすぎで吐くのだろうと考えているためか。

6-8 陥落

 苦しみは増す。一人、厠でうずくまる。助けを呼ぼうと思ったが、声を出そうとすると今にも吐きそうになる。かといって吐こうとするも、まったくでない。嗚咽のみ出る。

“これは、心の苦しさだけではない”


 為信は気付いた。


 ……となれば、何があたったのだ。


息苦しさ、鼓動の激しさ。目に映るは政信の顔。耳に入るは大光寺の声。


 “……毒か”


 それ以上のことを、考える余裕などない。胸元に潜めていた毒消しの薬を、そのまま包み紙より喉に流し込む。


  為信は、意識を失った。






……堀越の別荘は、地獄絵図。為信だけではなかった。

 津軽郡代の石川政信、重臣の大光寺光愛ら十数の名士らも、もがき苦しんだ。政信に嫁いだ久子も、共に接待していた侍女らも犠牲となった。

 無事だった者たちは大いに慌て、なすすべを知らぬ。そうしているうちに、外に軍勢が沸いた。白地に“救民”と書かれた旗がなびき、五百ほどの兵士は堀越の別荘に突入した。

 中の者は武装していない。あっけなく倒されていく。しかもその多くは武士ではなく、生き残っていた使用人らだった。まさか、己の人生が戦で潰えるなど思っていない。

 “救民”の軍勢は、早くに堀越を攻略。次に石川城へ向かった。そのころには石川にも異常が伝えられており、急ぎではあったが弓や刀の準備が整う。主はいないながらも、郡代の本拠らしく争う構えを見せた。

 軍勢は、城への攻撃を始めた。火縄の爆音も轟く。少なくとも十丁はあるだろうか。軍勢の中でも野蛮な者等は、城下の家や屋敷に住まう兵士の家族を襲う。

 千徳の援軍も到着し、数は増す。石川城の士気もことごとく下がる。

城門は壊され、中の者は斬られていく。

 ついに、陥落した。

6-9 唯一人

 夕暮れ、日は落ちかける。為信は一人、厠で気を取り戻す。

 体のあちこちが痛い。それでも少しばかりは楽になったか。

 大広間へ向かおうと、厠の戸を開ける。


 ……どす黒い血で、壁に弧が描かれる。これは刀の先端から、勢いよく飛ばされたか。廊下には、手ぶらの人が倒れている。それも一人ではなく、二人、三人……。傷は深く、骨まで見える。


 ここに、生きている者はいない。

 大広間では、名士らが哀れな姿となっていた。為信は大光寺の体を起こし、顔を覗いた。灰色に変わり果て、口周りに血がこびりついている。……毒のせいか。政信も同じだった。


 このようなこと、誰がした。

 何のために。

 何の恨みがあって。


遠くで、足音がした。為信は部屋の奥まったところに身を隠し、刀の鞘に手を当てる。

 誰か来る。


 襖の向こうで、足は止まった。

 敵か、味方か。

  …………



 ……いかつい顔の男が、武具を身に着けた姿で現れた。その場で片膝をつき、為信に一礼をする。

 「よくぞ、ご無事で。」

 為信は問う。薬師は答えた。

 「生きていると、信じておりました。」

……今は逃げましょう。早く大浦城へ。家来が心配しております。

6-10 事態

 “私のことは、乳井とお呼びください”

 為信は、薬師乳井の馬の後ろに乗る。……感情の起伏を、どういたせばいいか。怒ればいいか、叫べばいいか、はたまた嘆けばいいか。……ひとつ問う。

「お前は、このこと知っていたのか。」


 乳井は否定した。ただし、己の仲間には“救民”の軍勢に参加している者もいるという。

 ……かつて、乳井は岩木山に住んでいた。二年前の正月のこと。一揆勢に大寺を落とされたとき、彼らは出羽の羽黒山で修行していた。帰る寺を失い、各々特技を生かして暮らしている。

 しばらくして、大浦家が軍勢を募っていると噂が流れたという。ならばそこへ協力して、岩木山の復興を成しえようと仲間らは考えた。

 …………

 日は山に隠れ、月が昇る。為信は大浦城へ戻った。家来らはたいそう喜び、急いで軍議の場へと連れだした。

 兼平や森岡ら臣は、甲冑で身を固める。城の周りは松明で輝く。いつ出陣してもよい、万全の態勢だ。


 広間にて。為信が上座に着くと、一同はひれ伏す。

 落ち着いた声で、皆に問う。

 「今は、いかなる状況だ。」

 兼平は答える。

 「はい。大浦家を騙る“救民”の軍勢は、堀越を落とし、石川城を占拠。千徳の援軍と共に、ただいま大光寺城を攻めております。」

 「首謀者は誰だ。」

 森岡は大声で怒鳴った。罵った。

 「あの、科尻と鵠沼だ。はっはっ……笑えてくる。」

 科尻と鵠沼は大浦家の名を使い、軍勢を募った。かつて大光寺の “山奥で秘密裏に兵を集めている”話は事実。

 森岡はさらに声を張り上げた。

 「鼎丸様と保丸様。お二人の命は奴らの元にあり。主筋が盗られたぞ。」

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田舎館城
©鯵ヶ沢教育委員会
出典元:特集 津軽古城址
鰺ヶ沢町教育委員会 教育課 中田様のご厚意に与りまして掲載が許されております。

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