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【小説 津軽藩以前】第七章 万次党、従属 元亀二年(1571)夏

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家来を斬る

7-1 大山鳴動

“救民”の旗を掲げる科尻と鵠沼の軍勢は大光寺城へ攻めかかる。千徳の援軍も加わり、石川城の如く落ちるかと思われた。

 しかし大光寺の遺臣の滝本重行という人物は、武勇知略共に長けていた。石川城の二の舞になるものかと、家来の家族らをすべて城内に入れる。彼らは足手まといどころか、兵士に準ずる働きをさせた。城へ続く橋に木の小枝を置かせたり、石を敵兵に投げたりする。ましてや夜中も続くので、とてもじゃないが攻めづらい。

 それでも次の朝までに落としてしまおうと、反乱軍は猛攻を続けた。しかし……目論見は崩れる。

 “大浦為信、生存”

 この報がもたらされた。まさか……堀越にいた主だった者は、毒殺したはずだぞ。攻め入った兵士らも確認している。

 本来なら、為信は死して主筋はこちらに在り。戦わずして大浦家の兵を従わせるつもりだった。

 ここで千徳は提案する。一旦は石川城に戻って様子を見るべきだと。鼎丸と保丸はあなたがたの手元にある。依然として形勢は有利なままだ。

 こうして、“救民” の軍勢は石川城に、千徳軍は浅瀬石城へ戻っていった。


 翌朝、山を越え糠部三戸に急使が到着。夜通し険しい道を抜け、息を切らしながらに伝えられた。

  “津軽郡代石川政信、毒死”

 九戸政実は手を叩き、大いに喜んだ。これで津軽の軍勢はこちらに攻めてこれまい。今こそ八戸を攻め、信直の息を止める。

 全軍に進撃を命じた。当主南部晴政の娘婿で政実の弟、九戸実親を大将に一万の兵が進む。


 ……三戸に放たれていた、八戸政栄の密偵。この九戸派の動きを察知する。信直に、再び哀しい報告がなされた。


 “妻だけでなく、弟も奪われた”



 心の闇は、すべてを覆いつくす。

 再び、鬼と化した。

7-2 覚醒

 津軽に再び日が昇る。それはいつしか高々と輝き、やがて西の彼方へ消え失せる。人に生あれば、死があるのと同じ。

 誰問わず一睡していない。大浦城では朝早く、再び軍議が開かれた。

 焦点は、石川城を攻めるか否か。

 大浦を騙り、郡代を殺した。その罪は重い。ただしあちらには主筋の鼎丸と保丸がいる。攻めるのも、義に伴わず忠ではない。

 為信に、家来一同は決断を迫った。


 ”いますぐ石川城を囲むことを命じる”


 大浦軍千五百は、その日の内に石川城を取り囲んだ。大浦が大浦の軍勢を囲む事態に、“救民”の兵士らは困惑した。元々は大浦家が兵を集めていたからこそ参加したのに、この事態はどういうわけかと。動揺が広がった。

 科尻と鵠沼は、逃げ出そうかと相談する始末。ただ……もうここまで来てしまった。山の向こうの九戸らが信直を倒せば、こちらに援軍が来る。それまでの辛抱だ。なによりも鼎丸と保丸はここにいる。

 ……城の外。大浦の本陣より少し離れたところ。小高い丘の、大きな木の元。なんの木だろうか……名はわからない。枝には、黄色く小さな花がついている。

 為信は乳井と立って話をする。

「約束する。岩木山の復興は、大浦の力において成し遂げる。」

乳井は応じた。

「わかりました。仲間らと通じて、二子を外へ連れ出します。」

 ここで、為信はため息をつく。木の根元に背をかけ、ぼんやりとしだした。

 乳井は、いますぐに立ち去って良いものかどうか戸惑う。毒気もまだ抜けきっていないのか。


……実は大きな見当違い。

 頭の中は極めて冴えわたる。しかも為信の心うちは、以前と以後で明らかに異なる。甘さは既に消え失せた。

7-3 深慮

 ”甘さなどない” と示した。ならなぜ、二子を助けるのか。

 うやむやのうちに鼎丸と保丸共々石川城を攻めて殺してしまえば、後継者はただ為信一人。立場は保たれ、家督を譲る必要はない。後々に何かしらで争う可能性も消える。兵力にしてもこちらは千五百に敵兵五百。後に来る大光寺の滝本勢を併せ二千以上。戦えば勝てる数だ。

 だがもし、敵兵をすべて己の下にできるとしたら……。元は大浦家の名において集められた軍勢だ。喜んで為信に仕えるだろう。こちらの犠牲も出さずに済む。

 二子が城中からいなくなればどうなる。科尻と鵠沼は、支えを失う。兵らには乳井の仲間を通じて、不義の輩だと吹き込む。そうなれば、逃げ出すしかなかろう。

 加えて、二子の命を今は保った方がいい。助け出せたことで、自らの信用は増す。


 乳井には、為信がぼんやりとして見えている。それは……表情まで力が回らないだけだ。頭脳が激しく働かせるせいで、とうとう顔の動きを放棄した。

 生きるために、考える。

“生きてこその大事”

 生き残らなければ、己が叶えたいことは実現できない。

 何を成せばできるのか、必死になって考えていた。だからこそ、ぼんやりとして見える。



 ……全て、為信の目論見通り進む。二子は夜の闇に紛れて城から抜け、為信の本陣に着いた。科尻と鵠沼は数日の間は城中にこそいたが、とうとう五月十日の夜に脱出を試みた。

 その様をみた城中の兵らは“逃げるのか” と罵り、ついには捕らえてしまう。そして外の軍勢に降伏、科尻と鵠沼は差し出された。


 翌日、滝本軍も現地に合流した。二人の罪人を目の前に、いかようにするか。滝本にとっては主君殺しの大悪人。為信にとっては……昔、火縄の訓練を手伝ってくれた家来。

 彼らは目で訴える。

 “殿に、俺らを殺せるのか”

7-4 凶刃

 為信は迷わない。甘さは既に消え失せた。

 二人は縄で縛られ、身動きはできない。正座の状態で、救いの裁きを待つ。


 まずは科尻。凶刃は、彼の首に振り落とされる。辺りには血のしぶきが飛び散った。隣に座す鵠沼の頬にも付く。

 鵠沼は、恐れおののいた。為信を、畏怖の目でみる。これがあの殿さまなのか。同じ人物なのかと。

 ここで為信は、滝本へ顔を向ける。滝本は“私のことは構わず、やりなさい” と為信に譲った。

鵠沼の前へ立つ。躊躇うことなく、科尻と同じように首を切った。

 二人の体は、前かがみになっている。首は、そこらへんを転がる。その様を為信の後ろで兼平と森岡も見ていた。

 兼平は為信にこのような一面があったのだと心寒くなる。森岡には“当然だ” という気持ちもあったが、将来に対する一抹の不安も覚えた。すなわち鼎丸と保丸だ。こんなに冷酷になれるのなら、二子を殺すのもたやすいだろう。私はその時、傍でだまって見過ごすことができるのか、いやできない。


 事は終わり、為信は後ろに侍る兼平と森岡に近寄る。おもわず、後ずさりをしてしまった。為信は二人に問う。“小笠原はどうした” と。

 兼平は、恐る恐る答えた。

「実は……自害しようとしておりました。」

 為信が大浦城に戻る前、家来一同が相談しているとき。小笠原は遅れて広間に現れた。鎧兜は身に着けず、普段着のままだった。……彼の顔は青い。自分付きの家来である科尻と鵠沼が反乱を起こしたのだ。知らなかったとはいえ、責任は重い。

 “腹を切り、お詫びいたす” と言うなり、広間の真ん中あたりに座った。着ていた粗末な服を勢いよくはだき、短刀を片手に持つ。慌てて周りの者が止めに入った。

悪いのは二人であって、小笠原殿は悪くない。死ぬよりかは手柄をたて、忠義を尽くすのがなによりだ。……やっとのことで、思いとどまらせる。

7-5 髭殿誕生

 もしや……小笠原殿も殺すのか。兼平と森岡は恐れた。いまや立派な仲間。失いたくない同志。

 一方で為信に、その気はない。まったく違うことを考えていた……。


 翌日、石川城を攻めた側の軍勢は、もと来た城へ引き返す。城代として家来の板垣将兼を任じた。……すべては落ち着いたが、爪痕は大きい。九戸派についた千徳氏らはいまだ健在で、虎視眈々とわが方を狙っている。科尻と鵠沼の黒幕……万次党の存在も怖い。津軽は、互いに動くに動けない状況に突入する。


 ……城にて、為信は何を感じるか。心身ともに、疲れがたまっている。ふと、鏡を覗いた。やつれた表情がそこにある。当然だろうが……しばらく髭を剃る暇もなかった。毎日丁寧に剃っていた顔に比べ、まるで別人のよう。



 “石川高信公が、目の前にいる”



 ”あご鬚を伸ばそう” 為信はそう思った。為信の理想は彼だった。私は彼のように生きることはできないだろう。ひたすら忠義に生きること叶わぬ。

 顔だけでも、高信公に近づきたい。


 死地を乗り越え、家来を斬った。張り詰めていた気持ちが、やっとで緩む。

 為信はそのまま、戌姫の元へ向かった。彼女は申し訳なさそうな表情で、為信を部屋に迎え入れる。その実、戌姫も彼女なりに責任を感じている。鼎丸と保丸の二子は連れ去られた。“私がもう少し見張っていれば防げたのではないか” と考えてしまう。

 彼女は、謝ろうとした。

 それよりも先に、為信は戌姫に抱きつく。襖は開いたまま。強く、ひたすら強く。

 そして、泣きはじめた。

 これからは、心とは違う道を歩む。何度も“甘さは既にない” と言い聞かせたが……お前だけにはわかってほしい。本当の為信ではないのだと。

 手前の廊下で、兼平がちょうど足を止める。泣き喚く様を見て……少しだけ気持ちが和らいだ。“殿は冷たい人間ではない” と。

 彼は静かに、その場を立ち去った。

運の強さ

7-6 吉報

 ……北の国も、梅雨に入る。蒸し暑く、寝苦しい日々。坂東や中央であれば珍しいことでないだろうが、陸奥はだいぶ異なる。この季節で“蒸し暑い”というのが驚きなのだ。このように思えるのならば……今年は豊作だろう。

 その日も雨が降っていた。ざあざあ雨ではなく、しとしとと延々に続く。……夕刻ぐらいか、東の山の向こうから、藁を身に覆った急使が大浦城に参上した。いくら雨除けを施していても、中の服まで濡れている。多くの水滴がしたたり落ちる。


 “信直公。九戸勢を打ち破り、三戸を奪取”


 ……津軽有事の報を聞いた九戸勢は、一万の兵を率いて信直がいる八戸へ向かった。これまで中立を保っていた八戸政栄に、信直の身柄引き渡しを要求する。

 対して政栄は迷った。渡せば信直は殺される。渡さなければ攻め込まれる……。最後に己では決めかね、信直自身に判断をゆだねてしまった。

 そうこうしているうちに、九戸勢の本陣は目前の櫛引八幡に置かれた。もう時間がない。


 信直は、政栄に別れを告げた。

“九戸らの横暴は許しがたく、私の妻だけでなく弟をも奪った。だが私怨によって戦い、罪なき民を巻き込むのは本意ではない。ならば最後まで付き従ってくれた家来らと共に、本陣に切り込み華々しく命を散らそう”

 政栄は涙する。腕で目をぬぐう。情に脆いこの武将もまた、決意を固めた……。


 ……かつて父高信が私に話した言葉。

 “生きてこその大事”

 そのようなものは、忘れてしまった。信直の心に哀しみ以外の何かがあるとするならば、それは恨み。最期に一泡吹かせ、心軽やかに死んでいきたい。信直はそう願った。

 家来にも感謝する。よく慕ってくれた田子の民にも礼をいいたい。

 馬をそろえ、攻め込まんとする。櫛引へ続く一本道を駆けるべく、道に出でる。


 しかしここで、政栄は信直を止めた。

7-7 桶狭間

「戦は、勝つ為にするものです。」

 政栄は信直を制した。信直は “何をいまさら” と歯向かうが、そのまま政栄は続けた。

 「相手は大軍を擁し、必ず油断があります。みなされ。本陣を敵の目前に置くなど、なんたること。それに櫛引八幡は木々に囲まれ、見通しが悪い。」


“よい機会ではありませぬか”

 それも一案だとして、信直は政栄へ任せた。死ぬ刻が今か夜かの違いだけ。試しに彼の言う事を聞いてみようと。

 かくして、六月凶日。信直と八戸勢は櫛引八幡に攻め込む。

 九戸らは酒を呑んでいた。敵は小勢、もう少しで信直を差し出すに違いない。兵らにも前祝いさせ、唄や踊りなどをさせた。輝く月の元、勝ちに酔いしれる……。すると、小雨が降ってきた。屋根のあるところを探し求め、人はばらける。


 竹藪に隠れるは野兎。杉の枝に休まるは梟。突如上がった鬨の声に驚き慌てる。源氏代々の神を祀るこの場所は、赤く染められていく。

 武具をうち捨て、命かながらに逃げてゆく。九戸勢は勝利目前にして、大敗を喫した。桶狭間の如く大将の首はないものの、十分である。

 信直と八戸勢はそのまま夜を駆け、日が昇るころに三戸を襲った。相手は大軍と勘違いをした九戸勢は戦うことをせず、各々離散した。城内に残るは……病床の南部晴政。外の異変に気付けず、己の痛みに耐えるのみ。そこへ信直が姿を現した……。

 晴政は目をかっと開き、突如現れた信直を凝視する。信直はにやついた。次第に、笑いが込み上がる。ああ、殺そうか殺すまいか。すべての因がここにある。


 ……津軽に南部晴政死去の報がもたらされたのは、翌年の元亀三年(1572)になってからである。信直がこの時に殺めたのか、はたまた苦しみ続けさせることを選んだのかは定かではない。

 信直勢は続けて九戸城へ進撃する。味方の兵は増し、一万を優に超えた。

7-8 圧迫

 風向きは変わる。九戸らは逆に攻め込まれ、城を包囲された。そのうちに雨が降り始め、城中は特に厭戦気分が漂う。

 九戸勢は西へ密使を送り、救援を求めた。千徳氏や万次党に届けられたが……こちらも旗色が悪い。科尻と鵠沼が主導した堀越騒動は、為信が見事に鎮圧。九戸勢が完全勝利する前提で動いていただけに、目論見より外れてしまった。

 しかも為信は、黙っているだけではない。手始めに鯵ヶ沢に兵三百を置き、家来の秋元を現地に送った。

 科尻と鵠沼があれだけの兵を動かせたのは、決して万次党のみの力ではない。資金面で大商人の理右衛門より融通を受けていたと思われる。十丁の火縄も問題だ。戦で用いられたものだが……為信に嘘を付いていたことになる。

 “一丁手に入れるだけでも大変”

 “一丁だけ持ち合わせておりますので、殿に進呈いたします”

 このように言っておいて、裏で万次らに十丁も渡すとは……許しがたい。グルだ。

 秋元は徹底的に、理右衛門の動きを監視する。目立った動きは見受けられなかったが、文句を言ってくる。

“私がいなければ、津軽に新しい商品が届かなくなりますよ”

 為信は考えた。ならば他の商人を城下に呼んでしまえと。これまでの状態がおかしかったのだ。一軒の大きな商家が独占し、物品を取り扱う……値を吊り上げ放題ではないか。結果として銭を損させ、民の困窮が増す。

 理右衛門は腹黒い。これまで私はいとも簡単に、手玉に取られていたのだ。情報を小出にだして親密さを求め、火縄を一丁だけ与えて満足させる……私が甘ちゃんだったと言われればそこまでだが……どうしたものか。他所から商人を集めることにした。

 すると……商人の耳の早さは恐れ多い。すぐさま秋田より豊前屋徳司と申す商人が参上した。大浦城下に店を開かせてほしいという。

 こやつ……まさか安東の差し金かも知れぬが……乗ってみよう。理右衛門とこの豊前屋を競わせ、物の値を下げる。理右衛門だけに儲けさせはしない。

7-9 命令

 梅雨が明けた。今年は特に、高々と日が照り付ける。為信がいつもの通り政務を始めようと筆を取ると……家来が知らせに来た。

 「門の先にて、“沼田祐光”と申す武士が、殿に会いたいと参上しております。」

 沼田……。聞いたことがない。誰だろうと思い、為信は門が遠くから見える櫓に移った。すると彼は……面松斎だった。占いをするときの変な恰好ではなく、凛々しい姿。正装の直垂、それも紺色が辺りの光で輝く。これほどまでに印象が変わるものかと驚いた。

 為信は城中に、面松斎を招き入れた。面松斎改め、沼田祐光は為信に伝える。

 「私はこのたび、万次様の使いとして参上いたしました。」

 ふっ……。

「万次様は、殿と会って話がしたいと仰せです。」

 とうとうきたか……。

 為信は人払いをし、新たに小笠原だけを呼んだ。この広間にいるのは為信と沼田、小笠原だけ。

 すると沼田は急に声をあげ、為信の傍によった。そして両手を握り、額を甲につける。しばらくはそのままで、感無量の至りといった感じであった。為信の無事を心から祝う。



 ここで為信は、沼田に問うた。

「万次は、根をあげたのか。」

 沼田は答える。

「先々のことを考えてのことでしょう。九戸派は不利ですし、港の権益も殿が締め上げているせいで入りにくい……。先細りは確実です。そこで殿と親しい私に、白羽の矢が立ったのです。」

 為信は、沼田の手を一旦ほどいた。脳が急回転をし始める。

 ……沼田は、初めてみせる為信のその顔に戸惑う。ぼーっとしているような、一方で鋭い気を感じる。

 しばらくして、為信は口を開いた。

「小笠原。お前、万次を殺せ。」

7-10 本心

「科尻と鵠沼、二人の企みに気付けなかった罪は、万次を殺してこそ償われる。」

 小笠原は動揺した。為信は真顔で続ける。

 「急にとはいわん。もちろん、お前は万次にも恩はあろう。だがな、だからこそ、お前にケリをつけさせる。」

 なかなか頷くことはできぬ。そのまま硬直する。次に為信は、沼田に顔を向けた。

 「沼田殿は近くにいただろうから存じておろう。こういう者らはいないか。」

“例えば、九戸を裏切り大浦に従うのは節操がないと思う者。助けようと思えばできたのに、科尻と鵠沼を見殺しにしたと非難する者、あるいは殺した張本人であるこの為信に従うのを良しとしない者……”

 沼田は“確かにいます”と言い、頷いた。

「沼田殿はこれらの者に近づき、意見の異なる者同士を憎しみ合わせるのだ。」

 “しかる後に、小笠原が万次を暗殺する。仲間内の誰かが殺したと思うだろうな”


 ……この人物は……為信なのか。沼田も思った。前とは違う……何が違う。


 沼田は、為信に問うた。

「それは、“本心”ですか……。」

 為信は、一瞬止まる。

 少しだけ考え、真顔で問いに返した。


「“本心”ではないが、やらねばならぬことだ。」

 万次が従っても、いずれは牙をむくかもしれぬ。ならば今のうちに犠牲を払ってでも、虞をなくす。……生き残るために。不確かな”運の強さ”などに頼ってられぬ。


 沼田も察する。為信は死地を通った。世の厳しさ、哀れさ。すべてを見た。私には到底想像つかないような情景を。

 最後に為信は立った。小笠原に言い放つ。

「これができぬならば、もはや大浦家臣ではない。」

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挿絵(By みてみん)

Author: かんから
本業は病院勤務の #臨床検査技師 。大学時代の研究室は #公衆衛生学 所属。傍らでサイトを趣味で運営、 #アオモリジョイン 。

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