【小説 津軽藩起始 油川編】第八章 奥瀬善九郎、田名部へ去る 天正十三年(1585)三月二日未明

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嘆き

8-1 想定外

頼英らいえい殿……どうなされました。このような時に。」

 慌ただしさを増す城内に入ってきた老僧。さも焦っている素振りで奥瀬の元へ寄る。そして耳元でコソコソと伝えるのだ。

「これは寺の小僧が見てしまったことですが、驚かれることなきよう。」

「この際だ。何を話しても許そう。」

 頼英は唾を呑み、少しだけ善悪に伴う躊躇いこそあるものの……意を決して口を開く。

「山菜取りの小僧が伝えるに、あちらの山の中は兵でごった返しているとのこと。そこで上の者が密かに見に行くと、おおよそ二千もの兵らが山で潜んでおりました。」

 ほう……大きく出たな。

「旗印は “錫杖の先”。真ん中には大きな卍の旗もございました。おそらくは……大浦軍。為信は我らを裏切ったのです。」

 ……二千。真偽はともかく、兵の過多に疑いこそ残るが……奥瀬は悩んでしまう。

 仮に頼英が真の事を申し伝えたとしても、夜襲ならば火など点けずにそのままここに攻めてくればよい。なのに攻めてこない。それとも火をつけて怯えさせようという魂胆ならば、その二千とかいう兵らすべてに松明を持たせればよいではないか。意図が分からぬ。一方でそんな奥瀬にお構いなく、頼英は話をまくし立てる。

「そのまま身を潜めて兵らを窺っておると、ありえぬ話も聞こえて参りました。すでに浪岡は寝返り、白取は為信に従った模様。いずれ街道筋からも兵らが攻めて参りましょう。」

 もう訳が分からぬ。

 白取が……。為信を見下していたあの白取が……。ここで奥瀬は己の馬鹿さ加減に笑えてきた。真偽は据え置くとして、もしそれが本当なら……為信にしてやられた。婚儀の話ははなから罠だ。何を私は油断していたのだ。堤氏が暗殺され、よく考えれば為信にとって絶好の機会。大浦の領内で争い事が起きていたので外へちょっかいを出す余裕などないと考えてもいたし、そのような彼らにとって婚儀の話は助け船だったはず。南部氏に属する一豪族として、未来永劫裏切ることなく居続けると……。もちろん奥瀬と大浦が手を結び、白取を浪岡から原別はらべつに戻すというのが表向き。ただし南部の大きな権力を後ろ盾に、大浦が内側の不平を抑えようという考えはなかったか。

 ここでまさか、為信と白取が繋がってしまった。

8-2 妹を、どこへやった

 ……だとしたら、勝ち目はない。堤氏の兵力を白取が割いているわけで、さらにそこへ大浦が合力となるならば、我らに勝算はない。奥瀬は至極冷静にそのことを見抜いていた。

 ただし為信はよく策を用いる。まだわからないことだらけで……しかも一つの恐れが目の前にある。それは頼英らいえいが嘘をついているという可能性だ。頼英、ひいては明行寺みょうこうじが裏切るなどということはまずないだろうが……あの山の明るさには疑問が残るし、すべての話はこの老僧からしか聞けていない。つまりは何とでも刷り込みができるのだ。

 そして……ふと思ったことを問いただしてみた。

「して……私の妹はどうしている。妙誓みょうせいはやっぱり為信と戦うべしと申しているか。」

 その言葉を聞いた途端、頼英の顔が一瞬だけひるむ。奥瀬は見逃さなかった。……これは何かあるぞと踏んで、頼英の言い出すのを待たずして、次の言葉を添える。

「やはりこのような大事な場だ。己一人で決めるのは心細いので、妙誓をこの場に呼んではくれまいか。あやつのじかにくる物言いはきついが、本質をついておる。ささ、今すぐここへ。」

 予想外の言葉に、頼英の目の前は暗転する。もちろん真夜中なのだから暗いのは当たり前なのだが、ここで言い返せないようでは “策” が潰えてしまう……。それだけは避けなければならぬ。避けねばならぬのだが……ある意味で老僧もまた本来の人の道に反することをしている。さらには彼女は奥瀬善九郎の妹なのだから、いまここで斬り殺されかねぬ。

 奥瀬の疑いはさらに強まり、じっと頼英の顔を睨み……、答えが返るのを待つ。周りは騒がしく動き続けるのに逆らい、傍から見ると二人だけはその場で時が止まっているかのよう。

 頼英の頬に汗が伝い、胸倉むなぐらは吹き出たものでまみれている。それでもそこらの小僧と違うのが彼。なんとか知恵を絞り、口を開くのだ。

「今は恐らく、ありとあらゆることに憤慨し、苛立っておいてでしょう。正しい答えを導き出せるとは思えませぬ。」

 そして奥瀬は、わざと怒鳴る。

「それでもよい。あやつの本音が聞きたいのだ。今すぐここに連れてこい。」

8-3 賭け

 妙誓みょうせいは寺の庫裏くりにて縄で縛られている。決して痛めつけるためにそのようにしているのではなく、あくまで事が終わるまで黙らすためだ。下手な横やりを入れられては迷惑でしかない。ただそのことを奥瀬様にどのように説明したらいいものか……説明も何も、してはならぬのだ。

 はよう、はよう……あいつを連れてこい。……と頼英らいえいは目を強く瞑りながら願った。わしの寿命はもういらぬから、あやつさえ連れてくれば、奥瀬様は信じざるを得ない。城門の方へ意識は飛び、今か今かと待ちわびる。

 もちろん奥瀬にはそのような頼英の心の内は知らない。だがふと城門の方に目をやった。すると……人のせわしなく動くその奥に、何人かの僧侶に抱きかかえられている見知った男がいた。袈裟姿ではあるが、まさしく奴だ。

 久慈信勝……。

 なぜおまえがここにいる。為信が裏切ったとすれば、その弟は直接私を騙した張本人ではないか。縁談の話を……私の息子と為信の娘を結ばせようと勧めたのはまさしく奴だ。奴のおかげで……危機に瀕している。そこで奥瀬はいてもたってもいられなくなり、動かぬ頼英らいえいを捨て置いて城門の方へ向かった。そして信勝を前にして……強く頬を殴った。信勝はそのまま崩れ落ち、地べたに膝と手を付き、ひたすら涙する。奥瀬はそんな彼の姿を見て “何事か” と思い、さらにわけがわからなくなってしまう。どのような言葉を吹っ掛けるべきかわからぬし、果ては困惑したまま彼に付きそう僧侶へ顔を向けた。

 すると僧侶が言うには

「私は浪岡へ移った法源寺ほうげんじより参りました。明行寺みょうこうじの求めを受け、久慈信勝様をお連れいたしました。」

 元々油川には三寺あり、浄満寺じょうまんじ・明行寺・法源寺の三つである。浪岡が再び南部氏の勢力下に入って以降、津軽郡代による統治の一環として天正十年(1582)に法源寺は油川より浪岡へ移転していた。頼英は策のため密かに法源寺と接触。奥瀬善九郎の説得のために……奥の手として久慈信勝を連れ出せはしないだろうかと画策。沼田祐光の話では久慈信勝も一種の被害者、悲劇の人。そこで頼英は賭けていた。すべてを知った後ならば……動いてくれるだろうと。彼の清い心ならば、なんとかして戦は避けたいと思うはず。いや、思わねばならぬのだ。

 奥瀬善九郎という男は、山の松明だけでは企みを見抜いてしまうかもしれぬのだから。

 為信方の者らは……あからさまに彼を避けて動いていたので、独りぼっちで漂っていたところを法源寺の僧侶らが必死に説得し、油川へ連れ出すことに成功した。もちろん為信方は浪岡と油川の間の道を封鎖しているが、明行寺の者と名乗れば不審がられることはない。

8-4 我が身は、なんとでも

 奥瀬おくせ善九郎ぜんくろう法源寺ほうげんじの僧侶が目を見合わせて戸惑っているとき、突如として久慈くじ信勝のぶかつは叫んだ。

「すべて私が悪いのです。私がたぶらかしたも同じ……ひたすら南部と大浦の和を願い、精進して参りました。しかしこれほど報われぬ事がございましょうか。」

 目には涙、次第に鼻からも水が垂れ、ただしそのようなものはお構いなしに、信勝は叫び続ける。

「白取と大浦を仲良くさせようと結ばせてみれば、いつの間にか白取は大浦の手駒に成り下がり。奥瀬様と大浦を結び付けようとすれば、悪巧みに利用される……。こんなにコケにされて、叫ばずにおれましょうか。」

 そして信勝は奥瀬の黒い袴を掴み、必死になって訴え始めた。

「私は罰せられてもよいのです。ただ……戦だけは避けて下され。私の願いはそれだけでございます。すでに浪岡には大浦軍が入り、油川へ向けて兵を進めていることでしょう。虚を突かれた油川に勝ち目はありませぬ。町を戦火に及ぼしたくないのであれば……ご英断を。」

 奥瀬から表情が消え、笑いや哀しみなど一切ない。ただただ信勝の顔を見て、さらに近くで見るために身を屈めて同じ目線に座った。そしてそのまま信勝に問うのだ。

「お主はこれからどうするのだ。」

 こちらへ伝えに来たということは、兄である為信を裏切ったことになる。それを承知しているのだろうか。おそらくは……信勝は切羽詰まってしまい、そこまで考えてはいまい。

「どうぞ刀を腹に突き刺して下さい。それが嫌なら首を手で直接お締め下さい。どのような御命令にも従いまする。」

 その言葉を聞いて、奥瀬の顔に表情が戻る。その面構えはたいそう穏やかなもので、戦支度で荒れ狂うこの場所には不釣り合いなものだった。

8-5 油川殿の最後

「私はこれから汚名を進んで受けよう。“奥瀬善九郎” という男は、大浦為信の前に戦わずして逃げたと。」

 その言葉は頼英らいえいや久慈信勝が望んだことであったが、あまりにも物分かりが良すぎるし、奥瀬の心のあり様というものが計り知れない。そんな彼らの想いを察したか、奥瀬は次の言葉を添える。

「勝ち目のない戦をやって無様に殺されるのは損だぞ。馬鹿らしくも思えてくる。……ただし収まらぬのが、戦支度をしている将兵らだ。久慈殿、後のことを頼んだ。」

 そういうと信勝の肩に手を載せて、二回ほど軽くたたき、まるで後のことを信勝に任せるとでも伝えているかのよう。……つまりは奥瀬に為信の謀反を伝えに走ったとするならば罰を受けざるを得ないだろうが、説得の末に開城させたとなれば話は違う。奥瀬なりの信勝への気のかけようであった。

 そのあたりの考えを頼英や僧侶らは悟ったのだろう。その場にひれ伏し、その場を去り行く奥瀬の後姿を涙ながらに見送った。そして奥瀬に付き従っていた配下の者らも大将の意を汲み、他の者へ戦支度をやめるようにと指示を出していく。

“殿さまは大浦があまりにも強大で、勝ち目がないことを悟られた。そこで城を開け放ち、将兵と町衆の命を乞うことにした”

“すでに浪岡は落ち、後ろの山々では兵らがたむろし、今こそ攻め入らんとうずうずして待っている”

“これより油川は大浦家の勢力下へと収まる。兵が入られるまで久慈殿の指示を仰ぐように”

 そして当の奥瀬は、城の本館へ再び入り、奥まった角にある書斎にて灯をつけ……筆を執る。周りは未だ騒がしいが、心底落ち着いているようで。奥瀬の耳には硯をする音だけが聞こえる。そして妹あてに、文書もんじょしたためるのだ。

”これから油川の民を、本当の意味で守るのはお前しかいない。よくよく周りの人の意見を聞いて、努める様に”

油川入城

8-6 去り行く舟

 ……舟は出る。静まり返った海は、ひたすら暗くて濃い青色。ただし漆黒にはなり切れず、奥底が見えるくらいの透明感を持ち続けている。空のように完全に真っ黒になることはなく、人が浜辺を動けば、しっかりと影をうつす。どんな影でも否応いやおうなくうつす。

 波が騒げば音は鳴る。浜辺を歩けば草履と砂が擦れる。たまに貝の破片も混ざっているか。ただしどちらも似たような音でしかない。……油川の浜辺はこのような感じだが、田名部たなぶではどうであろうか。……おそらくは同じだろうが。

 奥瀬おくせ善九郎ぜんくろうは舟に乗る。急な話だったので大きな船は用意できないし、奥瀬自身大げさなものをほっしなかった。東の海岸線をつたっていけば南部領。いずれは田名部に付くのだから、わざわざ危険を冒して海のど真ん中へ進む必要はない。小舟で十分。

 敗れた将ならば静かに去るべきと、城を出てすぐ浜辺へ向かった。そして元服前の息子と妻を乗せ、後は船頭のみ。ゆっくりと東へ東へと舟は進む。……ただし奥瀬の意に反して一人、また一人と浜辺を歩む人が増える。そしていつしか群れとなり、百人、二百人は同じ方を向き、同じ方へと歩く。油川の殿様を行かせてはならぬ、戻って来いよと叫ぶ者もおり、海に浮かぶ舟へと涙するのだ。

 奥瀬はこれではならぬと、わざと彼らに見えぬ方へ進めと船頭へ指示を出した。そしていつしか姿は浜辺から見えなくなり……町衆や将兵らはその場に立ち尽くした。

 遠く遠く、さらに遠くへ……。

 残るは名残惜しさ。いつしか朝日は上り、民衆は油川へ帰らざるを得ない。彼らは日々の暮らしがあるし、これからも生きていかねばならぬ。領主が変わってもやることは同じ。

 ……………

 同日明朝、大浦為信率いる三千兵は油川へ入った。今羽街道(現、奥州街道)と大豆坂まめさか街道の両方より、西と南から侵攻。途中で ”謎の松明が山で掲げられている” との報があれど、こちらへ誰かが攻めてくるような気配はなし。警戒のために歩みを止めていると、油川より降伏の旨が到着。為信弟の久慈信勝と明行寺みょうこうじ頼英らいえいの連名にて城が明け渡されたとの知らせを受け、本来行うはずだった夜討ちを中止。改めて日が昇ってから入城する運びとなった。

 道を進むと町へ入る。所狭しとならぶ町屋の数々、聞くところによると千軒も連ねているらしい。そこに住まう民衆や他国より商いに参っている者と様々だが、怪訝な顔つきで兵が進むのを睨みつける。

 そして目の前には開け放たれた城門。脇に控える将兵。誰もが武器を持たず、大浦軍の城へ入るのを誰も止めない。ただし憎しみを抱いているのは十二分に伝わってくる。

8-7

4/15、同ページにて更新予定。

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