【小説 津軽藩起始 油川編】第五章 安東氏、為信と再び和睦す 天正十一年(1583)秋

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不犯札

5-1 振り落とせぬ

「お前にはわかるまい。我らがどんな気持ちで異なる土地へ流れ着いたか。俺ははるか遠くまでついてきた奴らを援けねばならぬ。だからこそ奪い取るのみ。」

 角兵衛のその言葉へ妙誓はすぐさま返す。

「そのような道理は成り立たぬ。」

 生玉角兵衛、馬上の尼が油川から来たとのたまっていたのもさることながら、しかも女が男を下に言い返す姿も許せない。無理やり引きずりおろせと近くの野郎に言うが……恐れをなして拒絶する。

「しかし……あの油川城主の妹君いもうとぎみと名乗っている以上は。」

 何かあれば、それは南部氏と敵対したことになる。大浦氏といえども南部氏に従っている現状、これまでのように無視することはできない。だが角兵衛は収まらぬ。けむの量が幾分多くなった村の中、角兵衛は首を上げて馬上の尼へ文句を言い放つ。

「俺は初めてこちらへ来たとき、同じ宗派が多いと聞く油川に着いた。しかし奴らは金目の物しか興味なく、一文無しの野郎はすぐに追い出してしまった。銭にまみれた都よ。そんな世界からきたというお主に、俺らの苦しい様がわかろうか。」

妙誓も言い返す。

「何を申しておられる。持てる何かを譲って何かを得るというのは商人の常だろう。暮らしの事を考えるのならば、下手な自尊心など捨てて、用心棒になればよい。十分に屈強そうだから、力を与えて暮らしのために銭を得る。……それとも何か。できぬ謂れでも。」

 そして彼女は心の中で思う。仏法のみ、何かを譲り与えることができる道。だからこそ私は人を援けるのだと。お主らも頼ればよい。

 角兵衛は頭にくる。頭に血がのぼる。これでは通じ合えぬ。この尼は本当の苦しみを……流れ着いたものの現状を理解しておらぬ。……殺そうか。そうだ、殺そう。馬から引きずり降ろして、服もはぎ取ろう。決して若くはないが……野郎どもも溜まっていることだろうし。

 しかし角兵衛に付き従う野郎どもは、彼を必死になだめようとする。

「奴は本物です。名も高く、外ヶ浜そとがはまや津軽で知らぬ者はない。いま殺せば、我らは津軽におれなくなります。」

 苛立ちに任せ……拳をその場に振り上げ……、かといって何もできぬ。消すことのできぬ、やり場のない苦しみ。怒り。

5-2 権威を背景に

 生玉なまたま角兵衛かくべえの率いる集団は馬に跨り、エゾ村より外へ駆けて行った。入れ違いに各村より集めたエゾ衆の男ら、二百人ほどが到着。両者が争うことなかったのは双方にとって幸運な事であり、妙誓も胸をなでおろした。そのまま煙の元を消しにかかり、水が多くあるわけではないので、火元の小屋を大きな棍棒などで取り潰す。ドガドガと激しい音が辺りに響き渡り、躍起になって潰す男たちには “戦わずに済んだ” という安堵の気持ちと “いつか仕返しをしたい” という恨み。様々な想いが交差しながら作業をこなす。そうしているうちに煙はなくなり、日は八甲田より昇った。

 誰もが疲れ果て、家々の壁に横たわっている。生半可に目を開け、日の輝る方をぼんやりと……そんなとき、妙誓みょうせいは閃いた。もしやこれは活きるのではないかと。急ぎ近くの者に紙と墨を持ってこさせ……地べたに広げてそれも達筆に書き始めた。その様はスラスラと、よどみなく文字が記されていく。

“村を襲うべからず。村を虐げることなきよう。これを犯さば正義が罰を加うる。

  油川明行みょうこう寺、住職妙誓”

 周りにはこの文章を読めるエゾ衆はいないので、妙誓はまず読んで聞かせた。次に少し和語の心得ある者は “これはいい” と手を叩いて喜んだ。なんだなんだと他のエゾ衆も集まってきて、各々声を上げ “イヤイライケレ” と笑顔で騒ぎ立てた。

 不貞集団が大勢のエゾ衆の見ずして去ったのは誰もが知るところ。つまり……妙誓が来たから。さらにいえば妙誓の背後にある権力。彼女と対立すればすなわち、油川の奥瀬氏、さらには浪岡郡代や堤氏、最後は南部氏をも敵に回す結果となるかもしれぬ。大浦氏もこれまで通り見て見ぬふりもできぬ。

 ……妙誓はしてやったりの笑みで皆々に伝えた。

「これをエゾ村の全てに貼りなされ。奴らは結局、俗に弱いのよ。」

 村には限りなく明るい光が差し込んでいる。

5-3 違える道

 熱した頃合いは過ぎ、稲穂が垂れる季節……かつて水木みずき御所ごしょがあった近くに誰も耕さぬようになった土地があり、そこに多くの他国者が移り住んでいた。その場所をさかき村と名付け、嘉茂助かもすけという者が先頭に立って指導している。そして入植して最初の秋……実りは豊かに、在来の者も含めて誰もが豊かに暮らす。そこへしばらく後……生玉なまたま角兵衛かくべえらの集団が密かに入った。衣はたいそう汚れ、布のほつれなど見苦しい限り。嘉茂助はため息をつき、角兵衛へ苦言を呈す。

「ここに集まった他国者は、地道に努めていこうとする者ばかり。奪うことをせず、堰を作り、田畑を広げていく……。お主も落ち着いたらどうだ。」

 角兵衛は首を振った。

「いや。お前らは運よく、誰もいなくなった土地に入ることができた。残った者はどうする。水路も整っていないところで一から作れというのか。」

「角兵衛殿。もしあなたがそうなさるのなら、私どもも協力いたす。同じ他国者なのだから。」

 “ふん”と鼻で笑う角兵衛。嘉茂助の話は理想論としか思えない。もちろん武士だった者が生きるために鍬を握ることは仕方ない。しかしエゾ衆の土地が手にはいれば、最上の事。川に近く、水路も作りやすい。のうのうと土地に草を蓄えさせておくのは不服だ。それに奴らは和人の土地に住む “狄” ではないかと……。つまり、蔑んでもいい存在。このように口々に文句を言う角兵衛に、嘉茂助はあきれ顔で “おちつけ” と諭す。

「だがその結果、お主らはお尋ね者だ。エゾ村には南部の目が付き、襲おうものなら徹底的にやられる。」

 そして、“ただし浪岡では驚きだったようだな” と続ける。角兵衛は身を乗り出して “どういうことか”と。嘉茂助は渋りながら……ひとまずは無言で目の前の茶をすする。少し苦く、後味に残っている。舌触りもあまりよろしくなく。

5-4 野望の芽生え

「言うと語弊はあろうが……妙誓みょうせいという尼は兄の奥瀬様も手を付けれられないと聞く。だから他国者からエゾ衆を守るというのは元々油川の意向ではない。」

 ……というのも実は、浪岡領の村長むらおさが御所に集められたのよ。

 その話を聞いた角兵衛、身を乗り上げて嘉茂助の次の句へ注目する。

「実際に浪岡を仕切っている白取様より、領内のエゾの動きは如何様かとお伺いがあった。その場に榊村代表として出向いたのだが……俺には特に他国者の動向もただしてきよった。」

 ……当然、なにも存ぜぬと突っぱねたがな。角兵衛はその言葉を聴いて、ひとまず胸をなでおろした。嘉茂助は再び茶をすすり、一息ついてまた話し出す。

「その場で他の村長むらおさから聞いたのよ。おそらくは白取様はもうしばらく他国者を暴れさせておくつもりだったと。」

 よく意味が分からない。

「つまり大浦領で混乱が起こることは大歓迎。浪岡が再び乱れることは無いし、大浦家が潰れてくれれば……軍を率いて津軽を押さえ、あらたに津軽の領主として君臨する腹積もりだったと。特に白取様は養女を大浦に入れておられるから、大浦家の代わりを務めるという名分がある故。」

 それがあらぬ方向から止められてしまった。白取様の内心は穏やかではない。かといって何かできるわけでもなく。

「噂だと……初めこそ大浦なんぞに実の娘を出してたまるかと、わざとそこらへんで身売りされていた娘を養女として差し出したと。それに供回りに親しいものを付けておけば、大浦家の内情を探ることもできるしの。」

 ただ……後になって、白取様のお心に……欲が芽生えてきたという。うまく転がせば、津軽を奪い取れるのではないかと。ここ最近は為信の評判もよくないことであるし。

5-5 レジスタンスの終焉

 ……力が外へ吐け出せぬとなると、内側を喰らうしかない。しかしその内側さえ歯止めをかけられてしまった。妙誓みょうせいという尼がいらぬ正義を振りかざした結果、これ以降は意図せぬ方へ向かっていくのである。為信はもちろん、浪岡御所や横内の堤氏、油川の奥瀬氏にとっても。

 ずっと膨張をしてきたその存在は、外側と内側より強い圧で制せられ、ひたすら “力” をため込んでいく。いつか爆発を起こせば、その矛先は内外関係なく向かっていくだろう。すべてをぶち壊し、何もかもがリセットされるか……そうなる前に内側か外側の歯止めが取っ払られれば、もちろんそういう事態は防げようが。そういうところを理解して手を打てるとのできる者はそう多くなく、できる者が為信なのか、はたまた違う人間か。

 何かのきっかけがほしい。何かを起こすための転機がほしい。……荒れ狂う他国者の思いである。そんな折……津軽の領内を傍観する者らがいた。大浦城下で商いをしている豊前屋である。豊前屋の主は徳司とくじといい、元々は羽州秋田の出身である。その実は秋田の大名である安東あんどう愛季ちかすえともつながっているので、時には安東氏へ交渉する上での窓口ともなる。

 実り深き頃合い、徳司はとある津軽のエゾ村にて商品を買いそろえていた。獣の皮やきれいな刺繍などを持ってきた銭やコメと替えていく。中途半端に物々交換と銭での取引がまじりあう世界……徳司にとっては手慣れたものだ。

 村からでようとすると、門前には “不犯札”。妙誓の名前によってエゾ村を襲うことを禁ずることが書かれている。二、三ヶ月経つ今になってもだいぶ効果があるらしく、どこの村も襲われていないらしい。それでも警戒を緩めることはせぬらしいが。

 ここでふと徳司の頭によぎる。“あまよくば” の話であったが、安東氏は蝦夷島を持っているし、エゾ衆との繋がりもある。津軽のエゾを助けるという名目で、再び津軽に攻め入ろうかとも安東は考えていた。平賀郡の多田氏などもけしかけ、エゾの力も利用し、弱体化した津軽を平らげる……。

 しかしこの ”不犯札” によって ”蝦夷荒” という抵抗レジスタンスは和らいだ。ただただ後に残るのは南部氏に従属したままの大浦氏だけ。安東にとっては大浦は縁者の浪岡を潰し、六羽川で争った宿敵。いつか滅したいのはもちろんだが……理想論だけでことは進まぬ。周りは再び敵だらけの上、南部氏が津軽を取り込んで強大になってしまうと……安東はいつか滅ぶだろう。切迫した状況なのだ。

暴発の矛先

5-6

 しばらく時は経ち……大浦城下の辻に立つ銀杏は禿げた姿をさらし、根元は黄色い葉っぱで覆われている季節。夜になると星や月の明かりは弱いながらも、落ち葉は光を受け、しっかりとその色を輝かせていた。辺りの黒さもかえってその姿を際立たせている……。

 久しく為信は城下にある豊前屋へ密かに出向いた。足を運ぶのは六羽川ろくわがわ合戦の前以来。安東氏との話し合いが決裂し、無様なる戦へと突入していったのが思い出される。

 伴として連れるのは沼田と八木橋。頭のまわる二人を選んだのにはわけがある。突如として安東が密約を結びたいと申してきたので……はたして裏に何があるのか。騙されるようなことがあってはならぬ。……もちろん豊前屋の中で襲われる危険もはらむが、それはおそらくないだろう。為信が死ねば津軽における南部氏の実効支配は強まり、安東にとって損でしかない。故に殺されることはない。

 では“裏”とはなんだろうか。我らが南部氏を裏切って安東の下に付くということはありえないし、なにより“じょっぱり”の津軽衆は黙っていない。

 後ろを歩む八木橋は少し怯えた感じで、夜道を警戒しながら進んでいる。沼田はというと……なぜか落ち着いているようだ。為信は沼田のその様を妙だなと思いつつ、すでに目の前には豊前屋の裏。そこに使い走りの使用人が一人。静かに礼をして、奥へと手引きをする。為信と後ろの二人は互いに相槌をし、その者の後へ付いていくのみ……。

 廊下を進み、足が木の板を踏む音が嫌に響き渡る。……緊張の面持ちで、いつしか頬に一筋の汗が垂れる。八木橋もさすがにここまでくると覚悟を決めたようで、軽く頬を引きつらせながらも……できる限り落ち着いているように為信と沼田に見せている。

 奥の襖を開くと……いつか見た光景。為信は何度か入ったことがあるので、何も変わっていないそ一室は為信自身に妙な安心感を与えた。脇に置いてある行灯あんどんは優しくその周りを照らしている……。そして目の前に座す豊前屋徳司は、深々とこうべを垂れた。

5-7

「安東の殿様は、再び大浦殿が立つことを望んでおられます。」

 部屋の隅に置いてある行灯あんどんは、ただただ辺りを照らす。薄い光ながら、神妙なる徳司の顔がはっきりと窺える。そして為信は……徳司に問う。

「ほう……。どのような風の吹き回しか。安東に寝返れというわけではなく、ただ “立て” と。」

 為信の鋭い目は徳司を睨みつける。徳司は……

「あなた方津軽衆に、我らに “従え” と誘うのは無理というもの……。」

 思わず為信は鼻で笑った。それもそうだ。じょっぱりどもに “ああだこうだ” と申しても、聞く耳持たぬ。最近では在来の者だけでなく、他国者も言うことを聞かなくなっているというに。

「無論、大浦が南部と戦っている間は安東は手を出さぬが、南から攻めぬことを約束するそうです。」

「それで、もし裏切って勝負を挑み、勝つ見込みは。」

 徳司は為信の後ろの二人を見つつ……ニヤリとした。

「勝てるかどうかは……殿には頭の良い家来衆がいらっしゃる。戦は “武” のみではないでしょうに。」

 ここで小さくなって座る八木橋が恐る恐る訊ねた。

「では……我らが南部を裏切った場合、安東の殿は支援してくださるのですか。」

 徳司は……静かに首を振る。わざと作り笑顔をし、八木橋へ答えた。

「あくまで安東は “手を出さぬ” し、攻め込まぬことを約束するまでです。我らとて津軽から逃げてきた浪岡衆の家族を抱えている。公然と再び結ぶなどできようはずがありませぬ。」

 この言葉を聞き、八木橋は強めに言い返した。

「それでは我らに一切の得はないでしょう。」

「ならば大浦は、このまま南部氏に従っておられるのか。」

 行灯の光は、揺れ始める。

5-8

「あなた方の内実はガタガタでしょうに。私が領内を見て回るとわかります。領主は狼藉を止めようとせず、土地を持たぬものがあぶれている……。隙あらば我が物にしようと、立場の弱き者を狙っている。いずれはエゾ衆だけでは済まなくなりますぞ。」

 為信にもわかっている。”蝦夷荒” こそ、予期せぬ他者の善意によって落ち着く。しかし力のはけ口を失った者共をどうするべきか……外へ向かわせるのであれば南部氏もしくは安東という話になるし、それをしないとなれば内側へ矛先が……。彼らは新たなる “指導者” を望むかもしれぬ。

 すると後ろに座す沼田は徳司に問うた。

「あなた方だってそうでしょう。バレないとでもお思いか。」

 徳司は袂においてある扇子を持って、それをゆっくりと広げた。一気に開けるのではなく、骨ごとに余計な音をたてつつ……。口をそれで隠し、笑い声をわざと出してみる。

「よくお分かりで。あなた方ほどではないにせよ、我らも不穏な空気がありますな。前年に織田前右大臣が本能寺で死して後、織田の威光というモノは使えなくなり申した。我らは周りの勢力を ”織田信長” の名のもとに従わせていたという背景はありますから。」

 その返答を聞き、沼田もわざと笑った。

「いやいやしかし、安東のお家はやすんじておられる。内側で刃を向けよう者などおられぬ故。」

 刃……

 沼田は次に徳司へではなく、“殿” と為信に話しかけた。為信は首を曲げ、後ろを向く。

「もうお判りでしょう。このままでは、殿が殺されます。」

 徳司は黙って頷き、沼田の横に座す八木橋は……目を丸くして沼田の言葉に驚いている。

「他国者は多くなり申した。私も含め、大勢がこの津軽に住んでおります。望みのモノを与えることができなくなった以上……彼らにとって、殿は無用なのです。となれば次に担ぐは他国者と親しい兼平かねひら氏、もしくは混乱に乗じて浪岡代官の白取しらとり氏が奪いに来るか。」

 ”まさかとお思いでしょう。それとも既に気づいておいでですか”

5-9 出来ぬことを知り

「それに在来の者とて……今の殿には魅力がない。保身に走ってなさる。私が占い師だった頃、頼ってらした時のあの輝きはどこへいかれたので。」

 沼田は最初こそ落ち着いて話していたが、次第に感情が伴って為信にぶつける。

「保身に走るのは、戦に敗れたからですか。それともお子が育ち、今の暮らしを続けたいがために危険を冒さぬのですか。果ては……己の夢が叶うことはないと悟ったからですか。」

 万人が平和に暮らす世界。食べ物のない苦しみを味わうことなく、誰もが幸せに生きることができる……そのためには田畑を広げ、万人が土地を持つことが必要だ。そこで “防風” と “治水” を推し進めていたが、特に “治水” を行うためには岩木川流域を一つと捉えて事を進めなければ成り立たぬ。残念なことに話し合いでは収まらぬ対立が生まれてしまったため……決起した一番大きな理由はそれだった。

 兵としてその考えに共鳴した他国者が多く参じた。ただしそのうち彼らは気づく。防風や治水などと考えずに、敵から “奪えば” てっとり早いではないかと。戦によって大光寺や浪岡などの土地を奪い、時にはむやみに在来の者を追い払い、多くの他国者がそこへ入った。

 為信はなにも他国者だけを利するために戦を仕掛けたのではない。結果として他国者の兵力は戦いに役立ち、恩賞として土地を与える格好となった。それ自体はおかしいことではないが……。在来の者も含めての平和だし、敵だからと言っても同じ津軽の民ではないか。しかし……厳しい世界に生きる他国者はそんなに甘くなかった。盗れるモノは盗るべき時に盗るのだ。

 行動の本来の目的とは、津軽を一つとして考え、同じ意志の元で田畑を広げること。好き好んで戦をしたいのではない。しかし ”防風” と ”治水” は存外に時間がかかる難事業。戦とて大光寺の件は埋まらぬ溝があったし、浪岡では裏交渉を覆された末でのこと。

 もちろん沼田には痛いほどわかる。一番最初から為信のそばにいる彼は……誰よりも為信を理解している。……何をしても何もなしえることができぬ哀しさ。しまいには六羽川合戦を経て、隙を突かれて南部氏に再従属。何もなし得ることができずに終わる。かといって事を起こしても、おそらくは真意を達成できぬ。

 心は、やさぐれている。

5-10 象徴としての行動

 やさぐれてはいるが……このままではいけぬとわかっている。だからこそ言うべきモノは決まっているのだが……喉の先まで来て言えるか言えまいか。そして言ったが最後、そこから為信自身が変わらねばならぬ。その覚悟はあるか。いや……なくても後から身についてこよう。言うだけでいいのだ。

 風ひとつ流れぬ。虫も飛ばぬ。行灯の火の揺れも一切ない。誰も互いに目を合わせぬ。そのような中の沈黙だったので、とても長い刻に感じられた。そして最後に、髭の生えた口からその言葉がでる。

「わかった。決起する。」

 為信の口から……その言質こそでたが、はたして本心から出た心なのか、投げやりに放ったモノか。沼田は文句を言いたくなるが……そこは抑えて、感情を再びしまった。いつもの落ち着いた凛々しい姿の沼田へと戻る。

「では、そういたしましょう。殿の意志がどうであれ、あなたは津軽衆の象徴でございます。他国者と在来の者、両方がこのままではいけぬと考える以上、それに応えるのが殿の役目……。」

 為信は沼田のいる後ろを見るのをやめ、豊前屋徳司の座す前へと向きを戻した。為信は顔を見ぬまま、沼田へと話し出した。

「在来の者も鬱憤がたまっていたことは承知している。なぜ勝ち戦だったものを終わらしたのかと。ただし、あの時の判断は間違っていなかったと私は思う。だが……すでに傷は癒えた。」

 そして徳司へと目を併せ、安東氏と裏で結ぶことを確約。安東と大浦は六羽川の恨みを水に流し、民が豊かに暮らせるために努めていくのである。

 外は当然ながら真っ暗で、半月の光も弱い限りだ。しかし沼田はもちろんのこと、後に従う八木橋やぎはしの目にも為信は……なにやらこれまでと違うように見える。

 再び、為信に輝きが戻った。

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Author: かんから
本業は病院勤務の #臨床検査技師 。大学時代の研究室は #公衆衛生学 所属。傍らでサイトを趣味で運営、 #アオモリジョイン 。

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