【小説 津軽藩起始 油川編】第六章 堤弾正、暗殺 天正十二年(1584)秋

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始まりの合図

6-1 銃砲

 天正十二年(1584)、外ヶ浜そとがはま横内よこうちより大豆坂まめさか街道を経て浪岡へ向かう道中……稲の刈り入れは終わり、道のわきにある河原を望めばススキの枯れた色、そして風を受けて騒ぐ音が否応なく激しく聞こえる。

 横内城主、つつみ弾正だんじょう則景のりかげ。浪岡に詰める家来の白取しらとり伊右衛門いえもんの求めを受けて “実りの祭り” を行うべく、浪岡へと向かっていた……馬の足取りはゆったりとしていて、数人の家来も特に警戒する様子はない……。取り留めて思うことといえば、鳥が葉の落ちた枝に止まる姿が少し寂しく感じられるくらいで、武骨な者でも風情を感じることができる余裕があった。

 誰もが、このようなことが起きるなどと知らず。

 突如として茂みより、途轍もない爆音が響いた。枝に休んでいた鳥は一斉に飛び立ち、カラスはその汚い声で大いに鳴き散らす。人のまたがる馬は前足を高々と上げ……乗るべき人はそのまま横へ転げ落ちた。付き従っていた家来らは慌てて駆けよるが、弾正は一切動かぬ。脇腹を抜かれ、息もない。刀を抜き辺りを警戒し……体を何もできぬうちに赤い色はとめどなく流れていく。そしていつしか一度赤く染められた辺りの土やら石は次第にどす黒く変わる。

 きっと茂みの向こうには敵がいるのだろうが……今は殿の身体を捨てて追うことはできぬ。悔しい限り……特に誰も鎧兜を身に着けていた訳ではないので、むやみに向かっていくと銃弾を受けて、まともに死ぬ。そして大将の跨っていた馬は……哀しげに遠くを見て一声鳴いた。家来らは茂みの奥を睨みつつ、弾正の身体を背負い、来た方へ引き返していく……。

 ……この凶報は浪岡、油川、そして大浦へ津々浦々とすぐさま伝えられた。犯人はいったい誰だ。さては大浦為信か……いや、そうでもないらしい。元々弾正を呼んだのは浪岡代官の白取伊右衛門。その日に弾正が城を発つことを知っていたのは白取を含め、その周りの限られた人しかいないはずだ。

6-2 あらぬ罪

 浪岡城にて……

 上座には御所号の山崎やまざき政顕まさあきがおり、すぐ手前の横には代官の白取しらとり伊右衛門いえもん。下座では奉行衆や家来らが神妙にしている。白取は……荒い字の書かれた長い文書もんじょを持って憤慨していた。もちろん白取が直接仕えている殿である堤氏を殺してはいない。ただし状況からして白取の疑いが強く、横内よこうち(=堤氏)との関係が悪化。疑心暗鬼の至る所……。

 堤氏は養子が四代目を継いだが、彼は白取氏をいったん原別はらべつへ戻せと主張しているという。もし白取氏が関わっていなくとも、警戒を怠ったのは浪岡の責任。その浪岡を束ねるのは白取なのだから、浪岡には替わりの者を派遣する……。

 いまさら替えられてしまっては堪ったものではない。肥沃な土地である浪岡から離れたくないのはもちろんのこと、疑いをかけられたまま終わらせたくはない。もしやこの場にいる誰かが関わってはいまいか……と、奉行の一人である久慈くじ信勝のぶかつを睨んでみる。

 信勝は……一番疑いやすい立場ともいえる。為信の弟だし、あまり白取と気が合うことはない。しかもここ最近は飾り物の御所号との仲がよろしいようで、少しばかり気になるところ。

 ただし己の後ろで黙ったままの御所号……このジジイが何かできるはずもないし。元は村長むらおさだったのを連れてきたのだから、実力があってそこにいるわけじゃない。心配は無用。

 イライラして、何もかもムカついてくる。家来に八つ当たりをし、罵声を浴びせ、肘掛を投げる。当たれば障子は破れるし、ふすまにも裂け目が入る。まあまあと周りの者はなだめるも、収まることをしらず。いら立ったまま白取がその場を立ち去ると……家来衆は狼狽うろたえつつも、これ以上ここにいる必要はないと各々帰っていく。

 最後に残ったのは二人。上座にいる御所号と下座の久慈信勝……。他に誰もいなくなったのを確かめると、困惑しつつ……自然と互いに近づいていく。

6-3 奇策

 うな垂れて、御所号は久慈信勝の右手をつかみつつ……哀願する。

「もう白取の近くにいるのが嫌なのじゃ。なぜわしは御所号であらねばらなぬ。」

 信勝は……“またいつものか” と諦めつつ、御所号を慰めるのだ。

「もう少しで白取殿は浪岡を引き上げるでしょう。そうなれば晴れて御所号は、誰にも縛られることはない……。」

 御所号は強めに首を振る。

「わしは喜んでこの役目に就いたわけではなし、誰かにくれてやりたいくらいだ。老いぼれらしく静かに、村の子供たちに囲まれながら余生を過ごしたかった……。」

 それもそうだろう。彼は意図せぬ形で、浪岡北畠氏と遠縁ということだけで表舞台に引きずり出されたに過ぎない。

「もしの、もしの……白取が横内と争いごとでも起こせば、わしは嫌じゃ。死にとうはないし、わしはただの農民でいいのじゃ。戦に巻き込まれたくはない。」

 御所号の話をひたすら聞く信勝。信勝はというと……

「御所号。武士と申しても、戦好きばかりではございません。私などは大浦家と南部氏の間で再び争い事が起きぬよう、嫌なことがあれど我慢して浪岡に詰めております。なんと言われようが……養女とはいえ白取と大浦を姻戚にさせたのも、再び戦を起こさせぬため。わたくし信勝でよろしければ、横内と浪岡で争い事が起きぬよう動きまする。」

 御所号は……泣きそうな顔のまま、信勝に問う。

「ならばどうするつもりじゃ。」

 信勝は……手段がないわけではないと思っている。ただしそれを成し得るかどうかは……わからぬが、やるしかない。

「横内の堤氏は養子が継いだとはいえ、実際は油川の手の内でしょう。ならば油川の奥瀬おくせと大浦氏を結び付けて、白取を動けぬようにさせましょう。」

6-4 無駄なるもの

 奥瀬おくせ善九郎ぜんくろうの長子と為信の長女富子との婚姻……。歳は九歳と七歳。結ばれるには早すぎるが、戦国の世を見渡す限り珍しくない。今は亡き織田信長だって、娘の婿取り相手を四歳の時に決め、八歳になって送り出した。誰が見ても政略結婚だが、津軽と外ヶ浜そとがはまの無事の為なら致し方ない……。

 この話を沼田祐光に向けてしたためるは久慈信勝。彼は今でも白取しらとり氏と大浦氏が姻戚になったことで、津軽の平和が保たれたと信じている。あくまで他の要因によるものでしかないのだが……信勝の骨折りは無に等しい。かえって事態を複雑なものにしているともいえようか。

 雪が津軽の大地に降り始めた頃……沼田は何重にもわらを身に着け、密かに浪岡の長谷川はせがわ三郎兵衛さぶろうひょうえの屋敷へ。寒い夜長、他の隠れ住む野郎どもと語らいつつ、信勝のやってくるのを待つのだが、ずっと信勝の空回りぶりを野郎どもは嘲笑う。その様子を見て沼田は微妙な気持ちになったが、ある意味で信勝がこれからも頑張ってくれるおかげで “策” が成り立つのだから、途轍とてつもなく可哀そうな話である……。

 そして信勝はふすまをあけ、皆々に軽く会釈をしつつ、暗い一室に入った。沼田の姿は一番奥に、真正面には明るく光る火鉢。同じくして野郎どもは笑うのをやめた。それでも少しだけ、声が漏れてしまう。信勝は……そのわけも気になるが、それよりもまず沼田と話さねばならない。

「書状にも書いたが、奥瀬と大浦の婚姻。もし兄上がご納得なさるのなら私は油川を訪ね、奥瀬殿にもお話をさせて頂きますが。」

 沼田は……彼の空回りぶりを可哀そうに思う。終戦の責任と諸将の恨みを一心に引き受け、心が枯れても浪岡に詰めるいじらしさ。ああ、私がまだ占い師ならば救ってやりたい。だがそれは無理な話。信勝をあくまで “駒” として扱うが軍師の本領。

6-5 後処置

「そうですね、信勝殿。お進めください。」

「おお、ということは兄上も納得されておられるのですね。まだ富子様は七歳だというに……よくぞご決断をなさいました。沼田殿もご説得のほど、ありがたき限り。」

 沼田はほほえましく相槌するが、周りを囲む野郎どもはなぜだか苦笑している。不思議に思いつつも……少しばかりの世間話をして、信勝は腰を上げて帰路についた。

 残った者は……信勝の滑稽さがおかしくておかしくて……知らぬが幸せなのか。このまま踊らされて続けた方が本人のため……しかしいずれはバレる。すべては戦が終わった後。

「のう、面松斎。信勝殿は本当に何も知らぬのか。」

 後ろよりど太い声が聞こえたと思えば、ヤマノシタだった。他の野郎どもの小声は静まり返る。

「そうです。我らで堤弾正を銃殺したこと。そして白取に罪を着せたことも。」

 ヤマノシタは……沼田の前に音を立てて座した。本当は何かを言いたいのだが、わざわざここで言うことではない。でも話しておこうか……面松斎の反応をみたい。

「お主の殿に力が向かわずによかったの。」

「ええ。為信の殿は元にお戻りあそばしました。これからは津軽の民のため、そして他国者の為にも励むことでしょう。他国者も同じ津軽衆でございますから。」

「では生玉なまたま角兵衛かくべえの扱いを如何にする気だ。」

 沼田はわざと考えているような素振りをして……すでに決めているのだろうが、いらぬ演技をうちたくなった。そしてそのまま言い放つ。

「油川が落ちれば、原子はらこ飯詰いんづめ、さらには嘉瀬かせなども手に入ったも同然。好きな様に刈り取ればよろし。津軽統一のため、犠牲になっていただく。」

不本意

6-6 決断

 浪岡四日町、代官の白取しらとり伊右衛門いえもん邸。その時は雪になり切れない何やら冷たいモノが続けざまに降っている夜だった。白取は為信の懐刀である沼田祐光と密会を取り持つ……。

 少しずつ少しずつ、小さな盃にて酒を含みながら……白取は沼田の話をじっくりと聞く。初めこそ虚勢を張れど思うところがあり、真顔へと変わっていく。頼れる勢力は南部の他に大浦しかない。己が生き残るということを考えれば、寝返るのも一つの手……わざわざ沼田が言わなくても、考えればわかること。言いなりになって原別はらべつへ戻っても、疑いが晴れたわけではない。いずれ誅殺されて終わりだ。

 沼田は言う。

「もちろん白取様は養女と言えど、大浦家の外戚。無下にすることは致しませぬし、正室の千徳氏に続いて三番目の地位に就くことを保証いたします。このまま浪岡を治めて頂いても結構です。」

 千徳より下なのは苛立つが……浪岡の土地を持てることは申し分ない。浪岡に詰めている白取の郎党が大浦家に付けば、外ヶ浜そとがはまにおける南部軍の兵力は半減。堤氏は新しい当主が継いだばかりで機能しておらぬし、後は油川の奥瀬氏のみ……。

 下に見てきた大浦に従うのも悔しいが、生き残るには仕方ない。白取は感情のみではなく、こうして理的に考えることもできた。ただし気がかりなのは久慈信勝。あ奴だけが “よくわからぬ” 動きをしておる。あいつだけが煩くて仕方がない。どうしてくれようか……。

 すると沼田はこのように言う。

「信勝殿がこれから何かを成し得ることはありませぬ。白取殿が浪岡にいらっしゃる以上は、信勝殿を大浦に戻しまする。」

「しかし信勝を大浦家中でも恨んでいる者が多いと聞く。それに当人が拒絶するやもしれぬではないか。」

 静かに首を振る。

「いえ、今度は御家を援けた武者として迎え入れられることでしょう。」

6-7 非情とは

「結果として信勝殿は殿と白取様を結び付けた立役者。他の津軽衆もきっと信勝様を見直し、温かく迎え入れることでしょう。」

 白取は再び盃に唇をつけ……静かにすする。そして口に含んだモノを呑み切った。……白取は沼田に問う。

「しかし信勝は奥瀬と為信……いや、今や殿か。殿の娘とを結びつけようとしてなさる。これを沼田殿は止めようとなさらないのか。」

 沼田は悪人の顔をした。騙す顔、地獄の主が微笑んだような……。

「何も知らぬまま進めてくださるのがよろしいのです。何も知らぬままが……」

 白取様とて頭はよろしいのですから、わかりましょう……。

 すこしだけイラつく白取。しかし仕方ないから考えてみるか……。信勝は奥瀬に話を持っていく。あいつのことだ。奥瀬をうるさいくらいに説得にかかるだろうから、最後には根負けするかもしれない。ただし実は為信側には娘を差し出すつもりはないし、果たしてどうするのか。しかも信勝には “話を進めてくれ” と嘘を伝えているという。

 ……しばらくして、白取ははっと気が付いた。

 もしかして……と驚きの表情を沼田に見せ、すると沼田は……鼻で笑った。

「人を駒として使うときは、非情にならねばなりませぬ。」

 つまりすべてにおいて信勝は、策を用いた張本人ということになる。本人の意図せぬままに、他者からはそのようにみられる。

「奥瀬は油断するでしょう。殿の実弟がめでたい話を持ってくるのですから、戦など疑うはずはない。それにいくら問い詰めたところで、信勝殿は心の底から、事を成そうと動いておられる。疑う余地などない。なのに果てには……白取様と大浦を裏で結び付け、奥瀬を偽の話で騙した悪人として、大浦家中では功労者として迎え入れられましょう。」

6-8 幻想

 天正十三年(1584)の正月を迎えた。この年は久慈信勝の手配りにより、浪岡にて祝い事が営まれた。新たな年を迎える喜びはさることながら、奥瀬と大浦が姻戚になるという仮約束を結んだことへの祝いも兼ねていた。ちなみにこの場に白取はいない。病にふせたと自邸に籠っている。

 奥瀬おくせ善九郎ぜんくろう大浦おおうら為信ためのぶは浪岡城の茶間にて対面を果たし、過去の恨み言などなかったかのように酒を呑みかわした。外は白一色で、深く掘られている堀が埋まるくらいの雪が積もっている。そして今……新たに小さめのふわふわとした雪が舞い降り始めた。為信は外を見て “美しいな” とは思いつつ、すべてを覆いつくしているこの “白” という色合いがなくなってしまえば、隠しようのない汚い世界が待ち受けていることも知っている。決戦は雪解け後の三月……。

 立って外を眺め酒を傾ける為信に対し、座してチビチビと杯を頂く奥瀬は話しかけた。

「しかしの……お主の弟君のお考え、感服するところ。今や津軽の患部はかつての大浦ではなく白取である。堤氏を暗殺した白取を除かねば未来はない。」

 為信は……奥瀬の方へ振り向き、背中を壁に付けながら言葉を返す。

「その通りです、奥瀬殿。奥瀬と大浦ががっちりと結びつくことによって、白取を両側から押さえる。私も戦が好きというわけでない。まずは浪岡から原別はらべつへと無理やりお戻りいただくのが良きこと……。」

 奥瀬は……次第に酔いが回ってきた。こんな日が本当にきたのかと大変感慨深く、かつての敵味方が同じ目的のために尽くしている……。六羽川の時に滅ぼしきらずによかったとも思える。

 為信は……いいやつだ。彼は決して戦は好まぬし、あくまで民の事を考えての暴挙であった。 ”防風” と ”治水” を成すために、諸将と話し合いを持ったがうまくいかず、もしまとまっていたならば、大光寺だいこうじや浪岡での戦はなかったのだから。

6-9 頼りにされること

 ……そして同じころ。大浦為信と奥瀬おくせ善九郎ぜんくろうが浪岡で語らっているとき。為信の懐刀である沼田ぬまた祐光すけみつは密かに油川へ潜入。明行みょうこう寺の奥まった一室にて、前住職の頼英らいえいと面会していた。

 木戸を開けると、すぐそこには数百基もの墓の群れ。雪こそ積もるが、寺小僧が一生懸命にかたづけて、人が通れるくらいにはしてある。重労働に疲れ果て、彼らは深い眠りにつく寒い夜。沼田と頼英は囲炉裏いおりにて、たまに薪を入れつつ火をのべる。……その上で大きな鍋に入った水を煮えさせる。むわっと湯気が出たところで……それを頼英が持ち手を掴み、老いぼれたその腕は小刻みに揺れながら、なんとか下ろすことができた。その様を沼田は黙ってみている……。

「ご隠退されて、何年たちます。」

ふと沼田は老いぼれに問う。頼英は……

「一年か、はたまた二年か。」

 頼英は少しだけ笑みを浮かべつつ、すると沼田も同じように笑うのだ。

「覚えておられぬのですか。」

「いやいや、引退したはずなのに、他の者らは未だわしに頼ってきてしまうのですわ。だからそんなに変わらぬような気がしましての。」

「……と、申されると。」

「跡を継いだ妙誓みょうせい尼は立場こそ奥瀬様の妹君。しかしそのさがゆえ、はっきりとしすぎておられるので、皆はわしを退かせてくれぬのです。」

 つまりは……竹を割った性格とでもいえばいいのか。それが僧侶たちには不評らしい。これまでの一人の尼とは違い、住職ともなれば求められる役どころが違う。それを彼女は理解しきれていないのだろう。

「しかし、わしの立派な弟子でございますれば。これから住職らしくなっていかれると信じております。」

 そういうと、頼英は手元の茶碗に白湯を注ぐ。そして沼田へと差し出した。沼田は一礼をし……黙ってそれに口を付けた。

6-10 人質

 沼田は茶碗の白湯を呑み切った後、今度は頼英にも同じように呑むように勧めた。頼英は再び白湯を入れると……少しだけ口を付けて、目の前に置く。そして沼田へ、何が為に来たのか問うのだ。沼田は一つ咳払いをしてから……急に顔から表情を無くし、淡々と言葉を語り始める。

「頼英様の亡くなられた兄上のご家族、また息子らの嫁子などなど……嘉瀬かせというところにお住みのようで。」

 なぜそのようなことをいいだすのか、疑問でしかない。そんな疑問を尻目に、沼田は続ける。

「この度、我らはご家族を大浦城下へお移し遊ばしました。特に頼英様と血が繋がっておいででございますれば、住む所はしっかりとした造りで。着るものや食べるものも思いのままに差し上げております。」

 ……頼英はこの時点で悟った。沼田は何か要求してくるのだろうと。それも彼らを人質として……。

「また、将来的にはこの明行寺を大浦へお移しいたしませぬか。倍の敷地でお出迎えいたします。」

 言葉にてはっきりと “命と引き換えに” と話す訳ない。それこそ野蛮というもの……。頼英は黙ったまま、次の句をきく。

「しかれば我ら大浦家は、春になりましたら油川へ詣でたいと考えております。その時の道案内をお願いしたく。」

 卑怯な……。体は小刻みに震え、怒りなのか、はたまた違う感情によるものなのか。怖さか、恐ろしさか。目の前にいる人物は鬼か邪か。この際 “油川へ攻め込むから、協力せよ。さもなくばお前の家族の命はない” と言い放たれた方がどれだけ楽か。それをわざわざ遠回しにいう辺りも卑劣。激しくも言い返せぬ。

 当然己に子はおらぬ。僧侶ゆえ。だが郷里に残す家族はかけがえのない存在。ただしそんな手には乗らぬと申したら……どうなるのか。

 沼田はそんな頼英の何かを悟り、言葉を加えた。

「油川入りの際、白取様が御先頭に立たれます。道に迷って違う所へ ”ふらつく” ことはないことと思いまするが、もしもという時がありましょう。後ろには津軽衆が付き従いますし、いらぬ過ちを生まぬことを願います。」

 囲炉裏いおりは、嫌にあつい。

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