【小説 津軽藩起始 六羽川編】最終章 南部軍、津軽氏を従属させる 天正七年(1579)旧暦七月十一日夜

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逃亡

10-1 為信ではない

 同じころ……滝本たきもと重行しげゆき岩舘いわだてで首をあらためようとしていた。大将の比山ひやまに為信の首を討ち取ったと報告したものの、自らの目で確かめたわけではなかった。甲冑から見ると確実に為信であろうし、まだ敵軍と戦っている最中であったのでそんな暇はなかった。そして為信を守っていた将兵を全て殺しきったので……誰が為信に扮していてもいいように、すべての兵を逃がさなかった。二人か三人ほどを思わず逃してしまったと後から聞いたが……ふん、もし奴らに為信がいたら私は物凄く不運だということ。

 夕日が今にも岩木山の裏に隠れようとする。空と山の境目より光が線を放ち、滝本は思わずそのさまを見惚れてしまった。ずっとその先を、何もかも忘れて眺めていたい……いや、おのれにはそんなときはない。いずれまた見ることはできるのだから、今わざわざ眺めなくても済むこと……。そうして目線を下に落とすと、足元に茂るサイカチが目に入った。実をつけ始めているが……まだそんなに大きくはない。曲がりくねった形こそわかれど、中身は未だ膨らむ前だ。そんなに目立つわけではないのに……その緑色は他の雑草の中で際立って輝いても見えた。サイカチならばよく武士が好む植物である。“再勝さいかち”の言葉に通じるらしく、縁起がとてもよろしい。

 そして下から目と同じ高さへと視線を戻す。目の前に運ばれてきた木の箱は、台の上に静かにおかれた。この中に首が入っているそうだが……周りに集まった兵らは滝本が開けるのを待ち望んでいる。誰もが静かにその瞬間を待った……。黄色い光がまばゆい中、滝本自らの手で蓋ははずされた……供回りの者に蓋は預け、滝本は二つの手で、首と胴体がくっついていたところをつかむ。……肉の中に指がめり込み、生身なまみの感触というものは否応なく伝わった。そして目線と同じ高さに首は上げられた。

 これは誰の首か。

 家来が言う。

「はい。津軽つがる右京亮うきょうのすけ為信ためのぶの首です。」

いやいや……

 …………

 はかられた。

 滝本は……乱暴にも首をその場に投げ捨てる。

10-2 援けるか援けまいか

 そのうち東側より鬨の声が上がったような気がした。空耳かとも思えたが何やら不安な感じもする。カラス共があちら側より大勢飛んできて……あれはねぐらに帰るのではない、休む所を失って逃げてきたのだ。後を追うように小鳥なども騒がしく鳴き、何かが起きていることは確かな様である。ならばとこの障壁の一切ない平野である。遠くを見れば……目の肥えている者であれば1㎞少し先でしかないので細かな人の動きをも判るのではないか。所々の林に隠されはするものの、何やら激しいことが起きているか。物音も次第に激しくなっていくし……確かあちらは比山らが津軽軍と戦っていた場所ではないか。目が悪い者でも大きな大雑把な動揺というものは判るし、今となっては誰もが起きている事態を想像できた。最悪を考えれば……滝本はあることを恐れた。為信が生きており、油断しているであろう安東軍を急襲したのではないか。小勢といえども為信であればあり得ること。勝つ見込みがあってのことか、あちらには沼田という凄腕が仕えているから十分考えられる。

 では比山らを援けに行くか……滝本はひとまず周りを囲む兵らを見回しててみた。誰もが心を乱し、為信を討ち漏らしてしまった焦りもさることながら、こちらも津軽の兵にられてしまうのではないかと無用なことまで口走っている。

 そんなはずはあるまいて、我らは何ヶ月も鍛えぬいた屈強の兵らぞ。それに先ほどの知らせでは安東あんどうちかすえ様率いる本軍はいよいよ津軽へ乗り込むと聞いたぞ。負けることはまずない。

 だが一方で滝本の頭に悪い考えがよぎった。このまま比山ひやまらを援けても感謝されるだろうか。結果として為信を殺したという嘘の知らせを流してしまったし、何よりもいずれは津軽を治めるときに彼らと権勢をきそうことになる。ここは兵もうわついているので、一旦は目内つめないへ引き下がることにしよう。

10-3 入れるはずなき

 日は完全に沈み去り、辺りは漆黒の闇に包まれた。頼りとなる光であれば月の明かりと、それを映し出す川の水面みなものみであった。松明を持って進むわけにはいかないし……滝本らの百の兵はひたすら川沿いを目内つめない館へ向けて進む。

 後ろより逃げてきた他の安東の兵に訊ねると……事態はさらに深刻だった。比山らの率いる安東軍の壊滅し、諸将のほとんどが討ち死にするか捕らえられてしまったらしい。生き残った兵らは我らに混ぜてくれと懇願し、滝本も彼らを断るいわれはない。そしていぬこく(午後八時ほど)に三々目内館の門前にたどり着いた。館主の多田ただひでつなは安東軍を津軽へ引き入れた張本人である。旧浪岡北畠氏の両管領家の一つとして浪岡御所を支えてきたが、時勢をかんがみて為信に与してしまった。しかし心のどこかにとががあり、為信の作った傀儡政権である水木みずき御所ごしょを安東に内通させる手助けをした。安東方にとっては非常に功績のある人物である。

 だが安東はこの密約を反故ほごにしてしまった。だが滝本も含めて安東方はそんなに悪いと感じていない。肝心な時に裏切らなかったのはあちらだし、比山ひやまらは生きるために拠点を出て戦ったようなもの……。

 ところが水木御所の兵らの中には秀綱の息子である玄蕃がいたはず。彼らを容赦なく攻めてしまったことは秀綱にも伝わっていた。そこで秀綱は……かたく門を閉ざす。許してなるものかと言い放ち、矢こそ射かけることは無いものの館の者を武装させ、急ぎ為信本陣に向けて急使を送ったのだ。

 滝本は相当そうとう苛立いらだち、この館を攻め落としてくれようかとも思った。しかし……落とせるには落とせようが、そうしているうちに後ろより津軽軍が追い付いてしまう。この士気の低い状況では負け戦になるのは目に見えている……。

 つばをひとつ吐き、滝本はその場を去るしかなかった。

10-4 お前だけは

 滝本率いる敗走軍はこく(深夜零時)あたりだろうか、津軽討伐の戦が始まって場所である津刈つかり砦(いかりがせき)まで引き返した。そこから矢立峠やたてとおげを越えれば、安東方である浅利あさり家の大館おおだて扇田おうぎだ城へ戻ることができる。そこには安東あんどうちかすえ本人が出陣しようと準備しているはずだ。しかもこのとき安東本軍の先鋒五百兵が津刈砦に陣取っており、いよいよ安東本軍が来るのだなという空気を感じることができる。彼らに話を聞くとすでに相当遅い時間であるので、山の上と狭い平地の数少ない家屋を借り受けて多くの兵らを来る戦に向けて休ませているらしい。滝本は先鋒の大将である大高おおたかへ細かに事情を話し、大高の方でもすでに逃げていた者から聞いていたようで、呑み込みがとても早かった。そして滝本へ淡々と伝えたのだ。

「わかり申した。あなたの率いてきた兵らを、後ろへ下がらせましょう。」

 滝本は安心して、“よろしく頼む”と応え、先頭で馬にまたがり、矢立やたてとうげの方へ進もうとした。すると大高は滝本一人だけ止めて、後ろから付き従ってきた者らを次々と通した。滝本は……この事態を理解していない。理解しようにもなぜ大高がこのようなことをするのかわからないし、いくら考えてもわかろうはずがない。すると大高は察したのか滝本にざわざわ耳元でこう言うのだ。手で違う方を示しながら。

「あちらならばお通り下さい。」

 南部領へと繋がる坂梨さかなしとうげ。……大高は何を申しているのだ。

「何もかも……わかり切ったことではありませぬか。あなたは安東領への入境を許されていない。これは殿御とのおん自らの命令でございますし、以後は安東と関わらないでいただきたい。」

 何を言っているかわからない。滝本の頭は真っ白で……なぜこんなにも貴重な人材を要らぬと申されたのか。そして大高は見かねてため息つき、最後に捨て台詞ぜりふ

「頭でわからぬのなら心に手をあてて、これまでの行いを思い出してくだされ。」

10-5 自害を

 為信率いる津軽軍はこく(午後十時)より少し前あたりであろうか、安東の残党狩りを兼ねて六羽ろくわかわを南下し、最終的に多田ただひでつなのいる目内館つめないに入った。

 為信は隣に多田玄蕃ただげんばを連れて館の門をくぐる。玄蕃はすでに心を隠すような所はなくなり、今やすっかり疲れ果ててしまったようで、若いというのに歩くのもやっとのようだ。それでも父に再会を果たして、感無量のように見受けられた。しかしこれが最後だということは為信も、他の家来衆も口を避けても言えない。すでに誰もが悟っていた……秀綱が裏で仕組んだことを。誰かがいくさの責任を取らないと収まりが付かぬのだ。

 もの静かに、廊下の脇にともしびが光る辺りで、為信は秀綱に対して命じたのだ。

「多田殿。あなたはこれより私と共に堀越ほりこし城へ参られよ。そこで膳を用意させます。」

 秀綱の方でも意味を悟ったようで……静かに頷くしかできない。為信は逆らう様子がないことを見定めて……次の言葉を伝えた。

「安心なされよ。多田殿がいなくなった後の館には玄蕃殿がいればよろしい。津軽には人が少なくなってしまった故に……代わりの者がおらぬのだ。」

 大甘おおあまだぞ。他の者は文句を言うだろうが……なぜ多田を潰さぬかと。だが津軽の内側で争っている暇はない。為信の心の内ではこのように思っていたことだろう。今は早く事を鎮めるのが急務である。

 そして裁定を伝え終わった後。為信はふらりと一人で誰にも気づかれないように……山の中へ姿を消す。するとブナの生い茂る中、向こう側の木のかげより密使が参上した。彼は崩れた身なりで、誰もが見向きをしないだろう恰好をしている。薄汚いというか泥まみれという訳ではないが、誰も関わりたくないような……だからこそ津軽の大地を駆け巡るのには好都合なのだ。為信は周りに誰もいないことを確かめるなり……。

 密使に忠告するのだ。

「この話を決して漏らすな。」

 密使の方でも静かに頷き、すぐさまその場から姿を消した。

 これより津軽氏は大浦おおうら氏に戻り、すべてのいくさは終わる。

嘗胆

10-6 両軍の隙を突き

 天正七年(1579)、旧暦七月十一日昼。ちょうど津軽軍と安東軍が六羽ろくわかわ沿いで戦闘を開始したころ……南部軍総勢二千兵がそとがはまを出陣。油川あぶらかわより油川城主の奥瀬善九郎おくせぜんくろうは千を率いて今羽いまばね街道(=羽州街道)を、横内よこうちより外ヶ浜代官職の堤則景つつみのりかげも千を持ってして大豆坂まめさか街道を進む。ともに行先は浪岡である。

 数日前より津軽安東両軍の膠着状態の報は届いており、今であれば津軽領は手薄。確実に勝てる算段がついたと奥瀬は判断した。浪岡奪還の好機であり、最低でも南部と安東で津軽を折半、あまよくば津軽全てを手中に収めんと企んだ。

 ただし何も戦さに持ち込もうと考えていないのが奥瀬の”いいところ”であり、浪岡にいる敵軍は五百でしかない。包囲して使者を送り、無条件での降伏を呼び掛けるつもりでいた。従わなければ……その時は攻め落とすしかないが。しかしもう一人の大将である堤はそれでは手ぬるいと、一挙に攻め落とすことを主張していた。特に則景にとって津軽為信は因縁の相手。彼が決起したからこそ姻戚であった堤家の一族は誅殺された。大浦家から後妻として娘を貰っていたばっかりに……とてもかわいらしい女だった。一番目の妻は病で亡くなっているが、その次に愛した女だった。これからだというのに……あいつは己以外のすべてを奪い取った。あの女の姉であるいぬひめ……今はせん桃院とういんであるか、彼女の弟らも滅ぼした上に、僻地へきちの寺に遠ざけている。だからこそ生半可な取り決めでいくさを終わらせたくはなかった。私怨だが、十分に為信を滅ぼすための理由となる。

 ……だが、己の身があるのは奥瀬が匿ってくれたおかげ。なんとも耐えがたいが、奥瀬がそういうなら耐えてみせよう。歯を食いしばり、唇をかみ、激しく心の臓が動こうとも……。

 南部軍は特に抵抗を受けることなく、酉の刻(午後六時)より少し前に浪岡へ到着。兼平かねひら綱則つなのりの率いる五百兵が籠る浪岡城を包囲する。数多くの篝火が、かの地を否応いやおうなく明るくしたことだろう。

10-7 弟の役目

 浪岡城にいるのは兼平かねひら綱則つなのりだけではなかった。すべての身代わりとして……為信の弟の久慈くじためきよが兼平より上座にて、それもかつて御所号の北畠きたばたけあきむらが腰を下ろした台座の上にいる。少し前はその後ろの白壁に掛け軸でもかかっていただろうが、そのような余計な装飾は一切ない。少し洒落しゃれた茶碗の一つぐらい手元にあってもおかしくないのだが、蔵を探ってもでてくるのは粗雑な木の椀ぐらい。すでに御所としての役目を終えたその建物は、“御所”という名を捨てて今や一拠点としての“浪岡城”と名乗るしかない。

 ともしびこそつけるが、風もないのにゆらゆら揺れて心もとない。為清の息が知らぬうちに乱れを起こして、兼平の息も別の乱れを起こして、もったいなき光が今にも消えそうになる……。そして突如としてその明りさえ消えた。奥向かいより襖は開かれ、ビューっと外気が流れ込んだためだ。

 けたのは沼田ぬまた祐光すけみつ。それも静かに……為清を手招きする。為清はできるだけ落ち着いて頷くが、どこかぎこちない。そのさまを見て沼田は少しだけ笑みを浮かべた。為信が昔“偽一揆”という企みを起こした時のあの様子、今でもありありと思い出される。その為信が作った道は……彼が死んだとしても誰かが受け継がなければならぬ。それが為清という存在であり、その役目を己など受けることはできぬと沼田は考えていた。

 為信が死んだとしても、家としてのは”まとまり”は残さなければならぬ。生き残った郎党は何を支えに生きていけばいいのか、その家族も代々の土地を失い飢え死にするだけ。それとも流浪の民になって、どこかへ逃げ去ろうか。皆々散り散りになってしまったら……為信の夢見たことは成し得ることはできない。新しい土地に根付いて田畑を耕している他国者や不埒者を守るのも、新しい大将の役目である。

 そして新しい大将である為清を支えるのが沼田の役目。ただ……運よく為信が生き残った場合は、為清は非難の対象に変わる。それを覚悟の上で為清はここにいた。いまだ浪岡城に六羽川ろくわがわ合戦の結末は届いていないので、決して晴れぬ心のまま。しかし勝っても負けても疲労困憊で何かしらの傷を受け、そのような将兵に戦える力がないのはわかりきったこと。無事なのは浪岡と深浦ぐらいで、それ以外のほとんどが六羽川沿いで争っている。そんな時に南部軍が浪岡を落としてしまったら、あとは攻められ放題なのだ。何もかもが終わる。

 だからこそ、為清の成すべきことと言えば……為信の身代わりに立って、南部に服属を申し出ることなのだ。とてもつらい決断だし、皆々納得するはずがない。しかし家を残す、そして意志をつなぐためには誰かがやらねばならぬ。

 為信が死んでいるのなら、いくらじょっぱりが強い津軽衆といえどもあきらめて従うだろう。しかし為信が生きていたら……まだ戦えると意気込んで、”独断”で外交を取り決めた為清に非難は向かうし、命さえ危うい。だが生きても死んでいても戦えぬのだから、やらねばならぬことに変わりない。為清は……その役目を受け入れた。

 沼田は為清を連れて、たった二人で南部軍の陣中へとおもむく。

10-8 頭を下げ

 明かりを求めた一匹の虫はかがりを目指してみるも、近づくと空気が熱を帯びてくるので離れようと考える。しかし一番近くの明るいところはそこなので、ついさっき考えたことを忘れてまた近づいてしまう。そして熱に気づいたときには、“ジュッ”と音を立てて身を焼き尽くす。他の虫共も初めこそ哀れに思うものの頭が悪いのですぐに忘れて、そのわずかな灰になるさまがあと少しで己の運命であることさえ知らない。

 久慈くじためきよ沼田ぬまた祐光すけみつは刀さえ付けずに、浪岡城北方の杉沢に置かれた南部本陣へと入った。二人とも草履の下には一文銭をわいつけて、これはもし地獄へと落ちてもこの銭を差し出せば針の山を通らなくてもよくなるという迷信による。つまりは死ぬ覚悟で、津軽の未来を背負って話しに来た。敵兵らからみてもその様はすさまじく感じたようで、誰も面白半分にちょっかいを出すなどしない。二人のために道は開かれた。

 本陣の真ん中、白幕の内側にいる奥瀬善九郎おくせぜんくろう。これで戦をせずに済むと予感した。一方で横にいる堤則景つつみのりかげはひたすら目をつむり腕も組んで、心の中ではもし二人がなことを申してくるなら直ちに斬り殺すつもりでいた。奥瀬が止めようとも……いや、奥瀬殿が止めるのならなんとか気持ちを抑えるが、それでも相手が挑発するならどうなるかわからぬ。知らぬうちに則景は奥瀬の顔を睨んでしまったが、奥瀬は心と表情をたがえる堤の心の乱れようを察して、あえて気づかないふりをする。

 いざ津軽側の二人が白幕の中へと入り、奥瀬と則景の目前にまみえた。為清は……至極真顔で、相手にこちらの内情を決して悟られまいとしているようだ。それに対して後ろにいる沼田はさすが津軽の軍師と名の高い男。こちらの考えも透かして見ているかのようで、一筋縄ではいかないだろうと奥瀬も身構えた。だからこそ沼田のペースに巻き込まれないうちに先手を打って……奥瀬は二人に申し渡す。

10-9 まさか

大浦おおうら堀越ほりこしを南部の直轄領とする。」

 奥瀬は二人の顔を見た。為清はさすがに心内を隠しきれず、哀れなごとく今にも泣きそうだ。沼田は……何を考えているか全くわからぬ。そこでさらに次の言葉を吹っ掛けてみる。

「こちらには山崎やまざきという北畠遠縁の者がおっての……その者を新しき御所号にえる。そこでお主らの水木みずき御所は無用だ。直ちに潰すがよい。」

 わざと為清を睨んで……こやつなら最後には許しを請うためにわめきながら額を地べたに付けるのではないかとも思った。沼田もさすがに顔を崩すだろう。そう考えて……二人を観察する。

 為清はしばらく言葉を返せず、喜怒哀楽という心の機微はすべて失われ、これでは役目を果たせぬと絶望に落とされたかのよう。……だが何かの拍子に目の色が変わった。闇に落とされていたのが、目に光が入った。月明かりが彼めがけて差し込み、星々のすべてが彼を応援しているかのよう。そうであったので奥瀬は思わず笑ってしまった。さすがは為信の弟、運命は彼に味方している。そして口を開こうとするが、それをあえて奥瀬はめた。

「まあまあ、そのような顔をなさるな。津軽のじょっぱりどもを、我らとて治められるとは思わぬ。」

 ここで沼田は平坦な口調で奥瀬へ問う。

「あなた様を見ている限りでは……殿は生きておいでですな。」

「さすがは為信のふところがたな。我らが浪岡を囲んでいたせいで、六羽ろくわかわの結末が入らなかったのだろう。そうだ、為信は生きている。戦に勝利して、安東の兵共は逃げ去ったぞ。」

 沼田はその話しを聞いて、少しだけ……口の横を崩した。奥瀬もこれまで床几椅子に正しく座っていた身を崩して、片膝に片腕をあてて、片手で頬をつく。笑みを浮かべながら為清と沼田に対し“実務的”な交渉をしだした。

10-10 御所は朽ちた

一、津軽氏は南部家臣となり、名字を大浦氏に戻して忠誠を誓う。

二、浪岡は召し上げ、新しく御所号として山崎やまざき氏を戴く。実際に治めるのは堤則景つつみのりかげ家臣の白取しらとり氏である。

三、かつて浪岡の領民であり希望する者を帰還させ、かつての土地に戻す責務を大浦氏は果たす。

 このあたりが帰着点だろうと奥瀬は話した。為清はその通りだろうと概ね同意。則景にも異論はない。ただし……まさかの沼田が喰いついた。

「私は他国者でございますので、同じ者らの悲惨さというものは重々知っております。そこで彼らを浪岡に住まわせて田畑を与えました。それを追い出せと申されるか。」

 その言葉を聞いて思わずカッとなった則景は机を叩き、沼田を睨みつけて罵声を浴びせる。

「今更何を申される。ならば浪岡より逃げた民をどう思われる。慣れぬ土地に追いやられ、ある者は滝本の苦難を負い、またある者は敵方に属して死に果てた。他国者などどうでもよい。」

 一触即発の事態。ここでまさかの決裂というのもありえるが……奥瀬は慌てていない。落ち着いたままだ。

「両人とも……ならば浪岡の者だった彼らを、代わりに水木みずきの広大な土地を与えよう。」

 見知っている場所にも近いし……すでに耕されているので苦労もない。いやいや、水木には水木御所があるのではと沼田は問いただしたが、もしやとすぐに察してしまったので言いよどむ。

「ほう……沼田殿は頭がよろしいの。水木みずきとしあきは死んだので、水木御所を保つ必要はない。いまや無主の土地よ。周りを固めた武者や農兵共に死に果てただろうし、丁度よかろう。」

 利顕のなれの果て。無理やり生かされて、悲惨に死んだ。果たして浮かばれることはあるのか。

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