【小説 津軽藩起始 浪岡編】第四章 北畠顕村、策に嵌る 天正五年(1577)夏

誘い 1-1 幕開け  梅は咲く。池の水面にその姿は冴え、淡い色は薄いながらも華やかにも見える。仙せん桃とう院いんは...

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謀の道

4-1 敵は為信

梅雨は明け、夏となる。浪岡周辺では為信に対抗すべく、慌ただしさが増す。

まずは南部氏代官の滝本重行による民をも巻き込んだ軍事調練である。これまでの平和を享受しきっている御所の兵ら。民も同じであり、夕暮れに八日町などを歩くと、へとへとに疲れた町人の姿が見受けられる。三日に一日は女子供も召集したが、これは滝本の 「籠るときは女子供も一緒。単純に彼女らも活躍すれば兵が”二倍“であろう」という考えによる。

民衆はこの調練によって集団的な抵抗の仕方、槍で一斉につく動きや石などを遠くへ投げる動きなどを学ぶ。一方で暮らしの時間をとられる民ら、商売をしている者は産物を仕入れることや売ることができないし、農家であれば田畑を耕すこともできない。特に収穫の秋はどうするのかと不満がる声が多く出ていた。


それら鬱憤が御所に向かうかというと……長老の北畠顕範はうまい具合にそらす。すべては滝本の命令であり、我らは仕方なく従っているだけ……という体で、民をうまくだましていた。それはいずれ滝本を追い出すときの一つの布石となる。

なお浪岡北畠氏としては滝本だけにすべてを任せていた訳ではなかった。浪岡は南部と結びなおしたことにより、直近の敵は為信となる。大浦城は浪岡より南西の方向にある。攻めてくるのも当然こちらからということで、両管領の一人である水谷氏の水木館、石堂氏拠点の増館、そして新たに顕範自ら滝井という場所に砦を築いた。三つの拠点は南西に向けて弧を描くように配置されており、それぞれ平野であるので防御性を心配されたが、曲がりくねった河川、それも大小入り混じっているので天然の守りとして利用できる。攻めてきたときには堰を切るなどして侵攻を防ぎ、さらには水流の勢いで敵兵らを溺れさせることもできよう。

4-2 横領

浪岡北畠氏はこのようにして為信への対抗策を講じていた。だが浪岡より遠方に領地がある者、例えば両管領の一人である多田氏は浪岡への出仕を止めた。自領で引きこもり、成り行きを静観する態度をみせる。尾崎氏など為信を推す勢力も一定数おり、かといって南部に従った浪岡へ歯向かう訳でもなく、同じく静観の意を示した。
ただし浪岡は内部分裂をしているものの、両管領のもう一人の水谷氏、他の諸氏は健在なので、為信が真正面から攻めたところでどうなるかわからない。

一方で南部代官の滝本重行。浪岡にて軍事調練をしつつ、自らの足元も固ようと策動した。目を付けたのは浪岡の裏側、外ヶ浜の横内城である。為信が決起して大光寺城を落としたことをきっかけとして、横内城主の一族は南部信直の命により誅殺された。先代の大浦為則の娘、仙桃院(戌姫)の妹が横内の堤氏へ嫁いでおり、血縁関係より謀反を疑われたためだ。その空き城は油川城主の奥瀬氏が管理しているが、滝本は奥瀬に対し城を譲れと迫った。まさかの申し出に奥瀬は戸惑ったし、何も滝本へ城を明け渡すいわれはない。

これに対し滝本は主君南部信直の命であると偽り、その上であたかも正論のように故を振りかざす。
“私が保護している大光寺光愛の遺子、いまだ持ち城はなく、南部の忠臣の子がこのようなことではおかしい。それに元をただせば大光寺氏は横内を拠点とした堤氏の分家。一族が故郷へ戻るだけなのだから、元の持ち主へ帰すだけであろう”

加えて滝本は為信へ対抗するため自前の兵も持つ必要があると説き、無理やり横内城を自分の物とした。ただしこの出来事は、あることをきっかけとして新たなる波乱を引き起こすのだが、次編に譲りたいと思う。

4-3 のけ者

その日、御所の北畠顕村は特にいらだっていた。浪岡の雰囲気に落ち着きはなくなり、物騒な話ばかり。顕村にしてみれば以前のような浪岡が好きであるし、和歌や蹴鞠などをたしなんでいたい。そんな平和な世界がいい。

かといってすべて軟弱というわけではなく、一応は長老の顕範に厳しく育てられた。故に意識の中には常に浪岡の将来のことがあるし、御所としていかに動けばよいか考えている。

だが、所詮は温室育ち。顕範の老獪さをわからないし、滝本の解ったうえでの行動も知らない。思いもよらぬことであり、結局は表層しか見ることができない。あくまで表層の話でのみ物事が進んでいると。おめでたいことでしかないのだが、もちろん裏には根回しがあれば、現場での腹の探り合いもあろう。そういったところを想像できないのだ。

顕村は何か自分がのけ者にされているような気もした。顕範や管領の水谷こそそうだ。さらには南部代官の滝本も顕村では話が通じないとばかりに彼らとばかり顔を合わす。


……こうなると、酒に入り浸るしかない。……大瓶に“山ノ下”と黒字で大きく書かれている。地酒の類だが、これがめっぽう強い。最初こそ烏帽子は灯の横に礼儀正しく置いてあったが、腕を動かした勢いで倒してしまった。……北向きの簾をあけると、暑苦しい夜ではあるが北には家々もなく川や田畑しか見えないので、気持ちは少しだけ晴れやかになる。これが南の簾をあけてみろ、隙間なく並ぶガサツな家々があろうし、人の往来も遠目ながら入ってしまう。……顕村は立派な直衣こそ来ているものの、中に来ている着物の胸元を大きく開き、体を横たえてる。


……北向きなので、月は見えぬ。風情がないなと無意味に貶してみた。だが元は自分で選んであけたのだから文句など語ってもと、自己嫌悪に陥るのである。

4-4 悪酔い

意識があるのかないのか、空に月があるようにも見える。北向きなのであるはずはないのだが、目に見える幻想の世界には月はまさしくあるのだ。

ふと気づく。後ろより誰かが近づく。顕村はこれまで肘掛に横たえていたが、それを遠くへ押しのけて、体を音する方へ傾けた。そして声をかける。


「おお。……吉町か。」

目をこする。まさしく家臣の吉町だった。眠たそうに欠伸をして、声をどもりながら問うた。


「なぜに、来たのだ。」

吉町は苦笑しながら、問いに返す。

「殿下がお呼びでしたので、参ったのです。」


おお……。そうだったか。


顕村の、機嫌が悪い時には必ず呼ぶ。歳は四十ほどなので父と子ほど離れているが、なにか気が合うものがあったのだろう。

「殿下。また顕範様に言われますぞ。」

これまたどもりながら“うるさい”というものの、せっかく吉町が来てくれたので、離れて転がっている肘掛をたぐり寄せて、体を起こしてみる。吉町はというとうるさく言うわけでもなく、顕村の前で胡坐をかき、“山ノ下”の大瓶を片手に持った。これをまじまじと見る。

「ほう……。最近の好みはこれですか。お目が高くていらっしゃる。」

4-5 きっかけ

顕村はおぼろげな中にいる。思わずひとつ前の言葉に返した。

「顕範に言われるだと……それどころか最近は来てくれぬ。」


「忙しい方ですからな。」

吉町は自分の新しい盃に“山ノ下”を注ぐ。それを片手でぐいっと呑んだ。……これでは強すぎる。強いほうの顕村であれ、これでは悪酔いする。


「のお、吉町……。」


「なんでございましょうや。」


「……月がきれいよのう。」


吉町も外へ目を向ける。……簾が開かれてこそいるが、川や田畑などしかみえない。北側なので当然だが月も見えるはずもない。だが吉町は“そうですな”といい。顕村の空になった盃に“山ノ下”を注ぐ。

「殿下……。特に気を晴らす必要がおありですな。」

顕村は黙りこむ。目もつむり、しばらくすると……非常にゆっくりと首を下に傾けた。

「そうじゃ。私は何かせねばならぬ。」


実はここで吉町は少し戸惑うのだが、顕村にわかるはずがない。自分も落ちた身の上だなと哀しくもなる。そして顕村を誘うのだ。

「では、ある所へお連れいたします。きっと殿下にとっていい機会でしょう。」

ヤマノシタ

4-6 場違い

……入る機会をうかがう。


障子の向こうからは光が漏れる。中にいるのは十人ぐらいか。各々真剣に、裏返された茶碗を見つめている。


奥にいる恰幅のいいごろつきはその茶碗を揺り動かす。賽子が中でコロコロと音を立てる。ごろつきが勢いよく“蓋”を開けると、周りの者はそれぞれの表情を浮かべる。笑う者、泣く者、叫ぶ者。酒も入っているせいか、感情の起伏が大きい。

負けたものから、銭をとる。勝った者には銭が与えられる。…………ここではだれもが平等である。

その光景を見た顕村の酔いは醒め、少ししか開いていない障子を急いで閉じた。隣の吉町へ戸惑いの目を向ける。吉町はというと顕村の両肩を力強くにぎり閉め、小さな声で伝えた。


「いいですか、殿下……。下々の声を聴くのは上に立つものの仕事。これが第一歩でございます。」


そのために、二人とも身なりを粗雑な麻の着物に変えていた。”つぎはぎ”がされ、傍から見れば農民ぐらいにしか見えないだろう。当然だが顕村の薄くされていた化粧なども落とした。


「顕範様や水谷様に近づくには、まず浪岡の今を知ることです。」

顕村は嫌がりつつも、しぶしぶ吉町の言葉に従う。顕村の気が伏せる大きな原因は、政治に参加できないことである。直接耳を傾けることで、何が必要なことかわかるかもしれない。“何かせねばならぬ”とはこういうことだ。

4-7 獣ら

……内側より、大きな怒号が響く。


「おい、誰かいるのか。」

顕村はその荒々しい声に驚き、次に恐れを抱いた。己の世界とは違う、何か得体のしれぬもの……。もちろんそれは実物だし、現に存在する。この障子の向こう側には下々の世界、それも下のさらに下。高貴の対極、野蛮であり粗雑。


頭の中にさまざまな想いが駆け巡るが、それもつかの間。吉町は内側に向かって声をかける。


「弥右衛門でございます。」


すると、内側から“入れ入れ”と無数の漢の声が続く。談笑と変わり、障子戸はそちらより開かれた……。


吉町はとまどう顕村を連れ、末席にて座す。……ここでは御所号や殿下でもない。誰もが平等であり、あるのは勝ち負けのみ。当然だが顕村はそれを理解して名前を隠すつもりだし、出したが最後、野蛮人らの餌食にされるだろう。誰も助けに来てくれない。


ならばなぜこのような場に来たのか。それは上に立つ者の務め、下々の者はどう思っているのか、直接に聴くことで、本当に必要なものが見えてくるかもしれないからだ……と思いこませた。何かが変わることは絶対だ。なおいっそう強く、心に感じさせる。感じさせることで……恐怖を和らげようとした。

顕村にとっては突然に、周りの者からしたら落ち着いた頃合いに、とある恰幅のいいごろつきは顕村に問うた。

「お主の名は、なんという。」

4-8 仕組まれたこと

顕村の頭の中は真っ白だ。本名を名乗るわけにはいかない。だからといって、何かを考えてきたわけではない。ついさっきまで酔っていた身の上、義務感とささやかな期待だけでこの場へやってきた。次に襲ったのは恐怖と後悔。ああ、体が小刻みに震えてきた。……ほかの者は気付いていないだろうか。あまり長引かせても……名前ごときで悩むなど、もってのほかだ。

ひねり出したのは、この名前だった。


「私は、霊山王だ。」


すべての野郎どもの動きは止まった。全員が、顕村を凝視する。……すると、一人の細身の者が顕村に尋ねた。


「もしかして……あの有名な、大盗賊の。」


顕村は勢いで続けた。


「そうだ。その霊山王だ。」


顕村にとってはそのような名の盗賊など知らないし、逆にその名の者がいたことに内心驚いている。……細身の者は吉町に向きを変えた。


「ではあなたの首領様は、霊山王だったのですね。」


「蒔苗、そうだとも。嘘じゃなかったろ。どこの誰だ。お前が大物に仕えるなどできぬと申した奴は。」

周りの者は、どっと笑った。

4-9 苦笑

笑いの声が部屋にこだまする中、顕村は隣の吉町に“訳”を尋ねた。


「実に言いにくきことですが……昔より賭け事が好きでして、本性を隠して参じております。そこなる蒔苗という者は……単なる使用人風情。“まかない”を作ることが仕事なので、転じて“蒔苗”と名乗っているだけでございます。」

“そしてあちらなる賭けの元締めは……“ヤマノシタ”と申します”

“……ほう。ヤマノシタと。下の名は”

“いえ、それ自体が名前です。下賤の者ゆえ、苗字などありませぬ”

顕村はまじまじと恰幅のいい体つきの、その元締めを見た。“ヤマノシタ” は顕村の様子に気づき、笑顔で問いかける。

「それでは霊山王。賭け事は初めてですかな。」

……大盗賊なるものが博打をやったことがないのも変な話なのだが、なんと言おうか。


「上方より参ったのでの、こちらのやりかたはよく知らぬ。」


「そうか。では、お教えしよう。」


ヤマノシタは、目の前に転がっていた賽子サイコロを持ち、横に寄せてあった白い茶碗に入れ、勢いよくひっくり返した。床に茶碗の縁へりがつき、中が見えることはない。

「至極簡潔。上方の民は頭がよきこと。いささか込み入って難しいかもしれぬ。だが田舎の民は頭がようない。」


野郎どもは思わず吹いている。

「賽子が、何の目であるか当てるだけ。さあ、なんと心得る、霊山王。」

4-10 本末転倒

“壱”

すべての者の目は、その白い茶碗、その中の賽子へと注がれる。……ヤマノシタは、静かに暗き中へ光を入れた。……顕村あきむらにとっては永い刻のように、実際は一瞬でしかないのだが、まるで一生の出来事のように。


ヤマノシタは、茶碗を天井に向かって突き上げ、大声で叫んだ。

“壱だ、大当たり”


野郎どもは床という床、己のひざ等を強くたたき、顕村の運の強さを称えた。だがここで蒔まか苗なえが水を差す。


「しかし、何も賭けてないではないか。」

そらそうだと、これもまた大きく騒ぎ立てる。

「では、どうですかな。手持ちの銭でも。」


ヤマノシタは勧めた。顕村は隣の吉町を見る。吉町は顔をひきつらせながらも、“いいのでは”と賛同した。そうして懐にあった銭の束。紐さしという縄によく似たヒモで繋がれている。これを出してみる。……すでに最初にあった戸惑いのようなものはなくなりつつある。


ヤマノシタは同じように茶碗に入れ、数を問う。顕村は“弐”と答えた。すると、これもまた“弐”であった。“参”と答えれば“参”と、“四”と答えれば“四”と出るものだから、顕村は調子をよくする。周りの野郎どもも威勢よくはやし立てる。銭も、そのたびに倍々に増えていく。……実のところこれまで銭自体に興味はなかったのだが、これはこれで快感なのだなと初めて知る。最後には“大運を持つ男”として機嫌よく帰ったのである。本来の目的を忘れて。

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