【小説 津軽藩起始 浪岡編】第三章 兼平綱則、浪岡を退く 天正五年(1577)梅雨入

誘い 1-1 幕開け  梅は咲く。池の水面にその姿は冴え、淡い色は薄いながらも華やかにも見える。仙せん桃とう院いんは...

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向かう先

3-1 世間知らず

 浪岡御所の本殿。少し高い向こうの檀。一番奥には屏風があり、水辺の葦に小鳥が一羽とまる。いままさに羽ばたこうか羽ばたかまいか迷っているようにも思える。お天道様は視界に入っているので暗いわけではないが、薄い霧が辺り一面にかかっている。
 鳶の類に狙われたりしないだろうか。そうでなくても餌を見つけることができず無駄足、いや無駄羽というべきか。わざわざ危険を冒してまで飛び立つ必要はない……。
 ただし動かないままでは格好の餌食になりえるし、餌だって得ることはできない。
 上座に胡坐するは北畠顕村、御年二十二歳の若者である。御所として浪岡にて座しているが、特に苦労してきたわけではない。小さいころに起きた内乱“川原御所の乱”では己の命も危機に陥ったらしいが、今となっては記憶にない。長老の北畠顕範の意向で妻を安東より迎えており、もちろん御所であるのでどこともなく正室を迎えるのは当たり前であるが、顕村はこの意味を深く考えたこともない。
 一方で長老の顕範は内乱以前より言葉こそ出さないが、浪岡が独り立ちすることを夢見ていた。だが当時の浪岡にはそのような力はないし、南部氏の操り人形にすぎない。将来の布石として南部に対抗できうる勢力……安東の嫁を御所に迎えることにより、力学を持って浪岡の立場を強くしようとした。当然南部氏からは“なぜ敵方と結ぼうとする”と猛反発を喰らったが、南部氏の官位受諾を朝廷に求めることと引き換えに強行突破した。加えて上洛の際に“安東との婚儀は喜ばしこと”と摂関家からお墨付きもいただいた。……故に顕範はいまだ南部から睨まれている。

ただし、御所の顕村はそのような苦労を一切知らない。

3-2 風

そしてチャンスが巡ってきた……。大浦為信が南部に謀反を起こし、津軽の地より南部の主要な勢力を追い払ったのである。残されたのは旧来伝統的に浪岡家臣だが、いやいやながら南部に従ってきた領主たち……。唯一純粋な南部家臣として田舎館の千徳分家が存在するが、一家ではどうにもならぬ。


ここで長老の顕範は腹の底を明かした。


“いまこそ浪岡は独立独歩で行くべきだ”


南部の力が弱まった今、残された諸勢力を結集して、再び浪岡に仕えさせる。実際に多田や朝日など遠く離れた者も出仕してきた。ここまではよかった。旧来伝統的な家臣が再び結集し、かつての栄光の日々を取り戻すのだ……。


だが新勢力である為信の威圧は強く、浪岡に対し南部とこれまで結んでいた関係を、改めてわが方と結べと脅迫してきた。一応建前としては、“津軽を豊かにするためには岩木川の一元管理が必要”とかほざき、協力を求めてくる。


屈してはならぬぞ、ならぬぞ……。


周りの者らの顕範に対する態度、非常に煙たいものへと変わっていく。どこの誰かは顕範を追放する計画まで立てているらしい。馬鹿らしい。

だがまたしても風向きは変わろうとしている。大光寺の勇士、滝本重行が浪岡に参上した。南部は再び浪岡への関与を強めようとしている……。顕範と多田水谷の両管領、補佐などの重臣が両脇に一同座す。中央には使者の滝本。対面するは上座の顕村である。

3-3 出方

滝本は腹から大きな声で、威勢よくのたまう。


「このたびは北畠御当主、浪岡式部顕村様にお目通り叶い、恐悦至極にてございます。」

顕村はとりあえず笑顔で返す。

「滝本殿、ごくろう。貴殿の武勇知略ともに秀でること、この浪岡にも聞こえておる。」


「お褒めいただき、光栄でございます。」


……ここまで、想定しうる問答だ。どのタイミングで事が一気に進むのか。この会話のあとすぐに言葉は途絶え、この場にいるすべての人間は互いに様子を窺う。

非常に長く感じる。実際は十分程度の沈黙だったろうが、小一時間も経ったかのようだ。


静けさが苦痛になる。……再び会話を始めたのは両脇の上座側、多田の対極に座す水谷であった。


「……元をただすと浪岡北畠は南部氏に助けられた一族。そうよのう、滝本殿。」


滝本は横を向き、笑顔で返す。

「そうですな。私もそのように承っております。」

「伊達の霊山城から逃れ閉伊の片田舎に隠れ住んでいたところを、南部の殿様が浪岡という開けたところへお移しになられた。」


……互いに本音を出すことのない、この場で出そうものなら負けとなる。

3-4 不利

水谷は辺りを見渡し、皆に言う。

「ならば、これまで通り安心して南部殿へ託すのが一番よいのではないか。」

滝本はさらなる笑みで頷き返す。浪岡の家来衆はというと……いまだ“だんまり”だ。そこで水谷は家来衆の一人を名指す。


「石堂殿。あなたはどうお考えで。」


突然あてられた石堂は困惑する。横の多田に目をやるものの、多田はすぐに言い出す気配はない。しかたなく口を開いた。

「……南部殿はこれまで浪岡に尽くされてきた。これからもきっとそうだろう。……しかし恐れながら、今の南部に浪岡を守りきれますか。」

滝本はすかさず返す。


「ごもっともかと存ずる。確かに傍から見れば家督さえままならぬ。しかしご心配は無用。私がおりますゆえ。」


“かつて私は寡兵で大軍を打ち破った。正月の油断こそなければ、勝ち続けることができたのだ”

「その兵術、抵抗の仕方。すべてを余すことなく浪岡の兵に教えましょう。」


おおいに自信がある。それに浪岡の兵力はかつての大光寺よりも多い。為信も簡単には攻め込んで来れぬ状況もそろっている。


ここで多田は耐えきれなくなって、話を遮りに入る。

3-5 敗北

「ならば南部殿が率先して、津軽の治水をやってくださるのか。」

多田はこのように話して滝本に抵抗しようとしたが、当人の顔は青ざめきっていただろう。事前の根回しにより、大勢はほぼ固まっている。

滝本はわざと不思議そうなそぶりをしながら、多田に言い返した。それも饒舌に。

「はあ、治水と申されても。元からの津軽の住民が暮らせるだけの田畑は間に合っておろうし。川の流れを変えられて困る“川の民”はどうなる。土地を整えるという名目で追い出される“アイヌの民”はどうなる。それに治水のための金はどこから。貯めるとしても二十年三十年はかかるだろう。人はどこから。……仮に人を集めたとしても、これこそ為信が不埒な者を雇う名分だろう。そうやって兵は増え、食い散らかされる。津軽の民は津軽の民でなくなる。いずれ他国者の世界になろう。それで多田殿はいいのか。」


滝本は一気にまくしたてた。多田はひるみそうになるも、なんとか次の言葉を出す。

「私は摂津源氏、御所は京都、南部氏とて甲斐の山奥ではないか……。」

“ふん”と滝本は腹で笑った。


「そうですな。元をただせば我らの祖先も他国者、しかし何百年も前の話をされても困ります。それに今の他国者は質が違う。ただただ混乱を招くだけで百害でしかない。」


滝本に賛同する者……つまり、南部につこうと考えている者らは愛想笑いをする。それは多田にとって大勢のように感じられた。

老獪

3-6 望み

滝本に次いで、水谷は別の者らに問う。彼らは愛想笑いをしなかった。


「菊池殿、朝日殿。あなたがたはどのようにお考えで。」

思わず二人は慌ててしまったが、一応は落ち着いているかのように振る舞おうとする。ちらちらと御所の顕村や長老の顕範の方を見つつ。


「私どもとしては、御所の一存に従うのみでございます。」

水谷はさらにほかの者にも問う。


「補佐殿はどうです。」

補佐は浪岡北畠家中に珍しく武骨な人物で、でしゃばって話すことなど一切ない。あまり人付き合いはよろしくないが周りも彼を認めていることもあり、のけ者にするようなこともなかった。その補佐が口を開いた。

「……同じく、決まりしことに従う。」


水谷は頷き、滝本は笑みを漏らした。多田はさらに青ざめ、あとは長老の顕範がどう出るかである。顕範は当初からだまったままで、腕を組んで口を開かない。何を考えているのかわからぬが、最後の抵抗の要となるのは彼しかいない。浪岡の独立独歩を唱えた彼ならば、きっと滝本に対して異を唱えるだろう。多田にとっては不本意だが、一つに決まりかけているこの場を乱してくれることに期待した。


しかし、顕範の言葉は多田を裏切る。

「それで滝本殿。兵の訓練を早速だが明日からやってくれぬか。」

3-7 期限付き

その場にいる者すべてが驚く。まさかあの顕あ範がそのような決断をするとは……。滝本の申し出、ひいては南部につくと宣言したようなものだ。


滝本も最初こそ驚いたが、すぐに表情をにこやかなものへと戻し、顕範に対しこういった。


「早速、兵の訓練を浪岡の者らに受けさせましょう。その家族も重要です。城にこもるとなれば兵と同然、活躍してもらわねば困ります。」


多田は額に右手を当てながらうな垂れた。もう無理だ。浪岡は異なる道を歩む。私はといえば……領地が浪岡より相当離れているため、現実的に同じ動きをするのは不可能。


そんな中で違和感を残す者が一人。御所の北畠顕村である。まだ二十二歳で温室育ちの彼に、本音を底に隠しながら言い合うなど想像もつかない。今だって長老の顕範が心より南部に従ったわけではない。滝本の言う“調練”……為信の、それも二倍以上の兵力を打ち破ったその手腕……余すことなく吸い取りたい。いずれ、浪岡が独り立ちするときに生かされる。そこで顕範は滝本へ話す。

「まずは一年、じっくりと兵を強くして頂きたい。次の一年は奥瀬の兵を。浪岡が危うくなったときに動く約束であろう。そちらも強くしてもらわねば困る。」


滝本も顕範を信用したわけではない。南部嫌いで通っていた顕範の変わりよう……何か裏があるのは当然なわけで、加えて内乱を抑えたこともある実力者。決して侮れない。


キーワードとなる“一年”の言葉。一年後には何が何でも追い出すぞというメッセージに等しい。

3-8 圧

長老の北畠顕範、御所の北畠顕村の前へわざと恭しく進み出で、この若君に裁可を願う。

顕範の目は鋭く、空気を察しろという圧が強い。ただ残念なことに、顕村には不信感しかない。つい最近、やっとで顕範の本心を聞けたと思い嬉しく感じていた。“浪岡の独立独歩”……危うい道だし、他の家来衆とも意を異にする。だがせっかくのことであったので、顕範の好きなように言わせておいた。

ところが今や逆のことをのたまわっている。浪岡は南部に従うしか道はなく、以前も以後も変わらぬとでも言っているかのような。

かといって顕村に、この場をひっくり返すほどの力もない。立場はある意味でお飾りに近い。……そこで顕範に対し無言で返す。鋭い目線はぶつかり、それは周りの家臣団をも動揺させた。

その家臣らの中の一人……多田はいっそう哀しくなっていた。だが、自らは旧来伝統的であるが浪岡を支える管領という立場。……この場をおさめなくてはならない。


多田は少しだけ前へでて座り直し、御所の顕村を憐れみの表情で見つめた。少しだけ首を横に振り、“もう抵抗はやめろ”と言わんばかりに。


顕村は多田の表情に気付く。……己は顔を引きつらせた。沸き立ってくる怒りの心、仕方ないのはわかっているのだが、睨み合い始めた以上、後には引けぬ。しかし……反南部の多田が、矛をおさめよと。……不本意だ。人生最大の屈辱だ。これでは御所の名は形無しだ。


……静かではあるがゆっくりと、何か下に痞つかえているものでもあるかのように、顕村は頷く。


こうして浪岡は再び南部へ従うに至る。

3-9 悟る

最初こそは一滴、そして次の一滴、何滴も折り重なるように増え、じゃあじゃあぶりの大雨となる。夕刻の日暮れは遠く岩木山の彼方へ見えていたが、突然わいた黒い雲に辺りが覆われてしまった。


浪岡八幡宮に詰める兼平は、御所で終わったであろう話し合いの始末を慮っていた。……遠くを囲む四日町、そちらへ浪岡在地の武士らが粗雑な笠などをさして帰り始めている。

何十件もの民家の先にある御所。小窓より家々へ帰る者らを覗くと、位の高い者であれば裃を、低そうな者なら紺色のサグリなど着て、刀を差していなければ侍とわからぬような服装もあった。……雰囲気はというと誰もが同じで、明るい者は一切いない。加えて言うならば、こちら八幡宮の方に顔を向けない。


“……そうか、失敗したのか”


これさえわかれば長居は不要。今すぐにでも出立し、大浦城へ戻ろう。すでに手持ちの荷は準備してある。さすがに名門浪岡北畠であるので敵になったとしても使者という立場の者を殺そうとはしないだろうし、……この偶然なる雨を使えば何事もなく浪岡から抜けることができるだろう。


そう思い、近くに侍る二人の従者と目を合わせる。三人は同時に立ち、御所とは反対側、裏口の方へ足を向けた。


すると向こう側から一人の若い侍が急いでこちらへ来るではないか。どたとだと廊下で音を立て、……私たちが目的ならば殺しに来たのか、……そんなはずはあるまい。まるで殺気はなく、どちらかとうと、何かを伝えに来たという感じだ。

3-10 存ぜぬ

「兼平様。もう出立なさるおつもりで。」


息を切らしながら、若い侍……といっても、兼平自身も若い侍なのだろうが、同じ歳ぐらいである。いやあるいは自分よりも若いかもしれない。


「もうわかっている。……貸してくださるのなら、馬はあるか。」


……おそらくこの者は味方だ。その若い侍は急いで馬を捜してくるので裏門で待つように話した。


……雨はさらに激しさを増す。光など見えぬほどに。兼平は空を見上げた。星など見えるはずはなく、あるのはどす黒くて厚い雲だけだ。笠をもたぬ兼平の顔に容赦なく降り注ぐ。


……若い侍は家来の者と共に三頭の馬を連れて兼平らの元へ参じた。


「申し遅れました。私は多田の息子で玄蕃と申します。」


「ほう。私よりも若そうな子が多田殿にあったのか。」


「遅くに出来ましたゆえ。」

ささやかだが、笑顔が生まれた。そのにんまりとした顔のまま、兼平はその大きな馬にまたがった。……最後に振り向いて、一つだけ問う。

「それでは玄蕃殿。水谷の息子とも親しいだろうが……知っているのか。」


玄蕃にとって水谷の養子、水谷利顕は親友ともいうべき存在。だがこの時、玄蕃は利顕がその実、川原御所の忘れ形見だということを聞かされていない。さらにいうなれば、利顕自身もそのことを知らない。兼平は答えがないことがわかるなり、手綱を馬の脇腹へ大きくたたく。玄蕃とその家来は、全速力で街道に向かって駆けて行った兼平達を見送るしかできなかった。

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