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誘い
1-1 幕開け
一人は腰がたいそう曲がった老人。肌色はめっぽう悪く、今にも死にそうである。この度たびは残りの気を振り絞ってやってきた。その後ろには三十ぐらいの侍が二人。
1-2 諭し
子供らは三人の姿が見えなくなったとたん、法堂の彼女のもとへ走り出した。こけて未だ泣いている娘は十くらいの年長の男子が背負う。
……子供らのすべてが戸惑いを隠せない。彼女は縁側より草履をはいて、子供らのもとへ駆け寄った。そうすると子供らは彼女の裾を掴み、抱き着いたり泣き出したり。そんななか、年長の男子がいう。
すると、向こう側から寺男の一人がやってきた。彼も少し戸惑っているようだが……立っている彼女に寄り、耳元で伝えた。
1-3 突如として
そして彼女は上座に腰をおく。その座る音、陰の動く様。三人は静かに顔を上げた。……最初に信治が口を開く。
信治はここぞとばかりにたたみかける。
1-4 妹の死
信治の声は強くなる。
ここで、信治は訴えかけた。
信治は彼女の、次の言葉を待つ。答えはわかり切っている。
1-5 たたみかけ
三人は唖然とした。予想外の言葉に、信治は狼狽した。そして大声で怒鳴る。
「そうですか。そのようですな……。わかりました。……次にお見せするのは、弟の鼎丸様と保丸様に関しての密書でございます。」
戌姫と信元
1-6 反乱の種
信治は苦笑しながらも読み進めた。仙桃院に容赦ない。とりあえずは耳を塞ぐことなく聞いてはいるが、思考は止まっている。受け入れることのできぬ事実。
「おかしいことを言いなさる……戌姫様。沼田が動いているということは、確実に為信の命を受けております。あなたが一番ご存じなはず。」
森岡信治はそのちょうど一か月後、五月の雨がちな日にこの世を去った。だがその意志は無くなることなく、誰ともなく受け継がれていくのである。
1-7 出家後の世界
仙桃院の住まうのは、昔の城跡である。かつては赤石城と呼ばれたらしいが、いまとなっては少し小高い丘に、簡素な造りの何軒かの家屋を寺と呼んでいるだけである。出家直後、為信と関わりなく生きたいとの想いが強かったので、大浦家本拠地の大浦城より岩木山で隔てられたこの地へ移り住んだ。時が経るにつれて心境に変化があっただろうが、故に遠く離れたこの地にいる。ちょうど日が暮れる頃太陽は日本海と山々の間にちょうど落ちるように見える。(特に冬には)
1-8 子供らが成しえたこと
子供らは手分けして、男を木陰や屋奥の影より見張る。まだ少しばかり残雪が残る雑木林。梅の季節といっても、夜は寒い。……さきほどは何もしてやれなかったが、相手は一人らしい。子供総出でかかれば、何とかなるのではないか……。
男は彼女のいるであろう法堂へあがろうと、草履を脱いだ。すると、“わっ” と小さい影が男へ向かっていく。子供らは何も持たず手ぶらだったが、不意を突かれた男はあっという間に取り押さえられた。一人が後より縄がないことに気づき、どこかしらより取ってくる。そうして男はがんじがらめにされた。
そこには暴れながらも捕われてしまっている森岡信治の息子と、とても誇らしげな顔つきで、今から彼を懲らしめようとしている子供らの姿があった。
1-9 信治の子
「なにも危害を加えようとしてないわ。今すぐほどかぬか。」
仙桃院は初め事態を飲み込めず、少しばかりそのまま見ていたが、途中ではっと気づき“やめなさい”と子供らに一喝した。
やっとのことで騒ぎは落ち着く。男と子供らは互いに不機嫌そうで、辺りが暗くともはっきりとわかる。……彼女は縄をほどくように命じたが、もともと縄のしめ方などめちゃくちゃで、埒があかなくなったと見るや、彼女自らが小さめの太刀で切り落とした。やはり凶器を持ったとき男は驚いている様子だったが、そんなはずはなかろうと目をつむり、身を彼女に任せた。
男は口を開いた。
信元は首を横に振る。
1-10 閉ざす。
仙桃院は問う。ならばなぜ戻ってきたかと。
信元は答えた。
「……このまま引き下がるのでは、戌姫……いや、仙桃院様を傷つけただけになってしまう。」
彼女はその言葉を聞いて、なぜかおかしくなった。表情は硬く保ってはいるが、心中は何かよくわからない感じ。
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「信元殿、それで何をなさりたいのか。」
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「いや……わかりませぬ。忘れ物があると申して引き返してきただけで、これといって何をなそうとかありませぬ。ただ……。」
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ただ……。
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彼女は信元の言葉を待つ。辺りはただ暗闇が広がるのみ。
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「ただ……主君の為信を嫌っているのは父上ぐらいなもの。元々あの密書も、敵方よりわたされ申した。」
…………
・
「思うのです。われらの主君は、仙桃院様の存在を忘れたことはない。弟殺しも兼平の先代がしでかしたことに過ぎない。同僚の綱則からも聞いておりますが、あいつが嘘をつくはずがないのです。」
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忘れてはないと……。そのあとの話は、頭の中に入ってこなかった。そして、心とは裏腹の言葉で返すのである。
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「別の女と二男一女を設けておいて、その言いぐさはないでしょう。」
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信元は次の言葉を話そうと口を開く。しかしその前に彼女は向こう側へ去り、障子戸を閉めた。
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