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見果てぬ夢
10-1 運
この頃より、津軽ではある噂が広がる。
“為信様は津軽を治めるお方。津軽の王者たるべきお方。為信は民の安寧を求めている。……民は競って為信に従うべき”
乳井らが仲間の僧侶らと協力し、村々を歩いて喧伝。次第に南部氏を良しとしない風潮と併せ、為信への民衆の期待は高まった。
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そして秋が来る。前年とは違い、豊作であった。本来なら年貢をきっちりとるところだが……特例として、その年だけはいつもの半分でいいこととした。理由は、正月に落成する岩木山神社と百沢寺の前祝いである。民衆は喜び、為信待望論はさらに沸騰した。
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同じ頃……静かに死にゆく者が一人。巷の熱気を浴びることなく、果たせなかった夢を見る日々を送る。
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万次である。
高山稲荷の社殿、そのような目立つところにはいない。奥離れた林の中、ひっそりと建つ朽ちかけた小屋の中。
体調が悪いのを仲間らに隠すため、わざと人気のないところで臥す。
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……そして、木の陰から覗く男があり。小笠原だ。万次をいつ仕留めようかと企んでいた。しかし……病に罹る人間を殺すのも、心にさわる。躊躇っているうちに、日々は過ぎていった。
万次もとっくに気付いている。たまに来る者らも注意を促すが、あえてそのままにさせておいた。
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いつ、殺されようか。俺の役目は終わっている。
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……津軽統一を先に考えたのは、俺が最初だ。“我らが津軽を征する”と叫んだ瞬間を、ありありと今でも思い出せる。
俺は生贄として、為信をも殺そうとした。しかし、為信は生き残った。
俺と為信で違うものは……“運”だ。
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ここは潔く、夢を託そうと思う。
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10-2 死際
外より、落ち葉を踏みつける音が近づく。一人、戸の前で止まった。……たて付けの悪い木戸は、強く押さないと開かない。
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小笠原は、万次を殺さんと現れた。
万次は床に就いたまま顔を向け、笑みを浮かべて出迎えた。小笠原は近くに寄り、布団の横で座す。
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無言のまま、時は過ぎる。
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……小窓からは、秋の寒い風が入る。万次のその弱った体にはきつい。いくら布団で覆っていても、しみるのだ。
小笠原は一切表情を変えず、座り続ける。
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そんな彼に、万次は語りかけた。
「殺しに来たのか。」
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頷きもしない。
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「やれ。」
万次はそういうと、布団を少しだけ足の方へずらした。首元を隠す物は、何もない。
小笠原は刀を抜く。静かに、そしてゆっくりと、輝く部分を首に近づける。そして刀と首は接し、動きを止める。
ひんやりとした感触。氷の冷たさのようだ。少しだけ皮膚と刃がこすれ、赤い血が隙間より漏れだす。
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万次はなおさら笑顔を作って、小笠原に言った。
「やっぱり、死ぬのは痛いな。」
小笠原の、仏頂面は変わらない。万次は……最後の語りを始めた。
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“俺の周りに集まった下衆ども。やつらに夢を見させてやることができたかな”
“安心しろ。仲間にも言い含めてある。俺が死んでも……為信に従い続けろってな”
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片方の手で、早く殺せと急かす。万次は目を瞑り、今にも逝かんとする。
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10-3 最期
小笠原は、その体勢から一向に動かない。万次はしばらく目を瞑っていたが……次第に心が揺れる。
いざ決心がつく。小笠原は刀を振り上げた。
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すると……突然。万次は布団を両手でつかみ、小笠原の方へ投げた。刀は布団の綿を顕わにさせた。
万次は叫ぶ。
「聖人君主の如く、だまって死ねるか。」
辺りの物、ことごとく投げつけた。小笠原は甘んじて全てを受けた。近くに物がなくなると、万次は体当たりを仕掛ける。残っていた力を振り絞り、小笠原へ向かう。
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……一振りで斬り捨てられた。斜めに刃は入り、万次の体は横へ倒れこむ。
命は、一瞬のうちについえた。
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万次は口を大きく開け広げたまま。顔の皺を際立たせ、この世の者でない形相を示す。
小笠原は……涙を流す。万次が死んだのを確かめると……その場から立ち去った。振り向くことはしない。
万次は、かつて小笠原を助けた。信州より逃げてきた時には食べ物を恵み、大浦家への仕官も薦めてくれた。大恩人を斬る羽目となる。
小笠原は……このまま何処かへと放浪しようかなとも思った。ただ……それでは万次のしたことが無駄になってしまう。
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万次も夢見たこと。
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“津軽を平らげる”
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為信の元、果たそうではないか。
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その後、小笠原は大浦家に戻る。万次党は分裂こそすれ、多くは為信に従った。一部は港町鯵ヶ沢を燃やそうと企んだが、鯵ヶ沢代官の秋元が未然に防ぐ。彼らは舟をこぎ出し、さらに北へと逃げていったという。
万次党は、大浦家臣として浪岡攻略戦など多くの活躍を見せていく。
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ただしその徒党は……平和な時代が訪れるとともに、形を失い消滅した。すなわち他の民衆らと同化したことを意味する。
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10-4 卍の意志
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10-5 開戦
沼田は一人、敵の様子を探るため農夫に扮する。大光寺城の兵らは意気揚々で、為信が攻め来るのを今か今かと待ち受けているようだ。かつて堀越騒動でしたように……民らにも石を投げさせ、枝葉を道に置かせるつもりだ。
……やすやすと攻め滅ぼすことはできないだろう。さすがは滝本、味方ならさぞ頼もしいこと。
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……大浦軍は、大光寺を包囲したまま夜を迎えた。松明を大いに焚かせ、大軍であることを敵に示す。しかし、大光寺勢は怯まない。滝本は城兵を鼓舞し、意気を高めた。
さて、次の日に移る。為信は第一陣と第二陣を城へ近づけさせ、太鼓など音のなる道具で挑発しようと仕掛ける。滝本は動かず。彼もまた”ならばこちらも”と法螺などを吹いて城から出てくるのかと身構えさせたり、笛に歌をのせて諳んじたりした。
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二日目も、刃を交えることなく終わる。
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三日目となり、空が少し怪しくなり始めた。ここらが頃合いだと為信は思い、北の兵以外のすべてに城への攻撃を命じた。
大浦軍がこちらに動く。……勝負をかけてきたなと滝本は考えた。……よし、城を囮として、七百だけ分けて出陣する。林を抜け、為信の本陣を狙う……。
城内にいた沼田はこの動きを知らせるため、本陣へと戻ろうとする。まんまと抜けることはできたが……滝本の急な動きについていけず、しかも為信の本陣も城へ向かって動いているため、正確な位置が分からない。
第一陣と第二陣は何も知らないまま、大光寺城へと襲い掛かる。中の城兵は必死に抵抗し、互いに無傷ではいられなかった。火縄でも狙ってくる。
乳井と小笠原は先頭に立ち、門を壊そうとかかる。……少しして門は破れたが、足の裏に石や草の棘が刺さる。多くの兵が痛みを訴えた。いくら草履をはいていたところで、激しく動くうちにやぶれさる。こうして勢いは削がれた。
暗くなってきたので、一旦引き上げようと後ろへ下がろうとすると……突然大声をあげて、農夫らが鎌を携えて襲ってきた。慌てて逃げる兵らだが、城から出た後も追ってくる。一面に広がる田んぼに足を取られ、殺される者も多く出てしまう。
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天地否
10-6 強敵滝本
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10-7 勝鬨
大光寺は色めき立った。二倍以上の大浦軍に勝利したのだ。この勢いのまま、大浦城へ攻めかかろうと多くの者が唱える。しかし滝本は冷静だった。
“為信という男は運が強い。大浦家もすべての力を出し切ったわけではない”
そのように諫めたが、従わない者もいた。田舎館の千徳政武である。いまこそ本家の浅瀬石千徳を倒し、わが領地へと組み入れようと考えた。
こうして攻め込んでみたのはいいものの、大浦の援軍が到着して返り討ちにされた。これ以降、千徳分家は勢いを失う。
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……そのようなこともあったが、滝本はとりあえず安堵していた。為信はしばらく攻めこんではこれまい。信直公が九戸らを鎮めれば、次には津軽へ援軍が来る。それまでの辛抱……。
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収穫の秋を迎え、また冬が来る。大光寺では新たなる時を祝おうと、いつもより増して盛大に正月を祝った。前年に為信を退け、滝本の津軽における地位は高まった。近い将来、津軽郡代の襲名も夢ではない。
滝本は“いやいや” と話をそらす。私はあくまで家来の一人。大光寺の遺子を守っている城代に過ぎぬ。分はわきまえておる……。
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…………
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天正四年(1576)正月。大浦軍は再び、大光寺城へ攻めかかった。
雪は横なぶりに吹く。逃げようにも、どちらが東か西か分からぬ。酒に酔いつぶれ、抵抗することなく殺される者。なんとかよろめきながらも立ち上がり刀を振るうが、腹わたに何本もの槍で刺されて絶命する者。……外に出ても疲れ果て、凍死する者。
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城代、滝本重行。大光寺の遺子を胸元に抱え、東へと逃げた。山を越え谷を越え、三戸を目指す……。この人物は為信生涯の敵であり、今後も六羽川合戦などで幾度となく為信を追い詰めることになる。
こうして為信は、大光寺城を落とす。
南部からの謀反は成った。
津軽為信と名乗りはじめたのは、この時よりである。それは津軽郡代ではなく、津軽の王者として。
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10-8 地獄絵
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出典元:特集 津軽古城址
http://www.town.ajigasawa.lg.jp/mitsunobu/castle.html
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