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他国者とは
2-1 港の春
梅が咲く。その薄い花弁は、潮風でひらりと舞い落ちる。池の水に浮かび、鯉が餌だと勘違いをして口を開ける。この有り様はなんと平和なことか。
ここは鯵ヶ沢、津軽きっての港町。大浦家が種里城に本拠を置いていたころより、重点的に保護してきた。種里より赤石川を下れば、かの地につながる。……港から得られる利益は多い。
南部氏は代々大陸的な統治志向で、海には目を向いていない。そんな中でも大浦家は、海洋的な性格も持ち合わせていた。かつてこのあたりは安東領であったためだろうか。
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……船問屋、長谷川理右衛門の屋敷。為信は礼をいいに彼の元へ訪ねていた。新たなる家来と会うためでもあった。三人はござに座りながら話す。
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家来は言う。
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「……小笠原と申す。」
この恰幅のいい男。万次はこやつがいいだろうと、理右衛門に預けた。為信は小笠原に問う。
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「出身はどこだ。」
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「……信州深志です。」
小笠原は愛想がないというか、……表情がない。
理右衛門は微笑みながら言葉を加えた。
「寡黙ですが、真面目な男と伺っております。小笠原殿に加えて、科尻と鵠沼と申す者も小笠原殿に付けてほしいと仰せでした。」
「では、その二人も信州か。」
「はい。武田から逃げてきた者同士だそうです。」
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武田のう……。日の本で一番強い大名だ。はるばるこちらに逃げてきたか。
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「よし、小笠原。下がってよいぞ。」
小笠原は一礼をし、襖の閉めて去る。為信は息をついた。彼のことを哀れだとも思えたが、偽一揆での出来事……簡単に感情を入れることはできなくなっていた。
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「なあ……理右衛門よ……。」
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お主は、他国者をどう思う。
2-2 用心棒
理右衛門は答えた。
「“敵を作らないこと” でございましょうか。」
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彼は、持っていた湯呑を茶托に戻した。
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「……商売は、相手に嫌われるとやっていけません。私の仕事は、交易によってもたらされる様々な商品を、多くの方々に売ることです。肝心要は……こちらが一歩引いて……実を取るのです。」
……町が荒らされるのは一大事。お客様が飢えてしまうのも一大事。幸いにも、万次殿は分をわきまえておられます。……決して取りすぎることをしない。私を潰してしまったら、元も子もないですし。
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理右衛門はそういうと、ニコリとほほ笑んだ。為信は腕組みをしたまま。だまって一つ、うなずいた。
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「それに……これはあくまで私情ですが。」
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ん。為信は頭をあげる。
「万次殿のお仲間には、あまたの他国者がおります。独りでに歩いてやってきた者もあり、船に乗って来たる者もあり……。」
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“奴隷もおりますれば”
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為信は一気に目を開いた。それは真かと問う。
「はい。ここらの者の中の、常識でございます。」
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驚いている為信をしり目に、理右衛門は飲み干してあった碗に茶を注ぎ足した。平穏そのものである。
奴隷は……戦争で生まれる。どこかの国がどこかの国に攻め入り、捕虜となす。彼らを人の足りない国に売り、銭に替える。ほかには貧民がわが子を売って、生計を立てる場合もある。
「……その奴隷を買い取って、自由の身にさせてやっているのが万次殿ですよ。」
奴隷だった者たちは感謝し、残りの人生を万次のために捧げると誓うという。それが“万次党”の強さである。
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為信はいっそう悩んだ。はたして万次はいい人間なのか悪い人間なのか。……型に決してはまらない。
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