https://aomori-join.com/2020/03/01/tsugaruhanizen/
初めての策謀
1-1 幕開け
夜遅く、闇深い。西から海風が荒れ野へ吹き付ける。そのような場所であるのに、賑わっている一角があった。
……ここは津軽、高山稲荷。
祈祷師や的屋が集い、市場に負けぬほどの人を呼びよせている。はぐれ者も多く、必然と “他国者” の寄り添う場になった。
特にここは港町の鯵ヶ沢にも近く、他の神社仏閣よりも人が集まる。鳥居の数は京の伏見稲荷にも負けない。屋台の後ろ側には小さな石の祠が数多あり、それら一つ一つに決して報われることのない人々の思いが詰まっている。
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とある小屋で、為信は密かに他国者と語らう。ござに胡坐をかく。髭をきれいに剃ってあるその顔は、若々しい様を際立たせていた。
しかも彼は、まだ二十歳すら超えていない。当然そうであろうが、何かをなしえたこともない。大きな自信もない。
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「面松斎殿……こたびのことは、不幸であった。」
対座するのは面松斎、他国者である。
「いえいえ……我らに気をかけていただいているだけで十分でございます。」
出身は上州沼田という。こちらにたどり着いてからは、占いの真似ごとをして暮らしている。
「して……面松斎。」
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少しおどおどしいこと。
「以前より相談しているので存じているだろう……。家中での私の立場を。」
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為信は認められていない。義父が死んで家督を継いだのはいいものの、あくまで期限付き。十年も経ったら、義父の幼い実子に譲らなくてはならない。婿養子とは肩身の狭いもの。
そのような経緯もあって、実権は家来衆が握っている。自分は単なるお飾りだ。
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面松斎は応えた。
「ええ、存じております。在来の民、他国者を分け隔てなく接してくださる殿でございます。何なりと相談にお乗りしますよ。」
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為信、最初の戦。それは面松斎を説得すること。
1-2 誘い
為信は言葉を発しようとしたが、息が詰まる。激しくせき込む。おもわず面松斎は少しだけ笑ってしまった。
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「殿……そんなに慌てることはございませぬ。面松斎はここにおります。」
面松斎は為信よりいくばくか歳が多い。家中のはぐれ者である為信の……兄的な存在でもあった。
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「すまぬ。……なに分、初めてでな。」
「そうでございましょう。……初めての “策謀” ですかな。」
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為信は再び慌て、せき込みすぎて、胸元が辛い。面松斎にとっては、可愛らしく面白い。
「ええ。そうですね……鼎丸と保丸、二人とも殺せということですか。」
面松斎はにやりとして、いまだ下を向いている為信に話しかけた。為信は激しく首を振った。振りすぎのようにもみえる。
確かに……実子の鼎丸と保丸を殺してしまえば、家督を譲る必要はない。必然と為信の地位は安定し、力は強まるだろう。
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為信はだいぶ落ち着きを取り戻し、襟元を正した。
「私は家督がほしいのではない。認められたいだけだ。力をつけて、新たなる施政を行う。」
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ほう……何をしてほしいので。
「”偽一揆” をおこしてもらいたい。」
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はて……初めて聞きますな。その言葉は。
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「一揆のふりをしてくれるだけでいい。他国者を集め、領内に反旗を翻す。兵をもって征するところ、この為信が単身で乗り込み説得する。一揆勢は納得して、おのおのの家に引き上げる。どうだ。」
早い口調で言いあげた。終わったせいか、少しすっきりした表情を見せている。
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……一ヶ月ほど前、相川西野の乱が鎮圧されたばかり。支配者層は一揆の類に敏感になっている。そこで手柄を立てれば、為信の力を認めるに違いない。
「確かに私が呼びかければ、ここらの者らは一揆をおこすやも。しかし殿。我らにとっての得はありますかな。」
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1-3 詰問
「ある。」
為信はすぐに答えた。
「事が成った暁には、他国者にも禄をはらませよう。お主はどうだ、面松斎。」
他国者が為信の家来になるということ……。彼らにとっては、たいそうな驚きに違いない。しかし……。
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「金はどうするので。一揆も何かと物入りですぞ。」
「鯵ヶ沢の理右衛門から借りる。あやつなら他国者に理解はあろう。私とも親しい。」
長谷川理右衛門……。船問屋である彼は、多くの他国者を津軽の地に連れてきていた。為信と同様、他国者の扱いを哀れに思っている。
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「では、殿は本当に我らを雇えるのですかな。周りの者が嫌がるのでは。」
「心配ご無用。私の手柄によって、そのようなたわごとはねじ伏せる。」
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若様よ……そのようにうまくいくものか。
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「もし、一揆に失敗した場合はどう責任を取ってくださる。」
その時は、さらに他国者の立場は悪くなる。
為信は瞑る。……突然カッと目を開き、面松斎に訴えた。
「このままでお前らはいいのか。」
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生意気な……“お前ら” なんて。
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「お前らにしてみれば、進むも地獄、止まるも地獄だ。ここで成功すれば禄にありつけるだけではない。話せばわかる奴らなのだなと、在来の民は知ることになる。そこから、対話が始まるのではないか。」
まだ、早口は治らない。
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面松斎は……筮竹を手に持った。当たるも八卦、当たらぬも八卦。……占いなど、もともとは為政者が民を従えるための道具に過ぎなかった。それに、占いの修行などしたことがない。真似てやっているだけ。
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偽占い師の結果がでる。
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本掛 “風雷益”
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1-4 卍の男
為信は問う。それはどういう意味かと。
面松斎は古い本を開き、文字を指し示す。
“……誠がありて恵み深きならば、問ふまでもなく大いに吉。誠がありて徳を恵むのなれば、民も信頼す……”
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元より私は為信の才覚を信じている。……決めた。どうとでもなれ。為信と心中する。
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「為信様。この儀、他国者の民にとって大変利益があります。我らのことを気にかけてくださる殿でございます。……皆に協力するように話してみます。」
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面松斎は手をつき、為信に向かってひれ伏した。為信は家来にもこのようなことをされたことがない。たいそう、慌てふためいた。
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「面松斎殿……そのようなことをされると困ります。」
面松斎は顔をあげた。すると……本当に為信は困った顔をしていた。これでもかという面構え……。おもわず笑ってしまった。
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為信も最初は “何がおかしい” と思ったが、つられて笑ってしまった。二人の楽しげな声は辺りまで聞こえただろう。
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外にでると、雪がちらつき始めていた。寒い冬がやってくる。今年はいつもより遅い。
面松斎は、帰る為信の後ろ姿に言葉をかけた。
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「“風雷益”でございますれば、私欲に走るような真似をすればたちどころに運を失います。くれぐれも正しき鏡を忘れぬよう。」
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びゅーっと海風が荒れ野を通り抜けて、鳥居や屋台に吹く。今夜は理右衛門のところにでも泊まるのだろうか。小舟を海に浮かべれば数時間で着く。……私も万次様に話さねば。どのようなご判断を下さるか。
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万次は、的屋の元締め。背中には登り竜の刺青を入れている。基本、面白そうな話には乗ってくるたちだ。しかも今度のことで仲間の命を失うことはない……はずだ。ふりをするだけなのだから。
彼は仲間らと、稲荷の社殿で賭け事をしていた。何も知らぬ者は神聖な場所だと思うだろうが、実は違う。生臭い、下衆の集う荒れた場所だ。
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面松斎は障子を少しだけ開く。
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1-5 決断
……入る機会をうかがう。
障子の向こうから光が漏れる。中にいるのは十人ぐらいか。各々真剣に、裏返された茶碗を見つめている。
万次はその茶碗を揺り動かした。賽子が中でコロコロと音を立てる。万次が勢いよく “蓋” を開けると、周りの者はそれぞれの表情を浮かべる。笑う者、泣く者、叫ぶ者。酒も入っているせいか、感情の起伏が大きい。
負けたものから、銭をとる。勝った者には銭が与えられる。……ここでは在来の民と他国者、平等である。
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万次は面松斎に気付く。幽霊みたいな奴だなと早速からかった。障子の隙間から見えたものだから。彼はその皺だらけの顔を面松斎に向けた。
面松斎は万次と共に、荒れ野を海の方へ歩く。
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万次は問う。
「……その若造は、信用なるんか。」
面松斎は答えた。
「はい。見込みある、素晴らしい青年です。」
南部の家来衆には珍しい、我らのことも見てくれる人物。なかなかいないと。万次は問う。
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「それで……禄を与えると。」
面松斎は “そうです” と続けた。万次の顔は普段から悪人の面構えではあるが……無数の危ない橋を渡ってきた彼の、人生そのものでもあった。
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万次は言った。
「よし。乗ってやろう。」
……あまよくば、為信の大浦家をも乗っ取る。万次は失敗した時の損よりも、成功した時の利がはるかに大きいと判断した。
「やるからには、華々しく荒らそう。」
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万次はひらめいた。為信の手前、領民を殺したり財を奪う事は躊躇われる。ただ一つ、許される所。……それは岩木山。
そこは、大浦家の領内である。加えて山法師が女を連れ去って、不犯の定めを破っていると聞く。そこへ俺らが押し入って、法師を倒す。ついでに役得に預かる。
支配者層がこれまで手出しできなかった “聖域”。どれだけ乱れていようとも、静観するしかなかった。そこを潰すのだから、為信にとってもいいことだろう。
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万次は他国者を中心に仲間を集めた。
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岩木山、雪の陣
1-6 山門陥落
……冬は眠りの季節。じっと春を待つ。
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そんな悠長なことを、民は言っていられない。秋の収穫はめっぽう少なく、さらには相川西野の乱による兵糧徴収。在来の民にとっても過酷だった。
為信は家来衆に蔵から兵糧米を施そうと幾度となく訴えたが、願いかなわず。次の戦に備えてとっておかねばならぬと、煙たがられる始末。
民を苦しめておいて何が戦だと心の中は煮えたぎっていたが、無理やり抑え込んで平静を保つように努めるしかなかった。
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“偽一揆”は、雪が降りやんだ日に決行された。その日は偶然にも正月であった。万次は他国者だけでなく仲間内の荒れ狂うものも集めたので、為信が想像していた人数よりも多い。その数、三百人。
万次らの寺に近づく音は、降り積もった雪でまったく聞こえない。聞こえていたとしても正月である。法師らは酒や女に夢中で、外に何があろうとも気が付かない。
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……このような寺であるので、正月に訪れる庶民などいない。
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一揆勢はそのまま山門に突入。大勢の仲間が門に体当たりすると、屋根に積もっている雪が音を立てて下に落ちる。中の者はそれで目を覚ます。ぼんやりしているうちに、門は解き放たれた。あくまで抵抗しようとする者もいたが……呑んだくれの力は皆無。生き残った山法師らは仏殿で縄にかけられ、荒れ狂う者らの苛めに使われた。
解放された女らもまた、餌食となった。
山の異変に気付いた民の中には、本物の一揆だと勘違いをして参加をする者も多く、併せて四百人の規模となる。
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……岩木山は大浦城より西側。大浦家の領内である。一揆勢を鎮圧するため、為信を総大将とする総勢千人の兵が岩木山山麓の百沢に着陣。ただし、実質的な指揮権は家来の森岡が持った。彼は大浦家の古参であり、老練な戦上手だ。
森岡は言う。
「低い方から高い方に攻め入るのは難しい。山であればこちらより雪深く足をとられる。ならばこのまま留まり、相手の兵糧が切れるのを待つのがいい。」
しかし兵にとっても、このまま付陣し続けるのはつらい。いつしか雪も降ってきた。どれだけ松明で暖まろうが、早く終わらしたいのに代わりない。
だが森岡の言う事は、勝つためには正しい。敵は屋根の下で寒さに強いが、いずれ兵糧は切れる。こちらは城から送ってもらえばいい。加えてあちらは聖域。なるべく血を流すのは避けたい。
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1-7 嘲笑
為信は家来たちに頼む。
「なあ……ここは私に説得に行かせてもらえんか。」
家来たちは互いに顔を見合わせ、口々に馬鹿にしている声が漏れる。森岡はその癇癪を押さえつつ、荒れた肌の面を引きつらせながら、為信をまじまじと見た。“はあっ” とため息をつき、”何を申している、この若造が” と言わんばかりである。
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「説得に応じて、引き上げるような輩には見えませんがね……。」
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為信は続けた。
「私に、秘策がある。」
なるべく自信があるように言葉を発したが、森岡は一笑にふす。
「あなたは大切な御身……鼎丸様がお育ちになるまでは、大浦家のお殿様でなければならぬのですぞ。」
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“そのようなお方が単身で乗り込むなど……意識を欠けているのではありませぬか”
同じく周りの家来たちも続けた。
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……ここで森岡は考えた。……ひとつ試しに、やらせてみようかと。
「まあしかしですな……これも経験のうち。行ってみなされ。」
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“もし戻ってこなくても……幼主鼎丸様を周りの家来で盛り立てますゆえ。ご安心ください”
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為信の心は、煮えたぎっていた。森岡はわざと聞こえるか聞こえないかの小声でこのように挑発してきた。……ここで腹を立てて争いをおかしてみろ。説得どころではなくなる。
為信はなるべく落ち着いたふりをして家来衆と別れた。
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広い原野にでる。一面の白き世界。その先に杉の山が座す。ところどころ生粋の色が見え隠れしている。
一人、歩く。付き添いの者もつけられず、ただ孤独であった。ここで死んでくれればいいのにと思っている者もいよう。……絶対に、成しえて帰るのだ。
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向こう側から、一人が馬に乗ってやってくる。……面松斎だ。
為信の顔は、どうなっていただろうか。
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1-8 対面
二人は原野を抜け、寺へ続く山道を歩む。周りを小高い杉の木が囲み、葉や枝につく雪が揺れ落ちてくる。
寺がどうなっているかは想像がつく。倒れている者もいよう。すでに昔の初陣で慣れた。武士ならば当然、そうであらねばならない。
……山門を入る。雪が赤く染まり、山法師らが死んでいる。……これまで民から食べ物や女を奪い、聖域ということに胡坐をかき、仏の道を極めない輩。
……脇の禅堂より哀しげな声が聞こえる。……女のわめき。為信は頭を抱える。……これでは、不埒な法師どもと同じではないか。為信の顔は険しい。隣の面松斎は言う。
「……他国者、特に”はぐれ者”なればこそです。」
日々を懸命に生きている。身寄りもなくば、何時のたれ死ぬかもわからない。今しかできないことをしているだけ。
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二人は一揆の大将である万次のいる仏殿に入る。扉を開けると、荒れ狂う者らは広い板間でたむろしている様が見えた。装いの違う為信へ、すべての視線が注がれる。注目を避けようと壁際に顔を向けると、そこには縄で縛りつけられている法師らがおり、体のいたるところから血を流して悶えていた。
万次は荒れ狂う者らよりも上段、首の欠けている釈迦像の肩に寄りかかっている。笑みを浮かべ、饅頭を喰らっていた。こちらに気付くと、手に取るものを下に投げ捨てた。
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「おお、為信様か。」
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大声で二人を呼ぶ。為信は人をかき分けて進む。できる限りの笑みを浮かべて話しかけた。
「うむ、ご苦労。今夜中に引き上げるように取り計らえ。」
万次は手下に指示を出す。
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すると、しばりつけられている法師らを殺めていく。思い思いの方法で。悲鳴は血しぶきと共に消える。
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……やりすぎだ。為信に、笑みを浮かべるだけの余裕は無くなっていた。万次は言い放つ。
「当然だろう。この会話を、この様を、ここに為信がいるということを見られているのだ。」
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……禅堂の女らもか。
「そうだ。あのまま逃がしたら、俺らの噂が悪くなる。」
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これが、俺らの流儀だ。
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1-9 和合
「安心せい。理右衛門の金は、参加した者ら全てに平等に配る。約束だ。これで皆、ひもじい思いをせずにすむな。」
そう万次は言うと、腹の底から大きく笑った。
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……正直、甘く見ていた。後悔もしている。他国者と在来の民の対話など……できるものか。為信がそう思っていると、面松斎は小声で言ってくる。
「他国者とて、悪い人間ばかりではありませぬぞ。」
……そうだ。そうだった。ここにいる。……それにここには他国者だけではない、在来の民でも同じように振る舞うやつもいる。荒れた奴らが他国者に多いだけ。
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戦国の梟雄 “津軽為信” になるのは、もう少し先である。
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為信は途中まで面松斎と山を下り、そこからは雪しかない原野を進む。次第に雲は薄くなり、日が差してきた。雪もやんだ。地面が、輝く。
陣に戻る。白い幕を手で上に除け、兵士らの中に入る。家来衆とは違い、兵士たちは為信の帰還を素直に喜んでくれた。どうあれ、我らの殿さまであろうから。
為信は気を取り直し、大声で叫んだ。
「和は成った。一揆勢は今夜中に引き上げる。」
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兵士らは歓声をあげた。早く帰りたい一心だった彼らは、為信の快挙に喜んだ。誰も、このような寒い中外にいたくない。
千人のその雄叫びは、家来衆をも驚かせた。森岡などはたいそう悔しがり、“一揆勢は嘘をついて、こちらを油断させようとしていないか。”と勘繰る始末。
為信の大浦軍は、今夜は付陣したままとし、明日の朝に岩木山の大寺を接収。確認が取れ次第、引き返す運びとなった。
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しかし……異変が起きたのは夜。兵士らがうとうととし始めたころである。
大浦軍を遥かに凌ぐ人影が、東南より近づく。……あれは一揆勢か。
……いや違う。
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1-10 物言い
伝令は、大声で叫ぶ。
”石川様、三千の兵を率いてご着陣”
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為信も慌ててしまい、眠気など覚めてしまった。家来衆総出で迎える。
石川高信公……老齢ではあるが、いまだ衰えを見せず。長いあご髭を蓄え、古代中国の関羽を思わせる。
陣中に彼は家来を引きつれ入ってくる。為信は上座を差し出し、下に頭をさげる。高信は “うむ” と相槌をし、席に座る。周りの者らに眼を光らせた。
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高信はとてつもなく低い声で問う。
「戦況は。」
森岡が答える。
「はい。つい先ほど和が成り、一揆勢は今夜中に引き上げます。」
“おおっ” と高信の引き連れてきた者らは驚きの声をあげた。ただしそれを遮って高信は言った。
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「これですべてが済むと思うか。」
“……一度、反旗を翻した者は二度三度とやるものだ。そうであれば、今をもって平らげるのがいいのではないか”
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為信は呆然とした。……いや、呆然としてはいられない。口を開こうとするが、森岡はだまって首を振る。だが高信は為信に気付いてしまった。
「何かあるのか。話してみろ。」
鼓動は激しさを増す。……いやまて、早口になるな。なるな、なるなよ……。
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「……信なくば立たず。……私は民と約束したのです。ここで不意打ちをかければ我らの信用を失うばかりか、引いては南部の今後に響きかねませぬ。……どうかご容赦を。」
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……よし、落ち着いて言えた。
高信は彼を凝視する。その鷹のような鋭い目、為信は抗うことのできないネズミ一匹。
「……わしも考えているぞ。相川西野の乱が平定されたばかり、そして今度の事。聖域とて、徹底的にやるべきかと思ったがな。珍しい奴。」
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“わしに意見するとはのう……。よい、大浦の領内での事だ。引き上げよう”
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鰺ヶ沢町教育委員会 教育課 中田様のご厚意に与りまして掲載が許されております。