【小説 津軽藩起始 浪岡編】エピローグ 

誘い 1-1 幕開け  梅は咲く。池の水面にその姿は冴え、淡い色は薄いながらも華やかにも見える。仙せん桃とう院いんは...

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長い空白の後。多田は利顕の思いやりの心へさらに感じるところがあったようで、さらに喚くは喚く。戸惑う利顕、自分も初めて義父上が亡くなったことを知らされて動揺したが。おそらく囲まれていたせいで、私には何も届かなかったのだろう……いや、それよりも目の前のことを収めなくてはならない。老いぼれてしまった多田の丸い背中をさすり、顔を近づけて“大丈夫ですよ”と落ち着かせようと試みた。一方で……隣の玄蕃は唖然としていた。普段見せたことのない父の行動……ここ最近はどうもおかしいと感じてはいたが、こうもなると……何がそうさせているのか玄蕃がそうこう考えているうちに……利顕は決断をした。

「わかりました。……一緒に津軽軍の陣へ伺いましょう。」

“嗚呼”と多田が何ともならぬ声を上げた。利顕は多田が天井を仰いでいるうちに、親友ともいえる存在である玄蕃に目配せをした。玄蕃は……黙って父の肩をたたき、上へ掲げていた腕を下ろした。そして水木館の家来衆へその手を渡し、先に門へ連れて行ってくれと頼んだ。……その場には利顕と玄蕃の二人だけになった。利顕は一言だけ。


“我儘してすまぬ”

玄蕃も一つ頷くだけで、多く語ることをしなかった。

こうして水谷利顕は館より出いでて、水木館の兵や民の命は助けられた。だが利顕を待ち受けていたのは一館主としての扱いではなかった……。


兼平綱則、乳井建清、以下五百の兵ら。その場にひれ伏し、利顕らの通る道を恭しく開けた。それも本陣の天幕へ続く一本の通り。人で道は作られた。……これはどういう訳かと多田は叫んだ。対し兼平は、それはそれはあたかも帝へ奏上するかのように話すのである。

「水木の御所号、北畠利顕様。御成遊ばし、恐悦至極にございまする。」


……この時、多田は思い出した。己の失敗を。


構わず悲鳴に近い声を上げ……兼平を罵った。

“なぜ裏切った”


問いの答えとして……兼平は急に声を低くして、多田の目前に顔を近づけて語った。

「……確かに私は浪岡の事を大切に思っている。しかし、その前に私は最初から津軽為信の家臣。津軽家の為を考えるのが第一でございます。……申し訳ない。」

多田は全身の力を失い、その場で座り込んでしまった。雨が上がったばかりなので、土に水が澄みこんでいる。衣装に泥が染しみ込みこみ、目を拭こうにも長い長い裾すそにも泥が付いてしまっているので拭おうにも胸元に泥が付くだろうから気が引ける。だが結局はそのまま手を上げて目を拭いてしまう。……汚れることに気を掛ける余裕は無くなっていた。

水谷利顕はその後、北畠利顕もしくは土地の名前をとり水木御所としての人生を始めた。津軽家の名分を保つという点でのみ存在意義はある。一方で浪岡の領有を許されることはなく、水木を含む周辺地域のみで留め置かれる。しかも約一年の命運でしかなかった。六羽川合戦で彼は死して……御所は役目を終える。

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