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【再編集版】小説 TIME〈〈 -第十二章- 僕はその真ん中に座っている 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第一章- 小さな町の大きな一日 作、吉村 仁志。aomori-join.com

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第二章- お兄ちゃん、だいじょうぶ? 作、吉村 仁志。aomori-join.com

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第十一章- フロストフラワーに込める想い 作、吉村 仁志。aomori-join.com

**第十二章**

「そろそろ帰ろっかな。」
丸井さんがそう言って、カバンを持ち上げた。

「キクさん、元気に戻ってくるといいね。」
僕もそう思ってうなずいた。

その時、廊下の向こうから「364…364…、あ、ここだ」って声がして、ドアが開いた。入ってきたのは、かなさんとお母さんらしい人。

「コウ君?ここだったの?」
初めて見る、ちょっとびっくりした顔のかなさん。

「売店の人ですよね?」って丸井さんが言うと、かなさんが「あっ、いちごオレのお客さん!もしかして、コウ君に頼まれたの?」って笑った。

「ううん、僕とよっしー(あ、これがね)と、それから菊さんで飲もうと思ってたんだ。」

「そうなんだ。あの電話、もしかしてコウ君?」

「うん。そのテーブルの上の紙切れに番号が書いてあって、なんだろうと思って電話しちゃったんだ。」

「そっかあ。コウ君の友達が売店で買い物した時、ほんとは仕事終わってたのに、人が足りないって言われて残ってさ。それで帰って一休みしようと思ったら、あの電話がかかってきて……。帰ってきたら、叱ってやるんだから!」

かなさんの声、少し震えてた。たぶん、生きてるって聞いたからなんだろう。
お母さんは、きょろきょろと部屋を見回してから、「ところで、菊松は?」って聞いた。

「まだ手術中だと思います。」僕が答えると、
「じゃあ、待たせてもらおうかね。」

かなさんは重ねてあったパイプ椅子をガチャガチャ外して、座れるようにした。

ガラガラッ。今度はたけじいが入ってきた。

「コウ君、こんばんは。キクさんは?」
「まだ手術室だよ。」って、さっきと同じことを言った。

たけじいもパイプ椅子を組み立てて、「待っててもいいか?」って聞いたから、僕は「こんなお部屋ですみませんが、どうぞ」って言った。

みんな、何も言わずに座ってた。なんだか静かで、頭の中でいろんな音がする感じ。
それを見てた丸井さんが、ちょっと笑いをこらえてるようだった。

そしたらまた、ガラガラッ。
今度は呼んでもないのに、パン屋のおじさんが入ってきた。

「見舞いに来たけど、ばあちゃんに夕飯作るの忘れてた。」
そう言って、ジャムパンを5個テーブルに置いて、すぐ帰ってった。

「ばあちゃん、いたっけ?」って丸井さんが小さく聞いた。

「いたよ。この前見た。」
僕は、たぶん適当なことを言ったけど。
でもなんとなく、それでよかった気がした。

夕ごはんの時間になって、どこかの部屋からカチャカチャって音がし始めた。
さっき「そろそろ帰るかな」って言ってた丸井さんは、どうやら帰るタイミングを逃しちゃったみたいだ。

「丸井、そろそろ時間だべ。すまんな。今日もノート見せてもらって。」
たけじいが、誰も文句なんて言わないような言い方で、ゆっくり言った。

「うん、じゃあまた明日来るよ。」
丸井さんがそう言ったとき、かなさんが急に「揺れてない?」って言った。

その言葉が出たとたん、部屋がカタカタって揺れ始めて、横揺れになって、だんだん縦にドン、ドンって揺れに変わった。

「おい、ベッドの下に隠れろ!」
たけじいの声が、今までで一番大きく聞こえた。

僕と丸井さんとたけじいは、僕のベッドの下に潜り込んだ。
キクちゃんのベッドの下には、かなさんとお母さんが隠れた。

さっき地震の話をしてたからかもしれない。
丸井さんと僕は、思ったより慌てなくて、どこか落ち着いてた。

丸井さんは一回ベッドの下からにょきっと出てきて、みんなの頭がちゃんと守られてるか確かめて、それからまた僕のベッドの下に戻ってきた。

「強いな。」
丸井さんが小さな声で言う。

「うん、こんな強い地震、生まれて初めてかもな。」
僕がそう返すと、揺れはだんだん小さくなって、やがて止まった。

ベッドの下から出ると、かなさんのお母さんが「みんな、大丈夫?」って、点呼を取る先生みたいな声で聞いた。

そのとき、カッカッカッカッって、誰かが全力で走ってくる足音が廊下から響いた。

「おい! ハーモニカ君、大丈夫か!」
パン屋のおやじだった。

「うん、みんな大丈夫だよ。まだ帰ってなかったんだね。」

「おう。ちょっとトイレで大きいのしてたら、地震があってな。テレビ見たら震度5だってよ。」

「え~!」
みんなの驚いた声が、同時に出た。

「津波の心配はありません、だそうだ。」
おやじが続けて言った。

「テレビの次に、情報早いね。」
僕がそう言うと、みんなふっと力が抜けたみたいに笑った。

そのとき、どこからか「すいません、ちょっと……」って、細い声が聞こえた。

みんなも聞こえたみたいで、おやじが「ちょっと行ってくる。隣の部屋の方から聞こえたよな。」って言って、小走りで部屋を出ていった。

「あ、すいません。私を起こしていただけますか?」

「おぉ~、はいはい。じゃあ味噌汁だけ置いて、隣の部屋行きましょう。」

「はい。申し訳ございません。」

「いやいや、こんだけ強い地震あったんだから、しょうがないですよ。じゃあ行きますよ。ふん!」

どこかのお婆さんを、おやじがよいしょって抱き上げたみたいな声が、廊下の向こうから聞こえた。

コンコン、とノックがして、丸井さんがドアを開けると、入ってきたのはお婆さんじゃなくて、畑野さんだった。

「あ、ごめんなさい。水野さんもいたんですね。今の地震で、腰抜けちゃって……。」

「おいおいおい。大丈夫か?」
たけじいが心配そうに言う。

「はい……。あたしが患者守らなきゃならないのに……看護婦失格ですね……。」
畑野さんは、すごく申し訳なさそうな顔でうつむいた。

少しして、「大丈夫ですか?」って、さっきより落ち着いた女の人の声が廊下から近づいてきた。
きっと看護婦さんの一番えらい人、看護婦ボスだ。

その声はだんだん大きくなって、ついに僕の部屋の前で止まり、そのままドアが開いた。

「大丈夫でしたか?」

「畑野さんが、いち早く来てくれたので、大丈夫でした。ありがとうございます。」
僕は、ほんとのような、でもちょっと嘘のことを言った。

「まあ、素晴らしい対応じゃないの。あとで畑野さん、婦長室に来てくださいね。」

看護婦ボスはそう言って、次の部屋へ回っていった。

ドアがカチッと完璧に閉まったとき、畑野さんの顔は、りんごみたいに真っ赤になっていた。

「嘘から出た誠、ってやつだな。」
たけじいがニヤッとして言った。

「だって、一番最初に来てくれた看護婦さん、畑野さんなんだもん。」
僕が言うと、

「ちょっと待て。連れてきたの、俺だぞ!」
おやじが、かぶせるみたいな声で言った。

そのとき、丸井さんが不思議そうな顔をして、おやじの後ろ側――お尻のほうをじーっと見た。

「穴あいてるよ?」

「え? うそ? あ、さっき抱っこするとき、前かがみになって、ズボンが耐えきれず破れたんだ。」

その瞬間、さっきまでピーンとはっていた緊張の糸が、剪定ばさみでパチンと切られたみたいに、みんな一気に笑い出した。

「やばいな、どうするべ。」
おやじは本気で困った声を出していた。

畑野さんは「うちのスカート貸したら壊れるし、変態さんだと思われますしね。」って、ちょっと冗談みたいに言って、笑った。

その横で、かなさんはカバンをごそごそあさりながら、「ズボンちょっと貸してください。」って言って、裁縫道具を取り出した。

おやじは、カーテンの向こうに隠れて、下のすきまから申し訳なさそうにズボンを差し出した。

すると、ものの数分で、あいていた穴は、みるみるうちにふさがっていった。
かなさんは、カーテン越しのおやじにズボンを返して、「ズボンの色と糸の色あってませんが、穴あいてるよりはマシでしょ?」って笑った。

「ありがとう。本当にありがとう。今度スガヤパンに来たら、欲しいパン全部持って行って。」

「パン大好きだから、ちょっとだけ嬉しいわ。」

かなさんは、お腹が空いてたのか、バッグの中に一緒に入ってた弁当箱から、たくあんを器用に指でつまんで、皮からポリポリ食べていた。

ガラガラガラッ。
またドアが開いて、今度はキクちゃんが、簡易ベッドに乗せられて登場した。

僕らを見ると、キクちゃんは「ハッ」って顔をして、それからすぐに落ち着いて、「お久しぶりです。」って言った。

小高先生は「悪いところ全部取りました。安心してください。大丈夫ですよ。」って言って、それだけ残して部屋を出ていった。

みんな、その場でふーっと息を吐いて、肩をなでおろした。
看護婦さんAとCも、キクちゃんを普通のベッドに移してから、静かに部屋を出ていった。

「無事でよかった……。」
かなさんのお母さんがそう言ったとき、その【無事】って言葉は、僕たちが言うのとはぜんぜん重さが違う気がした。

かなさんは、ゆっくりキクちゃんに近づいていって、パシンッと一発ビンタした。

「どうして、帰ってこなかったの?」

部屋の空気が、また一気に重くなった。

「おっと、みんな、ジュース買ってあげるから、外に出よう。」
たけじいが、すぐ空気を読んで、そう言った。

キクちゃんの家族を364号室に残して、僕らは廊下に出た。

「お腹減らないか?」
おやじが聞いてきた。

「減ったけど、さっきの地震で、夕ごはんまでまだ時間かかりそう……。」
僕が言うと、

「俺の車にまだパンあるから、ちょっと待っててな。」

「うん、じゃあ2階の談話室行こう?」
僕が言うと、

「じゃあ、そこで待ち合わせだね。」
と丸井さん。

「俺も美雪が心配だから、言語療法室行ってから談話室行くよ。」
たけじいも、そう言って曲がり角の向こうに消えていった。

僕たちは、いったんてんでばらばらになった。

「家に電話したほうがよくないか?」
僕が丸井さんに言うと、

「うん、そうだな。」

2階の談話室の前に着いて、今度は僕が10円玉を入れた。

「もしもし……うん、大丈夫だった。うん、わかった。気をつける。またね。」

それだけで、ちゃんとお互いが無事なのが分かった気がした。

談話室に入ると、すぐにおやじがビニール袋を持ってやって来た。

「ある分全部持ってきた。丸井君、よかったら帰り送るよ。」

丸井さんは、その言葉にちょっと甘えたみたいに「お願いします。優しいんだね。」って言った。

おやじの顔が、さっきの畑野さんみたいに赤くなった。

「なあ、変なおじさんと思われたくないから、お父ちゃんお母ちゃんに挨拶したい。一度電話してくれないか?」

さっき電話したばかりだから、ちょっと面倒だなって思ってたかもしれないけど、丸井さんはすぐに立ち上がって、電話のほうへ歩いていった。

その背中を見て、僕は(顔には出してないけど、ちょっとだけ「えー」って思ってるな)ってすぐ分かった。

「もしもし、うん、今スガヤパンの店長さんと代わる。」

電話を代わると、おやじは急に店長モードになった。

「もしもし、スガヤパンのスガヤと申します。夜分遅く申し訳ありません。先ほどの地震があり、余震が起こると丸井君が心配ですので、責任持ってお送りいたします。いえいえ。はい。ではまた。失礼いたします。」

営業トークが、バッチリ決まっていた。

「どうして、こんなにおしゃべり上手なのに、お客さん入ってないの?」

丸井さんのその一言は、かなり斬新だった。

「それとこれは違う! それに客は入ってるぞ!」

おやじはちょっと怒ったみたいに言ったけど、顔は「もっとツッコんでくれ」って言ってるみたいで、やっぱりいじられ役にぴったりだった。

しばらくすると、たけじいと美雪さんも談話室に入ってきた。

「メガネしてないから、帰るの?」
僕が聞くと、

「よく分かったわね。メガネよりも格好で判断してください。私服でしょ?」

ファッションショーに出るほどじゃないけど、病院の中では十分おしゃれな服だった。

「あ、地震大丈夫だった?」

「うん、大丈夫だったよ。」
丸井さんが、みんなの代表みたいに答えた。

「美雪さんは?」
僕が聞くと、

「大丈夫だったけど、本がバラバラ落ちてきて、怖かったぁ。」

本当に怖かったんだろう。
顔は落ち着いてきてるのに、手だけはまだ小さく震えていた。

「リハビリ室のみんなにケガはない?」

「うん、大丈夫。でも今日は早く帰りなさいって言われたから、みんなもう居なくなっちゃった。」

たけじいは「今日送っていくから、美雪も付き合ってくれ。」って言いながら、ビニール袋からいろんなジュースを取り出して、テーブルの上に並べた。

「はい。飲んでいいぞ。」

おやじは、別の袋からパンを出して、「食っていいぞ。」と言った。

さっきまで赤の他人だった人もいるけど、今はみんなで同じテーブルを囲んで、パンとジュースで夕ごはんを食べている。
そんな時間は、なんだか久しぶりだった。

「あ、そうだ。コウちゃんがよければだけど、今週で言語療法終わりにしない?」
美雪さんが、ふと思い出したみたいに言った。

「いいけど……。」

「ほら、だって、もうちゃんとしゃべれるようになったじゃん。大声も出るし、今週中で終わろうかなって思ったの。」

「うん、今までありがとう!」

言った瞬間、すぐ近くにいるはずの人たちが、急に遠くに感じた。

でもすぐに美雪さんが、「いやいや、まだ会うし、学校行くときもたまに会えるでしょ?」って言ってくれた。

「あ、そうだった。」
僕は、ホッとした声で答えた。

「ちょっと前、入院する前ね。うんこしたくてトイレ借りたの、昨日のことみたいだよ。」

「そうそう。それがたまたま、あたしの家だったのよね。」

「おいおい! パン食ってるときに汚い話するなよ。」
おやじはそう言ったけど、

僕らにとっては、その“うんこトイレ事件”が、僕と美雪さんの出会いの大事な話だったから、やっぱり笑いながら話しちゃうんだろうな、って思った。

夕ごはんもみんなで食べて、一段落したころ。
おやじと丸井さんが、同時にイスから立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ行くか……。」

おやじはビニール袋の中をゴソゴソ見てから、僕のほうにくるっと向き直った。

「この残ったパン、あの3人に差し上げて。」

そう言われて、僕はパンを4つ、両手いっぱいに持たされた。

丸井さんは、「いちごオレ残しといてな。じゃあな。」って笑って手を振ると、おやじと一緒に談話室を出ていった。

ドアが閉まる音がして、急にちょっと静かになった。

たけじいと美雪さんと僕は、364号室へ向かった。

「友達が入院しててな。お見舞いに来たんだ。」
たけじいが、いつもより少し小さい声で言った。

僕は、もうとっくに分かってた。
でも、ここはあえて何も言わないでおいた。

美雪さんも、きっと同じことを思っていたんだろう。
黙ったまま、3人で病室の番号の並ぶ廊下を歩いていった。

364の近くまで来ると、中から笑い声が聞こえた。

「ハハッ、そんなことがあったのか。おい、病み上がりだぞ。笑わせるな。」

それは、キクちゃんの声だった。
さっきまで泣いてたはずなのに、今は怒られたあとの、仲直りしたあとの、そんな談笑みたいな声だった。

そっとドアを開けると、ロングヘアになったかなさんがくるっと振り向いた。
かなさんは、まず美雪さんを見て、目を丸くした。

「あれ? 美雪。」

かなさんは「ハッ」という顔になって、空中に指を動かしながら、見えない人物相関図を描き始めた。

「えっと、ここにいるおじさんが美雪の……。」

「父です。」
たけじいが、少し照れくさそうに言った。

かなさんは、びっくりして、今度は美雪さんが空中に図を描き出す。

「コウちゃんと同じ部屋のおじさんが、かなの……。」

「父です。」
キクちゃんが肩をすくめながら言った。

「そうか、美雪たちも友達だったのか。」
たけじいが、ゆっくりうなずいた。

「俺とキクさんも、友達なんだ。」

「2代わたって友達ってことなのね。」
かなさんが、ちょっと嬉しそうに言った。

そのとき、かなさんが「あ、この綿毛、もしかするとケサランパサランっていうものか?」って言って、さっきキクちゃんに渡した綿毛を、みんなに見せた。

「おお、そうだ。」
たけじいが答えた。

「僕が、助かるようにって、必死になんかしようって考えて、渡したよ。」

「もう助かるどころか、すごい巡り会わせがあって、もう死んでも……。」

バシンッ。

かなさんは、もう一回ビンタをキクちゃんにお見舞いした。

「次言ったら、洗濯バサミで、いろんなとこつねってやるんだから。」

その言葉で、みんなクスッと笑って、にっこりほほえんだ。

「もう本当に大丈夫なのか?」
たけじいが、真面目な顔で聞いた。

「ああ。さっきは、お見苦しいところをコウ君たちに見せてしまったな。」

「いやいや、無事に帰ってきて、ホッとしたよ。」
僕は、お腹の底から出てきたみたいな声で言った。

かなさんは、ふいにカバンから一枚の写真を取り出した。

「おい、それどこで……?」
キクちゃんが目を細める。

「さっき地震あったでしょ? ベッドの下に潜って避難してたら、そこに落ちてたの。」

それは、キクちゃん夫婦と、かなさんが遊園地で撮った写真だった。

「いや~、そんなとこにあったのか。いつの日か無くして、探しても探しても無いから、何かと一緒に捨ててしまったのかと焦ったじゃ。」

キクちゃんの奥さんは、その写真を見つめながら言った。

「あなた、家族のこと思ってたのね。退院したらアパートじゃなく、家に帰ってきなさい。」

「はい、分かりました。」
キクちゃんは、素直にうなずくしかない、って感じだった。

「丸井君と、パン屋のスガヤさんにはさっき渡したが、ケサランパサラン持ってきたぞ。」
たけじいが、小さな袋を取り出した。

そういえば、美雪さんは「あとで貰いに行く」って、さっきたけじいと話してたのを、すっかり忘れてたみたいだ。

部屋にいるみんなに、綿毛は一個ずつ配られた。
僕は、家族分もってことで、ちょっと多めに貰った。

「ほんとに、人と人を引き合わせる力が、この綿毛にあるのかもな。」
たけじいが、ゆっくり言った。

かなさんは「一個650円で売れるんじゃない?」って、半分冗談みたいに言う。

「おいおい、そんなことして、もし売れたら、装具作れないだろう。」

かなさんは「そしたら、あたしパートで雇って。」と笑った。

「たけじい、綿毛の作り方は、誰にも教えたくはないんだよ。」
僕が言うと、

「そっか。残念。」
かなさんは、ちょっと大げさに肩を落とした。

キクちゃんの奥さんが、立ち上がりながら言った。

「じゃあ、夫も無事でしたので、そろそろ、私たちお暇します。」

キクちゃんの奥さんと、かなさんはパイプ椅子をカチャカチャ重ねながら、

「じゃあ、うちの父さんよろしくね。美雪もまたね。」

と言って、部屋から出ていった。

「おい、いつものクセ出てるぞ。」
たけじいが、美雪さんに言った。

「あんなに人口密度高いと、何もしゃべれなくなっちゃうのよね。」
美雪さんが、ちょっとだけ照れた声で言う。

「人見知りなの?」
僕が聞くと、

「ばれちゃったね。実はそうなの。」

「え~、トイレ貸してくれたのに、人見知りなの?」

「それとこれとは別よ。」

たけじいは、腕を組んでから言った。

「人と話すとき、右上か左上見たら、人見知りって思ったほうがいい。今日もそんな場面が見えたぞ。」

「へぇ~。なんか、たけじいが言うと、本当に聞こえるね。」

「何人もの人見てきたからな。それくらいは、分かっておる。」

キクちゃんは、天井を見上げるみたいに言った。

「人見知りでも、生きていればそれでいいんじゃないのか?」

その一言が、ちょっと重くて、誰もすぐには次の言葉を出せなかった。

「すまんすまん、年寄りのたわごとだった。」

「いや、そうだよな。生きてればそれでいい、生きていさえすればそれでいい。座右の銘にするよ。ありがとう。」
たけじいが、ゆっくりかみしめるみたいに言った。

「あっ。夕ごはん、しゃっこくなってるかもよ?」

美雪さんがそう言いながら、茶碗に手をかざして温度を確かめた。

「しゃっこいの、大好きだからいいよ。」

さっきパンを食べたばかりなのに、僕はまだお腹が減っていたみたいで、ごはんをガツガツ食べ始めた。

続けてキクちゃんも、手術したばかりなのに、汁物をガツガツ飲み始めた。

「あたしたちも、そろそろ帰ろっか。」
美雪さんが箸を置いて言った。

「じゃあ、明後日またね。」
僕は、口の中にごはんを入れたまま、モゴモゴ言った。

「食べるときは食べなさい。しゃべるときは、口に物が入ってないときにしゃべりなさい。」

美雪さんにピシャリと言われて、

「はい、分かりました。」
と、ちゃんと飲み込んでから返事した。

「おい、俺みたいだな。」
キクちゃんが笑うと、みんなもつられて笑って、手を振った。

たけじいと美雪さんは、その場を立ち上がった。

たけじいが出入り口の横引きドアのノブを左にスライドさせる。
「よし」と小さく言って開けたその瞬間――

1歩目を踏み出した美雪さんは、その場でつるっとこけた。

「大丈夫!?」

最後の最後で、みんなまた笑いながら心配する、そんな夜だった。

夕ごはんを食べながら、前から気になっていたことを、思いきって聞いてみた。

「キクちゃん、本当に大丈夫なの?」

さっきも聞いたけど、もう一回だけ確かめたかった。

「実はな、今日、面談があってな。」
キクちゃんは、お味噌汁の器を置いて話し始めた。

「明後日手術するってことになってたけど、今日倒れてしまってな。そのおかげで、予定を早めて手術して、悪いとこ全部取って、今はもう無事だ。」

「夕食は汁物しか出てないが、こうやってコウ君としゃべれてる。大丈夫! 心配いらんぞ。」

僕は、胸の中にあった重たい石がコロっと落ちたみたいに、ホッとした。

「でも、かなさんのお父さんって、びっくりしたな。」

「実は俺、売店で働いてることは知ってたんだ。」

「え? じゃあなんで、話しかけなかったの?」

「……あれは、10年前か。」
キクちゃんは、どこか遠くを見るような目をして、ゆっくり語り出した。

「買った宝くじが当たってな。」

「えっ、宝くじ?」

「銀行でお金に換えてもらったら、もう何にもしなくていい、って思ってしまったんだ。」

「あ~、お金いっぱいあったら、当分暮らせるもんね。」

「ああ。それで会社も辞めてしまってな。どこかに行ってしまおうか、って考えた。」

「そのとき、『高血圧だから病院行く』って言い残して、家を出たんだ。」

「ふ~ん。だから、たけじいには『家を変えた』とか言ったんだね?」

「んだ。」
キクちゃんは、ちょっと苦笑いした。

「それでアパートを借りて、さて何をするかって考えてみれば、何も思いつかなくてな。」

「普通の暮らしをして、ある日、『人間ドックでもしようかな』って思いついたんだ。」

僕は、お椀を手にしたまま、じっと話を聞き続けた。

「そしたら、一番動いてる心臓に異常があるっていうんで、即入院だ。」

「そしてここに入院して、売店にかなさんが働いてるって気づいたんだ。」

「ところで、普通の生活って、どんな生活?」

「朝は納豆、昼はやっすいチャーハン。晩はあまり食わないし、散歩するだけだったなぁ。」

そう言いながら、キクちゃんはバッグをごそごそあさって、茶色い封筒を出した。

「ほれ、ここに400万あるぞ。」

「え~。でも、こんなの小学生に見せたらダメだよ。」

「ハハハッ。すまんすまん。」

「奥さんとか、探さなかったの?」

「探したそうだ。」
キクちゃんは、さっきの面談のことを思い出すように続けた。

「今日聞いてみたらな、『警察に届け出そうかと何回思ったことか』って言われてな。」

「それを結びつけたのが、ケサランパサランってことなんだね。」

「ハハハハッ。そうだな。このケサランなんとか、すごいな。」

ちょうどそのときだった。
廊下から、ドドドッと誰かが走ってくる足音がした。

ガラガラッ、と戸が勢いよく開いて、息を切らした父ちゃんが立っていた。

「地震、大丈夫か?」

一歩、時代に乗り遅れたニュースみたいなタイミングだった。

「うん、みんな大丈夫だったよ。今日、遅かったね。」

「地震来たから、会社の点検に回って、遅くなった。あ~疲れた。」

父ちゃんは、ドサッとパイプ椅子に座ってから、ふと思い出したみたいに言った。

「あっ、そうだ。母ちゃんは、真美と光平を外には出さないほうがいいって判断してな。そのこと伝えておいてくれって言ってた。」

「そうなんだ。お疲れさまです。あ、そうだ。これ、家のみんなの分ね。」

僕は、さっきたけじいにもらったケサランパサランを、父ちゃんに渡した。

「これが噂の……。」

「噂になってるの?」

「いや、そんなにはなってないが、すごいらしいな。」

父ちゃんはそう言いながら、車の鍵を取り出して、さっそくキーホルダーみたいにケサランパサランを付けた。

「これで俺にも幸せくるかな。」

「分かんないけど、車の鍵に付けたってことは、事故に合わないかもね。」

「それだけか? あ、でも大事だよな。」
そう言って、父ちゃんは少し笑った。

「じゃあお礼、言っておいてちょうだい。今日遅いから、もう帰るわ。」

「うん、じゃあまたね。」

「おう、またな。」

父ちゃんは手を振って部屋を出ていき、ちょうど入れ替わりみたいに、看護婦さんAが夕ごはんの片付けのために入ってきた。

気づけば、いつの間にか、この部屋にはたくさんの人が来るようになっていた。

かなさん、丸井さん、父ちゃん、おやじ、たけじい、美雪さん。
みんな僕の見舞いに来てくれているんだけど、なんだかここが、みんなの交流の場所になっているような気がした。

病室なのに、ちょっとした小さな町みたいで、僕はその真ん中に座っているんだと思った。

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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