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【再編集版】小説 TIME〈〈 -第十一章- フロストフラワーに込める想い 作、吉村 仁志。

**第十一章**

石こうがすっかり乾いて、ついにギプスを取る日がきた。
たけじいが大きなハサミを持ってきて、「ジャギジャギッ」て音を立てながら切っていく。
ギプスがはずれた足は、なんだかスースーして気持ちよかった。

「よし、週末までに装具を作るから、ちょっと待ってな。」
たけじいと一緒にギプス室を出る。上村先生とお話があるみたいで、リハビリ室まで歩いた。

途中でたけじいが僕の車いすを見て言った。
「ずいぶんと目立つ色だな。年を取った俺にも、すぐわかっていい色だ。」
良い色って言ってくれたから、悪くないんだろうなと思って、「ありがとう。」って言った。

「そういえば俺の装具を作る部屋に、花言葉の辞典置きっぱなしだったな。」
ぶつぶつ言いながら歩いている。
「ちゃんと使ったら返してね。」って言うと、たけじいは笑った。
「アハハッ、叱られちゃったな。この年で叱られるのも、悪くないもんだ。」

「そうなの?」って聞くと、
「ああ、さっきも言ったけど、ひとりで仕事してると、叱ってくれる人なんていないんだ。」って。

「これからもご指導よろしくお願いします、だな。」
たけじいがニヤッとして言った。
「そういえば、ひまわりの花言葉って“情熱”とか“憧れ”だったかな。」
「すごいね、覚えてるんだ。」
「ああ。花にはあんまり興味なかったけど、育ててるうちに、かわいくなってきたのさ。」

そんな話をしているうちに、リハビリ室の前に着いていた。

リハビリ室に着いたら、上村先生が患者さんの訓練をしながら言った。
「あ~すいません。申し訳ない。2時半まで待てますか?」
「はい。じゃあ2時半にまた来ます。」って答えた。

僕のリハビリも、きっと毎日2時半に決まってるんだろう。
だから一度、364の部屋に戻って、少し昼寝でもしようと思った。

そしたら、たけじいが急に言った。
「コウ君の部屋で待たせてもらってもいいか?」
断る理由なんてないし、「うん、いいよ。募る話もありますしね。」って言ってみた。
ほんとはそんなに話すことないけど、大人がよくそう言ってるのを聞いたことがある。

「ハハハッ、難しい言葉知ってるじゃないか。ところでコウ君の部屋は?」
「うん、新館の3階だよ。」
2人で廊下を歩いていると、すれ違う看護婦さんたちがみんな、たけじいに礼をしていく。

大人って、えらい人にはちゃんとおじぎをするものなんだな。
ちょっと“おとなの世界”がわかった気がした。

ナースステーションの前まで来たら、畑野さんが声をかけてきた。
「こんにちは。水野さん、お元気そうで。」
「どうもどうも。」って、たけじいが笑った。

「先日はお野菜、たくさんありがとうございました。」
「いやいや、いっぱい取れたから、女房におすそわけ頼んだだけですよ。」
「一人じゃ食べきれなかったので、ほかの看護婦さんにも配りました。」
「うんうん。喜んでスキップして頭ぶつけないようにな。」

その瞬間、畑野さんの顔がカッと赤くなって、慌てて言った。
「吉山くん、今の聞かないでね!」
「うん、あとで部屋で聞くよ。誰にも言わないから。」
「もう~本当に言わないでね。」

「コウ君の部屋、貸してくれ。募る話があるようだからな。」とたけじい。
「もう、水野さん、変なこと吹き込まないでくださいよ。」
畑野さんがちょっと照れた顔をしながら言った。
「何も吹き込まないよな、コウ君?」
「うん。世間話するだけだよ。」

部屋に向かいながら、さっきの話が少し気になって聞いてみた。
「ねぇ、“女房”って、もしかしてシーツ替えのおばさん?」
「そうそう。世の中、狭いだろう。」

あぁ、だからこの前“花の話”なんてしてたのか。
似た者夫婦なんだな、きっと。

「畑野さん、ほんとに頭ぶつけたの?」
「うん。あの人、背が高いだろ?野菜を渡したら嬉しそうにスキップしてな。
ナース室に入る前に“ゴンッ”て頭をぶつけて、血がどばどば出たんだ。」

「ぷっ!」笑いそうになったけど、たけじいはまだ続けた。
「近くにいたのが俺だけで、止血しろって言うから、必死で押さえたんだ。
それからかな、やたらかしこまっててな。
喋ったのは女房の次にコウ君が2人目だ。」

たけじいはそう言って、大きな声で笑った。
「ダメだ、やっぱりおかしい!」って。

そのとき、後ろのほうからビリッとした“にらみ”を感じた。
でも僕は、絶対に振り向かなかった。

364の部屋に着いて、「汚い部屋ですが、どうぞ。」って言ってドアを開けた。
すると、たけじいが笑いながら言った。
「ハハハッ、それも大人の言い方だぞ。もっと気楽に生きるべ。」

なるほど、そういうもんか。
気楽に、気楽にと思いながらドアを開けた。

部屋の中は、ハーモニカとかゲームとかがあっちこっちに転がってた。
「今、片付けるね。」って言ったら、
「また使うんだろ?このままでいいぞ。」ってたけじい。
でもちょっと気になって、枕の方にだけ寄せておいた。

そのとき、キクちゃんはどこかに行ってて、部屋にはいなかった。
たぶんトイレかな。

それより、気になることがあった。
「あのさ…ケサランパサランって、どうやって作るの?」
たけじいはニコッとして言った。
「ハハハッ。そればかりは秘密だな。
願いが叶うものが誰でも作れたら、“特別”が“当たり前”になっちまうべ。」

「そっか。そうだよね。」
「たけじい、やっぱり神様みたいだね。」
「いやいや、そんなたいしたもんじゃねぇよ。」

「ふーん。あ、そういえば帰る途中で、大きな木の下に一升瓶が落ちてたんだ。
あれもケサランパサラン?」
たけじいはちょっと下を向いて、「あ、見られてたのか。」とつぶやいた。

「実はな、女房と北海道を旅行したときに“フロストフラワー”っていう
氷の花を見たんだ。湖の上に、真っ白な花が咲いてな。すっごくきれいだった。」

「湖の上に花?」って聞いたら、
たけじいはバッグから写真を出した。

「ほら、氷が花みたいに見えるだろ?」
「うわぁ、本当だ!これ、自然が作ったんでしょ?」
たけじいはうなずいた。

「こっちでもフロストフラワーを作れねぇかと思ってな。
ふと空を見たら、白い綿毛が飛んでて、それを使ってみたんだ。
湖も空も青いから、そこに白い綿毛を合わせたら、
ちょっと不器用だけど“花”みたいに見えるだろうってな。」

「あの一升瓶の中のやつ?」
「そう、それが研究の成果ってわけだ。」

「ふーん、本当の意味は違うんだね。
でも、なんでケサランパサランって呼ばれるようになったの?」
「美雪が作りかけのをひとつ持っていって、キーホルダーにしてたんだ。
そしたら、それがテレビで見たケサランパサランに似てるって言われてな。」

「へぇ……。そういえば母ちゃんも“懐かしい”って言ってた。
隣のおじちゃんも欲しいって言ってたよ。」
「もしかすると、それをもらいに来るって言ってたやつかな。
まあ、いくつかあるから大丈夫だ。」

「ねえ、そのフロストフラワー、奥さんにいつ見せるの?」
「うん……まだ決めてないな。」

僕はひらめいたように言った。
「じゃあ、9月11日の病院の感謝祭の日にしよう!」
「11日か……」とスケジュール帳を出して確認していた。
「空いてるぞ。」
「じゃあ決定ね!僕、豊山先生に話しておく。」
「いやぁ、こんな俺のことで祭りの時間を使わせてもらうのは悪いなぁ。」
「そんなことないよ。僕もフロストフラワー見たいし。」
「フロ“ス”トフラワーな。」
2人で笑った。

時計を見たら、もうすぐリハビリの時間。
「そろそろ行こうか。」って言ったところで、
ドアが開いて、キクちゃんがしょんぼり入ってきた。

「どうしたの?」
「メンダン……いや、トイレ行っててな。お腹ピーピーで……。」
ちょっと笑っちゃったけど、「そっか。お大事に。」と言った。

たけじいが不思議そうに「もしかして、キクさんか?」って言って、
いったんドアを出て名前を確かめて戻ってきた。
「やっぱりキクさんだ。久しぶりだな!」

キクちゃんも目を丸くして、
「あんた、たけじか?」
「おう。小学校終わってから、結婚式で会って以来だな。」

「じゃあ、10年ぶりか。」
「そうだな。お前の住所に年賀状出したんだが、返ってきてな。
電話番号も知らんから心配してた。」
「すまんすまん。わけあって家を変えてな。
連絡できなくてすまんかった。」

僕はポケットからケサランパサランを取り出して言った。
「これのおかげだよね?」
「そうかもしれんな。人生いくつになっても、不思議なことがあるもんだ。」

「お互い頭、はげましたな!」
キクちゃんの声に、たけじいが大笑いした。

「じゃあ、仕事あるんで。またゆっくり話そう。募る話もあるべ?」
たけじいが、さっき僕が使った言葉を真似して言う。

2人は最後まで笑顔だった。
僕は思い出して、ベッドの横にあった
水野夫妻の写真と、フロストフラワーの写真を取りに戻り、
そのままリハビリ室へ向かった。

約束の時間に、ちょっと遅れちゃったみたいだった。
でも上村先生はニコッとして「お、吉山先生は待っててな。」と言いながら、
机の上に資料を置いて、たけじいと話をしていた。

僕は暇だから、車いすから立ち上がって、
リハビリ室をぐるっと歩いてみた。
2周目を回り終わったころ、話が終わって、
たけじいがこっちを向いて「じゃあコウ君、金曜日またな。」と言った。

「うん。あ、奥さんにも11日のこと、話しておいてね。」
そう言うと「おう、忘れないよ。」って、
たけじいは左手を突き上げて親指を立てた。

その背中を見て、
「こういうのって、かっこいいなぁ。」って思った。

「いやぁ、渋いダンディな水野さん、憧れるなぁ。」
上村先生が近づいて、ぶつぶつ言いながら笑ってきた。

「実は前に何度か会ったことあるんだ。」
「どこで?」って言ったら、先生はちょっと焦りながら
「水野さん……あ、たけじ、いや、装具屋さんで!」
って言って手をばたばたしてた。
僕が「今日から“たけじい”って呼ぶことにしたんだ」って言うと、
「普通に話していいぞ」って笑った。

僕は右手を動かす練習をしながらしゃべった。
「たけじいって、家の近くの農園で、トマトとかナスとか作ってるんだよ。
あと、ひまわりも。」
「なんでも作るんだなぁ。」
「それと、でっかい栃の木もある。」

先生は「栃の木か~」って言って、
懐かしそうに笑った。
「俺が吉山先生くらいのころ、栃の実が落ちてきてな。
上なんて見ずに歩いてたら“コツン”って頭に当たってさ。
今もちょっとその痛み思い出したよ。」

「こぶできた?」
「立派なこぶとり爺さんができたさ。
あ……今も“小太り爺さん”かもしれんな。」

「座布団1枚!」って思わず言ったら、
先生がハハハッと笑った。

「よし、じゃあ立って歩くぞ。」
先生が腰を押さえながら「1、2ぃ、1、2ぃ。」って言うもんだから、
僕もそのリズムに合わせて歩いた。

1周終わると、先生が小声で言った。
「装具ができたら、車いす卒業できそうだな。」
「ほんとに?!」
「うん、よさそうだぞ。」
「やったー!」

でもすぐに「まだ油断するなよ。装具が届いてからだ。」
「うん、わかった!」

「よし、今日はここまで。次はOTだな。お疲れさん。」
先生に言われて、僕はたけじいのまねをした。
車いすをこぎながら、後ろ姿で左腕を上げ、親指を立ててみた。

でも何の反応もない。
振り向くと、先生はもう次の患者さんの話を聞いてた。
「これが“しーん”ってやつかぁ。」って、少し得意げに思った。

OT室に行くと、豊山先生がにこにこ顔で
「ババーン!」ってノートくらいのポスターを見せてきた。

“感謝祭 9月11日13時から開催予定”
その下には“借り物競争、ビンゴゲーム(景品あり)、
あの人のあの曲が聞ける…。”と書いてあった。

「“あの人の曲”って、僕のこと?」って聞いたら、
「そうだよ。当たり前だべな。」

「あ、そしたらひとつ混ぜてほしいことがあるんだけど…。」
たけじいの話をしたら、
「おお、それはいい!一回外に出して中に戻すのも“ふるさと”だな。
時間もちょうど余ってたし、それ入れよう。」

そう言って、赤いマジックでノートに直接書き足してくれた。
「これでいい感謝祭になるなぁ。」

「豊山先生しかイベント考える人いないの?」
「知らん。みんな逃げるからな。」

他の先生たちはこっちを見て笑って、すぐ仕事に戻っていった。
「な、わかるだろ?」って豊山先生。
「大変なんだね。」って僕が言うと、
「んだべ。大人って大変なんだぞ。
5時に仕事終わってから、感謝祭の準備もしなきゃなんないんだからな。
ちょっと給料上げてくれたら嬉しいけどなぁ。」

「大人って大変だけど、お酒飲めるからいいじゃん。」
「ハハハッ。酒で人生変わったら楽なんだけどな。」

先生は少し嘆く感じで言った。
「なんもなんも、みんなには内緒にしておくから、何でもしゃべっていいよ。」
そう言うと、先生は笑って「一本取られたな。」

「よし、今日はこれで終わり。皿と碁石持ってくるから、
入れ終わったら言語療法に行っていいぞ。」

皿が並べられて、
僕はまた今日も、小さな“がんばり”を始めた。

箸でつまむ練習が終わって片付けると、
「お疲れさん。じゃあ今度は水曜な。」って言われた。
僕はまた、たけじいみたいに親指を立てるポーズをした。

「お!!かっこいいねぇ。さすが吉山君。」
そう言われたけど、もうしばらくこのポーズはしないかもなと思った。
「お疲れ様でした。」って言って、言語療法室に入った。

中では美雪さんが電話中で、「はい…はい、わかりました。」って話してた。
手で「ちょっと待ってね」って合図をされたから、
部屋の後ろにあった占いの本をパラパラとめくってみた。

僕は10月20日生まれのてんびん座。
“今年のてんびん座の運勢”ってページを読んでみたら、
【全体運は諦めるな。進んでみろ。仕事運よし。恋愛運控えろ。健康運バリバリOK】
って書いてあった。

ちょうどそのとき、電話が終わって美雪さんが僕に聞いた。
「てんびん座の運勢は?」
「えっとね…仕事運はよくて、恋愛運はこけるから注意、健康運はバリバリ控えめにだって!」
うそをまぜて言ってみた。

「わたし、こけるんだ?」って笑うから、僕も笑ってしまった。
「そういえば誕生日いつ?」って聞くと「9月25日よ。」って。
「僕は10月20日!てんびん座!」
「え~!おそろいじゃない!」
それ以上は星座の話が続かなかったので、違う話題にした。

「あのね、美雪さんのお父さんに会ったよ。」
「もう装具作るのね?」ってすぐ察して言った。
「うん。おかげさまで。」

美雪さんは机の上のカルテを片付けながら、
「今まで話してて思ったけど、喋るのは全然大丈夫そうね。
言いにくい言葉ある?」
って言うから、宿題のことを思い出してちょっと焦った。
「今のところはないかな!」

美雪さんはたくさんのカードを出してきて、僕に見せた。
「これ何て読む?」
「花。」
「じゃあこれは?」
「車。」
「じゃあこれ!」
「ブルーベリー!」「ねぶた祭り!」「ねぷた祭り!」「豚!」
「よし、OK。」

美雪さんの眼鏡が光って、ちょっとブルーベリーの香りがした。
「これで終わりにしよっかな、どうしよっかな…。」
ってつぶやいたあと、
「まだ声が出し切れてないから、大声出してみて?なんでもいいよ。」

僕は思い切って「まめしとぎー!」って叫んだ。
たぶんOT室まで聞こえたと思う。
「フフフッ。なんで南部のお菓子?」
「だって、“なんでもいい”って言ったじゃん!」
「おもしろい子ね。」

「あ、そうだ美雪さん。9月11日、何があるか知ってる?」
「なんだっけ?」ってスケジュール帳を見て、
「えーっと…かなの誕生日!」って言った。

「ほんと?」
「わかんない。何の日?」
「病院の感謝祭! お父さんの出し物もあるんだよ!」
「え~この病院あんまりいないのに、出し物ねぇ。」
「奥さんも来るかもよ?」
「じゃあ休もうかな、恥ずかしいし。」
「ダメだよ!僕だってハーモニカ吹くんだから。」

「えー!じゃあ休まない!」って言うから、僕も笑った。

「やること終わっちゃったなぁ。どうしよう。」ってまたつぶやく美雪さんに、
「することなかったらまた次でいいよ。」って言うと、
「実はね、このカード読ませて終わりにしようと思ったけど、
ちゃんと読めて喋れてるから、次の課題考えてたの。
次は長文を用意してくるからね。」
「うん、覚悟して待ってるよ。」
「フフフッ。じゃあ次は水曜日ね。」

そう言って部屋を出たら、豊山先生が丸井と話してた。
「丸井!」と叫ぶと、手を上げて「お待たせ。」
「待ってないけど、今日もありがとう。」って言って一緒に364に戻った。

「キクちゃん、ただいま!」
「おい、いつから“キクちゃん”なんて呼んでるのよ!」
丸井が驚いて言った。

でも肝心のキクちゃんが返事をしない。顔がちょっと青い。
嫌な予感がして、僕はすぐナースコールを押した。
「どうしました?」落ち着いた女の人の声。
「菊松さん、見てください!」って言ったけど、
自分の声も震えてた。

丸井も震えて「何したらいい?何したらいい?」
「落ち着け!」って言ったけど、僕の方こそ落ち着いてなかった。

すぐに看護師さんたちが来て、聴診器をあてて、
小高先生も走ってきた。
「菊松さん、わかりますか!」
「…ぃ~。」かすかに声が出た。
「よし、手術室行くぞ!」

「1、2、3。」の掛け声と一緒に、
ベッドに移して運ばれていく。
僕はそっと右手にケサランパサランを握らせた。
「キクちゃん、絶対よくなってね。約束だよ。」

ベッドは廊下の奥に小さくなっていった。

「怖かったか?」って丸井に聞くと、
「…何もできない自分に腹が立った。」って言った。
「僕もだよ。」って言いながら、
まだ震えてる丸井の肩をさすった。

「ありがとう。落ち着いた。」
「そうだ、水飲んでくる。」
丸井は廊下へ出て、ちょっとして振り返った。
「いちごオレ、菊さん好きなんだべ?」
僕はうなずいた。
「じゃあ売店行ってくる!」
そう言って走っていった。

ベッドには飲みかけのいちごオレと、1枚の紙切れ。
そこには“57の…”と書いてあった。
すぐに電話番号だとわかった。

しばらくして丸井が戻ってきた。
「3つ買ってきた! 菊さん帰ってきたら3人で飲もう。」
テーブルに並ぶいちごオレ。たぶんおこづかい、ぎりぎりだったと思う。
「ありがとう。出すよ。」って言ったけど、
「いいよ、いらない。」
きっと3人で乾杯したかったんだろう。
だから僕も何も言わなかった。

30分たっても、キクちゃんは戻らなかった。
「この紙、やっぱ電話番号じゃない?」って僕。
「うん。この番号、菊さんの家じゃないか?」
いつのまにか丸井は“菊さん”って呼んでた。

「電話してみようか。」
丸井はテレホンカードを入れて番号を押し、受話器を渡してきた。
「もしもし、佐藤です。」女性の声。
「市立病院364号室の者ですが、菊松さんが倒れました。」
って、僕は選び抜いた言葉で言った。

「入院してたの?しかもあたしの働いてるところ…!
すぐ行く、母さん!」
“母さん”の声が聞こえて、電話は切れた。

「なんて?」って丸井が聞く。
「残り少ないテレカ知ってて渡したろ!」
「だってよっしー(僕のあだ名)以外、思いつかなかったんだもん!」
2人で少し笑った。

「来るって?」
「うん、急いでたからたぶん来る。」
「佐藤って言ってた?」
「うん。たぶん娘さん。」

「電話番号をベッドに置くなんて、“もうダメだ”って思ったのかもな。」
「おい、それ言うなよ。」
「ごめん…。」

ふと電話の下を見ると電話帳が置いてあった。
「そうだ、たけじいにも連絡しよう。」

「たけじい?」
「僕の装具を作る人で、菊さんの友達なんだ。」
丸井が慣れた手つきで探してくれて、
10円玉を2枚入れ、番号を押した。

「はい、水野です。」
「たけじい?工です。キクちゃんが倒れたんだ。」
「わかった。すぐ行く。」

電話を切ると、丸井がもう1冊の電話帳を見せた。
『大きな木がお出迎え。農園もやってます。
アパートも貸し出しております。なんでもご相談ください。
水野装具屋』って書いてあって、
木の絵がにっこりしてた。

「大きな木って、あのおっぱいの木か?」
「おい、まだその話するか。でもなんか懐かしいな。」

ピリピリしてた空気が、少しだけ柔らかくなった気がした。
部屋に戻って、電話番号の紙をテーブルに置いて、
風で飛ばないように洗濯ばさみを2つ添えた。

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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