【再編集版】小説 TIME〈〈 -第五章- ケサランパサラン 作、吉村 仁志。

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吉村 仁志よしむら さとし

👇👇第一章、第二章、前話第四章はこちら👇👇

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第一章- 小さな町の大きな一日 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第二章- お兄ちゃん、だいじょうぶ? 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第四章- リハビリはじめの一歩 作、吉村 仁志。

**第五章**

もう全部飲み終わった頃、また上村先生が案内してくれることになった。「ここを左に行けば、OT室(作業療法室)だ。」って言うから、僕は「はいっ」と返事しながら、先生の後をとことこついて行った。でも、ちょっとだけドキドキしてた。廊下の奥の方から、何やら真剣に訓練している人たちが見えてきて、その中で豊山先生が他の患者さんに何か話してたんだ。

「ちょっと待ってね。順番だから……」って豊山先生が言うと、上村先生は黙っちゃった。でも、なぜか僕だけ豊山先生が指で「おいでおいで」ってしてくれて、少しだけ得意な気持ちになって、車イスをぐいっと動かした。たぶんだけど、上村先生は僕をどこか別のところで待たせておきたかったんじゃないかなぁ。僕がその場を離れていこうとしたとき、上村先生が「うぃし、じゃあ、そこで待っててな。よろしくお願いします」って、ちょっと投げやりっぽく言ってきた。その瞬間だけど、「え、もしかして仲悪いの?」なんて思っちゃった。

OT室の出入口の角っこのところに部屋があって、その前には大きく【言語療法室】って書いてあった。なんだろうこの部屋、って思ってちょっとだけ後ろを振り向いてみたら、上村先生がそこに入っていった。

「あ~水野先生。今日出張じゃなかったんですか?」って、遠くの方からかすかに声が聞こえてきた。僕はその光景をじっと眺めてた。するとしばらくして、「じゃあ、また」って声と一緒に上村先生が出てきて、こっちへ歩いてくる。「今日、水野先生いるみたいだから、OT訓練終わったら挨拶して行けよ」って言われて、僕は「うん」って素直に頷いた。なんかよくわからないけど、大人の世界って、色々あるんだなぁって思った。

しばらくしてから、豊山先生が「吉山君、じゃあこっちのテーブルの方にお願い」って僕を呼びにきた。何かを準備しはじめて、2枚のお皿と、囲碁の石が1つと、箸が1膳、テーブルの上に並んだ。なんだか見た目ですぐピンときた。きっとまたリハビリだ。

豊山先生は、まずお手本だよって言って、自分の左手で右肩をつかみながら、右腕をグイグイと動かして見せた。終わると、今度は囲碁の石を1つお皿にぽとんといれて、「この皿に囲碁で使う石を、箸で入れてね」って。やっぱり思った通りだった。前に診察で「右手でグーできるね」って言ってたから、箸も持てるでしょって思われてるんだ。でもさ、ご飯だってまだ自分じゃちゃんと食べられないのに!

仕方なしに、とりあえず言われた通りやってみた。けど、囲碁の石も箸もつるっつるしてて、どうもうまくつかめない。すぐすべっちゃって、なかなか入らないんだ。「これ全部入れ終わって、片付けまでしてくれよ」って豊山先生が言うから、正直ムッとしてしまった。でも、“箸は日本人の基本だ!”って無理やり自分に言い聞かせながら、何回も何回も失敗して、それでも繰り返した。ようやく全部の石をお皿に入れ終わって、片付けもした。

そしたら、豊山先生がニコッとして、「よくできたな」って言ってくれた。それだけですげぇ嬉しかった。さっきまで腹立ててた自分が、なんだかバカみたい。学校の先生たちも、こうやって最後に褒めてくれたらいいのにな、なんて思った。

「よし。じゃあ部屋に帰るか。あっ、その前に水野先生を呼んでくるな」って、豊山先生は駆け足で言語療法室へ行った。でも、待つ間もなくすぐ戻ってきて、「ん~今いなくて。あと、数分後に戻るみたいだから、言語療法室で待ってて。あ、トイレ行ぐ?」って言われた。

僕はおしっこ用のクダをもう取ってた。あれ取ったあとは、すんごく痛いんだ。本当、二度とつけたくない。でも、検査の予定を聞くと、あと4回もあのクダを入れなきゃいけないらしい。クダはもう大っ嫌い。思い出しただけで、お腹がキュっとなる。

豊山先生にトイレまで連れていってもらった。なんかまだ一人で立つの、ちょっと怖いし、尿瓶も持ってなかったから、車いす用トイレに二人で入ることになった。「よし、これもOTだ。手も洗うんだぞ」って先生が、自動ドアの【開】ボタンを押しながら言った。とにかく全部OT(作業療法)にしちゃうところ、なんか豊山先生ってすごいな、ってちょっと思った。トイレに座るのもOT、そこから立ち上がって車いすに戻るのもOTだなんて、もうなんでもOTだ。

自分で左側の【閉】ボタンを押して、車いすをこいでブレーキをかけた。左手で足台を上げて、立ちやすくして、肘当てを思いっきり下に押した。そして「いっけー!」って勢いで立ち上がる。左側の手すりにつかまって、グラグラするけど、左足で踏ん張って、右側の手すりにも素早く手をのばした。でもそのままじゃおしっこできないから、右側の手すりのほうに両足をちょっと寄せて、くるっと回って便座に座った。一旦座ってから、ジャージのズボンをぐいっと下げて、やっとこさ用を足せた。

そして次は車いすへ戻らなきゃいけない。もう、体育の授業で縄跳びしたときより汗が出たよってくらい大変だった。なんとか座り終えて、車いすのブレーキを外して、また動かせるようにした。トイレの出口のそばに洗面所があったから、そこまで車いすで進んで、左手だけ洗った。水をばしゃっとかけて、ポケットに入れてあったハンカチを、左手で左手を拭く、みたいな変な感じ。でも、これで手洗いもOTだ。全部終わったからドアを開けて、最後に【閉】ボタンを押した。やっとトイレOT、終了!

豊山先生が横で待っててくれて、「ちゃんと出来たな。よしよし、じゃあ言語療法室行くぞ」って頭をポンとされるみたいに言ってきた。僕はもう順路もトイレの場所も1回でばっちり覚えたし、OT室と自分の病室までの道も、ほら、迷子になんかならない。言語療法室はOT室に入ってすぐ左だって覚えたから、また豊山先生と一緒に入った。

でも、まだ誰もいなくて、「じゃあ、ここで待ってて」と言われた。その部屋で、僕は一人で待つことになった。暇だなってきょろきょろしてたら、不意にブルーベリーみたいな甘い匂いがしてきた。これは香水かな?それともガム?何の匂いだろうって気になって、あたりを見回した。背中側には、昔話の本とか、僕には難しそうな小説とか、占いの本とかが本屋さんみたいに並んでいて、なんだか面白そう。机の上を見ると「しばらくおまちください」って、やわらかい字で書いてある立て札がぽんと立ってて、その横には白くてふわふわの綿毛がキーホルダーになって、ボールペンと一緒に置かれていた。なんか触ってみたくなった。

すると、コツコツって靴の音が近づいてきて、「お待たせしました。ん?コウちゃん??」って声。歩く音がピタッと止まって、顔をあげると白衣姿で眼鏡をかけた美雪さんだった。美雪さんも目をまんまるくして僕を見て、しばらく固まってた。

「あ……。」思わず僕も声が出なくて、びっくりした顔のまま動けなかった。

そしたら美雪さんが、「ちょっと、びっくりしたのはこっち。どうしたの?」って、優しい声で聞いてくれた。でも嬉しすぎて、僕、うまくしゃべれない。ドキドキして、胸の中がなんかギュウギュウで、でも、さっき少しだけ声が出たから――喋れなかったなんて、もう過去のことにしちゃおう。今はただ、すっごく嬉しくて、どうしても美雪さんといっぱいおしゃべりしたい、そんな気持ちでいっぱいだった。

美雪さんは山積みに重なっているカルテの中から僕の名前を探し出して、黙って読み始めた。


「喋れないんだ。でも今、声出たでしょ?」

僕は「ウン」と答えた。何日か前から喋れたんだろうけど、”黙る” ことに慣れていた僕は、声出せるってこんなに気持ち良いのかと思った。美雪さんは僕より聞きたいことがあるんだろうけど、心配そうなのを顔に見せずに「大変だったね。」と労いの言葉を掛けてくれた。

これまでの “つらさ” 、いま美雪さんと会えた “嬉しさ” 、もっと話したいけど伝えることのできない “苦しみ” 。いろんな感情が一気に降りかかってきて、自然と涙が一つ、また一つ……。

「ほら、男の子でしょ?」

机の後ろにあった箱ティッシュを2回引いて、左手にのせてきた。「泣くのはこの部屋だけね。よく我慢したね。」そうして僕の頭を撫でてくる。

「本当は研修だったけど、今日は急に休みになったから、事務仕事してたの。」

「そうなんだ。」

僕でも不思議なくらいに、はっきりと声が出せた。


「なんだ、やっぱり喋れるじゃん。ちょっとだけ訓練しよっか。」

美雪さんは本をペラペラめくり、適当なところで手を止め、「じゃあこの絵は、どこでしょう?」ピアノがある教室に指さして訊いてきた。

「おんがくしつ。」

なんでか分からないけど、言える。

美幸さんは「できるじゃない」とにっこりしながら、また頭を撫でてくれた。

「あ、そうだ。これあげる。願い事がなんでも叶うから。」

さっき机に置いてあった “綿毛わたげ” を差し出してきた。「ケサランパサランって言うんだけど。あたしの実家にいっぱいあるから、お願い事あったらこれにお願いしてね。」ふ~ん。病院で働く人にも願い事あるのか。やっぱり大人って大変だなって感じた。

美雪さんは、山みたいに積まれたカルテの中から、僕の名前を見つけ出して静かに読みはじめた。なんだか、病院の人ってすごいなと思った。自分のことがちっちゃい紙一枚に凝縮されてるみたいで、ちょっとだけ不思議だった。


しばらく何も聞かれなくて、ちょっとドキドキしながら待っていると、美雪さんがゆっくり顔を上げた。

「喋れないんだ。でも今、声出たでしょ?」

僕は「ウン」と小さく頷いた。数日前から本当は声が出てたこと、自分でもうすうす気づいてたけど、黙るのが当たり前みたいになっていたから、声を出すってこんな気持ちいいものなんだって、ちょっと驚いた。きっと美雪さんには、僕よりももっと知りたいことがあるだろうに、全然そういう顔をしないで、「大変だったね」と優しく言ってくれた。

なんだかその言葉が胸にじんわりしみてきて、これまでの「つらさ」、美雪さんとまた会えた「嬉しさ」、もっと話したいのに伝えきれない「苦しみ」――みんなが一度に押し寄せてきて、気づいたら涙がひと粒、またひと粒、こぼれていた。

美雪さんは慌てないで、「ほら、男の子でしょ?」と言って、机の後ろからティッシュを2枚引いて、そっと左手にのせてくれた。「泣くのはこの部屋だけね。よく我慢したね」と頭をやさしく撫でてくれる。まるで魔法みたいに、涙がすこしだけ止まった気がした。

「本当は研修だったけど、今日は急に休みになったから、事務仕事してたの。」って美雪さん。

「そうなんだ。」

なんだかあっさりと言葉が出て、自分でもびっくりした。

「なんだ、やっぱり喋れるじゃん。ちょっとだけ訓練しよっか。」

美雪さんは本をペラペラめくって、ピアノがある教室の絵を指さしながら、「じゃあこの絵は、どこでしょう?」と聞いてきた。

「おんがくしつ。」

どうしてか分からないけど、ちゃんと言えた。美雪さんは「できるじゃない」とにっこりして、また頭をぽんぽんしてくれた。

「あ、そうだ。これあげる。願い事がなんでも叶うから。」

さっき机の上にあった、ふわふわした白い”わたげ”を手渡してきた。「ケサランパサランって言うんだけど。あたしの実家にいっぱいあるから、お願い事あったらこれにお願いしてね」と微笑む。病院で働く大人にも願いごとがあるのかぁ、なんて思いながら、”やっぱり大人も色々大変なんだな”って、ほんのり感じた。

次話、第六章へ続く

再来週木曜更新予定

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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