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吉村 仁志
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👇👇第一章、第二章、前話第三章はこちら👇👇
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**第四章**
①
訓練は、ある日突然はじまった。ベッドの上で、起きて寝て、また起きて寝て……そればっかり。なんだかゲームみたいだけど、全然楽しくない。もし疲れちゃったら、今度は「左手でゲームってどうやるんだろう?」とか、「ごはんって、どうやって食べるんだっけ?」って、頭の中で想像してみる。そんなことを、夜になるまで何回も何回も繰り返して、気がついたら訓練の1日目が終わってた。
朝になると、母ちゃんと、学校とか保育園に行く前の真美と光平がやってくる。夜は、仕事から帰ってきた父ちゃんが、すごく疲れた顔で「ただいま」って言いに来るんだ。それから、看護師B……じゃなくて畑野さん以外にも、看護婦さんが何人かいるんだけど、みんな時間がバラバラだから、まだよくわかんない。だから、とりあえず覚えやすい人だけ覚えて、あとは昨日みたいにアルファベットで呼ぶことにした。小高先生は、月曜日から金曜日まで、朝と夕方に必ず診察に来てくれる。あと……丸井は毎日来るんだけど、いつも「誰か」と一緒に来るんだ。その「誰か」は、クラスの友だちだったり、学校の先生だったりする。木曜日には、水野さんがシーツを替えに来てくれる。
みんなが応援してくれると、なんだか面倒くさい訓練も、ちょっとだけ「がんばらなきゃ!」って気持ちになる。訓練の時間は、イメージトレーニングしながら、ただ寝たり起きたり、できることを何度も繰り返すだけ。でも、だんだん慣れてきて、ぼくの中で訓練の「スケジュール表」みたいなのもできてきた気がする。
②
「どうだ?そろそろリハビリに行ってみるか?」って、小高先生が言った。カレンダーを見たら、今日は21日の金曜日。ベッドで目が覚めてから、もう15日もたってる。僕はまだ声が出せないから、かわりにコクンとうなずいた。先生はニコッと笑って、「じゃあ連絡してみるから、ちょっと待ってな」って言って、スタスタとどこかに行っちゃった。
母ちゃんと真美と光平も、横でその話を聞いてた。やっと次のステージに進めるんだってワクワクする気持ちと、「これから大変なんだろうな」ってちょっとドキドキする気持ちが、両方ある感じ。でも、そんな空気を全然気にしないで、光平が僕の耳元でヒソヒソ話しかけてきた。
「ねえねえ、隣のおじちゃんの声、聞いたことある?」
すぐに母ちゃんが、人差し指を鼻の上にピッて当てて「しーっ!」ってやった。
そういえば、ベッドの横にキャスター付きのホワイトボードがあるんだけど、これは僕が目覚めた次の日に父ちゃんが持ってきてくれたやつ。最初は「また物が増えて邪魔だなぁ」って思ったけど、今では先生や看護師さんたちがメモを書いてくれるから、でっかい連絡帳みたいになってる。右下に「はい」、左下に「いいえ」って書いてあるから、僕は「いいえ」を指さした。そしたら真美が「そっか。お兄ちゃんもそうなんだ」って、ちょっと不思議そうな顔で言った。
そのとき、後ろの方に小高先生の姿が見えた。
「吉山君、リハビリとOTの先生が午後にここ来るから、それから時間と日程決めるべ。」
③
光平と真美が、パキパキ音を立てて棒チョコのスナック菓子を食べていると、急に部屋に明るい大人の声が響いた。
「失礼します。」
白衣を着た男の人が二人、にこにこしながら入ってきた。「リハビリの上村です。よろしく。」「OTの豊山です。よろしくお願いします。」って言われて、僕はいつものようにコクンとうなずいた。
「まずはそのまま寝てください。」
言われた通りにベッドに寝たまま、上村先生に体を全部預ける。右足を持ち上げたり、右手を動かしたり、なんだかいろいろ調べてるみたい。一通り終わると、上村先生は手帳を見ながら「んとね……吉山先生は月曜の2時半からリハビリやります。よろしくお願いします。一緒に闘うべ!」って言った。
僕に“先生”ってつけて呼ぶのがなんだか変な感じだったけど、上村先生の「一緒に闘うべ!」って言葉がすごく心強くて、体がポカポカしてきた。
次に豊山先生が「座れるかな?」って聞いてきた。僕はちょっと時間かかったけど、なんとかゆっくり座った。
「お!さすが吉山君!」
いやいや、そんな大げさな……って思いながらも、ちょっとおかしくて、声は出ないけど笑っちゃった。「じゃあちょっとまた動作検査するからね。」って言いながら、豊山先生が僕の右手を自分の力こぶに乗せて「はい、押して!1、2、3……。」って合図。終わったら、カルテみたいなのにカリカリ何かを書いてた。「グー、パーはできるか?」って言われて、右手に力を入れて指を中に入れてみた。これが僕の“グー”。「よし、次にパーは?」って言われても、指をピンと伸ばすのはすごく難しい。完璧なパーにはならなかったけど、「よしよし、これだけ出来たら大丈夫だ。」って言ってくれて、またカルテに何か書いてた。
「よし、じゃあOTは月曜の3時からだな。よろしく!」って言って、握手を求めてきた。僕の手はちゃんと握手の形になってなかったけど、手を出したら豊山先生が左手も添えてくれた。「よろしくな!」って。
なんかこの病院、先生たちのチームワークがすごいな……って、ふと思った。手を元の場所に戻すと、上村先生が「言語療法の先生だけど、今日から出張で帰ってくるのは1週間後で、土日挟むから……再来週からだな。」って教えてくれた。僕がうなずくと、「あ、言語療法は“水野”って女の先生だ。美人だぞ~。」って言われたけど、別に気にならなくて、「水野って、この辺りに多い名前なのかな」ってだけ思ってた。
④
病院での生活って、正直めちゃくちゃつまらない。まだ立つこともできないから、ずーっとベッドの上で大人しくしてるしかないし。退屈なのは当たり前だけど、”訓練”があるとちょっとだけ気がまぎれる。でも、どれだけ頑張っても体はなかなか変わらない。不安ばっかりがどんどん増えていって、時間だけがビュンビュン過ぎていく。
そんなある日、母ちゃんが病室に入ってくるなり、「今日は病院からこれ借りたから、これに乗ってリハビリ行こう!」って言ってきた。持ってきたのは、茶色くてピカピカ光ってる、なんだかすごく豪華そうな車いす。鉄の部分がキラキラしてるし、手すりとか背もたれがルイヴィトンみたいにリッチな感じ。
僕はまだ立てないから、母ちゃんに手伝ってもらって車いすに移動する。「コウも体重重くなったね。昔は豆みたいに軽かったのに。」って母ちゃんが言うと、光平が「え~、光平も豆だった?」って聞く。「そうよ。みんな枝豆みたいに小さく軽かったのよ。でも時が経つにつれて、お豆に重さがずっしり加わって、大人になっていくのよ。」って母ちゃんが言うと、光平は「ふ~ん」って返事。分かってるのか分かってないのか、よく分からない。
その日は町内会の集まりがあるからって、母ちゃんと光平は僕のリハビリが終わる前に早めに帰っちゃった。
そう、今日はリハビリの初日。
2時20分くらいに、看護師の畑野さんが【リハビリテーション室】まで連れて行ってくれた。リハビリ室は、ざっくり言うと体育館みたいな広い場所。中には、歩く練習をする平行棒とか、階段、エアロバイクやロクボク(ボクシングのやつ?)もあった。畑野さんは長い椅子の前で、車いすの僕を停めてくれた。
「おう!吉山先生!」
上村先生が僕を見つけて、右手を高く上げて元気に挨拶してくれた。僕も負けじと右手を上げようとしたけど難しかったから、代わりに左手を上げてみた。「よし!吉山先生、元気そうだな。ちょっと待っててな。」って言いながら、畑野さんとカルテみたいなのを見ながら、何やらミーティング。
話が終わると、畑野さんが「じゃあ、吉山君また夕方ね。」って言って、病室に戻っていった。
⑤
上村先生が僕に声をかけた。
「よし。じゃあ、あそこにベッドあるべ?あそこまで車いすをこいで、行ってみましょう。」
言われた通り、がんばって自分でこいでみたけど、左手が動かないから右側の車輪ばっかり回る。だから、どうしても右にグルグル回っちゃう。「よしよし。じゃあ左足の足台をあげるから、左足を付きながら目標に向かってこいでみて?」って先生が言うから、その通りにやってみた。そしたら、周りの人よりは遅いけど、なんとか真っすぐ進めた。見ていた患者さんや職員さんから拍手されて、ちょっと恥ずかしかった。
「よくやった。さっきベッドって言ったけど、この大きな部屋を一周してみるか。」
僕にとっては、すごく遠く感じたけど……言われたからにはやるしかない。リハビリ室を時計回りに、ひたすら前だけ見て一周した。終わった時、また拍手が聞こえてきて、なんだか嬉しかった。
「よしよし、よくやった。……じゃあお疲れのところなんだけど、ベッドまで頑張ろう。」
ベッドの前まで車いすをこいでいって、両側にある細長いブレーキを締めた。左手が動かないから、右手で左のブレーキもやらなきゃいけなくて、ちょっと面倒だった。
「じゃあ次は自力で立って、ベッドに降りてみるか。」
まず左手で両方の足台を上げて、立ちやすくしてから、車いすの左の肘当てを思いっきり下に押して立ち上がった。足がちょっとガクガクしたけど、なんとか立てた。
「よしよし!できてる、できてる。じゃあこのままだとベッドに向いて立ってるだけだから、くるりと回って座ってみて。」
車いすの肘当てを使って、右足を軸にしてクルッと反対向きになって、そのままゆっくりベッドに座った。
⑥
「よし!いいど。今までで100点を差し上げよう。休憩するか?」って上村先生が言ったけど、僕は首を横に振った。「よしよし、じゃあまた立って。」って、今度はベッドから車いすへの移動。さっきの経験を思い出しながら、時間はかかったけどなんとかできた。でも、体中が汗でびしょびしょ。先生が「汗かいたな。水持って来るから待ってな。」って、リハビリ室から走って出ていった。
その間も僕は、退屈なのをごまかすみたいに、疲れてるのも無視して、立ったり座ったりの練習をずっと続けてた。しばらくして先生が戻ってきて、「吉山先生、お待たせ。」って湯飲みに入った水を持ってきてくれた。そんなの気にせず、ゴクゴク飲んだ。
うまい!こんな気分、久しぶりだった。
「じゃあ、またベッドに移ってくれ。」って言われて、また肘当てを思いっきり押して、足がガクガクしながらもベッドに座った。「よし、よくやったな。」って言葉がすごく嬉しかった。拍手もうれしかったけど、今日のリハビリでいろんなことができるようになった気がした。
そのあと、手足の動きを確認したり、先生に手伝ってもらいながら体を動かす運動を15分やって、今日のリハビリは終わり。「よし。自分で立って、OT室までこいで行こう。」って言われて、僕は立ち上がって車いすに座った。「OT室こっちだから、今日は一緒に行こう!」って先生が言うから、リハビリ室を出て廊下を進んだ。
上村先生は僕の前をゆっくり歩きながら、「ここを右に行って……。あっ、ジュース買うから好きなの押して。長い長ーい闘いの休憩だ。一応病院で患者に買ってあげるの禁止になってるから、わかってるよな。」ってニヤリ。
先生が財布から“だら銭”を出すと、ジャリジャリ音がすごかった。自販機の新発売って書いてある【水】を押してみた。「おいおいおい、【水】なんて、水道ひねれば出るべな。」って笑いながら僕の頭をポンって叩いた。
「俺も……飲んでみるかな……。」
先生も同じボタンを押して、缶を取って長椅子に座った。「どうだ?今日の一連の流れ、きつかったか?」って聞かれて、僕は首を横に振った。「俺の見る限りじゃ、たぶん半月で立って歩けるようになる。そしたら様子見て、次の段階に行くからな。」先生が缶のタブを開けて一口飲んだあと、「うん、やっぱり蛇口ひねれば出る水だな。」って言って、僕たちは顔を見合わせて笑った。
「じゃあ飲み終わったら、OT室行くぞ。」って言われて、僕たちは空になるまで上を向いてゴクゴク飲み干した。
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・・・・・再来週更新予定
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著者紹介
小説 TIME〈〈
皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。
著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter
校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook