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吉村 仁志
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👇👇第一章、前話第二章はこちら👇👇
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**第三章**
①
それから、ぼくはずーっと眠ってた。どれくらい眠ってたのか、全然わからない。夢も見なかったし、ただただ、ふかふかの雲の中にいるみたいだった。
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……目が覚めたとき、なんだか変な感じだった。眠くはなかったけど、頭がぼんやりしてて、しばらく天井をじーっと見てた。ここ、どこだろう?って考えてたら、左腕にチクッてするものが刺さってるのに気づいた。点滴ってやつだ。おしっこのところを触ってみたら、大きな袋があって、管がつながってた。自動でおしっこが出るやつだ。やっぱり、ここは病院なんだな。
ベッドがカタカタって小さく動いた音がして、母ちゃんがすごい勢いでぼくのところに来た。そして、いきなり泣き出した。真美と光平も、びっくりした顔でぼくを見て、わーって泣き出した。みんな泣いてるけど、なんだか悲しい涙じゃなくて、ちょっと嬉しそうな涙だった。
「しゃべれる?」って母ちゃんが聞いたけど、なんだか声が出なかった。だから、ぼくはゆっくり首を横にふった。「そっか……。」母ちゃんの声が、そこで止まっちゃった。静かになったから、真美が急に大きな声で言った。「あ、あたし、期末テストで98点取ったよ~!」
「はははっ。」って、ぼくは笑おうとしたけど、声がかすれて、ほとんど出なかった。
光平が、涙をぬぐいながら言った。「お兄ちゃん、野球できるようになるまで待ってるからね。」母ちゃんも、ちょっとだけ元気を出して、にこって笑った。「手とか足は動く?」って聞かれたから、動かしてみた。左の手と足は動いたけど、右はぜんぜん動かなかった。
その様子を見て、母ちゃんが「右手右足は動かない?」って言った。ぼくは、うんってうなずいた。「そっか。コウが座れるようになったら、リハビリして動かす練習しようね。」母ちゃん、なんだか前よりちょっとやせたみたいだった。
②
そこへ、カラカラって音を立てて、看護婦さんがやってきた。点滴の袋をじーっと見てから、ぼくの顔をのぞきこんで、「あ、吉山くん、起きたみたいだね。ここ、わかる?」って聞いてきた。どこの病院かはわかんないけど、白いベッドに点滴が刺さってるんだから、病院に決まってるじゃん……って思ったけど、声が出せないから何も言えなかった。
そのとき、光平が大きな声で「ここ市立病院だよ!」って言った。真美がすかさず、「こら、光平がわかるの当たり前でしょ」ってツッコんだ。看護婦さんはニコニコしてて、ぼくもなんだか嬉しくなって、口をニッてしてみた。
「意識はしっかりしてるみたいね。声は出る?あっ、でもその前に今先生いるから、伝えてくるね。待っててね!」看護婦さんはそう言うと、バタバタと病室のドアを開けて、どこかへ行っちゃった。
だんだん、まわりのことが見えてきた。隣のベッドのカレンダーをチラッと見たら、8月6日って書いてあった。部屋の大きな時計は、8時5分を指してる。ラジオの音が流れてきて、今日は広島に原爆が落ちた日だってアナウンサーが話してた。
ぼーっと聞いてたら、光平が「お兄ちゃんのためにゲーム持ってきたよ!」って、すっごい笑顔で言ってきた。母ちゃんはちょっと疲れた顔で、「あら……まだ目覚めたばかりだから、休ませてあげましょう」って言った。
ぼくは、今、右手も右足も動かない。野球やろうって言われても、どうしよう……って、ちょっとだけ怖くなった。でも、今の目標はまず退院すること。それだけ考えることにした。何ヶ月かかるかわかんないけど、早く家に帰りたいなって思った。
そのとき、また病室のドアが開いた。「起きたようだね、良かった良かった」って、お医者さんが入ってきた。ピンクの寝巻をちょいちょいってめくって、聴診器をぼくの胸にポンポンって当てて、今度は目をあっかんべーみたいに開けて、ライトで見てきた。
「よし。じゃあ“あー”って言ってみて?」
ぼくは一生懸命、“あー”って言ったけど、かすれてて、息みたいな声しか出なかった。でもお医者さんは、「よし、今日までよく頑張った!まだ頑張る日は続くけど、吉山くん、今見たら大丈夫そうだね」って、力強く言ってくれた。
「あ、俺の名前は小高。よろしく」って、お医者さんが左手を出してきた。ちょっと馴れ馴れしいけど、なんか頼りになりそうな人だなって思った。ぼくも左手を出して、握手した。
そしたら、「おっ、これ金持ちになる手だな」なんて、よくわかんないこと言われた。でも、なんかおもしろくて、ぼくはちょっとだけ笑った。
「じゃあまた、夕方来るからな」って言って、お医者さんは大きな背中を見せながら、出ていった。なんだか、ちょっとだけ安心した気がした。
③
母ちゃんって、昔からどんなにつまらない本でも、めっちゃおもしろく話せる人なんだ。今でもその調子で、ここ数日間にあったことを、いろいろ教えてくれる。母ちゃんの声を聞いてるうちに、ふとベッドの上にカラフルな千羽鶴があるのに気づいた。ぼくが指さすと、母ちゃんが「これね、コウのクラスのみんなが折ってくれた千羽鶴。丸井くんが昨日持ってきてくれたのよ。きれいだよね」って、ちょっと自慢げに言った。ぼくは心の中で(よく折れるなぁ。ぼくなんて、鶴折ったことないのに……)って、思わず感心しちゃった。
「お兄ちゃん、お腹すかないの?」って、真美が毛糸を編みながら聞いてきた。ぼくは首を横に振った。そういえば、なんでご飯食べてないのにお腹減らないんだろう?って思ってたら、近くにいた看護婦さんが「この点滴が食事代わりになってるのよ」って教えてくれた。真美は「ふ~ん」って言っただけで、また編み物に夢中。きっと真美は点滴に興味なくて、看護婦さんのことも“地獄耳だな”くらいにしか思ってないんだろうな。
そのとき、ドアの向こうからおばさんたちの声が聞こえてきた。「シーツ変えますので、立てる方は談話室へお願いします。」この部屋は4人部屋だけど、今はぼくと隣のおじさんだけ。おじさんは雑誌を持って、すぐに廊下に出て行った。たぶん、50歳くらいかな。
誰もいなくなった部屋で、おばさんたちがシーツを替えながら、こっちを見て「あ、起きたのね。よかったぁ~」って話しかけてきた。母ちゃんは「ふふっ」って笑っただけ。おばさんが「おばちゃん、“水野”っていうからよろしくね」って言うと、もう一人のおばさんが「水野さん、口動かす前に手動かしてよ」って、笑いながらツッコんだ。「ごめんごめん」って水野さんはちょっと恥ずかしそう。「吉山くんのとこは昨日検査中にシーツ替えといたから、また来週の木曜ね」って言いながら、手をシャカシャカ動かしてた。
そのとき、母ちゃんが「あっ、やばい!洗濯してこなきゃ……」って急に言い出した。真美と光平は「え~まだいたい~」って言ったけど、母ちゃんは「また午後に来るから。真美と光平、ここにいて私の代わりしてちょうだい。でも病院の外には出ないでね」って言い残して、急いで出ていった。ぼくと兄弟は、一旦お別れ。
そしたら、ちょうどそのタイミングで、まさかの丸井が病室に入ってきた。
「お!目覚めたな!やっぱり俺ら、テレパシーで繋がってるだけあるな」って、いきなり大声。ぼくはかすれた声で笑ったけど、「こんなに変なヤツだったっけ……」って、ちょっと思った。でも丸井はそんなこと知らずに、自分の大きなバッグをゴソゴソ。「これ持ってきた。千羽鶴の残り500羽、でかくて重くて、2つ持てなくてさ。昨日よっしーのお母さんに“明日でいいよ”って言われたから、今日持ってきた。あとはクラスのみんなが書いた手紙。読んでくれよな!」
丸井の言葉に、ぼくはすごく嬉しかった。「喋れるか?」って丸井が聞いてきたけど、光平が「まだ喋れないけど、大丈夫だよ。あと手足もまだ使えないけど、大丈夫」って、淡々と答えた。丸井は「そうなんだ……」ってちょっとだけしょんぼりして、それ以上は何も言わなかった。本当はもっと話したそうだったけど、言わないことにしたみたいだった。
④
「吉山君、昼ごはん食べてみよっか?」
また看護婦さんがやってきた。何人いるのかよくわかんないけど、さっきの“地獄耳”の看護婦さんとは違う、“看護婦さんB”だ。目が合うとすぐに、そう言ってきた。しばらく何も食べてなかったから、ぼくもお腹すいてたし、うんうんって大きくうなずいた。
「俺、食べさせてやろうか?」って丸井がすぐ横から言ったけど、看護婦さんBが「食べさせるのは、あたしがやるから大丈夫」って、やんわり丸井の申し出を断った。丸井、ちょっと気持ち悪い。
そのあと、丸井は2日続けて重い千羽鶴を持ってきたせいか、さすがに疲れた顔して「じゃ、また来るわ!」って帰っていった。
部屋には、真美と光平とぼくの3人だけ。真美はずっと毛糸をカチャカチャしてて、光平はクレヨンで何かグルグル描いてる。しばらくすると、「できた!」って真美が大きな声を出した。ぼくの目の前に、白と黒のしましま模様のマフラーを見せてくれた。「これ、お兄ちゃんのマフラー。かっこいいでしょ?寒いときは、これ巻いて外に出てね!」って、ちょっと得意げ。
あ、そういえば今って夏休みだったんだ。今ごろ思い出した。
横で光平が「同じの編んで~」って真美にお願いしてるけど、「ヤダ」「同じの編んで~」「ヤダ」って、子ども同士のケンカみたいにやりあってる。なんか、ちょっとおかしい。
「あっ、そうだ、光平もできた!」って、今度は光平がぼくに絵を見せてくれた。黒いクレヨンで力いっぱい描いた、ぼくの顔。
「壁に貼っておいて」って言いたかったけど、まだ声が出ないから、左手の人差し指で壁を指さした。光平はすぐにわかってくれて、セロハンテープで絵をぺたっと貼ってくれた。真美も、マフラーを窓ぎわのハンガーにかけてくれた。
そのとき、なんだかすごく思った。家族とか友だちって、やっぱりいいもんだなぁって。
⑤
「お兄ちゃん、喉かわいたんじゃない?」
真美がそう言った。そういえば、ちょうどお昼になりそうな時間だ。
タイミングよく、”看護婦さんB”が汁物ばっかりのお昼ごはんを持ってきた。おかゆ、味噌汁、ほうじ茶、ヨーグルト。どれもやわらかそうで、固いものは一つもない。
看護婦さんBは「痛いかもしれないけど、座ってみようか?」って言って、ベッドの足元のハンドルをゆっくり回して、ぼくを起こしてくれた。「痛くない?」って心配してくれたけど、痛くはなかった。むしろ、ずっと同じ体勢だったから、ちょっと気持ちよかった。
看護婦さんBは、ぼくのペースに合わせて、スプーンで少しずつごはんを食べさせてくれた。というか、飲ませてくれたって感じ。「吉山君のお母さんがね、今日お昼食べさせてみたらどうかって言ってたの。今日は汁ばっかりだけど、だんだん形あるものにしていくからね。おいしい?」
おいしくはなかったけど、とりあえずうなずいてみせた。「いいのよ?正直に言っても」って言われたから、今度は首を横に振った。「やっぱりね。でも少しだけの我慢ね」って、看護婦さんBは優しく笑った。
気がついたら、真美と光平は近くにいなかった。お腹がすいたみたいで、母ちゃんからもらったお金で売店に行ったらしい。
そのとき、看護婦さんBが「吉山君、名前言うの忘れてたけど、あたし畑野って言います。吉山君の担当だから、よろしくね」って、自己紹介してくれた。
「これから週に何回か検査があって、寝たり起きたりできるようになったら、リハビリにOT、言語療法に行って、元気になったら退院ね。長いようだけど、一緒に病気と闘おうね」
畑野さんは、ぼくに味噌汁をすすらせながら、やさしく微笑んでくれた。
⑥
畑野さんが昼ごはんのトレイを持って、廊下に出ていった。そのタイミングで、まるで入れ替わるみたいに、母ちゃんとみんなが戻ってきた。
「ごめんごめん、役所回りで遅くなっちゃった……」
母ちゃんの声がして、光平が「そうなんだ。僕の絵とお姉ちゃんの編んだマフラーできたよ」って元気に言った。真美の足音もトントンって聞こえる。
「コウ、まだ起きてたんだ。具合は?」
母ちゃんが心配そうに聞いてきたけど、ぼくはうなずくことしかできなかった。
畑野さんが片付けを終えて、また部屋に戻ってきた。手際よくぼくの脈を測って、何かノートにササッと書いてから、母ちゃんに向かって話し始めた。
「お母さん、今日から家で休んでください。こうやって目覚めたのですから。後はあたしたちにお任せください。」
真美がぼくにそっと話しかけてきた。「お母ちゃん、夜、家に帰らず、ずっとお兄ちゃん見てたんだよ?」
ぼくは、なんだか申し訳ない気持ちになった。もう、母ちゃんに足向けて寝られないなって、子どもながら思った。
「お言葉に甘えて、今日から夜は帰ろうかしら……」
母ちゃんは、天井の千羽鶴を見上げながら、ちょっとホッとしたみたいに言った。
夕方になって、空がオレンジ色に染まるころ、小高先生がまたやってきた。聴診器でぼくの胸をポンポンして、目もライトでチェックして、「変わりなし!」って大きな声で言った。
「そうだ、今小学校で流行ってるのってある?」
急に聞かれたから、ぼくは頭の中でいろいろ考えちゃった。
「じゃあ、わかったらこれに書いといて」って、小高先生は手帳の紙をビリッと破って、ぼくのベッドに置いていった。
そうか、左手で字を書く練習もしなきゃいけないんだ。お箸を持つ練習も。勉強より簡単か難しいかわからないけど、これもまたぼくの新しいチャレンジなんだな、って思った。
⑦
外がすっかり暗くなって、窓のカーテンもピタッと閉められた。母ちゃんと真美と光平が帰る時間だ。
「じゃあ、また明日ね。」
廊下では畑野さんが夕ごはんの配膳をしてて、母ちゃんは「じゃあ畑野さん、よろしくお願いします」って言い残して、見えなくなっちゃった。しばらくしたら、またまた汁物オンリーの夕ごはんがやってきた。おかゆ、味噌汁、りんごジュース。豪華ってわけじゃないけど、まあ仕方ない。
「まずくて、ごめんね」って畑野さんが言ったけど、ぼくは首を振った。でも、首を振ると「まずくて嫌だ」って意味にもなっちゃうし、うなずくと「まずくても大丈夫」って感じだし、どっちにしてもまずいのは変わらない。でも畑野さんはニコニコしてたから、まあどんな反応でもいいのかな。ぼくは口を開けて、ぜんぶお任せした。
「そうだ、大事なこと言うの忘れてた。なんかあったらここ押してね。ナースコールボタンって言って、吉山君が押したらすぐ来るからね。明日の朝まで、あたし病院いるから……」
看護婦さんって、長時間働いてて大変なんだなぁって、ぼくはちょっとだけうなずきながら、おかゆを食べさせてもらった。
夕ごはんが終わったころ、今度は父ちゃんがやってきた。「お~コウ目覚めたか。よかった、ほんとによかった」って肩をポンッて叩かれた。ぼくはにやっと笑った。「だいたいは母ちゃんから聞いたよ。まずは頑張るべ」って父ちゃんが話してると、畑野さんが夕ごはんの片付けを終えて、病室を出ていった。
父ちゃんは「かわいい看護婦さんだな」なんて言うから、ぼくは思わず肩を押してツッコんだ。「お!そこまでできるなら、もう治ったも同然!あ、今のは冗談だからな。母ちゃんに絶対言うなよ」って口止めされた。いつかチクってやろうかな、なんて思った。
父ちゃんの顔をよく見ると、明るいけどちょっと疲れてる感じがした。家でお風呂入った方がいいんじゃないかなって思って、小高先生の手帳の切れ端に「きょうはかえれ」って鉛筆で書いて渡した。父ちゃんはそれを見て、「コウ、疲れてるのがわかったんだな。すまん。後でまた来る!でもこの字、左手で書いたにしてはうまいな」って言って、車の鍵をポケットから出しては放り投げて、また取って、なんか楽しそうにしてた。
ぼくは笑って「サンキュー」ってさっきの紙に書いたら、父ちゃんも笑って「じゃあまたな」って言って、帰っていった。
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著者紹介
小説 TIME〈〈
皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。
校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook