小説 TIME〈〈 -第六章- 作、吉村 仁志。

 

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吉村 仁志よしむら さとし

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**第六章**

美雪さんとまだ話したいけど、何から言えばいいのか思いつかなくて。戸惑っているうちに美雪さんが「今日の天気は?」って訊いてきたから「晴れじゃないかな。」と滑舌悪く答えると、「もう1回、喋ってみて?」だって。。声が小さかったのだと思う。「はれです。」 そうはっきり答えると、美雪さんはなぜか頷いていた。

「次の言語療法までに宿題!言いにくい言葉とかあれば、メモしてきてね。」エレベーターのボタンを押しながら、僕に言ってきた。宿題なんて久しぶりだな~。あっ、そういえば夏休みの宿題……忘れてたなと久しぶりに冷や汗をかいてると、僕の階に着く音がした。

(言いにくい言葉、言いにくい言葉……)

考えてるうちに、もう僕の病室。364号のドアの前。引き戸を右側にスライドすると__予想外な人物がそこにいた。パン屋のおやじが丸井と一緒に、僕を待っていたんだ。

「お~う……あっ。」

と、丸井。僕はハッキリと大きめに「よく来た、よく来た。」と言ってやると、丸井は目を丸くして「ん?なんだ??この驚きが一気にやってきたのは……初めてだ。」 おやじはというと「いや~ハーモニカ君が入院したって聞いて、びっくりしたけど、元気そう……とは言えないけど。生きててよかった。」僕はその言葉に返そうとしたけど、丸井は押しのけて話してくる。

「いつから喋れるようになったんだ?」

「10分くらい前かな。」

たぶん二人とも理解できてない。おやじは戸惑いつつも「そうか……。よかったな。本当によかったな。」と。続けて丸井は「今日から学校が始まったんだ。でも宿題は出さなくても良いって先生が言ってた。よっしーだけ ずりぃな~。」

さっき考えてた事の答えが、すぐ返って来てしまった。テレパシーって本当なのかなと真剣に思い始めるしかない。

「こんにちは。コウちゃんのお友達と、パン屋のおじさんね。」

丸井は「こんにちは。あっ、そうだった。こっちも訊かないといけないな。お姉さんはここで働いてるの?」美雪さんは「そうなの。今月からだけどね。」 ここで美雪さんは自分の腕時計を見て「あ、やばい。まだ話したいけど、そろそろ帰らないと……じゃあまたね。あっ、あの時のパンおいしかったです!ありがとうございました。」

そのまま美雪さんは駆け足で、あっという間にいなくなっちゃった……。おやじも話したがってたけど、こうなってしまうとね。むなしく吸った空気は、無情にも溜息となって出ていくしかない。

「本当はパン屋やってる時間だけど、おやじによっしーのこと話したら、シャッター閉めちゃって。今日は一緒に来たんだ。びっくりしたべ?」

「いやいや、嬉しいよ。おやじ、ありがとう。」

おやじはバッグから、ウエハースを大人買いしたのだろうか、40個入りの箱を出して 「これはお見舞いだ。あっ、そうだ。あと残ったので悪いんだけど……。」 すると、まさかの”パン”も差し出してきた。おやじはニッコリとして「1日じゃ食べれないと思うから、冷蔵庫にでも入れといて。」 なんという気前の良さだ!

・「そのウエハースもらえるんなら、俺も入院しようかな。」と丸井。僕は「どこ悪いの?」と訊くと、おやじは丸井の頭を指さし「ここに決まってるべな。」

「おやじ!」

丸井は思わず怒鳴っちゃったけど、それは冗談だとすぐに気づいたので、すぐに表情を柔らかくした。

丸井は唐突に「おやじ、結婚してるの?」と質問をした。確かに僕も知りたい。__おやじは少しうなってから一呼吸おいて、話し出した。

「子供ばかりだから話すけど、実はバツイチなんだ。」

「ふ~ん。子供は居るの?」

「幸い、居ないんだ。」

「そっか。あまり深く聞いたらダメだね。」

丸井と同じことを感じてしまったので、僕は空気を変えるために「このウエハース、一緒に食べない?」と言うと、丸井は「お!いいねぇ。じゃあよっしー、この箱開けて。」と言ってきた。どうもリハビリのご指令らしい。おやじは横から「開けるぞ?」と訊いたけど、丸井は「いいから!よっしーが開けたのが食いたいんだ!」と真剣な見幕で言い返して、その僕の方を見る顔に ”怖さ” も感じたような。

箱はミシン目に沿って切るタイプのモノだ。まず切りやすいように、リハビリの不要な右手の親指でパチッと押す。そして後は開くだけの簡単なモノだ。普通はもう片方の手で押さえるのかな。でも抑える手は”休暇中”なので、ウエハース40個分の重さが右手に押しかかる中、なんとか開ける事が出来た。

「1個ずつでいいべ?」これもリハビリだと思い、ざわと左の手のひらに載せて、丸井とおやじに1個づつ配った。それから隣の方にもと思い、車いすで向かって「良ければどうぞ。」と初めて声を掛けてみた。「ありがとう。ボク……何歳?」 これが初めての会話だった。「11歳だよ。」「そうか~。俺もそんな頃あったなと懐かしむ、今日この頃であります。」「うふふふ。」恐らく今日初めてであろう覚えたての愛想笑いをし、ベッドの前へ戻った。

気づくとドアが開いてて、母ちゃんと真美、光平と少し遅れて、父ちゃんが来た。みんな驚いた顔をしてて「さっき看護婦さんから電話があって、喋るようになったんだって?」と母ちゃん。僕はニッコリして「ウン、まだそんなに経ってないけど、喋れる様になった。」となるべくはっきりと答えた。病院のチームワークのせいか、その事は看護婦に伝わり、最終的には吉山家にも伝わっていたらしい。

真美は「よかった~。喋りにくい言葉とかあるの?」と、美雪さんと同じことを訊いてきた。「ウン。まだ喋ってから間もないから、わかんない。そのうち出てくるかもな。」光平は甲高い声で「やった~、兄ちゃん喋った!」と騒ぎ立てて、それはテレビを大音量で流して近所迷惑になるくらいのレベルだろう。

……よく考えると、この場に家族四人に丸井やおやじもいる。こんなに人が集まるなんて思ってなかったから、笑いながら「僕、死なないよね?こんなに人集まるなんてないから……。」声にした瞬間すぐさま馬鹿にするように「バカじゃないの?」と真美のツッコミをくらって、みんなして釣られて笑ってしまった。そして「命に関わる問題は一切ないから安心しろ!」父ちゃんが怒鳴り気味に続けたので、とりあえずホッとしたのだった。

「そうそう、こちらをご用意致しました。」 父ちゃんがわざとらしく言うなり、一回廊下に出たようだ。廊下の脇から押してきたのは “背もたれ” “座るところ” “肘当て” が蛍光ペンとほぼ同じ色の、ピンクの車いす。

「どうしたの、これ?」

「会社の倉庫にこれが眠っててな。誰も使わないから借りてきたんだ。」

僕と丸井は一緒に、そしてハモるように「派手だべ……。」と思わず言葉に出てしまった。

「派手だよな。でも目立つし、俺1回乗ってこいでみたけど、病院のより軽いと思うから良いと思ってな。」

僕は「ウン、ありがとう。」とお礼を言った後、「そうだ。このウエハースとパン、おやじからもらったんだ。」と話を変えた。母ちゃんはすぐ「ありがとうございます。って、今更だけどあんたとコウ、知り合いだったの?」おやじに訊いていた。「うん、知り合いでございました。んで、美紀さんは同級生でございました。」皆に発言した。”美紀さん” とは、母ちゃんの名前だ。

「市内って狭いね。」

丸井は的確な発言をして、誰も驚きはしなかった。

光平はこれまでの話を聞いていたのか聞いてなかったのか、腹が減ってたのかわからないが、ひたすらウエハースにむさぼりついていた。「光平、うまいか?」と聞くと「うん、でも家にこのシールあるよね。」それを聞いて気まずそうなおやじだったが、僕はおやじの背中を叩いて慰めてあげた。

外から市内放送の音楽が聴こえてくる。

「おっ。今日はそろそろ帰るか~。」

「じゃあ俺も帰るかな。もうこんな時間だしな。」

みんなして淋しいこと言うなとは思ったが、時間はみんなの物だ。楽しい時は必ず来ると思って、「みんな、またね!」と明るく僕は言葉を返した。そして日は暮れたのだった__。

みんなが帰って間もなく、夕ごはんの時間が始まった。今日の当番は地獄耳の看護婦さんAだ。汁物をトレイに乗せて、僕のところに運びながら話すには、「小高先生からも説明あると思うけど、明日から普通食にするからね。」なんだそうだ。今日が最後の汁物と思うと、なんだか嬉しさというよりも、やっと終わるなと思う方が強かった。

「いただきます。」

箸でつまめるものは無かったけど、箸を左にかき寄せながら食べた。お椀に口をつけて飲む。おかゆも飲むし、お茶も飲む。やっぱり箸を使う必要はなかった。なんだか味気ないというか、頑張りがいがないな……でも今日でこれも最後か。


タッ タッ タッ タッ……

ハイヒールの激しく廊下を打つ音が聞こえ、近づくなりドアがいきなり開かれた。

「吉山君、喋れたんだって?」

私服姿の、おしゃれな畑野さんが立っていた。髪を下ろした畑野さんは初めて見るから、びっくりしちゃった。僕はまず心配してくれたことを謝って、続けて色々と話してみた。喋れるのをアピールしなきゃね。

「畑野さんはもう帰りの時間?」

「さっき帰った後に寝て、でも忘れ物したのに気が付いて病院に戻って来たの。って言ってもそこの寮だから近いんだけどね。」

「そっか。お疲れ様です!」

「喋れるようになって、本当に良かった~。」

畑野さんはニッコリしていた。「いつも体拭いてばかりだったから、今日、お風呂に入ってみる?」畑野さんは言ってきた。僕はすぐに返答しなかったのを見て、「大丈夫よ~。看護婦の誰かが助けるから……。そうだ!」

ベッドの下から、風呂セットが出てきた。「これとタオルとパンツは……。」母ちゃんの言った事を全て覚えていたんだろう、すごいお方だ。「じゃあ夕飯片付けに来た看護婦さんに “お風呂入りたい” って伝えてね。話しとくから。それじゃあまた、明日ね。」

手を振ってきたので、僕は(本当は忙しいのに、ありがとうございます。)と心で思いながら、笑顔で手を振りかえした。

夕ごはんの片付けに来た看護婦さんAに「風呂……。」と言いかけると、「うん、あたしが片付け終わってからだから、7時から入ろうね。」と答えてきたので、入るのはまだまだ先になりそうだ。

今まで家にあった力士の目覚まし時計を見ると、7時までけっこう余裕があった。光平が置いて行った携帯ゲームがあったので、それを遊んでみる。左上にスイッチボタンがあり、そこを “カチッ” と右側へスライドし、すると “ピコーン” という音とともに会社名がドンッと出てくる。携帯ゲーム機の中に入っているソフトはパズルゲームだった。僕は手が大きいので、難なく操作は出来る。左手の薬指で十字ボタン、人差し指で右側の丸っこいボタンを押して……でも遊びながら1つ気になることが出来てしまったので、隣のおじちゃんに訊いてみた。

「うるさくない?」

「あ~大丈夫、大丈夫。うるさい方が、寝れるからな。」

うるさいほうが良いと言うけど、もう寝る気なんだな~と思って、遠慮して音量はだいぶ低くした。そうして遊び続けていると声がドアからの方から聞こえた。

「はい、吉山君、お風呂の時間ですよ~。」

看護婦さんAが来た。濡れてもいいように、白衣の上から茶色いレインコートを着ていた。「お風呂場まで、自分でこごうか。」 ニッコリしながら僕に言って来た。そしてお風呂場へ案内された。出入口の鍵を閉め「脱げる?」と訊かれたので、これもリハビリだと思って「やってみる!」と脱いでみた。けっこう汗をかいた後だから、服が湿っていた。すべて脱ぎ終わり、「じゃあ、立って行ける?」と言われたので、手すりをつたい歩いて行き、扉を開けた。するとすぐ左側に手すりがあったので、そこを右手で掴んで、風呂の椅子まで歩いて行った。

「滑るから、気を付けてね。」

看護婦さんAに言われて返事はするけど、歩く方に気が行っていたので生半可な感じで返した。風呂椅子にまず座ると「吉山君、自分で洗ってみよっか?」と新しい課題。僕はすでに左の手のひらにシャンプーを1プッシュして、頭から洗おうとしていた。頑張って左手だけで初めて洗った。看護婦さんから見たらぎこちはなかっただろうけど、時間をかけながら一生懸命に洗った。そして体を洗う為、膝の上にスポンジを置き、ボディーソープを2回プッシュし、洗い始める。これも最初だからぎこちなかった。これもかなりの時間がかかる。

 

やっぱりその “ぎこちなさ” を見かねたんだと思う。看護婦さんが「背中洗えてないから、手伝うね。」と言ってきたので、素直に返事をした。風呂に入るのにも体力がいる。僕のHPは10を切るところだった。

「ここまで出来るのも早いものよ。疲れたでしょ?」

僕は「うん。」と答え、洗えてないところを代わりにやって貰った。お風呂から出て、バスタオルで僕の体を自分でなんとか拭けた。「着替えもやってみよっか。」看護婦さんAも自分のレインコートを拭いていた。畳んである一番上にパンツがあった。それに左足を入れ、続けて右足。そして腰まであげた。シャツは首からまず入れて左手を入れる。それが終わると左手で右手の出口を左手で “パー” にし最限限に開けながら、右手をちょっとだけ上に挙げて、そこに入れた。そして左手で右腕の形に併せて、袖を直した。

「あら、よく出来ました。」

そう褒められながら頭をポンポンとされた。ジャージも同じように着て、着替えを終えた。風呂場を出て部屋まで車いすをこぐと「お疲れ様でした。疲れたでしょ。今日はもう寝てもいいよ。」

時計を見ると8時を回っていた。僕はベッドに横になると、もうその後は記憶が何も無い。色んなことがありすぎた8月24日だった__。

 

 

次話、第七章へ続く

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著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

Author: かんから
本業は病院勤務の #臨床検査技師 。大学時代の研究室は #公衆衛生学 所属。傍らでサイトを趣味で運営、 #アオモリジョイン 。

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