小説 TIME〈〈 -第三章- 作、吉村 仁志。

Time<<
吉村 仁志よしむら さとし

👇👇第一章、前話第二章はこちら👇👇

https://aomori-join.com/2021/04/20/time-1/

https://aomori-join.com/2021/05/06/time-2/

**第三章**

それから僕は、ずっと眠り続けた。


……目が覚めた。眠さは一切なかった。最初こそボーっと天井を見つめるだけだったし、何が何だか分からない。でもここは、病院かな。左腕には点滴が刺さっていて、おしっこするところを触ると大きな袋があり、クダで自動的におしっこできるようにされてあるし。……ベッドが微かに動く音に気付いて、母ちゃんは思わず僕に近寄って、泣き始めた。真美と光平も驚いて、僕の方を見て泣きわめいた。みんなして泣いてはいるけど、悲しくはない。どこか嬉しそうだ。

「喋れる??」と母ちゃんは訊くけど、言葉が不思議と出せなかったから、僕は首を左右に振った。「そっか……。」母ちゃんの声は思わずそこで止まってしまった。そんなだったから真美は場を明るくしようと思って、すぐ思いついた言葉を投げかけてきた。「あ、あたし期末テストで98点取ったよ~。」と。

「はははっ。」

僕は口を開けたけど、声はほどんど出なくて、か細く……かすれた声で喋った。

「お兄ちゃん。野球できるようになるまで、待ってるからね。」と光平。ここまですすり泣きしてた母ちゃんだったけど、気を取り直して笑顔を見せてきた。「手とか足は動く?」訊かれたので、試しに動かしてみた。でも……左の手足は動くけど、右の手足は動かせない。その様子を見て、母ちゃんは「右手右足は動かない?」……僕は頷くしか無かった。「そっか。コウが座れるようになったら、リハビリして動かす訓練するからね。」母ちゃんは、なんだか少し、痩せた様な気がした。

そこに点滴の様子を見に来た看護婦さんがやってきて、話しかけてきた。「あ、吉山君起きたみたいだね。ここわかる?」どこの病院かわかんないけど、白いベッドに点滴なら、病院でしょ。と口に出せない僕の横で「ここ市立病院だよ。」と光平が大きな声を出した。「こら、光平がわかるの当たり前でしょ。」と真美。看護婦さんはにっこり笑って、思わず僕も口をニッとした。

「意識はしっかりしてるみたいね。声は出る?あっ、でもその前に今先生いるから、伝えてくるね。待っててね。」看護婦さんはお医者さんを呼ぶために、病室のドアを開けて、急いで出て行った。……次第に周りのことが見えてくる。隣の患者の日めくりカレンダーを見てみると、8月6日。部屋の大きな時計は、8時5分だった。流れてくるラジオを盗み聞きすると、今日は原爆が落ちた日だったらしい。広島からニュースを伝えているアナウンサーの声が聞こえた。黙って聴いていると「お兄ちゃんの為に、ゲーム持って来たよ。」と光平が一番の笑顔で話しかけてくる。「あら……まだ目覚めたばかりだから、休ませてあげましょう。」と、疲れ顔の母ちゃん。

僕は今、右手右足は使えない。野球をやろうと言われても、どうしよう……。と、お先真っ暗だけど、今の目標はまず “退院” だ。何ケ月かかるかわかんないけど、早く戻らないと……だけ思う事にした。

病室のドアは、また開いた。「起きたようだね、良かった良かった。」お医者さんは慣れた手付きで、病院のピンクの寝巻をちょいちょいっとまくって、聴診器を僕の胸にポンポンと押し当て、目ん玉をあっかんべーのように開けて、ライトで僕の目を診た。

「よし。じゃあ”あー”って喋って?」

僕の出せる声は、かすれながらで吐息交じりの、か細い ”あー” だった。するとお医者さんは力強く「よし、今日までよく頑張った!まだ頑張る日は続くけど、吉山君、今見たら大丈夫そうだね。」と励ましてきた。

「あ、俺の名前は小高。よろしく。」そう言って、左手を差し出してきた。馴れ馴れしいけど、頼りがいのある人なんだなって思いながら、僕も布団から左手を出して握手した。するとお医者さんは「おっ、これ金持ちになる手だな。」と、訳の分からないことを言ってくる。でもそんなことお構いなしに「じゃあまた、夕方来るからな。」と言って、お医者さんは出入り口を開け、その大きな後ろ姿は消えて行った。

昔から母ちゃんは薄っぺらいつまらない本の内容でも、おもしろおかしくできちゃう人で、今でもそういう風に話してくれる。そのノリで、数日間に起こったことを教えてくれた。そうしてるうちに僕はベッドの上に千羽鶴があるのに気が付いて、それを指さした。「あ~これね、コウのクラスの皆が折ってくれた千羽鶴。丸井君が昨日持ってきてくれたの。綺麗だよね。」と母ちゃん。一方で僕は、心の中で喋った。(よく折れるな。僕は鶴折ったこともないのにな……。)思わず感心してしまう。

「お兄ちゃん、お腹空かないの?」何かを編みながら、真美が訊いてきた。僕は不思議に思いながら、とりあえず首を振った。そういえばなんで食事してないのに、腹減らないんだろう。と思っていると看護婦さんが話を聞き付けたのか、近くまで寄ってきて「この点滴あるでしょ?これ食事代わりになってるのよ。」 真美は「ふ~ん。」としか言葉を返さず、また編み物を始めた。真美はきっと点滴に興味は無く、あの看護婦さんには ”地獄耳だな” ぐらいにしか感じなかったんだと思う。

ドアの手前から、おばさん2人の声が聞こえて来た。「シーツ変えますので、立てる方は談話室へお願いします。」4人部屋だけど、今のところ僕とお隣さんの2人しかいない。その方は僕からはあまり見えてなかったけど、言われるなり僕のベッドの前を通って、そそくさと雑誌を持って廊下に出て行った。見た感じ50歳過ぎのおじさんだった。

誰もいなくなったベッドのシーツ替えをしながら、おばさんは僕の方を向いて「あ、起きたのね。よかったぁ~。」 すると母ちゃんは「ふふっ。」喋り疲れたのか、笑い声だけだった。「おばちゃん、”水野” っていうから宜しくね。」「水野さん、口動かす前に、手動かしてよ。」違うおばちゃんが、笑いながら文句を言う。「ごめんごめん。」水野さんは恥ずかしそうに話し「吉山君のとこは昨日検査中にシーツ替えといたから、また来週の木曜ね。」もう一人に後れを取るまいと、手を慣れた感じで動かしていた。

ここで母ちゃんがハッとした。「やばい!洗濯してこなきゃ……。」真美と光平は「え~まだ居たい~。」と言ったけど、母ちゃんは「また午後に来るから。そうだ、真美光平ここにいて、私の変わりしてちょうだい。でも病院の外には、出ないでね。」と言い残し、母ちゃんと吉山兄弟は一旦別れることになった。するとそこへ……すれ違うように、まさかの丸井が病室に入ってきた。

「お!目覚めたな!やっぱり俺ら、テレパシーで繋がってるだけあるな。」

僕はか細い声で笑ってやったが、”こんなに気持ち悪い奴だったっけ” とも思ってしまった。でもそんなこと思われているのを知らない丸井は、自分の大きなバックに手を突っ込み始めた。「これ持ってきた。千羽鶴の残り500匹、でかくて重くて、2つ持てなくて。昨日よっしーのお母さんから明日で良いよって言われたから、お言葉に甘えて、今日持ってきた。後はクラスの皆で書いた手紙。読んでくれ。」

丸井の言葉に、僕は嬉しかった。「喋れるか?」丸井が訊いてきたけど……光平は淡々と「まだ喋れないけど、大丈夫だよ。あと手足もまだ使えないけど、大丈夫。」丸井は「そうなんだ……。」それから言葉に詰まってしまって、本当は他にも何か喋りたそうだったけど、言わないことにしたみたい。

「吉山君、昼ごはん食べてみよっか?」

何人の看護婦さんがいるのかわからないけど、目覚めた時に居た “看護婦さんB” が、部屋に入ってくるなり訊いてきた。”看護婦さんA” はさっきの地獄耳看護婦さんと、その場で即決したのだった。しばらく口に物を入れてないから僕も何か食べたいし……深く頷いて見せた。「俺、食べさせてやろうか?」丸井は言うと、看護婦さんBは「食べさせるのは、あたしがやるから大丈夫。」やんわり丸井の行動は拒否された。丸井は気持ち悪い。

しばらくして、重い鶴を2日続けて持ってきた丸井はさすがに疲れたのか、帰って行った。真美は編み物、光平は絵なのか今のところわからないけど、グルグルとクレヨンで円形を描いている音が聞こえた。「できた!」 真美の声が聞こえ、僕の顔の真正面に出来上がったばかりのマフラーを見せてきた。「これお兄ちゃんのマフラー。かっこいいでしょ?」それは白と黒の毛糸で作られた、シマウマ模様のデザインだった。「寒いときは、これ巻いて外に出てね!」

あっ、そうか。今は夏休み中か……たった今、思い出した。横で光平も欲しがってて「同じの編んで~。」と真美にお願いしていたけど、「ヤダ。」「同じの編んで~。」「ヤダ。」 子供だからか、子供ならではのお願いの仕方と、拒否拒絶の仕方だった。「あっ、そうだ、光平もできた。」光平は僕に絵を見せてくれた。黒いクレヨンで筆圧が力強く描かれてるのは、まさしく僕だった。「壁に貼っておいて。」とはまだ言えないので、左手の人差し指でお願いしてみた。光平は僕のお願いをわかったらしく、セロハンテープで壁に絵を貼ってくれて、真美も窓際に掛かってたハンガーにマフラーを掛けてくれた。家族や友達っていものだなと、その時に実感した。

「お兄ちゃん、喉乾いたんじゃない?」と真美は言った。そういえば丁度、昼になりそうな時間だ。するとタイミングよく “看護婦さんB” が、汁物ばかりのメニューを持ってきた。メニューの内容は、おかゆ、味噌汁、ほうじ茶、ヨーグルト。硬そうなものは一切入っていない。看護婦さんBは「あ、痛いかもしれないけど、座ってみようか?」と言って、ベッドの足元にあるハンドルをゆっくりと回し、僕を起こしてくれた。「痛くない?」と心配されたけど、痛さはぜんぜん感じなくて、むしろ気持ちが良かった。同じ体勢だと、やっぱりキツイのかな。

……僕のペースに合わせて、看護婦さんBは僕に少しずつ食べさせてくれた。というより、飲ませてくれた。「吉山君のお母さんがね、今日、お昼食べさせてみたらどうかって言って来たの。今日は汁ばかりだけど、段々と形あるものにするからね。おいしい?」おいしくはなかったけど、頷いてみせた。「良いのよ?正直に言っても。」 なので今度は正直に、首を横に振った。「やっぱりね。でも少しだけの我慢ね。」

真美と光平もお腹が減ったみたいで、母ちゃんから貰ったお金で、売店に買いに行ったようだ。いつの間にか近くに二人はいない。「吉山君、名前言うの忘れてたけど、あたし畑野と言います。吉山君の担当だから、よろしくね。」”看護婦さんB” から、”畑野さん” へ名前は変わった。「これから週に何回か検査があって、寝たり起きたりできる様になったら、リハビリにOT、言語療法に行って、元気になったら退院ね。長い様だけど、一緒に病気と闘おうね。」味噌汁をすすらせながら、畑野さんは微笑んだ。

畑野さんが昼ごはんの片付けの為、トレイを持って、廊下に出て行った。するとこれもまたすれ違いのように、母ちゃんやみんなが戻ってきた。

「ごめんごめん、役所回りで遅くなっちゃった……。」

「そうなんだ。僕の絵とお姉ちゃんの編んだマフラーできたよ。」

母ちゃんの声と、光平の声と、真美の足音が聴こえてきた。「コウ、まだ起きてたんだ。具合は?」 母ちゃんから訊かれても、頷く事しかできなかった。B……でなくて畑野さんは片付けが終わり、また部屋へと入って来た。手際良く脈を計り終え、記録も書き終えると……母ちゃんに話し始めた。

「お母さん、今日から家で休んで下さい。こうやって目覚めたのですから。後はあたし達にお任せください。」

真美は僕に話しかけた。「お母ちゃん、夜、家に帰らず、ずっとお兄ちゃん見てたんだよ?」 もう足を向けて寝られないなと、僕は子供ながら申し訳なく思った。

「お言葉に甘えて、今日から夜は帰ろうかしら……。」

母ちゃんは天井の鶴に気付いたらしく、見上げながら承諾したのだった。

夕日が沈む頃、小高先生が再びやってきた。聴診器で胸をポンポンして、目ん玉を診て「変わりなし!」と大声で言った。

「そうだ、今小学校で流行ってるのってある?」急に言われたので、僕は考えてしまう。「じゃあ、わかったらこれに書いといて。」小高先生の手帳を破り、置いて行った。そうか、左手で書く練習もしないといけない。箸を持つ練習もしないといけない。勉強より簡単か難しいかわからないけど、これもまた試練だろう。

外が暗くなり、窓のカーテンは閉められた。母ちゃん、真美、光平の帰る時間だ。

「じゃあ、また明日ね。」

夕ごはんの配膳をしている畑野さんが廊下にいて「じゃあ畑野さん、よろしくお願いします。」と母ちゃんは言い残し、僕からは姿が見えなくなった。間もなく汁物オンリーの、豪華とは決して言えない夕ごはんが参上した。メニューは、おかゆ、味噌汁、りんごジュース。「まずくて、ごめんね。」と畑野さんは言ってくるのに対して、僕は首を振った。首を振るという事はこの場合、”まずくて嫌になっちゃう” と言ってる様なもの。ウンと頷くと、”まずくても大丈夫” と言ってる様なもの。どちらにしても、まずいのには変わりない。畑野さんはニッコリしてたから、どんな反応されても、それはそれで良いのだろう。僕は口を開けて、全てを任せた。

「そうだ、大事な事言うの忘れてた。なんかあったら、ここ押してね。ナースコールボタンって言って、吉山君が押したらすぐ来るからね。明日の朝まで、あたし病院いるから……。」僕は看護婦って長時間労働で大変だなと、少しだけ頷きながら、おかゆを口に運んで貰った。

夕ごはんが終わったら、今度は父ちゃんが来た。「お~コウ目覚めたか。よかった、ほんとによかった。」 肩をポンッと叩いてくる。僕はにんまりした。「だいたいは母ちゃんから聞いたよ。まずは頑張るべ。」 父ちゃんが話しているうちに、畑野さんが夕ごはんの片付けを終え、病室を離れて行った。「かわいい看護婦さんだな。」父ちゃんはすかさず言うと、思わず僕は肩を押し、突っ込んでやった。「お!そこまで出来るなら、もう治ったも同然!あ、今のは冗談だからな。母ちゃんに絶対言うなよ。」 と口止めをされた。いつかチクってやろうとさえ思った。

父ちゃんの表情をよくよく見ると、明るいけども、どこか疲れている感じ。病室にいるより家でお風呂に入った方が良いと思って、小高先生の手帳の切れ端に、鉛筆で ”きょうはかえれ” と書いて渡した。それを見た父ちゃんは「コウ、疲れてるのがわかったんだな。すまん。後でまた来る!でもこの字、左手で書いたにしてはうまいな。」車の鍵をポケットから出し、放り投げては取り、放り投げては取りながら喋っていた。僕は笑って”サンキュー”とさっきの紙に書くと、父ちゃんは笑って「じゃあまたな。」と言い、帰って行った。

 

👇👇次話、第四章へ続く👇👇

https://aomori-join.com/2021/08/10/time-4/

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

Author: Contributor

コメントを残す