【小説 津軽藩起始 六羽川編】第七章 安東軍、乳井茶臼館に籠る 天正七年(1579)旧暦七月八日

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戦のやり方

7-1 先が見えぬ

 矢は尽きることなく下より放たれ、高々と上がり、大いに降り浴びせられる。周りはほりで囲まれ、それが途絶えているところは足場の悪い湿地帯になっているが、それをものともせず安東軍は攻め寄せてくる。敵に勢いはあり、この沖館おきだても落ちるのも時間の問題……。誰かが叫んだ。

「おい、援軍はまだか。」

「一向に見えませぬ。」

 大声を立てなければ聞こえぬ。けたたましく、周りは武具のこすれる音や空気が鳴る音、痛く痛くもがく叫び。小さな砦なれどそこには生きている人が守っているし、守りきらねばならぬ。ここを落とされれば敵軍はきっと大光寺城へ。きっと土民も参加し攻めたてることだろう。

 いつしか湿っぽい空気が抜けて、小雨は降らなくなった。敵味方泥まみれに争っていたが、肌に付く土は乾き、それだけ長く砦を守り切れていたともいえる。厭戦ぎみとも思えたが……この状況の変化により、ある手段が使えるようになる。

 行き着く先を見定めて……黒い筒は下方を向く。ジリリと焦げ付く音を立て……敵方目がけて弾は飛んだ。辺りの者らは誰とも関係なく動きを止め、何が起きたのかと思わず見回してしまった。しかしすぐに理解する。田舎武士といえどもすでに鉄砲を見たことがない者はいない。それはたった五丁ながら大変な威力を発揮し、もう少しで柵を抜けようとよじ登った者も含めしっかりと撃ち落した。

 これまでは湿っぽく用が足りなかったが、日が暮れ始めてやっと使えるようになった。よし、これでもう少しだけ粘れるぞ。……粘れるだけか、ならば結局は死ぬのか、少し生きるのが長くなっただけで。いやいや援軍が来るまでの辛抱ぞ。どれだけ傷を受けようとなんのその、それ音でひるんだうちにこちらからも攻めかかれ。引けを取らせてはならぬぞ。……すると、まさかあちらからも爆音が響いた。

7-2 腑抜けの男ども

 傾斜を駆け下がってきた兵らは銃弾に倒れ、あとは転がる石のように下へ落ちてゆくだけである。あとは影が否応なく黒く、いつしか日も沈んだのでそれすらなくなった。誰か敵兵がそこを歩めば、ただただ鈍い物体として踏みつけられるだけ。

 滝本は下から斜め上に向けて鉄砲を狙い撃ちさせた。さあこちらにも同じものがあるぞと言わんばかりに柵の向こう側へと何度もきりなく攻撃した。安東軍の弾薬はたいそう豊富で、鉄砲の数こそ五十丁ほどしかなく、その場にいる兵が千も超えていることを考えれば少なく思えるが、沖舘に籠る将兵の持つたった五丁と比べれば問題にならぬ。

 いつしか弾や火薬が尽きかけ、沖舘の内側から響く爆音はなくなった。……夜も深くなったので手を緩めたのか、安東軍のほうでも鉄砲の音は鳴りやんだ。兵が攻めてくることもなくなり、一応は敵味方互いに血の通った生き物であるので、ある程度体を休めねば何もできなくなる。……おそらく戦さが始まるのは明日の朝だろう。すでに沖舘に籠る兵らには悲観しかない。男どもは顔を下に向け、鍋に煮立つ水団すいとんを碗にいれて何も言わずに食べている。松明たいまつは手元が見えるくらいのみ明るくするだけ。わびしい、何とも侘しすぎる。これが果たして最後の晩餐になろうものなら……他にも食い物はあるだろうからと共に籠る女房や砦の女中らに詰め寄るのだ。

 すると男どものこんな姿にあきれ返った女たち。そんな心構えでは負けてしまうぞと要求をはねのけてしまった。普段は従順でかわいらしいのに……どうしたことかと問いただすが……。

「ならば私たちにも鎧と武具を。そんな気の持ちようでは勝つ戦さでも負けに行くようなもの。」

 何をぬかすか。男どもはカッとなり、とはいえ殴るわけでもないがいら立ちを一切隠さぬ。女たちも言いたいことをことごとく話しだす。

7-3 女にも甲冑を着せ

「死ぬのが遅かれ早かれむざむざと死ぬより、朝を待つよりは今すぐ攻め入りなされ。それでこそ私たちはあなた方を男だと思いますよ。」

 “なんだと”と男ども。しかしもっともすぎて何も言い返せない。その様を見ていた館主の阿部あべは黙って聞いていたが……このまま何もせず殺されるのは不本意だし、男として見られないまま死にたくもない。いかにもあの世でもののしられそうで……少しぐらい恰好かっこうつけて死んだ方があちら側でもチヤホヤされるだろう。そこで阿部は乗せられやすい性格でもあったので、大声で女たちに言い返した。

「よーし。お前らにも鎧兜を貸してやる。我ら男どもが外へ攻めている間、女たちは館を守っておれ。落とされることは許さんぞ。」

 言葉の中に怒りという感情はなく、どちらかというと華々しく散ってやろうという気勢であったし、もし……もし運が良ければ夜霧に紛れて敵将を討ち取れるかもしれぬ。

 女たちは明るく、無理やりさらに快活に応えた。

「やってやろうじゃないですか、館主様。落とされるはずがありましょうか。“ついで”にたいそう美味しい物をお作りしてお待ちしております。」

 男女おとこおんな共に一致団結し、先ほどまでの自らを憐れむ雰囲気を消し去った。ただし勝つためというよりかは……また別の理由だが、それでも一つ動きをとってみても全く違うし、顔色も輝かしく光っているかのようだ。月明かりに全てが照らされいるので、すべてがわかる。沖舘の砦は幾多ものしかばねに囲まれており、いずれああなるとはわかっているが……これより積極的にその状態を求めに行く。そんないびつな行為、無謀に近い、ほぼ意味はない、それでも理由は作りだせた。

 館主の阿部を筆頭に、残る男ども四十数名をようし安東軍の目前まで迫る。茂みの中に隠れ……タイミングをはかる。そして残りの弾と火薬を鉄砲に仕込み、暗闇の元……突如として安東軍へ向けて打ち鳴らした。

7-4 不意打ち

 爆音が茂みの中より響いた。突然の事態に安東軍は慌てふためき、しかも暗闇の中なので同士討ちもあっただろう。大将の比山ひやまなどは……大柄な体をのけ反らして地べたに腰を落としてしまった。痛い痛いと横の浅利あさりの足元を手に掴む。浅利もいやいやながら……その醜態しゅうたいを憐れみつつも、声をかけて肩を貸した。やっとのことで立ち上がると……目前に敵兵三人が迫ってくる。慌てふためく味方の兵らは彼らを止めようともせず、呆然としてこちらを見るだけ。黙っているだけならば助けろよと浅利は言葉を投げ捨て……比山をもその場へ捨て置き、こしがたなを抜いた。

 “ヤーッ”と途轍とてつもない怒鳴りで叫び、三人をあろうことか一人で始末すべく自ら敵に迫った。その様を見ていた味方の兵らは”はっ”と気づき、慌てて助太刀しようと浅利の元へ駆けた。……ちなみにこの時、地べたにいつく比山に誰も気づいていない。浅利はというと誰の助けも要らぬと言っているかのように、軽やかな身のこなしようで攻める三人を翻弄する。そして隙を突き……横腹が開いたかに見えれば胴の境目めがけて刃を入れるし、向きをこちら側に変えようとするものなら足元に蹴りをくらわし、その勢いのまま倒れたその敵兵の首をとってしまう。残る一人は……対面するも、すでに恐れしかみえぬ。そんな相手ならばと至極簡単に討ち取ってしまった。前へ進み出て、刃を交え……力づくで手にもつ刀を落とさせ、無防備な胸中に刀を突きさすのだ。……誰の助けも要らなかった。味方の兵も安堵し、浅利の元へ寄ってくる。

 すると遠方より怒声が響き、それを合図として沖舘の砦へ向けて鉄砲の撃ち込みが始まった。……滝本め、お主ら周辺はすでに収まり、さっそく反撃を始めたか。負けてはおれぬと浅利も周りの兵らを従えて砦へ攻めかかる。堀を下り、柵を超えようと何百人も進む。

7-5 まさか

 沖舘砦の兵らは柵を越えて安東軍へ夜襲を掛けた。初めこそうまくいき、数人は敵軍の大将にも迫ったらしい。……しかし所詮しょせんは多勢に無勢であった。これでは無理ぞと悟った阿部は途中で生き残った兵らを連れて砦へ逃げ帰ってしまった。果たして何人が生き残ったのだろうか。それに……けなされるのが目に見えている。女たちはどう思うか……。しかし想像とは裏腹に女たちは男どもを温かく迎え入れ、“よくぞ頑張りました”と声をかけてきた。哀しくもあり、嬉しくもあり……なんとも複雑な心境であるが、感傷に浸ってはいられない。逆に攻め寄せてくる安東軍を何とかして防がねばならない。女たちは言う。

「さあ、戦さのやり方というものをお教えください。」

 いやいや……お前たちはすでに知っているよ。このように我らをけしかけて、奮起させたのだから……。敵兵は堀を進み、土に手をかけてより登ろうとする。あちらでも同じように迫ってくる。矢こそ放つも数少ない兵の数であるので、堀を乗り越えてられて柵の目前に対峙されてしまった。大勢の敵兵らは……力ずくで柵をなぎ倒し、敵味方を隔てる障壁はなくなってしまう。ならば後は慌てて逃げるだけか……そうはならぬ。男はもちろん、女も必死になってあらがった。佐藤とかいう男の女房などは、一人で二十人もなぎ倒したらしい。刀のさばき方は知らぬので……相撲すもうが如く火事場の馬鹿力もさることながら、相手の間隙を見抜いては上手に体勢を崩していく。足だったり、腰に掲げる縄であったりと様々だが……それは見事としか言いようがない。他の女もそれに見習い、同じように敵へと立ち向かっていく。……そんな力があったのかと男どもは驚きそうなものだったが、生憎あいにくそのような暇はない。皆々必死だった。いつしか日が上がり……敵兵はまばらになっていた。そして、誰もいなくなった。

 誰かが言った。

 ”勝ったのか”

 いやわからぬ。しかし見てみろ、あそこにあったはずの安東の陣地はなくなっているぞ。

 ……では……勝鬨かちどきをあげるか。

 そんな気力、あろうはずがない。

 すべての者がその場に身を倒し、視線を上へと向けた。そのまま寝てしまう者もいたし、漠然と何も考えずに空を見続ける者もいた。

 津軽の援軍が沖舘砦に入ったのは、それより少ししてからである。

流転

7-6 思うところあり

 高畠たかはた館は安東軍、主に北畠勢の猛攻を受け陥落。三つもの郭に分かれているのである程度の防御性を有していたはずだが、北畠勢は手柄を立てようと必死によじ登り、矢がいくら飛んで来ようとお構いなしに堀を乗り越えたのだ。籠る将兵らは敵軍の成しように驚き慌てて、討死する前に逃げようと傷ついた仲間らを見捨ててトンずらしてしまう。……所詮は田畑の中にある平城。

 ……一軍の将である北畠きたばたけ顕則あきのりはいまだ残る敵兵をあやめる必要はないとし、武器を捨てれば命を助けようと考えた。我らはあくまで津軽制圧後の権力を滝本に奪われてなるものかと必死になっただけ。津軽に戻りさえすれば同じ民草であろうし、なによりこの者たちに恨みがあるわけではない……。もちろん家臣の石堂いしどうらも同じ考えだった。深い傷を負っている者も先が短いからと言って見捨てることをせず、十分に過ぎるほどの手当てを施す。小雨が降っていたので……館へと手負いを移させて、己らは外に天幕を張って次の計略を練るのだ。

「のう、石堂殿。沖館おきだてを攻めている滝本らから何か知らせはあるか。」

「いえ……いまだ落ちぬのでしょうな。我らの倍以上の兵を持ちながら、攻めあぐねているのでしょう。」

 淡々と会話するものの、心の中では両人共に少しだけおどっている。滝本に“武者としての働きがない”と罵倒され、それが今の成果を見てみろ。これでさらに手柄を立てていけば、制圧後の権勢を握るのは我らぞ。加えてあのような目にあうのはもう御免ごめんだ。

 小鳥が館の軒下に入り、誰かを呼ぶようにさえずりをした。するとどこからともなくもう一羽が飛んでくる。そのさまをみて顕則は、これまで張っていただろう気が少しだけ和んだ。

”さて、昼餉でもとるか……”

 すると館の外より兵が一人の農夫を連れだってこちらへ歩いてくる。彼は雨避けの蓑を被り、下の着物もそんなよいものではないようだ。だが顔は……顔が。知っている。すぐにわかった。

 尾崎。

 尾崎喜蔵おざききぞう

 為信方に付いた、今は水木みずき御所ごしょの枠組みに属する。……もしやあの話か。

7-7 仲間だから、教える

 “水木みずき御所ごしょは安東方に寝返る”

 この密約が合戦前に石堂いしどうと津軽の旧北畠系家臣らとの間で結ばれていた。その取り決めにより安東軍を前にして唐牛かろうじ氏は館を明け渡し、多田秀綱ただひでつなは領内を素通りさせている。こうして安東軍は難なく大鰐おおわに地方を手中におさめ、目の前に広がる津軽平野へと突入できた。

 秋田出身者がよく感じることとして、津軽平野へ来てみると“これほどまでに広い、何も障壁のない土地があったのか”と驚くそうだ。もちろん寒い土地ではあるが穀物の取れ高は相当だろうと思えるし、我がものにしたいという気持ちも一層かき立てられるだろう。だからこそ安東愛季率いる本軍の到着待たずして、先遣隊のみで平野部への侵攻を開始してしまった。滝本の説得もさることながら……いずれ本軍も追ってくるだろうと甘い見通しで、秋田出身の諸将は豊かな実りを思い描いて攻め入ったのだ。

 さて、水木御所の尾崎が参ったということは、いよいよ寝返るための手はずの相談か……なにやら雰囲気を見ると違うようだが……では何の話か。

 天幕てんまくに小雨があたり、頭上より弾く音がしきりに響く。下には木の粗雑な机を囲んで、北畠きたばたけ顕則あきのり、家臣の石堂頼久いしどうよりひさ、そして尾崎喜蔵おざききぞう床几しょぎ椅子いすに座る。

 尾崎は出された椀に入った水を一気に呑みほし、ひとつため息をつき……顔の形を一瞬だけ“くしゃっ”と曲げて、すぐまた元へ戻した。残り二人の顕則と石堂はそんな彼を見て苦笑いして待つだけ。元をただせばこの三人の間に身分差はそんなになかった。上下うえしたなければ、敵味方でもない。ゆえに互いにそんな緊張感もない。どんな行為をしてもある程度は許される。

……そして尾崎は口を開いた。

「安東本軍はやってこぬぞ。」

7-8 勝てるのか?

「津軽家中の話ではそうなっとる。乳井にゅういとかいう奴が出羽の羽黒山はぐろさんと交渉を持ち、酒田さかた大宝寺だいほうじを動かした。大宝寺が北へ兵を向けたので安東あんどうちかすえは警戒のため津軽には入らぬ。」

 顕則あきのり石堂いしどうにとっては想定外のことだ。椅子を立つまではしないが……目が点になるとはこういうことなのだろう。石堂は尾崎に問う。

「確かに我らの中でも……大宝寺の動きが怪しいので、少し間をおいてから安東本軍が参ると聞いていた。それもそろそろ着くのではないかという見込みで……我らも滝本も動いていた。」

 尾崎は再びため息をついた。

「参らぬどころか、引き返すつもりぞ。大館おおだて扇田おうぎだじょうにいるのもあと少しだ。」

 少しだけ冷や汗が。小雨も降っているし夏なので蒸し暑い。肌に水滴の流れる感触がまじまじとわかる。

「とにかくだ。勝つ見込みがない限り水木御所としては、とてもじゃないが為信を裏切れぬ。」

 言葉なんてでるはずがない。それでも何か返さねばならぬ……。彰則は固まったままなので、石堂が話すしかない。

「ならば……安東が負けるか。」

 尾崎はというと“いや……”と言葉を濁しつつ、知っている限りのことをは伝える。

「もちろん水木御所が為信に付いたままだとしても、お前たちと刃を交えるつもりはない。もし安東が負けてもお前らが生きていれば……さすがに御家門ごかもんゆえ、殺されることはないだろう。我らもとりなしを願うつもりだ。」

 二人は神妙にして聞き続ける。

「だが……我らの仲を勘付いているのか、それとも偶然なのか。沼田ぬまたとかいう為信の傍付そばつきの進言で、ここ高畠たかはた館へ水木御所の軍勢が差し向けられることになった。……お前らはこの意味をどうとらえる。」

7-9 第三の存在

「夕方か今夜なのか森山もりやま松伝寺しょうでんじへ攻撃は開始されようし、次いで宿河原しゅくかわらを抑えられれば安東軍の退路は断たれる。明日の未明にはここ高畠たかはたと向こうの沖館へ津軽軍がやってくるし……沖館おきだての済んだ奴らがこっちに来ぬ前に逃げた方が得策ぞ。」

 信底しんそこ震え上がる気持ちで聞いていたが……石堂はあることに気付いた。その一点を、藁をもすがる思いで問いただす。

「それでも、お主らが裏切りさえすれば安東が勝てるのではないか、いや確実に勝つ。本軍が参らぬでも。」

 尾崎は動きを止めた……しかし次にはさも哀しそうに答えるのだ。

「我らが裏切ったとして、確かに為信は負けるかもしれぬ。しかし……我らとて身の振り方というものがある。」

 ……というと。

「実は……水木みずき御所ごしょに対し、南部方の密使も来ておってな。奴らは安東と津軽が相争って疲れはてたところを狙って攻め入る気ぞ。じょうがくらでなければ油川から、浪岡を奪い……そうすれば順路的に次は水木だ。裏切ったとして、その時……安東に我らを守れる力はあるか。」

 石堂は言い返せぬ。こうであるので顕則が何か話すこともなく、三人は天幕の下で静まり返ってしまった。権威あれど、実力はない。かつての浪岡北畠氏はこうであったので、南部氏の庇護のもと成り立ってきた。今となっては土地もわずか。浪岡は津軽家臣の兼平氏の治めるところであるし、北畠の家臣であった者はバラバラになってしまった。

 それでも、もう少しというところで復活への望みが出てきた。出てきたというに、……その目前で、まったくもってうまくいかぬ。己らの関せぬところで物事が動き、ただひたすら揺り動かされるだけ。……そして尾崎は言う。

「水木が裏切らぬところまで悟ってこちらに兵を差し向けさせたのならば、さぞ我らは見くびられたものだな。」

7-10 予想外

 高畠たかはた館を奪い、さあ次はどうしようかと考える北畠勢であったが……敵方の同志である水木みずき御所ごしょからの勧めに応じ、夜のうちに高畑館より抜け出して、後方にある乳井にゅういちゃ臼館うすかんへ引き上げることにした。そのあとで水木御所の軍勢が高畑館に入り、北畠が相争う事態は回避される……両軍をぶつけようとしたのは偶然か、それとも全てを知ったうえでのことか。そんなことはわからぬ。だが置かれてしまっているしき現状。安東本軍が参らぬだと。そのようなことはあってはならぬし……来る前提で我らは津軽平野の奥地へとどんどん攻め入ってしまっている。しかも敵方の本拠地は放置したまま……。

 そのころ沖舘おきだてを囲んでいた滝本たきもとら安東軍。夜襲などという大それたことを敵兵が吹っ掛けてきたので、ならばとムキになって仕返ししてやろうと鉄砲をぶっ放し、わざわざ今戦わなくても落ちる拠点であるのに……攻勢をかけてしまった。引きずられるように大将の比山ひやまや目付の浅利あさりらも加わざるを得なくなり、全軍総出での攻撃である。

 そんな時、高畠館を落とした北畠勢がなぜか館を捨てて乳井茶臼館へ引き上げてしまったと知らされた。滝本は“何を考えているのだと”いぶかしみ、もしやと思い周辺へ物見を送ったところ……敵方の援軍がこちらへと迫っていることが分かった。さらに遅れて入った知らせでは、森山もりやま松伝寺しょうでんじが奪い返されたという。まさか……確かにそこを抑える兵数は少ないが、それはいずれ安東本軍が入るだろうことを見越してのこと。

 “あやまった”

 滝本は猛省もうせいした。なぜこれほど前に甘い判断をしてしまったのだろうか。いや……しかし判断を下したのは大将の比山だ。後で合ったら責を問うとして……惜しいが撤退だ。唇をかみ、歯ぎしりもして……地団駄も踏んだ。もう少しで沖舘を落とせたものを……悔しい。途轍もなく悔しい。

 我らも今すぐ後ろへと下がろうか……それもしゃくだな。一度広げてしまった勢力圏をしぼめてしまうのは士気にもかかわる。そこで比山らには後方に下がるよう勧めておいて、自らは至る所に兵らを潜めておいて、向かってきた敵に対して意表を喰らわせてやろうと考えた。

 旧暦七月六日。こうして沖舘に津軽軍が入り、高畑館を水木御所の軍勢が無血の内に取り戻した。また森山松伝寺にも津軽軍が入った。そして安東軍どが大館山山麓の福王寺ふくおうじを中心とした拠点へ立て籠ったと聞いたので、さっそく奪還しようと駒を進める。しかし滝本の企みにより、通り道沿いの民家や川沿いのやぶなどより鉄砲や弓矢で射かけられ、まさにゲリラ戦のていを示した。それでもと山麓際まで兵を動かせたが、今度は砦とは違う方向から弓矢が飛んできたり、今度は後ろ側から夜襲を受けたりと危なっかしい。

 ……それでもだいぶ退治して落ち着いたかに見えたので、旧暦七月七日に津軽為信率いる本軍が出陣となった。翌七月八日未明、大館山北部の貴峰院きほういん観音堂かんのんどうを押さえていた幾ばくかの安東軍も攻め立てられ、あえなく奪い返されて後方へと下がった。こうして安東軍のほとんどが福王寺ならびに乳井茶臼館と薬師堂のつらなる拠点にて籠るに至る。

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