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亀裂
9-1 疑い
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9-2 贖罪
9-5 死中へ
為信は悩ましい。
まず初めに“防風”から手掛けたが、一向に進まぬ。松や杉を植えたのはいいものの、強い海風に煽られて失敗。次に藁などで周りを囲い、寒さから守ってみたが、それでも枯れた。土台が砂地なので、根付きにくいのだ。ならば……と思い、山の土ごと持ってきて、その上に植えさせた。すると……今度は薪に使うなどと申し、領民が勝手に切り取っていくのだ。……警護はいるがそれすら避けて、まるでイタチごっこ。
海沿いに植林が進めば、平野で採れる作物は増える。領民は目前の利益ばかり優先し、遠い先のことを考えない。どうしたものか。
“治水”はというと、まったくだめだ。滝本が一向に頷かぬ。……従わせるためには、“津軽郡代”を名乗るのもいいかもと思い始めた。郡代の地位を使って、命令を出す。そこに……新たな家を興すなどという必要もない。なぜなら、大浦の当主は為信ただ一人なのだから。
あちこち領内を駆けずり回る日々。……今年は不作だろうか。実りが少ない。民が飢えるのを防がねば……と考え込む。
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……城に帰ると、門前に一人の侍女が待ち構えていた。今日の夜、戌姫の部屋に行ってほしいという。
珍しいことも起きるものだ。義弟が死んでからというもの、戌姫は私を避ける。私もどう接すればいいかわからない。
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葬式の場で、滝本が放った言葉は忘れられない。
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“あなたの企みでしょう”
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私が殺したと言ったのと同じ。……殺してはないが、否定もできない。一時は殺さなくても済むのではないかとも考えたが、避けては通れぬ道だったのかもしれぬ。
私は戌姫にはっきり“違う”と言えなかった。彼女は……見抜いたか。今となっては分からない。
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……夕餉は簡素な麦飯で終らせる。きたる飢饉に備え、贅沢はできぬ。
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為信は一息つく。そして、戌姫の部屋へ向かった。
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千徳の姫
9-6 危機
久しく、戌姫の部屋に入る。横に茶釜が置いてあり、奥の屏風のアザミは何輪も重なる。それは紫色で、一本一本の毛も余すことなく描かれていた。
津軽ではアザミを食用となす。ただし似たものでヤマゴボウがあり、口に入れると死に至る。
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戌姫は屏風の手前に、こちらが見えるように座していた。左の手のひらは為信に座るよう促す。為信は刀を横に置き、胡坐をかいた。
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……静寂が流れる。しばらくして、戌姫は茶釜の方へ退いた。柄杓を手に取り、茶をいれようとしているのだろうか。
その時だった。大きい屏風はこちら側に倒され、一人の優男が刃を向けた。躊躇うことなく襲い掛かる。為信は刀を抜く暇なく、鞘で身を守った。敵の舌打ちで、唾が顔へ飛び散る。
“おい、誰か” と為信は叫んだ。すると先ほどまで傍にいた沼田など三名が駆けつける。
敵は為信よりいったん離れ、三人を一挙に相手した。手筋はかなりあるらしく、かわるがわる翻弄していく。一人目は腕を切られ、二人目は顔を斜めに血しぶきをあげた。沼田も果敢に挑んだが、脇腹に傷を受ける。
いよいよ為信である。為信は刀を抜き、敵と向かい合った。だが力量は歴然としている。敵は襲い掛かり、為信と刃を交えた。ギリリと音を立てながら、為信は次第に押されていく。ふと戌姫はどうしているかと横を見る。その瞬間に油断がたたったか。刀は宙に舞う。
そして今にも切られようとする。為信はその右手を前に出して、身を守ろうとした。……右の手のひらの丁度上から下まで、一直線に凶刃が入る。経験したことのない痛みが全身に走った。
敵は続けざまにもう一振りしようとする。すると外からはドタドタと家来が集まる音がたつ。当主の危機に気付いた者らが再び集まり出したのだ。
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そのとき為信は敵の足を蹴った。予想外の行為に、敵はそのまま体制を崩す。刃持つその手より奪おうと揺り動かした。敵は奪われてなるものかと必死に抵抗する。
その時、戌姫は……為信に、茶碗を投げた。互いの目が合う。
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9-7 宴
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9-8 血
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9-9 決意