【What is Kusushi?】”久須志” って考えれば考えるほど、不思議な名前……。青森市久須志

A-join特派員のかんからです。

今日は社会の喧騒を離れ、平和なネタで行きたいと思います!

 みなさんは、”久須志” という地名をご存知ですか?

久須志”クスシ” と読み、青森市の住所の一つです。

位置的には奥羽本線レールの南、北には古川、東は金沢、南は浪館、西は西滝となっています。とはいいつつ、久須志の住所上に古川中学校が存在しており、よくわからないいびつな関係を示しています。

 久須志って、よく考えれば不思議な名前……。

他の住所ならわかるんです。古川は “ああ、古い川があったんだなー”。金沢は “沢の近くに金の鉱脈でもあったの?” 浪館は “家の近くに波しぶきが届いたのかしら?” と滅茶苦茶なこと書きましたけど、 地名からどういった経緯でその地名が付いたか、ある程度の連想が可能です。(当たっているかは別として)

でも ”久須志くすし” に限って思いつかないのです。西滝なら、“ああ、西に滝でもあったの?”と頭の中で決着はつくんです。でも久須志って……何でしょう?頭をひねりにひねって……”くすし”ですから、同じ読みの薬師くすしと関係があるのかどうか??真相はどうなんでしょう。そしてふと、昔の記憶を思い出したのです。

 そういえば “久須志” は、そこだけじゃなかった。

そうなんです。不要不急の世の中に突入する前に、見つけてしまったのです……。

**元々は記事にすることを想定しておらず、せっかくの写真は久須志の”須”が隠れてしまっている……**

ここは、どこだと思います?

もちろんここで書くからには、青森市久須志ではございません!

なんとなんと、青森中心街から浪岡へ向かう途中。戸門とかどという地域にも久須志を発見!

→→青森市戸門 久須志神社←←

てっきり久須志神社は、青森市の久須志にあるばかりと思ってました

→→青森市久須志 久須志神社←←

 もしや “久須志” って、結構いっぱいある?

**戸門の久須志神社より、周りを見渡す**

と思い調べてみると、他にもあった……(笑)

とりあえず、青森市内にも久須志神社をもう一軒発見!©で示されているポイントです。

青森市の南東部、住所は青森県アオモリケン青森市アオモリシ沢山サワヤマ平野130-11。

そんなところにあっても、わからないよ……(涙)

(他には鰺ヶ沢にもあるとか)

4/29追記:読者様からのご報告により、青森市内にもう一つ久須志神社があることがわかりました。この件は久須志第二弾の記事にてまとめて出します。乞うご期待!

さらに全国へ広めてみると……どこにあったと思いますか?

 その場所は……

Japan: Fuji, Mount

 富士山!

マウント富士ですよ、皆さん!!

→→久須志神社 (富士山)←←

 なんと”久須志”は、富士山由来だった?

Mount Fuji, Japan.

wikipediaから抜粋しますと、以下の通りです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/久須志神社_(富士山)

元々は薬師堂と呼ばれていた。須走浅間神社薬師堂の開帳・入仏などを行っていたため、基本的には須走浅間神社が管理していたものである。気候などの影響により建物が朽ちていたため、元禄15年(1702年)には浅間大社薬師堂を造営している。

しかしこの入仏の権利などを巡り、大宮と須走が争った経緯などもある(元禄の争論)。安永の争論においては安永8年(1779年)の幕府裁許状により、薬師堂の開帳や扉の封印は須走浅間神社神主が取り計らい、浅間大社の僧侶による開帳の際は銭200分を受け取ることなどが決められた(「富士山を巡る争い」を参照)。

薬師堂という名は廃仏毀釈により改名され、それと同時に浅間大社末社として管理されることとなり、現在に至る。

つまるところ薬師堂やくしどうが、当て字の久須志くすしに変化したらしいです。薬師は “くすし” とも読みますので。

でも青森市内には久須志神社が三か所あります。なぜ今の久須志だけが久須志という住所になったのか。しかもその住所を名乗っているのは、富士山からはるか離れた青森市だけです。

謎がさらに深まりました!

何か知っている方は、情報提供をお願いします!!

↓↓そして解答編はこちら↓↓

↓↓前回の記事はこちら↓↓ A-join特派員のかんからです。 今回も"久須志くすし"について取り上げていくので...

真実が明かされるのです……。

シェアして拡散して頂けたら、もっと青森が盛り上がります。

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