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吉村 仁志
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👇👇第一章、第二章、前話第八章はこちら👇👇
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**第十章**
①
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日曜日の朝は、なぜだかいつも家の中がにぎやかになる。今日もそうだ。吉山家、全員そろってわちゃわちゃしていた。
「お兄ちゃん!ゲームしよ!」
光平が、目をきらきらさせて僕に言ってきた。
「よし!練習したから今日は負けないぞ!」と、妙に自信ありげだ。
僕はにやっと笑って、野球ゲームのコントローラーを握った。フォークボールとか、ぜったい打てないやつをタイミングぴったりで投げてやる。ちょっとずるいかな、でも勝負だからね。そうして2対0で僕の勝ち。
「ずるい~~!」
ほっぺたをぷくっとふくらませた光平。まるでまんまるお餅みたいで、僕はつい、ツンツンって押してみた。二回も負けてすっかりやる気がなくなったのか、「もういいや」とパズルゲームを始めちゃった。たぶん、今日もう一回やっても僕に負けると思ったんだろうな。
すると今度は母ちゃん。
「父ちゃんから聞いたけど、11日ハーモニカ吹くんだって?あたし達も行っていいかしら?」
思わぬ爆弾発言に、顔が熱くなった。恥ずかしいんだよなぁ…。
「うん…でも、離れて聞いてて。」
「うん、わかった。でも諸事情で近かったらごめんね。」
あの“ごめんね”は…ぜったい近くに座るな、これは。内心ビクビク。
そんなことを考えていると、「出来た~!」と真美の声。
「冬の帽子!マフラーと同じ柄!」と、わざわざ近くまで来て見せてくれた。僕はありがたく受け取った。真美はまた次のを作るつもりらしい。じゃあ、僕も楽しみに待っとこ。
「売店まで歩こっか?」
母ちゃんは、僕が歩くところをじっくり見たいらしい。
僕はベッドから立ち上がって、床に足をちゃんとつけた。
「手すり使わないで大丈夫?」
「大丈夫。歩くことに集中するから、あまり話しかけないで!」
ちょっときつく言ったみたいで、母ちゃんは「ごめんね」と言って、そのあとは黙って横を歩いていた。
売店に着くと、母ちゃんが商品を手に取りながら話す。
「何飲む?」
「サイダーがいいな。」
「じゃあ、これと…父ちゃんはウーロン茶。真美と光平にはコーヒー牛乳買って行こうっと。」
“さすが主婦の力”って思っていたら、後ろから聞きなれた声。
「今日は、いちごオレじゃないのね。」
振り向くと、かなさんだった。母ちゃんもすぐ気づいて、軽く挨拶。
「あ、こんにちは。そんないつも飲まないよ。ミルクセーキもね。」かなさんがそう言うので、僕もつい笑った。
「お友達?」と母ちゃん。
「うん、この前友達になった。」
「そうそう、ミルク友達ね。」
「え~、何それ怪しいわね。」
かなさんは、誤解されないように前にあった出来事を説明。すると母ちゃんも納得したようだ。
「ほかのお客さんがコウ君の後ろに並び始めたから、今日はまたね。」
そうして、僕と母ちゃんはフクシ売店をあとにした。
②
病室に戻ったら、テレビからはお昼のニュースが流れていた。ベッドに腰を下ろすと、なんだかごはんの匂いがしてくる。
「わたしも今日はおにぎり作って来たんだ。」
母ちゃんがバッグから、ほかほかのおにぎりを出した。
「お!久々の母ちゃんのおにぎりだ。うまいんだよな。」
今日初めて父ちゃんの声を聞いた。雑誌を読み終わったところらしい。
母ちゃんは、急にわざとらしい笑顔になって言った。
「1個だけワサビが入ってます。」
その瞬間、ロシアンルーレット開始。
「はい、父ちゃんは3個。真美と光平は1個ずつね。」
全員の目が真剣モード。
「はい、それでは食べて!」
「うまい!」って声が3人同時に出た。でも父ちゃんは残り2個のうちどっちかにワサビが入ってるかもしれないから、まだドキドキだ。そんなの関係なしに光平が話し出す。
「母ちゃんのおにぎり、卵焼き入ってて、うまいよね。」
真美も口を動かしながら「うんうん、これ握ってもうまくできないから、さすがだね。」って言ってる。
気づけば父ちゃん、残り2個も食べ終わっていた。最後の1個を食べながら首をかしげている。
「あれ、これもうまい。なんでだ?」
母ちゃんは勝ち誇った顔で、
「誰がおにぎりに入ってるって言ったのよ~。」
とふざけた声を出した。
そう言いながら、今度はケーキが登場。母ちゃんお手製のブラウニーだ。ちなみに僕はその頃ようやく自分のおにぎり1個を食べ終えた。食べるのが遅いのはしょうがない。
「8個あるから1個ずつね♪」
みんな1個ずつ取ったところで、パン屋のスガヤさんがやってきた。日曜の午後から休みだから暇してたみたい。
「ちょうどいいところに来たわね~。」
母ちゃんのにこにこ顔を見て、たぶん“ヤバい”と気づいたのだろう。
「出直しま~す。」と言って、見舞いのパンを置いて帰ろうとした。
でも母ちゃんが「はい1個どうぞ。」とブラウニーを手渡す。
「どうせこれ、何か入ってるんだべ。」
「ワ・サ・ビ♪」
父ちゃんも光平も真美も、ワサビなしのブラウニーを引き当てたみたい。僕も食べてみたけど、めちゃくちゃうまい。けれどスガヤさんが食べた瞬間――案の定、むせた。
「チクショー。でも、ワサビ入ってないとこは、かなりうまいな。」
涙を流しながら食べてる人なんて初めて見た。
母ちゃんは、隣のベッドのキクちゃんにもブラウニーを差し出した。顔が少し引きつっていたけれど、母ちゃんの「大丈夫ですよ。1個だけですから。」という甘い声にのせられて食べたら、表情がびっくりから笑顔に変わった。
「残ったの冷蔵庫入れとくから、後で食べてね。」と言って小さな冷蔵庫へ。
種明かしはこうだ。ワサビ入りのブラウニーには裏に小さな穴を開けて、一番取りやすい場所に置いておいたのだって。もちろんスガヤさんは、まんまと引っかかった。
「ごめんね。」と母ちゃん。
「いやいやいや、やられたな。でもケーキの腕は買うぞ。」
真美が「母ちゃん、スカウトされてる。」と笑いながら言う。
「月25万なら働きます。」
母ちゃんのその言葉に、スガヤさんが「俺、食っていけなくなるべな。」と言ったので、みんなで大爆笑。
「じゃあそろそろ行くか。」と父ちゃん。
「うん、じゃあまたね。」僕はそう言って、ドアが閉じるまで手を振った。
③
パン屋のスガヤさんが持ってきたウエハースのことを、ふと思い出した。あれ、けっこう大量にあったんだよな。それでみんなにあげようと思って、ハーモニカが入ってる車いすのポケットに10個くらい詰め込んでおいた。
その日も朝から、ずっと個人練習。夕方になったら屋上へ行って「ふるさと」を吹いた。暗くなったら、自分の脚だけで階段を上り下りしたり、箸でつまむ練習、お風呂でも自分で体を洗う練習をして、日曜日は終わった。
次の日。僕はやることを殴り書きみたいに紙に書いた。「美雪さんに聞く」「スガヤさんが来る」「練習」ってやつ。紙を2つ折りにして、ウエハースと一緒に入れておいた。
午前中は屋上で「ふるさと」を練習。全部終わって、ふと“今、かなさんが談話室で昼ごはん食べてる時間じゃない?”と思い出した。ちょうど持ってきたウエハースを差し入れにしよう、と談話室へ向かった。
着いたけど、誰もいない。テレビをつけて待つことにした。テレビでは主婦の愚痴の番組をやっていた。
「家の旦那が相談なしにモノ買うし、放置してるから片付けたら、今度は飾ってたのにって文句言うから腹立つ!」
なんか、自分の家と似てる気がしてひそかに笑ってしまった。
相談が終わって通販のCMになったころ、2人分の声が近づいてきた。ドアが開いて、ドアノブをつかんでいたのはかなさん。話し相手は美雪さんだった。
「あ、来てたの?」
かなさんが僕を見る。
「あれ?2人は友達なの?」
「そうよ。保育園からの友達。びっくりした?」
びっくりというか…ああ、こんなところでつながってたんだ、って感じ。うまく言えないから「ウン、びっくりした」とだけ返す。
「そうだ。金曜日テレビに美雪さん出てたよ。」と僕がいうと、そういえば電話をかけたとき、かなさんが“美雪”って呼び捨てだったことを思い出した。ああ、そういうことか。
美雪さんは手をひらひらさせて照れながら言った。
「あれ、かなが勝手に応募してね。残り3人まで勝ち残っちゃって。恥ずかしいから眼鏡かけて別人のふりしたの。」
そういえば病院の外では眼鏡かけてなかったよな。
「で、いつ発表だっけ?」
「来月末頃じゃない?テレビでやるけど、あたしあんまり見ないのよね。」
「ちょっとあんた、責任くらい持ちなさいよ~。」とかなさんの背中を軽く叩く美雪さん。
「で、今日の昼ごはんは?」
売店でカツ丼を買った美雪さんが聞く。予想通り、かなさんは小さな弁当箱を取り出す。
「中身、食パンでしょ?」
「当たり。どうしてわかったの?」
「高校のときから、毎日食パンじゃん。」
「だっておいしいんだもん。」
「何もつけないでしょ?」
「今日はたくあん入り。」
「たくあん!? なんでいつも何もつけないの?」
「高血圧になって早死したくないもん。」
「父さん、生きてるでしょ?でもかなのお父さん見たことないな。」
「小さい頃、病院行くって出たまま帰ってこないの。」
ちょっと空気が変わった。でもそのときの僕は全然気づかなかったから、急に話を変えて「そうだ、これ…」とウエハースを出した。
「意外と優しいのね。」と美雪さんは笑いを押し殺すような声。
かなさんは銀紙を破って雑に取り出し、シールも見ずに食パンにはさんで食べた。
「うまい。これ、うまいよ。」
美雪さんも食べて「おいしい。なんで気づかなかったんだろ。」
「ミス小川原湖になったら宣伝しなよ。」
「ちょっと~、なんで宣伝しなきゃいけないのよ。」
「もし番組とかで料理紹介することがあったらさ。」
「有名なの?」
「全国じゃなかったわ。」
僕は結局、この会話に入り込めなかった。
「コウちゃん、カツ1個あげる。」
本当はお腹すいてなきゃいけないけど、美雪さんがくれるなら食べたいよな。
「ほんと?」
「あれ、箸は?」
「あ、ごめん。ないわ。」
「じゃあこれで食べて。」と渡されたのは使用済みの箸。反対側を使った。
「うまい。温かければ、もっとおいしいな。」
「電子レンジあったよね?」とかなさん。
「猫舌のあたしにそんなこと言うんだから~。」猫舌だったのは初めて知った。
「今日はリハビリ何時から?」と美雪さん。
「1時から。だからそろそろ帰って昼ごはんかな。言語療法は3時くらい。」
美雪さんはすぐスケジュール帳を確認。
「じゃあまた言語療法室でね。」
「1人で帰れる?大丈夫?」
「ここまで1人で来たんだから大丈夫だよ。男の子だもん。」
なんで男の子って言ったのか、自分でもよくわからないまま、手を振ってドアを開けた。
④
昼ごはんを食べ終わったから、リハビリ室へ行った。1時前に着いちゃったみたいで、だーれもいない。あと1分で1時ってとき、遠くから「カツカツカツカツ」って足音がしてきた。あの音は上村先生だ。毎日スリッパで歩いてるから、ちょっと鈍い感じの音で分かるんだ。
「吉山先生、早いねぇ。ギプスやるとこ教えてなかったな。ついてきて。」
いつもの神山先生が、また僕のことを“先生”って呼ぶ。なんでいつも先生なんだろう。言われるままについて行くと、トイレの横で指さされて、
「大丈夫か?30分はおしっこ来れないぞ。」
ってニヤッと笑った。いきなり不安になって、その場でトイレに行ってから、また上村先生について行った。
『ギプス室』って札がかかった部屋。狭くて、あまり使ってないのか、窓が用具でふさがれてた。
「これから装具屋さんが来るからな~。」
そう言って上村先生は仕事に戻ってしまった。
1人で待っていると、「コトコトコトコト」って革靴の音が近づいてくる。聞いたことない足音だ。ノックされて「は~い」って答えると、ギギッって渋い音を立ててドアが開いた。入ってきたのはスーツを着たダンディおじちゃん!学校へ行く道で会った以来だ。この人が装具屋さんなのか。
「久しぶりだね。元気そうでなにより…でも入院してるから元気じゃないのか…何て言えばいいんだろ。」
ちょっと困った顔をしてるから、僕が笑って、
「こんにちは!ダンディおじちゃんこそ元気そうだね。装具屋さんだったんだ。」
「うん。本当の仕事は装具作りで、空き時間に畑やってるんだ。…そんなあだ名つけられてたのか。」
そう言いながら、僕の足に包帯を巻いて石膏をぬってくれる。手際がすっごく早い。
「吉山工って言うんだね。いっつも挨拶だけだったから、名前初めて知ったよ。いい名前だな。」
「ダンディおじちゃんは何て名前?」
「水野たけじ。みんな“たけじい”って呼ぶ。」
「僕も呼んでいい?」
「はははっ、いいよ。でも上村先生の前では装具屋さんって呼んでくれな。」
塗り終わると、「固まるまで待ってな。」って言って、バッグから小さな綿毛のキーホルダーを出してきた。
「俺が作ったんだ。娘はケサランパサランだって言ってる。願い事が叶うらしいぞ。」
僕は車いすについてるケサランパサランを見せた。
「あ~持ってたか。」
「もしかして娘って…」
「美雪だよ。もう言語療法室通ったか?」
「うん、何回か会ったよ。この前もかなさんと3人でしゃべった。」
「まったく仕事中にか?」
「休憩中だからいいじゃん。しかも和ませてくれたから、それも仕事だよ。」
「うまいこと言うな~。」
そういえば美雪さんと初めて会った日、家の前でたけじいに会ったことを思い出した。なんだか糸がつながっていくみたいだ。
「コウ君って呼んでいいか?」
「うん。」
「好きな花は?」
「ひまわり!」前にも誰かに聞かれた気がする。
「ひまわりか。俺の農園で咲いてるから、今度持ってくるな。」
「やった~!たけじいって神様みたい。ケサランパサラン作るし、野菜も花も作るしすごい!」
「いやいや。でも褒められるのは嬉しいな。いつも1人で仕事してるから、話す人がいなくて。」
「じゃあ僕が話し相手になる!」
ふと、たけじいの耳についてるものが気になった。
「ああ、これか?補聴器だよ。耳が聞こえにくい人がつけるんだ。コウ君の声はちゃんと聞こえるから心配するな。」
僕は、昔たけじいに大声で呼びかけて無視されたことを思い出した。あれ、聞こえなかったからなんだ…そう思ったら、ちょっと申し訳なくなった。
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著者紹介
小説 TIME〈〈
皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。
著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter
校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook
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