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吉村 仁志
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👇👇第一章、第二章、前話第八章はこちら👇👇
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**第九章**
①
次の日の朝だった。まだ気持ちよ~く眠っていたのに、突然、隣のおじちゃんの声が耳に飛びこんできて、僕は布団の中でビクッとした。
「コウ君コウ君!この娘こ、この前ここに来てた娘こじゃないか?」
半分夢の中みたいな目で聞くと、おじちゃんはテレビを指さしていた。だけど僕の目は両方とも0.2しかなくて、そんな遠いの見えるわけない。ベッドからフラフラと降りて、テレビの真ん前まで行ってみた。
・・・あれ?
「美雪さん?」
画面にしっかり映っていた。しかも・・・
「・・・歩いてる!」
思わず大声を出してしまった。おじちゃんは横で「おお!」と驚いて口をぱくぱくさせてる。でも僕には、なんだかその歩き方、ちょっと危なっかしく見えた。あとで訓練だな、と心の中で決めた。
「さっきの放送はなに?」って聞くと、おじちゃんは腕を組みながら「小川原湖の情報番組だよ。”ミス小川原湖” を決めるんで投票を集めてるんだと」って教えてくれた。
「ふ~ん。昨日、かなさんも票を入れたって言ってたの、やっぱりあの美雪さんなんだな。」そう心の中で思いながら、「今度会うときに聞いてみるよ」って返した。
おじちゃんはニヤッとして「大丈夫か?ベッドまで帰れるか?」なんて言ってきたから、僕は「リハビリ、リハビリ」って笑いながら、ベッドの縁をつたい歩きして戻った。
「今日はおじちゃんのおかげでいい朝になったな。顔でも洗ってくるか!」そうつぶやいて、車いすに手を伸ばしたけど、なんだかもったいなくなって、自分の足で行くことにした。フェイスタオルを首にかけ、廊下の手すりや壁に手をのばしながら、ゆっくりゆっくり洗面所まで歩いたんだ。顔を洗って歯も磨いた時には、心がワクワクでいっぱいになってた。
その勢いのまま、僕は「よし!」と心の中で叫んで、病院の早朝探検に出発した。屋上まで行って、朝の冷たい空気を鼻から、口から、毛穴から、身体中の穴って穴全部で吸いこんでやった!
まだ早いせいで病院の廊下はしんと静まり返っていたけど、屋上から下を見れば通勤する車がいっぱい走っている。上を見上げれば、雲が少し早めに流れていく。なんだか、世界中が朝の準備をしているみたいに見えたんだ。
②
その日は、なんだか一日すぎるのが早かった。さっきまで朝だと思ってたのに、もう昼ごはんを食べちゃって、外を見たら少し暗くなりかけてたんだ。
リハビリ室に車いすで向かうと、上村先生が大声で「おお~吉山先生!元気か?」って声をかけてきた。「ウン。あっ、そうだ。見て♪」って言いながら、車いすから立ち上がって歩いてみせた。すると先生は大きな目を丸くして、それからいきなり拍手。
「すごいな~この車いすの色!」
……え?そっち?僕は思わずガクッとなりそうだった。
「あー、立って歩いたことか!いやあ、若いから治るの早いよなあ」って先生はすぐにニコニコ笑いながら褒めてくれた。やっぱり褒められるのって嬉しいな。
「よし。今度はベッドに移動!今日は1周歩いてみよう。俺は後ろから見てるからな。」
まずは右手と右足の動きを確認して、歩き始める。すると先生は僕の腰を後ろから支えながら「よし、よし、1・2・3・4!」って合図をくれるんだ。そのリズムに合わせて歩いて1周まわっただけなんだけど、汗で服がビッショリになっちゃって、自分でもびっくりした。
「よくできました。そんなに疲れたか?」
「全然、疲れてないよ。」
これは嘘じゃない。本当に疲れてなかったんだ。
「これからのこと考えて、装具を作るか。俺がいないときでも大丈夫なようにな。」
「装具っていくらぐらいするの?」
「3万前後かな。」
「家族と相談してみるよ。」
「うん、返事はいつでもいいからさ。よし!じゃあ次はOTだな。タオル持ってきたほうがいいぞ、このままだと風邪ひく。じゃあお疲れさん!」
次に行ったOT室でも、豊山先生に突っ込まれた。
「お~っ、奇抜なまっぶし~色の車いすだな。じゃあいつもの特等席で待ってろ。」
僕はおとなしくテーブルについた。でもただ座ってるだけじゃつまらないから、近くにあった碁石とお皿を持ってきて箸の練習をし始めた。すると先生はニコッとして「おっ!さすがだな。言われなくてもやる精神、素晴らしい!」って褒めてくれた。思わず「ありがとうございます!」って返した。
ふと先生の後ろに視線をやると、壁に一枚の貼り紙があったんだ。
“9月11日(金)リハビリテーション、創立5周年記念感謝祭”
黒いマジックで厚紙に書いてあって、僕はじーっと読んだ。
「気になるか?」って豊山先生が言った。「実はまだ内容決まってなくてな。今日、院長先生が急にやるって言いだして、これから慌てて考えるんだ。良い案あったら教えてな。」
「うん。考えついたら言うよ。」
そう言いながらまた箸を動かしていると、しばらくしてドアの向こうから一人の少年がやってきた。安全帽をかぶったまま近づいてきて、「邪魔だったら部屋で待ってる」なんて言った。丸井だった。どうやら僕が何してるか気になったらしい。
「邪魔じゃないよ。でも先生の邪魔にならないとこに座っててね。」
「おう、任せとけ。」
丸井は窓際のすみっこにちょこんと座りこんだ。
「友達か?だったらいっしょに祭りの催し物を考えよう。」と豊山先生。
「競争とか?組み体操とか?」って丸井が言った。
「それ運動会だろ!」僕がすかさず突っ込む。だけど先生の目は輝いて「競争か……」とつぶやいた。
丸井は「じゃあビンゴゲームとか?」と続けて言った。
「さすが若いな。それと競争も採用!」って先生。おいおい、こんなに早く決めていいの?って思ったけれど、もう先生の頭の中は祭りでいっぱい。
さらに丸井が「よっしー、皆の前でハーモニカ吹けよ」って爆弾発言。僕はぽかんと口をあけるしかなかった。
「お~。ハーモニカか、懐かしいな。よし、それも採用!」豊山先生までノリノリになっちゃった。
さっきまで悩んでたのに、丸井が来たら先生は別人みたいに明るくなって、僕の肩や腕をリハビリしながらもうポスターや競争のことを楽しそうに考えていた。
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「じゃあ次は来週の月曜日な。お疲れさん。丸井君ありがとう。」先生がそう言って、僕たちは部屋を後にした。
病室までの廊下で、丸井が「俺、車いす押してもいい?」って言ってきた。
「ウン、いいよ。」
「1回押してみたかったんだ。」って言ったあと、ちょっと真面目な顔になって「さっきはごめんな」って言ったんだ。
「謝ることないよ。むしろ練習することが増えてありがとう。」
「そうか……そう思ってるならいいんだ。悩んだ顔してたから気になったんだ。」
そのとき僕は思った。ああ、丸井もちゃんと人の気持ちを考えられる年になったんだな、って。
③
病室に戻ると、父ちゃんがベッドの横で週刊誌を読んでいた。ところが僕の顔を見るなり、慌てたみたいにパタンとページを閉じる。なんだかやばいページを見てたっぽい。
「え?今日、仕事もう終わったの?」
「うん、1時間早く切り上げてきた。」
父ちゃんがいると、丸井も気を使ってすぐ帰りそうな感じだった。だから僕は机の引き出しをそっと開けて、そこから取り出した手紙を差し出した。
「これ、皆に手紙書いたから。渡しといてさ。丸井が、みんなの前で読んでくれ。」
「え~!……でも、まあいいや。うん、わかった。」
あんまり乗り気じゃない顔をしてたけど、ちゃんと受け取ってカバンにしまってくれた。
それから僕は父ちゃんの前で立ち上がって、トコトコ歩いてみせた。父ちゃんは本当にびっくりしたみたいで、目を見開いてから感心した顔でうなずいた。
「やるじゃねえか。」
その言葉、なんだかすごく胸に響いた。
「でもね、実は歩くには装具が必要で、それが3万円するんだって。」って伝えると、父ちゃんはすぐに「よし!今日の帰りにリハビリの先生に話してくる。名前、教えてくれ。」って言ってくれた。
「僕も行くよ。」って答えたとき、少しだけ安心した。お金の心配は、父ちゃんがなんとかしてくれる。
そのとき、まだ部屋にいた丸井が横から口をはさんだ。
「そうそう!9月11日にリハビリの感謝祭あるんだって。」
「11日か~。コウは何をするんだ?」父ちゃんが僕に聞いてきた。
「まだ決まってないけど……競争したり、ハーモニカをみんなの前で吹くことになるかも。」
すると、隣のベッドのおじちゃんまで話に入ってきた。
「ハーモニカ吹けるのか?懐かしいなあ。戦争中に吹いてたんだよ。……あっ、じじいの独り言だ。すまんな。」
「おじちゃんも11日来てよ。」
「いいのか?じゃあ、近くなったらまた知らせてくれ。」
僕はそこで念のため言ってみた。
「少なくとも聞いてくれる人が、隣のおじちゃんと丸井君に父ちゃん、3人もいるからさ。これはもう、やるしかないな。」
そう言ったのは、自分に「逃げるなよ」って言い聞かせるためでもあったんだ。
④
「ところでハーモニカは?」
丸井がいきなり聞いてきたから探してみたら、車いすの後ろのポケットから21穴の複音ハーモニカが出てきた。いつ入れたのか全然覚えてない。でもずっとそこに隠れていたみたいだ。
「ほらな、やっぱり吹く日が来たべ?俺、テレパシーでわかってたんだ。」
父ちゃんは勝手に首を振りながら適当なことを言ってくる。前にも丸井から同じようなことを言われたから、なんだか「本当にテレパシーってあるのかも?」って気分になってきた。
そんなとき父ちゃんが思い出したように言った。
「母ちゃん達から、”今度は日曜に行くから~” って伝言だぞ。」
「うん。でももう5時過ぎちゃいそうだし、先生帰っちゃうかも。リハビリ室行こう。」
なぜか丸井まで一緒に、みんなでリハビリ室に向かうことになった。
道の途中、父ちゃんが「押してもいいか?」なんて言ってきた。
今日はなんか、車いすを押したい人ばっかりだな~と思いながら、押してもらうことにした。
リハビリ室に着くと上村先生がいて、僕は初めて会う父ちゃんと丸井をそれぞれ紹介した。すぐに父ちゃんと先生は真剣な顔になって相談を始めた。その間、暇になった丸井は辺りをキョロキョロ見て「エアロバイク初めて見た!すげえ!すげえ!」と大はしゃぎ。
「だべ。でも患者じゃない人は見てるだけだぞ。」
「うん。でもすげえな!」と興奮は止まらない。
そんなふうに丸井の感想を聞いていると、父ちゃんと先生が戻ってきて「来週の月曜に装具屋さんに来てもらえるように連絡するから待ってな。返事早すぎるな~」って笑いながら先生は事務室へ行った。
その瞬間、父ちゃんは周りを見回して僕と丸井しかいないと確認してから……なんとエアロバイクに乗ってこぎ始めた!
「ちょっと……!」って言う間もなく、丸井まで「よし!」とばかりに横のエアロバイクに乗って走りだした。
「だって近くにジムとか無いんだもん!」
初めてだからペダルの重さとかスピードとか全然考えず、ただ遊んでいる感じで楽しそう。でも2人が夢中になってこぎ続けていたら、ちょうど戻ってきた上村先生に見つかって、案の定大目玉をくらった。
でも先生もすぐに機嫌を直して、僕に向かって「来週の月曜の1時に装具屋さん来るから、大丈夫か?」と確認してきた。
「うん、大丈夫だよ。」
最後に父ちゃんと丸井は「今日は色々と申し訳ありませんでした!」と二人揃って謝っていた。
こうして今日はいろんなことがあって終わったんだけど……僕はなんだか丸井と父ちゃんが似てるな~と思ってしまった。本当に親子だったりして?
⑤
土曜日は、とにかく練習の日になった。
午前中は2階から3階まで続くスロープを、何度もゆっくり歩いて往復。午後になると今度は階段を使って屋上まで上がってみた。それだけじゃつまらなくて、ついでにハーモニカで「ふるさと」を練習。久しぶりだったから、最初は逆さまに持っちゃって、そのまま思いっきり吹いちゃった。変な音が出て、ひとりで大笑い。でも曲のハーモニーは不思議と忘れてなかった。二番まで吹いて、ベンチに座って休憩。また立ち上がって練習。それを何回も繰り返した。
「練習は誰も見てないけど、見てる人はちゃんと見てるんだぞ」って、前の学校の先生が言ってたことを思い出す。スポーツ選手だって、本番より練習の時間が長い。その意味が、今日ちょっとだけわかった気がした。
夜、ごはんを食べた後はゲームの練習。光平と野球ゲームで対戦するためだ。シュートにカーブにフォークまで操れるようになった。指はいつだって元気だけど、「やりすぎたらつりそうだな」って思ったから、1試合だけでストップ。そのあとは箸の練習。
箸はいつもの食事用のと、売店の名前が入った割り箸。入院してすぐの頃に誰かが買ってきて食べた残りらしい。袋を開けて割ろうとしたけど、よく考えたらみんな「食べる先の方」から割ってることに気がついた。僕はちょっと工夫して、床で押さえつけながら、人差し指で割れ目をぐいぐい下に入れていった。不思議な割れ方をしたけれど、ちゃんと割れた。それが面白くて、行儀悪いけどいろんなものをつまんでみた。ハンガー、鉛筆、ラジカセのアンテナ棒。割り箸はざらざらして滑らないから、食事用の箸より簡単に物がつかめた。
そのとき、隣のおじちゃんが言った。
「この一週間でずいぶん治ったな。やっぱり若いって早いな。」
「そうかな。でもありがとう。……ねえ、どうして今までおじちゃん、あんまり喋らなかったの?」
僕がそう聞くと、おじちゃんはちょっと恥ずかしそうに笑って、ベッドのシーツに視線を落とした。
「コウ君に家族や友達が来るのが、羨ましかったんだ。俺は見ての通り、誰も見舞いに来ないからさ。だからいじけてたんだよ。」
僕は少し迷ってから、勇気を出して聞いてみる。
「……友達は、いるんでしょ?」
「まぁ、いるにはいるんだが、なかなか会わない。俺が入院してることだって、たぶん知らない。」
僕は言葉に詰まった。でも、そのとき不思議な言葉が、自分でも考えないまま出てきたんだ。
「じゃあ……僕が友達になる。そしたら毎日、お見舞いできるでしょ?」
おじちゃんは一瞬、目をまん丸にしたけど、すぐにニタッと笑った。
「ハハハッ。それは傑作だな。よし、これからは友達だ。まさか、こんな小さい友達ができるなんてな。人生って何があるかわからん。」
それを聞いた僕は、ちょっと調子にのって訊いた。
「じゃあおじちゃんじゃなくて、なんて呼べばいい?僕はコウ。呼び捨てでいいよ。」
「そうか。俺はキクマツだから、キクちゃんでいいぞ。」
「キクちゃん、よろしくね。」
僕とキクちゃんは、右手でしっかり握手。さらに僕は左手を添えて、キクちゃんも左手を重ねてきて、ぎゅっと強く握りしめた。そのとき、なんだかほんとに友達になれた気がした。
時計を見たら、消灯時間が近い。ベッドに横になりながら、最後に「おやすみ」って言いあった。昨日までの赤の他人が、今日はもう友達になった夜だった。
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次話、第十章へ
2週間後更新!
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著者紹介
小説 TIME〈〈
皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。
校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook