【再編集版】小説 TIME〈〈 -第八章- 言葉がたくさん 作、吉村 仁志。

 

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吉村 仁志よしむら さとし

👇👇第一章、第二章、前話第七章はこちら👇👇

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第一章- 小さな町の大きな一日 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第二章- お兄ちゃん、だいじょうぶ? 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第七章- 声を取り戻した日々 作、吉村 仁志。

**第八章**

電話が終わったあと、僕は向かいの談話室に連れていかれた。
扉を開けると、椅子がいくつか置いてあって、なんだか秘密の部屋みたいな感じがした。

「そういえばさ、君の名前ってなに?」
店員さんが首をかしげながら聞いてきた。
「佐藤かな……“かな”でいいや。ボクは?」
名前を聞かれたから、僕はちょっと緊張しつつ答えた。

「じゃあコウ君ね、よろしく。」
かなさんは、にっこり笑って右手をすっと差し出した。握手しようとしてくれたのだ。
でも、その瞬間、僕はなぜか……左手を出してしまった。
「あっ」という声は出なかったけど、心の中で「やっちゃった」って思った。
けれどそのまま、変な握手が成立してしまった。

「そうだ、ごはん食べないと。」
かなさんは手提げ袋をごそごそ探って、小さい弁当箱を取り出した。
「でも飲み物は入れてないのよね。なんか飲む? いちごオレ?」
そう聞かれたとき、口が勝手に「いちごオレは今日はもういいや」って言っちゃった。
だって人におごってもらえるなら、普段飲まないものを試したいじゃないか。
昨日は上村先生に水をもらったし、さっきは隣のおじちゃんにいちごオレをごちそうになった。
次は、もっと違うものがいい。
そんなことを考えていたら、たぶん僕の顔はちょっと欲ばりな顔になっていたと思う。

「ミルクセーキって飲んだことある?」
かなさんが自販機を見ながら聞いてきた。
「ないから、それで……。」
僕がそう言うと、かなさんは嬉しそうに2回ボタンを押した。
それから車いすの隣の椅子に腰かけて、「乾杯しよっか」と笑った。
そして僕らは、紙コップを軽く上げてカチンと合わせた。

ひと口飲んでみる。
「まっ……うまい。」
とりあえず僕はそう言ってみた。ちょっと気をつかったつもりだった。
でも、かなさんはじーっと僕を見て、「ほんとは?」と聞いてきた。
「舌に合いません。」
子供なりに、できるだけお上品に答えてみた。
するとかなさんは顔をしかめながら、「だよねー、あたしもまずいもん。買うんじゃなかった……。」と笑った。
「我慢して飲んでね。」と言われたから、僕は残りを一気にごくごくと飲み干した。

次に見たのは、かなさんのお弁当箱。
中には――食パンが2枚。それだけだった。
六枚切りくらいの分厚さで、ただ2枚、入ってるだけ。
「だって朝は遅くまで寝てたいんだもん。弁当箱しか入れ物ないの。」
誰も聞いてないのに、かなさんは元気いっぱい説明した。

しかも食べ方がすごく変わっていた。
パンの耳から先にぜんぶ食べちゃって、中身のふわふわ白いところをあとから食べる。
「パンの味しかしないんじゃない?」って僕は聞いた。
「うん、これがいいの。でも、ミルクセーキはないわね。」
楽しそうに言いながらも残念そうな顔をして、それからふっと笑顔に戻った。

「ここね、誰も来ないから、食べ終わったら椅子をベッドにして寝ちゃうの。休憩はいつも11時からだから、よかったら来てね♪ 1人だと淋しいし。ジュースも毎日おごったげる。」

かなさんの声が、なんだか秘密を教えてくれるみたいにやさしかった。

今日は電話に夢中になってたら、もう11時50分になっていた。
やばい、採血とお昼ごはんの時間だ。

「そろそろ部屋戻らないと……。」
そう言ったら、かなさんも「あっ、あたしも戻らないと。エレベーターの前まで車いす押したげる!」って元気に言ってくれた。

僕は、「うん……」ってつい甘えてしまった。
そのまま車いすを押してもらってエレベーターの前まで行く。
扉が開くまで、となりで待ってくれた。
やがて「チーン」って音がしてドアが開いた瞬間、かなさんは「またね~~。」と手を振ってくれて、ドアがゆっくり閉まっていった。
姿が見えなくなるまで、僕も小さく手を振り返した。

部屋に戻ると、母ちゃんと光平がもう来ていた。
「どこ行ってたの?」って母ちゃんに聞かれて、僕は「あ、ごめん、2階の談話室にいた。」と答える。
母ちゃんはちょっと呆れた顔で、「そっか。看護婦さんがさっき探し回ってたんだけど、仕方ないから採血を一番最後にするって言ってたわ。」と言った。

すると光平が、口いっぱいにおにぎりをほおばりながら「ごはん、冷めちゃうね。」としゃべる。
テーブルの上には、家から持ってきたごはん、味噌汁、ささみ、牛乳が並んでいて、まだ湯気を立てていた。
空っぽの腹はもうグーグー言っているのに、採血が先だと思うと……まるで拷問だ!

「あっ、そうだ! 今日お兄ちゃんの好きなゲーム、いっぱい持ってきたよ!」と、今度は光平がカバンをガサガサしながら言った。
「そうそう。ここに10本あるから、暇な時にやってね。」と母ちゃんも笑って箱を出してくれる。
中にはアクションゲーム、野球のゲーム、格闘ゲーム……たくさん詰まっていた。

光平は好きなようにカセットを次々取り出して見せてくる。
でも、そこで手が止まったのは……少女マンガのキャラクターのゲームだった。
「え~、こんなの真美のゲームいらないよ!」って僕が嫌な顔をすると、光平はすぐさま「リハリビ!リハリビ!」なんて言ってきた。
思わず笑ってしまって、「リハビリな。」って言い直してあげると、二人とも声を出して笑った。

そうこうしてるうちに、サバサバした感じの看護婦さんCがやってきた。
「お、帰ってたのね。どこ探してもいないから、トイレとかベッドの下とかまで探したわよ。」
そう言いながら、採血の道具をガチャガチャ持って近づいてくる。

僕は車いすに座ったまま、小さく縮こまった。
「じゃあ左腕から取るね。」
ゴムを巻かれて、腕の血管をギュッと見やすくされる。だけど看護婦さんCは眉をひそめて、「ごめん、何回か刺すかもしれないわ。」なんて、ちょっと怖い言葉を口にした。

まず1回目。
でもやっぱり失敗。アルコールの匂いが漂う綿で丁寧に拭かれる。
それで2回目――これも失敗。
「三回目の正直」って言葉はあるけど、三回目もダメだった。
そのうち何度か失敗して、数えてみたら……なんと9回目!

看護婦さんCもさすがに焦ってるのがわかった。
その横で光平は、まさかの「がんばって。」の一言。いや、励ましの方向が違うだろ!と心の中でツッコむしかなかった。

「手のひらから取っていい?かなり痛いけど、大丈夫だよね。」
看護婦さんがそう言ったとき、僕は「今まで8回も刺すくらいなら、最初からそうしてほしかったよ……」って思った。
でも、顔には出さなかった。ここで嫌な顔して焦らせたら、もっと悲惨なことになる。僕は無理やり作り笑顔で「大丈夫だよ。」と、ちょっと大人ぶった返事をした。

そして手のひらに針が刺さると……びっくりするくらい、すんなり血が出てきた。
その代わり、ほんとにズキーーンと痛かった!

「ごめんね。」
看護婦さんCが、ちょっと申し訳なさそうに言った。
僕は「大丈夫。こっちこそ、さっき居なくてごめんなさい。」と答えた。
すると看護婦さんは「できた子なのね。」と笑った。

母ちゃんは僕の耳に顔を近づけて、小声で「痛かったでしょ?」って聞いてきた。
僕も小さな声で「多分、青たんできてるよ。」と答えた。

でも、その声――看護婦さんCにも聞こえちゃったみたいだ。
すると彼女は、聞こえるか聞こえないかの声で「すみません……」ってつぶやいた。
なんだか恥ずかしいような、照れくさいような空気になって、僕と光平と母ちゃん、みんなで笑った。
それで、このへんな採血劇はようやく終わった。

たぶん、腹がすいてたんだと思う。
お昼ごはんはすっかり冷めてたけど、気にするヒマもなく、あっという間に全部食べちゃった。
そして食べ終わるとすぐに、光平と一緒に携帯ゲーム機で野球を始めた。

ゲームしてる間、母ちゃんは僕の服を洗濯していて、合間に部屋へ戻ってきては女性週刊誌を読んでた。
その顔が、なんか……ちょっと疲れてるように見えた。

「母ちゃん、僕に洗濯の仕方教えて? 覚えるから。」
思わずそう言うと、母ちゃんは少し驚いたような顔をしてから、やさしそうに微笑んだ。
「うん、これもリハビリだもんね。次にもう一回まわすから、そのとき教えるね。」

僕はまたゲームの続きに戻った。
光平はぐいぐいカーブやらシュートを投げてくるけど、僕はまっすぐしか投げられなかった。
「次は勝つぞ!」って本気で思ったけど、試合は2対1で負けた。

「やった~。僕のチーム強いべ。」
光平は得意げに笑った。
「うん、強いな。でも次は勝ってやるからな。またやるべ。」
そう言いながら僕も悔しくて笑ってしまった。

すると母ちゃんの声が飛んできた。
「あっ。そろそろ洗濯終わる時間だから、残りの着替え持って洗面室へ集合!」
そう言って、先に部屋を出ていった。

僕と光平はゲームを片付けて、洗面室へ向かった。
「よし、じゃあ洗濯をしたもの取り出して?」
母ちゃんの気合の入った指導が始まる。

僕は洗濯機から濡れた服を取り出してバケツに入れ、車いすの人でも干せる高さの物干し竿に向かった。
「パンツとかシャツしかないけど、1枚ずつ取って、こうやってバッサバッサして。」
母ちゃんは見本を見せてくれた。僕も真似して、バッサバッサ。
1枚1枚に集中していると、他のことは何も考えなくてよかった。
ただ掛けていくだけなのに、初めてだから結構時間がかかっちゃった。

干し終わると、今度は洗濯のやり方を教えてもらった。
「残りの洗濯物入れて……これ全自動だから、この“スピーディ”ってとこ押して……あ、洗剤も入れてね。はい! スタート押して、これで終わりよ。」

やってみると、思ったより簡単だった。
光平も横から興味津々で見てて、「簡単だね。」とつぶやいた。

母ちゃんが一息ついて、「じゃあ皆さん、部屋に帰りましょう!」と声をかけた。
僕らは洗面室を後にしようとしたけど――帰る前に、つい洗濯機の中をのぞいてしまった。

白いシャツやズボンが、泡を立てながらぐるぐると回ってるのを見て、なんだかちょっと楽しくなった。

部屋に戻ると、丸井と真美がもう待っててくれた。
丸井は昨日のテレビのことを、面白おかしくべらべらしゃべってる。
でも病室にはテレビなんてない。やっぱり実際に見なきゃ分からないもんだなぁと思いながらも、僕は愛想笑いを浮かべて相づちを打ってた。

そんな丸井の話を聞いてるうちに、視線の先が気になる。
真美がじっと僕の財布を見てるのだ。

「ねえ、この綿毛みたいなの、なに?」
母ちゃんがそばで答えた。
「あぁ、これ懐かしいわね。“ケサランパサラン”っていうのよ。これ、ベビーパウダーかけると増えるんだって。どこで貰ったの?」

「美雪先生から。言語療法の先生だよ。これ持ってると願い事叶うんだって。」
僕がそう言うと、ふと思いついて聞いてみた。
「欲しい人!」

初めての多数決。すると、全員の手が上がった。
びっくりしたのは、隣のおじちゃんまで参加してきたことだった。

「じゃあ父ちゃんの分も頼んでおくよ。」
母ちゃんは「ほんと懐かしいわね。タンポポの綿毛じゃないし、よく見ると独特の形してる……」とつぶやいていた。
「じゃあ、いつになるか分かんないけど、貰っておくよ。」そう言って僕は、今朝いちごオレを買ったレシートの裏に “みゆきさんからケサランパサランもらっておく” と書いて、財布にしまった。忘れないように。

そのとき、廊下から甲高い声が近づいてきた。
「“フロストフラワー”って見たことある? 北海道で見たんだけど、すっごく綺麗で。」

誰だろう?と思っていたら、シーツを替えに来た水野さん達だった。
僕はベッドから車いすに移って、邪魔にならない場所へ避ける。

「あら、吉山君。こんにちは。」
水野さんがニッコリ笑って声をかけてくれる。
「こんにちは。」
普通に答えたつもりなのに、水野さんは「やっぱり治りが早いわね。それに、よく聞くといい声だわ~。」なんて言い出した。

きょとんとした僕は「そう?」と返す。
すると「聞いてると安心するっていうのかしら。そんな声だわ~。」
……ただの“こんにちは”で分かるものなのか。不思議に思いながらも、とりあえず「ありがとう。」とだけ言った。

「ねえ、吉山君の好きな花は何かしら?」
さっきの“なんちゃらフラワー”の話がつながったのだろう。
「ひまわりかな。見てると元気になるから。」
「ひまわりか~。見ると元気になる花だよね。」
逆に聞いてみると、「あたしもひまわりが好き。」と水野さん。
「一緒だね。後で“ハナコトバ”も調べておくよ。」

最近、言ったことはすぐ忘れるって気付いたから、僕はまた財布にメモする。
“ケサランパサランもらっておく”の下に、“ひまわりの花言葉”と書き足した。

水野さんはシーツを替えながら、「家に花言葉辞典あったはずなんだけど見つからないのよ。」と話していた。もう一人のおばさんも「見ないだけで、家帰ればどこかにきっとあるわよ。」と相づちを打つ。
「ならいいけど……今晩探してみようかしら。うちの旦那は仕事場にこもってるだけだから、一緒に探してくれるかしら……。」
「織物でも織ってるの?」
「うちの旦那は鶴みたいに美しい鳥にはなれず、ただ老いていくだけなのよ。」
「ハハハハ、失礼ね、ごめんなさい!」
そんな掛け合いをしつつ、「じゃあまた来週ね。」と笑顔のまま部屋を後にしていった。

ふと僕は思った。
あんなにしゃべりながら、仕事も丁寧にこなす水野さん達って、すごいなぁ。

夕ごはんを食べ終わって、ごろりと横になり、ぐーっと背伸びしたときだった。
普段は気にもしない電気スタンドのところに、封筒が立てかけてあるのが目に入った。

「やばい、みんなからの手紙読むの忘れてた。」
思わず声に出したら、隣のおじちゃんがびっくりして笑った。
「ハハッ。今読むのも後から読むのも文字は変わらんさ。そりゃあコウ君の友達が“読んでくれ”って言ったのかもしれんな。」

便箋をめくってみると、“早く退院してね”とか“病気やっつけて早く遊ぼう”といった言葉がぎっしり。
けど、一通だけちょっと違っていた。

“またコーラとチーマヨロールパン食うべ”

あたかも仲良くしてるみたいな書き方。でも実は、その子とは一度も話したことがない。
一緒に席をくっつけてお昼を食べたなんてこともない。だからもう頭にハテナがいっぱい。
「なんか変なの……。」と首をかしげつつも、やっぱりみんなに返事は出さなきゃと思って、ナースステーションへ向かった。

そこにいたのは夜勤の畑野さん。
「手紙書く紙ない?」と聞くと、「いっぱいあるよ。ちょっと待ってね。」と奥の部屋へ。
やがて、大きなダンボール箱をどんと持ってきてくれた。中は便箋でパンパン!
「誰が置いてったか分からないけど、好きなの持ってっていいよ。」
僕はありがたく、一冊だけもらってベッドに戻り、うつぶせになって頬杖をついた。

そのとき、カーテンの向こうから隣のおじちゃんの声がする。
「なんて書くか迷ってるのか? 思った通りでいいんだよ。」
「じゃあさ、おじちゃんは、どんな言葉書かれたら嬉しい?」
けど答えは返ってこない。代わりに、ぐごーっといびきが聴こえてきた。ああ、寝ちゃったんだな。

僕は汚い字ながらも、一生懸命に返事を書き始めた。

“皆さん、お元気ですか? 僕は元気とは言えませんが元気です。
今まで右利きだったのですが、左利きになってしまい、今は文字の練習、箸でつまむ練習、歩く練習、車いすをこぐ練習、しゃべる練習、ゲームをする練習をしています。
勉強はサボってます、ごめんなさい。
今は自分のことを考えるのが精一杯ですが、退院したら、皆からもらった思いを実現できるようがんばります。
皆さんも勉強、運動がんばってください。”

ホワイトボードに一度書き写してから、ボールペンで清書。
これでよし! と思ったら封筒がない。あわててまたナースステーションへ。

「二度目でごめんなさい。封筒ある?」
「うん、何枚?」
「三枚だけください。」
畑野さんは机から可愛らしい封筒を三枚出してくれた。

僕は手紙を入れて、ナースステーションの机を借り、“5年2組のみなさまへ”と書こうとした。
すると畑野さんが「なになに? あたしにラブレター?」と茶化してきた。
顔が熱くなる。答えが思い浮かばず、「ちがうよ。」としか言えなかった。
「顔赤くしちゃって、ごめんね。」と、畑野さんはいたずらっぽく笑う。

そこに、ちょうど小高先生がやってきた。
「おう、吉山君。診察しよう!」
聴診器でぽんぽんと胸の音を確かめる。
「よし、血液検査も異常なし。」
ほっと胸をなで下ろした瞬間、「あ、ちょっと心臓早いけど……畑野さんに惚れてるのか?」とからかわれた。

でも今度の僕は少し余裕があった。
「違います! でも畑野さんは綺麗だし、小高先生もかっこいいですよ。」
そう返すと、二人の顔が同時に赤くなって、思わず笑ってしまった。

「便箋ありがとうございました。」
ナースステーションでの一連の騒ぎはそれで終わり。
僕は病室へ戻り、布団に潜り込んで、眠りについた。

 

次話、第九章へ続く

2週間後更新!

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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