【再編集版】小説 TIME〈〈 -第七章- 声を取り戻した日々 作、吉村 仁志。

 

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吉村 仁志よしむら さとし

👇👇第一章、第二章、前話第六章はこちら👇👇

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第一章- 小さな町の大きな一日 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第二章- お兄ちゃん、だいじょうぶ? 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第六章- よっしー、ふたたびしゃべる 作、吉村 仁志。

**第七章**

次の日の朝。
目をさましたぼくは、まず、ちょっと声を出してみた。

「ぁ……ぃ……ぅ……ぇ……ぉ。」

うん、ちゃんと聞こえる。へんな声でも、やっぱり自分の声が出るってすごくうれしい。だからぼくは、その音をていねいに確かめるみたいに、何回も小さくつぶやいていた。

そのとき、がらりと病室のドアがひらいた。そこに立っていたのは、あんまり見かけない看護婦さん。お盆を持っていて、朝ごはんを運んできたらしいんだけど、なんだかしゃきしゃきしていて、ぜんぜん余計なことをしゃべらない人だった。ぼくはこっそり、この人に「看護婦さんC」っていう名前をつけることにした。

「おはようございます! はい、朝ごはんです。吉山君、スプーンも置いとくから食べて下さい。」

声もきっぱりしていて、びしっとまっすぐ飛んでくる感じだった。
それよりも、目の前に置かれたお盆にぼくはびっくりした。

だって――入院してから、はじめての固形ごはん!
白いご飯に、漬物、卵焼き、あったかそうな味噌汁。それにのりとヨーグルトまで並んでいた。

「おはようございます。いただきます。」

そう言って、ちょっと緊張しながら箸を持った。自分で食べるのはすごく久しぶりだったから。最初からうまくできるわけはなかったけど、ぼくなりに、一口ずつがんばって口に運んだ。

味わう余裕なんてなくて、とにかく噛んで、飲みこむことで頭がいっぱい。でも実は、それより何より、舌をかんじゃわないかとか、ほっぺたの内側までガリッとやっちゃわないかとか――そんな心配ばっかりしていた。

ごはんを食べ終わったあとのお盆は、けっこうひどいありさまだった。
ご飯粒はぽつぽつ残ってるし、味噌汁のお椀にはワカメがぺたっと張りついてる。ほんとうなら、こんなの誰にも見せたくなかった。でも、まあ仕方ないなって、半分あきらめの気持ちでいた。

――そのとき。
よりによって、一番見られたくない人が病室のドアを開けて入ってきてしまった。

「おはよう!お~食べたね。おいしかった?」

にこにこしながら、美雪さんが声をかけてきた。

「おはよう!……うん。あれ? 今日って小川さん、出張じゃなかったっけ?」

そう聞くと、美雪さんはきゅっと眉を上げて、

「うん、出張の日だけど……って、あたし水野だから!」

と元気に言った。

「えっ?」とぼくは首をかしげる。だって表札には「小川」って出てた気がする。

「ほんとうだよ。だって表札、小川って――」

「それ前の人の忘れ物! そのままにしちゃってただけ!」

彼女はちょっと照れくさそうに笑った。
なんだか、そういうところが美雪さんらしい。

「そうだ、それより! コウちゃんの部屋にボールペン忘れていったの!」
「ボールペン?」
「うん、あれね、昔から使っててすっごく大事なんだよ。だから取りに来たの。」

美雪さんの言葉を聞いて、ぼくも「自分にも手放したくない物あるなあ」って思った。だから一緒に探してあげることにした。

棚の横をのぞいたとき、見つけた。青くて細長いボールペンが、ぼくのベッドの横に、ひょいって立てかけられるみたいに置かれていた。

「よし! 見つかった!」
美雪さんはぱっと笑顔になって、そのボールペンをぎゅっと握った。

「じゃあ、また月曜ね。あっ、この車いす、ナウいじゃん!」

言いながら、ぼくの車いすを見てちょっと笑う。
きっと色のことだろう。だって、まぶしいくらいのピンク色で、まるで蛍光ペンみたいなんだから。

「吉山君。今日お昼ごろに血を取るから、それまで病院の中を散歩しててもいいわよ。」

看護婦さんCが、いつも通りぱきぱきした声でそう言った。
ぼくは「はい!」と素直に返事をして、さっそく車いすに乗り、ドアを開けようとした。

すると、隣のベッドのおじちゃんがひょいっと顔を出してきて、

「ボク? 売店行くの?」

と聞いてきた。

「うん。でも戻るの、たぶんお昼ごろになるよ。」

そう答えると、おじちゃんはにやっと笑って、

「あ~、いいよ。じゃあ、いちごオレ買ってきてほしいな。」

って、200円をぼくに渡してきた。

「え? 多くない? 確か、箱ジュースなら1個98円だよ?」
(ちなみに98円っていうのは、スーパーの値段だ。)

するとおじちゃんは肩をすくめて、
「ボクの好きなの買ってくれていいから、200円渡すのだよ。」

……って、なんか太っ腹!

「ありがとうございます。できるだけ早く帰ってきます!」

ぼくはおじぎをしてから病室を出て、とりあえず売店へ、それからまた一度戻ってくることにした。

廊下に出ると、まずナースステーションに寄って、大きな声で、

「売店に行ってきま~す!」

と叫んでみた。

「お! いい声だね!」

カルテをのぞきこんでいた小高先生が、顔も上げずに言い返してきた。
そういえば……ここの人たち、ぼくの声を聞くの初めてだったかもしれない。周りの看護師さんたちがほんとに驚いたみたいに顔を見合わせてた。

それから先生が首をこっちに向けて、

「売店、わかる?」

と聞いてきた。

「エレベーターのところに地図があったから、それ見て行きます!」

ぼくは胸を張って答える。

「うん。じゃあ気をつけなくてもいいと思うけど……まあ、一応気をつけてな。そうだ、久しぶりの食事はどうだった?」

先生の問いに、ぼくはにっこり笑って、

「うまかったよ! 久しぶりに“食べた!”って気がした!」

と元気に言った。

すると先生は夕ごはんの献立表のところまで歩いていって、指をすっとなぞりながらにやにやしている。

「今夜はステーキらしいぞ。噛み疲れるなよ。」

「大丈夫だよ! 夕ごはんもうまそうだね。今から楽しみ!」

その言葉に、ぼくも思わず笑っちゃった。
心がなんだか軽くなったまま、ぼくはナースステーションを後にした。

地図のところまで行くと、売店は1階だって書いてあった。
ぼくの病室は3階だから、エレベーターに乗りこんで「1」のボタンを押す。
すると、ピカッと光っていた「3」の数字が、順番に「2」、「1」って移っていった。
そしてやっと扉がシュッと横に開くと――

うわぁ! 人がいっぱい!

外来の患者さんやら誰やらで、ごった返していて、思わずびっくりしちゃった。
ああ……そっか。平日だからなんだな。

まあ、でも車いすの運転はまだまだ初心者のぼく。
ちょっとでもぶつかりそうになると、
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
って言いながら出発する作戦をとった。
そうすると不思議なことに、ちゃんとみんな「どうぞどうぞ」ってよけてくれるんだ。けっこう便利なシステムかもしれない。

――と、そんなふうに売店にたどり着いたぼくは、鼻歌まじりに歌っていた。

「いちごオレ~♪ いちごオレ~♪」

すると、ちょうど品出しをしていた店員さんが、
「いちごオレ、取ってきてあげるよ。」
って言ってくれたので、お願いすることにした。

ぼくはレジの前で待っていると、奥の棚に向かった店員さんが声をはりあげて、

「1個で良いのー?」

「2個お願いします!」

ぼくも負けじと、大きな声で返した。

すると店員さんは手を止めて笑って、
「お~、いい声出てるねぇ。合唱団に入れるんじゃない?」
なんて言ってきた。ぼくはちょっと照れくさくて、にへへって苦笑いしながらお金を払った。

そのとき、ふとレジ横に目をやると……あれっ? どっかで見たことある紙の束があるじゃないか。

「この積んである紙って、ミス小川原湖?」

そう聞いてみたら、店員さんは「ああ、そうそう。誰も持って行かなくてね。」と言いながら、その紙を手に取ってペラペラ確認しはじめた。

「えーと……“ミス小川原湖”って書いてあるね。電話で投票できるみたい。番組見ればわかるっぽいけど……そうだ! お昼休みに電話してみよっか。」

店員さんがそう言ったので、ぼくはすぐに返した。

「でもぼく、お昼に採血なんだ。そのあとじゃダメかな?」

「私の昼休み11時からなんだよね。どっちが早いかなあ?」

ん~、たぶん店員さんのほうが早そうだ。だからぼくは元気に答えた。

「じゃあ11時に、またここに来るよ!」

そうしたら会話がぽんぽん進んで、なんだかぼくら、すごく気が合っちゃったみたいだった。
最後におもいっきり手を振り合って、ぼくは売店をあとにしたのだった。

隣のおじちゃんに、紙パックのいちごオレを届けるために、ぼくは一生けんめい車いすの車輪をこいだ。
「よいしょ、よいしょ」って気持ちで、なるべく早くしているつもりなんだけど、ほかの人から見たらそれが本当に早いのか遅いのかは分からない。
でも――一生けんめい頑張ってるってことだけは、まちがいない。

エレベーターを降りて、廊下を抜けて、364号室の前へ。
やっとたどり着いて、おじちゃんに直接いちごオレを手渡した。

「おう、これこれ。これがうまいんだよな。」

おじちゃんはにこっとして、紙パックの横についてるストローをびりっとはがして、穴にさして飲みはじめた。

「――うまい! 苺に牛乳なんて、誰が考えたんだろうな。うまい!」

声まで弾んでいて、まるでCMに出てるみたい。まあ実際にCMには出られなそうだけど、それでも本当に幸せそうに飲んでいた。

ぼくも車いすに乗ったまま、同じようにストローをさしてゴクリと飲んでみた。

……甘い。けど、うまい。

思わずにっこりして、
「おいしいね。」
と素直に言った。

それから真面目な顔をして、
「いちごオレ、ありがとうございます。」

するとおじちゃんは、口をむにゃっと動かしながら、
「なもなも。いいんだよ。また頼むかもしれないから、よろしくな。」
と返してきた。

ふたりして飲み終わったあと、ぼくはまた「探検の続きだ!」と心の中で決めて、364号室を後にした。

行きも帰りも、ナースステーションの前を通らないといけない。
だから、わざわざ「行ってきます!」とか「ただいま!」を言わなきゃいけなくて、ちょっとめんどくさい。

「病院の中、探検してきます……。あ、採血って何時からですか?」

念のため聞いてみた。
もう小高先生はいなくて、代わりに看護婦さんが5、6人ばかり見えた。その中で看護婦Cが答えてくれる。

「昼過ぎだから、12時過ぎかな。」

「はい! じゃあ12時には部屋に戻ります!」

そう返事をしてから、ぼくは廊下のむこうを見つめた。

4階も5階も、ぼくの入院している3階とほとんど同じ景色。
でも、そこには“談話室”っていう、なんでも好きにできそうな場所があった。
少し気になったけど、ぼくはエレベーターの一番上――「R」っていうボタンを押してみた。

チーン。
ドアが開くと、そこは屋上。

……誰もいなかった。

ちょっとつまんない気もしたけど、でも、ずっと閉じこもってたぼくにとっては大発見だった。だって外の空気を思いっきり吸えるんだから!

両手を大きく広げて、胸いっぱいに深呼吸。

空を見上げると、どこまでも青くて、雲ひとつない。
何度も見返しても、やっぱり青空はそのままだった。
――いいな。ひとりになりたいときには、またここに来よう。

すっきりした気分で、また探検を続けることにした。
1階はもう行ったし、外来の人でごった返してるからやめとく。
じゃあ……2階だ!

エレベーターで降りると、そこには手術室があった。
さらに進むと、2階から3階へつづくスロープの通路を発見。

「へぇ……誰もいないな。」

エレベーターや階段を使う人が多いからだろうか。
そこは音ひとつなくて、まるで閉ざされた秘密の道みたいだった。

「よし、ここでチャレンジしてみよう!」

ぼくは車いすで、その坂に挑戦することにした。
歩くひとならただの坂道かもしれない。けど、ぼくにとっては小さな試練だった。

「ウッ!」

声がもれてしまう。
誰かに言われたわけじゃない。
でも、誰もいない分、自分でやるしかなかった。

左手と左足だけで車いすをこぐのは、やっぱりきつい。
何回も休みながら、それでもあきらめなかった。
だってぼくは、一度やると決めたら最後までやる性格なんだ。

手すりのそばを通りながら、必死にこいで、こいで――

やっと3階にたどりついたとき、胸の中にじんわり広がったのは……達成感だった。
「できた! ほんとに、ぼくにもできたんだ!」

そう思った瞬間、上の掛け時計が目に入った。

……もう売店の店員さんと会う時間だ!

ぼくは嬉しさを胸にぎゅっと抱えながら、急いで売店へ向かった。

売店に着くと、店員さんは鉄パイプの椅子にちょこんと座って待ってくれていた。

「ほら、全部持ってきたよ。」

そう言って、分厚い紙の束を見せびらかしてきた。

「えっ? ぜんぶ? いいの?」

「いいのいいの! 誰も持ってかないしさ。」

なんか太っ腹すぎて、逆にびっくりした。休憩時間をちゃんと取れたのかどうかは分からなかったけど、そのまま一緒に談話室のほうへ車いすを押した。

「私、いつもここでお昼休みしてるの。じゃあ先に電話しちゃおうね。」

談話室を横切った先に、公衆電話のマークがぶらさがっていた。
店員さんは受話器を取って、テレホンカードをスッと入れた。つるんとして穴がまったく開いてないから、たぶん新品だ。

番号を押して、耳に受話器をあてると、店員さんは急に声のトーンを落としてしゃべりはじめた。

「……あ、はい。用紙番号ですか? まとめて持っているんですが……えーっと、1242から1400までです。」

あれっ。自動音声じゃなくて、ぜんぶ口で言うんだ。なんだかずさんだなあ、ってぼくは思った。

「名前? どなたが出てるのですか?」

と店員さんが聞いたかと思ったら、すぐに受話器を手でふさいで、こっちを手招きしてきた。

「みゆきに、すずさん、もんろうさんって人が出てるみたい。で、誰がいい?」

突然すぎてびっくりしたけど、ぼくはまよわず叫んだ。

「みゆきさん!」

「はい、みゆきさんでお願いします。……はい、はい、失礼します。」

店員さんは“オッケー!”って感じで親指と人差し指で丸を作って、受話器をガチャリと戻した。

「どうだった?」ってぼくが聞くと、店員さんは肩をなでおろして、

「なんかね、これで大丈夫みたい。申し込み受付終了しました、だってさ。」

そこで少し間を置いて、急に小さな声でつぶやいた。

「……あたしもこれ出たかったんだけどね。でも、勇気なくて。」

そのときの顔が、すっごく赤くなってた。
なんだか恥ずかしそうで、大人なのに子供みたいに見えて――ぼくもちょっとドキドキしてしまった。

次話、第八章へ続く

再来週日曜日掲載予定

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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