【再編集版】小説 TIME〈〈 -第六章- よっしー、ふたたびしゃべる 作、吉村 仁志。

 

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吉村 仁志よしむら さとし

👇👇第一章、第二章、前話第五章はこちら👇👇

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第一章- 小さな町の大きな一日 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第二章- お兄ちゃん、だいじょうぶ? 作、吉村 仁志。

【再編集版】小説 TIME〈〈 -第五章- ケサランパサラン 作、吉村 仁志。

**第六章**

美雪さんと、まだしゃべりたいなーーって思ってるのに、何から話したらいいのかわかんなくて、頭の中がぐるぐるしてた。そしたら、美雪さんが「今日の天気は?」ってきいてきたから、ぼくは「晴れじゃないかな」って、ちょっとモゴモゴしながら言っちゃった。きっと、声が小さかったんだと思う。美雪さんはちょっとにっこりしながら、「もう一回、喋ってみて?」って言うから、ぼくはこんどはちゃんと、「はれです」って、はっきり答えた。 そしたら、美雪さんは、なんでか納得したみたいにうなずいてた。

エレベーターのボタンを押すときに、美雪さんが「次の言語療法までの宿題! 言いにくい言葉とかあったら、メモしてきてね」って言った。 宿題なんて、ひさしぶりだなぁ。あ、そういえば、夏休みの宿題……すっかり忘れてた! って思い出して、なんか冷や汗が出てきた、そのとき――「チン!」て、ぼくの階にエレベーターが着いた。

(言いにくい言葉、言いにくい言葉……)って、頭の中で考えてるうちに、もう病室の前に来てた。364号室のドアの前。ガラガラって引き戸を右にスライドしたら、そこにいたのは――ぜんぜん予想してなかった人たちだった。

なんと、パン屋のおやじさんが丸井と一緒に、ぼくを待ってた。

「お〜う……あっ。」って、丸井がへんな声を出してる。ぼくはちょっと大きめの声で「よく来た、よく来た」って言ったら、丸井は、目をまんまるにして、「ん?なんだ?? この驚きが一気にきたのは……はじめてだ」だって。
おやじさんも、ちょっときょとんとしながら「いや〜、ハーモニカ君が入院したって聞いてびっくりしたけど、元気そう……とは言えないけど、生きててよかった」って、しみじみ言った。
ぼくがなんか返そうとしたら、丸井がズイっと前に出てきて「いつから喋れるようになったんだ?」って聞いてきた。

「10分くらい前かな」って言ったら、二人ともぽかんとしてた。

おやじさんは困った顔で「そうか……。よかったな。本当に、よかったな」ってまた言って、丸井は「今日から学校が始まったんだ。でも宿題は出さなくても良いって先生が言ってた。……よっしーだけ、ずりぃな〜」って、ぶつぶつ。

ぼくがさっき考えてたこと――言いにくい言葉――の答えが、もう返って来たみたいだ。
なんだか、みんなの考えてることが聞こえてくるみたいで、「もしかして、テレパシーってほんとにあるのかな」なんて、ちょっと本気で思ってしまった。

「こんにちは。コウちゃんのお友達と、パン屋のおじさんね。」

病室に入ってきた美雪さんが、にこっとして言った。
丸井はなんだか少し慌てて「こんにちは。あっ、そうだった。こっちも訊かないといけないな。お姉さんはここで働いてるの?」ってきいた。
美雪さんは「そうなの。今月からだけどね。」と答えて、自分の腕時計をちらっと見た。

「あ、やばい。まだ話したいけど、そろそろ帰らないと……じゃあまたね。あっ、あの時のパンおいしかったです!ありがとうございました。」

美雪さんはそのまま、急いで駆け足でどっかに行っちゃった。あっという間にいなくなったから、おやじもなんだかしゃべりたそうだったけど、今となっちゃ何も言えなくなっちゃった。
僕も深呼吸してみたけど、吸った空気がため息になってぽぉっと出る。なんだかむなしいな。

丸井が急に得意げに言い出した。
「本当はパン屋やってる時間だけど、おやじによっしーのこと話したら、シャッター閉めちゃって。今日は一緒に来たんだ。びっくりしたべ?」

「いやいや、嬉しいよ。おやじ、ありがとう。」

そう言うと、おやじはにやっと笑って、バッグの中からでっかい箱を出してきた。ウエハースが40個入り!大人買いしてきたのかもしれない。
「これはお見舞いだ。あっ、そうだ。あと残ったので悪いんだけど……。」

何かと思ったら、まさかのパンまでくれた。おやじがにっこりして言った。

「1日じゃ食べれないと思うから、冷蔵庫にでも入れといて。」

うわぁ、パン屋のおやじって、すごい気前いい!こんなのもらっちゃっていいのかなって思った。

そしたら丸井が「そのウエハースもらえるんなら、俺も入院しようかな。」とか言い出すし。
僕が「どこ悪いの?」って聞くと、おやじは丸井の頭を指さして、

「ここに決まってるべな。」

って、いたずらっぽくニヤッとした。
「おやじ!」

丸井はちょっとだけ怒鳴ったけど、すぐに「冗談だったよ」って気づいたみたいで、もとの丸い目で笑ってた。

パンの匂いが、なんだか部屋中に広がって、ちょっとだけみんなが楽しくなる空気になった。

突然、丸井が「おやじ、結婚してるの?」なんて急に聞き出した。そう言われると、ぼくもちょっと知りたくなっちゃう。
おやじは、うーんって低く唸ってから、ちょっとだけ間をあけて、ゆっくり話しはじめた。

「子供ばかりだから話すけど、実はバツイチなんだ。」

「ふ~ん。子供は居るの?」って丸井がまたズバズバ聞く。

「幸い、居ないんだ。」っておやじは言った。

「そっか。あまり深く聞いたらダメだね。」

話が重くなりそうで、なんだかちょっと変な空気になった。
ぼくも丸井と同じ気持ちになっちゃったから、空気を変えたくて「このウエハース、一緒に食べない?」って言ってみた。

すると、丸井がすぐに「お!いいねぇ。じゃあよっしー、この箱開けて。」って、なんだか楽しそう。やっぱりリハビリの指令かな?
おやじも横から「開けるぞ?」って聞いてきたけど、丸井は「いいから!よっしーが開けたのが食いたいんだ!」って、すごい真剣で、ちょっと怖いくらいだった。

箱はミシン目に沿ってバリバリって切るタイプ。僕はリハビリいらずの右手の親指で、パチって押してみた。片方の手で押さえるのが普通なんだろうけど、左手は”休暇中”だったから、ウエハース40個の重さを一人で受け止める感じ。ちょっとだけ力がいったけど、何とか開けることに成功!

「1個ずつでいいべ?」って言いながら、左手のひらにも載せてみた。これもリハビリ…って思いながら、丸井とおやじに1個ずつ手渡した。

それから、隣のベッドの人にもあげてみたくなって、車いすでそばまで行って「良ければどうぞ。」って初めて声をかけてみた。
「ありがとう。ボク……何歳?」ってその人が聞いてきた。

「11歳だよ。」って答えたら、「そうか~。俺もそんな頃あったなと懐かしむ、今日この頃であります。」ってちょっと笑ってた。
こっちも、初めて覚えたての愛想笑いみたいに「うふふふ」って返した。

そしたらなんだか、ほんの少しかもしれないけど、さっきまで重かった空気が、ウエハースの甘い香りみたいにふわっと軽くなった気がした。
ぼくはベッドに戻って、みんなでカリカリっとウエハースをかじった。

気づくとドアが開いてて、母ちゃんと真美、光平と少し遅れて、父ちゃんが来た。みんな驚いた顔をしてて「さっき看護婦さんから電話があって、喋るようになったんだって?」と母ちゃん。僕はニッコリして「ウン、まだそんなに経ってないけど、喋れる様になった。」となるべくはっきりと答えた。病院のチームワークのせいか、その事は看護婦に伝わり、最終的には吉山家にも伝わっていたらしい。

真美は「よかった~。喋りにくい言葉とかあるの?」と、美雪さんと同じことを訊いてきた。「ウン。まだ喋ってから間もないから、わかんない。そのうち出てくるかもな。」光平は甲高い声で「やった~、兄ちゃん喋った!」と騒ぎ立てて、それはテレビを大音量で流して近所迷惑になるくらいのレベルだろう。

……よく考えると、この場に家族四人に丸井やおやじもいる。こんなに人が集まるなんて思ってなかったから、笑いながら「僕、死なないよね?こんなに人集まるなんてないから……。」声にした瞬間すぐさま馬鹿にするように「バカじゃないの?」と真美のツッコミをくらって、みんなして釣られて笑ってしまった。そして「命に関わる問題は一切ないから安心しろ!」父ちゃんが怒鳴り気味に続けたので、とりあえずホッとしたのだった。

「そうそう、こちらをご用意致しました。」 父ちゃんがわざとらしく言うなり、一回廊下に出たようだ。廊下の脇から押してきたのは “背もたれ” “座るところ” “肘当て” が蛍光ペンとほぼ同じ色の、ピンクの車いす。

「どうしたの、これ?」

「会社の倉庫にこれが眠っててな。誰も使わないから借りてきたんだ。」

僕と丸井は一緒に、そしてハモるように「派手だべ……。」と思わず言葉に出てしまった。

「派手だよな。でも目立つし、俺1回乗ってこいでみたけど、病院のより軽いと思うから良いと思ってな。」

僕は「ウン、ありがとう。」とお礼を言った後、「そうだ。このウエハースとパン、おやじからもらったんだ。」と話を変えた。母ちゃんはすぐ「ありがとうございます。って、今更だけどあんたとコウ、知り合いだったの?」おやじに訊いていた。「うん、知り合いでございました。んで、美紀さんは同級生でございました。」皆に発言した。”美紀さん” とは、母ちゃんの名前だ。

「市内って狭いね。」

丸井は的確な発言をして、誰も驚きはしなかった。

光平はこれまでの話を聞いていたのか聞いてなかったのか、腹が減ってたのかわからないが、ひたすらウエハースにむさぼりついていた。「光平、うまいか?」と聞くと「うん、でも家にこのシールあるよね。」それを聞いて気まずそうなおやじだったが、僕はおやじの背中を叩いて慰めてあげた。

外から市内放送の音楽が聴こえてくる。

「おっ。今日はそろそろ帰るか~。」

「じゃあ俺も帰るかな。もうこんな時間だしな。」

みんなして淋しいこと言うなとは思ったが、時間はみんなの物だ。楽しい時は必ず来ると思って、「みんな、またね!」と明るく僕は言葉を返した。そして日は暮れたのだった__。

気がついたら、病室のドアがガラッと開いて、母ちゃんと真美、それから光平が入ってきた。ちょっと遅れて、父ちゃんもやってきた。
みんな、ぽかんとした顔で母ちゃんが聞く。

「さっき看護婦さんから電話があって、喋るようになったんだって?」

ぼくはニコっとして、「うん、まだそんなに経ってないけど、喋れるようになった。」って、なるべくはっきり答えた。
どうやら病院のチームワークで、そのことが看護婦さんから最終的に吉山家までちゃんと届いたみたいだ。

真美はちょっと安心した顔で、「よかった~。喋りにくい言葉とかあるの?」って、美雪さんと同じことを聞いてきた。
「うん、まだ喋ってから間もないから、わかんない。そのうち出てくるかもな。」って答えると、光平がキンキン声で叫ぶ。

「やった~、兄ちゃん喋ったぁー!」

……その声、たぶんテレビを大音量にするより近所迷惑だと思う。
ふと考えると、この場には家族4人に、丸井とおやじまでいて、ちょっとしたお祭り状態だ。こんなに人が集まるなんて思ってなかったから、笑いながらつい口に出してしまった。

「僕、死なないよね?こんなに人集まるなんてないから……。」

その瞬間、「バカじゃないの?」と真美のキツめのツッコミが飛んできて、みんなして大笑い。
そして父ちゃんが少し怒鳴るように、「命に関わる問題は一切ないから安心しろ!」って言ったから、とりあえずほっとした。

「そうそう、こちらをご用意いたしました。」
父ちゃんが、えらそうな声でそう言って、一度廊下へ出ていった。
で、脇から押してきたのは――背もたれも座るところも肘あても、蛍光ペンみたいな派手なピンク色の車いす。

「どうしたの、これ?」って聞くと、父ちゃんは得意げに、

「会社の倉庫に眠っててな。誰も使わないから借りてきたんだ。」

ぼくと丸井は同時に、

「派手だべ……。」

って、声をそろえて言っちゃった。

父ちゃんは笑って、「派手だよな。でも目立つし、病院のより軽いと思うからいいと思ってな。」
ぼくは「うん、ありがとう。」ってお礼を言ってから、「そうだ、このウエハースとパン、おやじからもらったんだ。」って話を変えた。

すると母ちゃんがすぐにおやじへ話しかける。

「ありがとうございます。って、今さらだけど、あんたとコウ、知り合いだったの?」

おやじはちょっと胸を張って、「うん、知り合いでございました。んで、美紀さんは同級生でございました。」と答えた。
“美紀さん” ってのは、母ちゃんの名前だ。

「市内って狭いね。」
丸井のそのひとことは、的確すぎて、誰も驚かなかった。

光平は、話をちゃんと聞いてたのか、それとも腹が減ってただけなのか、ひたすらウエハースにかじりついていた。
「光平、うまいか?」って聞くと、「うん、でも家にこのシールあるよね。」って返事。
それを聞いたおやじがちょっと気まずそうな顔をしたから、ぼくはおやじの背中をポンと叩いて、「気にすんなよ」って感じで笑った。

そのとき、外から市内放送の音楽が流れてきた。

「おっ。今日はそろそろ帰るか~。」
「じゃあ、俺も帰るかな。もうこんな時間だしな。」

みんなして少し淋しいことを言うなあ、とは思ったけど、時間はみんなの物だ。
楽しい時間は、またきっと来る。そう信じて、ぼくは明るく、

「みんな、またね!」

って言った。
そして窓の外では、ゆっくりと日が沈んでいった――。

夕ごはんの片付けに来た看護婦さんAに、「風呂……」って言いかけたら、
「うん、あたしが片付け終わってからだから、7時から入ろうね。」って笑って言われた。
……つまり、まだまだ先ってことだ。

家から持ってきた力士の目覚まし時計を見ると、7時まではまだけっこう時間がある。
ベッドの横を見ると、昨日光平が置いていった携帯ゲームを発見。
ためしに遊んでみることにした。

左上のちっちゃいスイッチを“カチッ”と右に動かすと、
“ピコーン”って音がして、会社名がドンッと出てきた。
中のソフトはパズルゲーム。ぼくは手が大きいほうだから、操作はわりとラク。
左手の薬指で十字ボタン、人差し指で右の丸いボタンをカチカチ……

でも、やってるうちにちょっと気になることができたから、隣のおじちゃんに聞いてみた。
「……うるさくない?」
「ん~?大丈夫大丈夫。うるさいほうが、寝れるからな。」

寝れるって……もう寝る気なんだな。そう思って、音量は少し小さくした。

そうして夢中で遊んでたら――
「はい、吉山君、お風呂の時間ですよ~。」
ドアのほうから声がした。看護婦さんAだ。白衣の上から茶色いレインコートを着て、「お風呂場まで、自分でうこごうか。」ってニコっと言う。

お風呂場に着くと、出入口の鍵を閉めてから「脱げる?」と聞かれた。
「やってみる!」 これもリハビリだと思ってチャレンジ。
汗ばんだ服はちょっと湿ってて、引っかかりながらもなんとか全部脱いだ。

「じゃあ、立って行ける?」
手すりをつかみながらトトトっと歩いていって扉を開けたら、すぐ左に手すりがあった。右手でつかんで、風呂の椅子に到着。

「滑るから、気を付けてね。」
「……はーい。」 でも頭の中は歩くほうに集中してたから、返事はちょっとテキトー。

座ったら今度は「吉山君、自分で洗ってみよっか?」と新しいお題を出された。
左手にシャンプーを1プッシュ、頭にペタリ。
左手だけでゴシゴシ……ぎこちないけど、あきらめずに洗った。
体は、膝にスポンジを置いてボディーソープを2プッシュ。こっちもぎこちないけど、時間をかけてゴシゴシ。

でもやっぱり、背中は届かない。
「背中洗えてないから、手伝うね。」って看護婦さんが優しく言ってくれて、素直に「お願いします」。
お風呂って、思ってたより体力使う。ぼくのHPはもう10を切りそうだった。

「ここまで出来るのも早いものよ。疲れたでしょ?」
「うん。」
そう答えると、残りを全部きれいにしてくれた。

お風呂から出たら、自分でバスタオルを持って、フキフキ。
「着替えもやってみよっか。」
パンツは左足、右足の順で入れて腰まで。
シャツは首から入れ、左手を通し、右手の袖口は左手で“パー”にしてできるだけ広げながら、右手をちょっと持ちあげて通した。袖の形も左手で整える。

「あら、よく出来ました。」
頭をポンポンされて、なんだかちょっとだけ誇らしかった。

ジャージも同じ手順で着て、着替え終了。
風呂場を出て、車いすで部屋まで戻る。

「お疲れ様でした。疲れたでしょ。今日はもう寝てもいいよ。」

時計を見ると、もう8時をすぎていた。
ベッドに横になったら――そのあとの記憶は、何もない。

こうして、いろんなことが詰まりすぎた8月24日は、静かに終わったんだ。

次話、第七章へ続く

再来週日曜日掲載予定

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

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