小説 TIME〈〈 -第五章- 作、吉村 仁志。

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吉村 仁志よしむら さとし

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**第五章**

飲み終わって、また上村先生の案内が始まった。「ここを左に行けば、OT室(作業療法室)だ。」その通りに進んだ先に、他の患者の訓練をしている豊山先生がいた。「ちょっと待ってね。順番だから……。」そういわれて上村先生は黙ってたけど、僕だけ豊山先生に指で誘われたので、頑張ってこいで行った。たぶんだけど、別の所で待たせておきたかったんだと思う。そして僕が離れていくなり上村先生は「うぃし、じゃあ、そこで待っててな。よろしくお願いします。」と投げやり気味に話したので、一瞬だけど ”仲悪いのか?” と思ってしまった。

――OT室の出入口一角に部屋があり、その部屋の前にでかでかと【言語療法室】と書いてあった。少し気になって後ろを振り向くと、上村先生はその部屋に入っていった。

 

「あ~水野先生。今日出張じゃなかったんですか?」

遠くだけど、かすかに聞こえてきた。そしてずっと眺めていたら「じゃあ、また。」という言葉とともに上村先生は出てきて、僕の方へ近付いてきた。「今日水野先生居るみたいだから、OT訓練終わったら挨拶して行けよ。」その言葉に、ひとまず僕は頷いた。

しばらくして豊山先生は、僕を呼びに来た。「吉山君、じゃあこっちのテーブルの方にお願い。」何か準備を始めている。2枚の皿と囲碁の碁石1つと箸1膳をテーブルに置いたので、なんとなくだけど想像はつく。豊山先生はまず見本をということで、自分の左手で右肩をつかんで、右腕を動かして見せた。そして一通りの動作をし終えると、碁石を片方の皿に入れるなり「この皿に囲碁で使う石を、箸で入れてね。」だって。やっぱり想像通りだった。前の診察の時に、右手でグーはできることを知ってるから、箸をつかめるだろうと。でもご飯さえまだ食べさせてもらってるのに……。

とりあえず言われた通りにやってみたけど、囲碁の碁石と箸が滑りあってしまい、どうも上手うまくいかない。両方ともつるっつるしてるから、難しいんだ。「これ全部入れ終わって、片付けまでしてくれよ。」と言われてちょっと腹が立ったけど、”箸は日本人の基本だ” と無理やり心で念じ続け、碁石を皿に何度も落としながらも、同じことをひたすら繰り返した。そしてなんとか……なんとか入れ終わり、片付けまでした。すると豊山先生は笑顔で「よくできたな。」と褒めてくれた。学校の先生達もここを真似れば良いのにと、さっきまで腹が立ってた僕がバカだった。(最後の一言で気分が変わってしまったわけだし)

「よし。じゃあ、部屋に帰るか。あっ、その前に水野先生を呼んで来るな。」豊山先生は駆け足で言語療法室へ向かい、でも待つ間もなく出てきた。「ん~今居なくて。後、数分後に戻るみたいだから、言語療法室で待ってて。あ、トイレさ行ぐ?」すでに僕はおしっこをする導尿のクダを取っていた。あれを取った後、実はもの凄く激痛が走るんだ。2度とつけたくはないけど、今のところ検査日程を聞く限りだと、あと4回もクダを入れないとならないらしい。クダトラウマだ。

トイレに案内してもらった。まだ一人で立つのが不安だし、尿瓶しびんももってなかったので、車いす用トイレに豊山先生と一緒に入った。「よしこれもOTだ。手も洗うんだぞ。」車いす用トイレの自動ドアの【開】ボタンを押しながら言われた。何かにかこつけてOTにするのは素晴らしい。目の前の便座に座るのはもちろんOT、立ち上がって車いすに戻るのもOTだ。

僕は左にある【閉】ボタンを押すと、車いすをこぎ、ブレーキをする。そして左手で足台を上げて立ちやすくし、肘当てを下におもいっきり押し、そして勢いよく立った。向かって左側の手すりに摑まり、不安定だけど左足に力を込めて、左手を右側の手すりに素早く動かした。ただ足がそのままだとおしっこができないから、右側の手すりがあるところに両足を近づけて、そしてくるりんと回るように座る。一旦座ったところでジャージのズボンを下げ、やっとのことで用を足せた。終わったら終わったで、今度は車いすへの移動だ。これまでの訓練と同じように車いすに座るんだけど、体育の授業で縄跳びするより汗をかいてしまった。座り終えてからは車いすのブレーキを外し、車輪が動くようにした。後ろの出口そばに洗面所があので、そこまでこいで、使った左手だけ洗った。水を左手全体に浴びせ、ポケットに中に入ったままのハンカチで、左手を左手で拭いた。そして次でOTの最後、手洗いが終わったのでドアから出て、【閉】ボタンを押した。

すると横で豊山先生は待っていた。「ちゃんと出来たな。よしよし、じゃあ言語療法室行くぞ。」順路とトイレの場所は1回通れば忘れないので、OT室と僕の病室までの道、トイレの場所はもう覚えた。OT室に入ってすぐ左に言語療法室があるので、また豊山先生と一緒に入った。

でもまだ来てなくて、「じゃあ、ここで待ってて。」その部屋の内で僕は待つしかない。何もすることないなーと思っていると、なんだかブルーベリーの匂いがしてきた。香水か、ガムかな。匂いのもとは何かなと思って周りを見渡すと、ちょうど背中側には子供が読みそうな昔話の本や、僕より大人が読むだろう小難しそうな小説だったり、占いの本なんかが本屋さんみたいに並んであった。机の上に目を移すと【しばらくおまちください】と、柔らかなタッチで書かれてある立札が。そこの近くに白い綿毛わたげ?が、キーホルダーになって、ボールペンと一緒にくっついて置かれていた。

 

お待たせしました。 ん?コウちゃん??

 

カツカツと音を立たて歩いてきたけど、急にその音は止まった。僕の顔を見て驚いていたのは、白衣姿で眼鏡を掛けた美雪さんだった。

「あ……。」

僕もびっくりしちゃって、でもすぐには声に出せなくて。

「ちょっと、びっくりしたのはこっち。どうしたの?」

僕はうまく喋れなかった。でも今少しだけ声が出せたから、喋れなかった・・・・・・という過去の言葉にしよう。とんでもないくらいの嬉しさとコミュニケーションの取りたいという気持ちで、すっかりいっぱいいっぱいだ。

美雪さんは山積みに重なっているカルテの中から僕の名前を探し出して、黙って読み始めた。


「喋れないんだ。でも今、声出たでしょ?」

僕は「ウン」と答えた。何日か前から喋れたんだろうけど、”黙る” ことに慣れていた僕は、声出せるってこんなに気持ち良いのかと思った。美雪さんは僕より聞きたいことがあるんだろうけど、心配そうなのを顔に見せずに「大変だったね。」と労いの言葉を掛けてくれた。

これまでの “つらさ” 、いま美雪さんと会えた “嬉しさ” 、もっと話したいけど伝えることのできない “苦しみ” 。いろんな感情が一気に降りかかってきて、自然と涙が一つ、また一つ……。

「ほら、男の子でしょ?」

机の後ろにあった箱ティッシュを2回引いて、左手にのせてきた。「泣くのはこの部屋だけね。よく我慢したね。」そうして僕の頭を撫でてくる。

「本当は研修だったけど、今日は急に休みになったから、事務仕事してたの。」

「そうなんだ。」

僕でも不思議なくらいに、はっきりと声が出せた。


「なんだ、やっぱり喋れるじゃん。ちょっとだけ訓練しよっか。」

美雪さんは本をペラペラめくり、適当なところで手を止め、「じゃあこの絵は、どこでしょう?」ピアノがある教室に指さして訊いてきた。

「おんがくしつ。」

なんでか分からないけど、言える。

美幸さんは「できるじゃない」とにっこりしながら、また頭を撫でてくれた。

「あ、そうだ。これあげる。願い事がなんでも叶うから。」

さっき机に置いてあった “綿毛わたげ” を差し出してきた。「ケサランパサランって言うんだけど。あたしの実家にいっぱいあるから、お願い事あったらこれにお願いしてね。」ふ~ん。病院で働く人にも願い事あるのか。やっぱり大人って大変だなって感じた。

「今度あたしが来るのは来週の月曜だから、また会おうね。今日は病室まで一緒に付いてってあげる。」

僕は明るく「ウン」と答えて、一緒に言語療法室から出た。扉の所で待っていた豊山先生は何か準備をしてて、僕に気づくと話しかけてきた。「お疲れ様。疲れたべ。」僕は「ウウン、大丈夫だよ。」「じゃあ、今度は水曜日な。」「ウン、わかった。じゃあ、またね。」豊山先生に手を振った。

こんなにも普通で当たり前な会話をして、ちょっと歩いてから……

「あれ?」

やっぱりさっきのスムーズに行きすぎた会話だよね。

「しゃべってる?」

豊山先生は驚いてた。上村先生はOT室に用事があったのか、書類を持って僕らの歩いてるところへ近づいてくる。そのまま横を通り過ぎようとする先生に僕は「今度は水曜日ね。」と、普通の感じで話しかけた。

「おう。じゃあお疲れさ……。」手からは書類が全てすべり落ち、思わず振り返った。「喋った?」「ウン。」そう答えると上村先生は高めの声で「よくやった!今日は豊山先生と、水野先生の三人で飲み会だな。」と嬉しそうに喜んでくれた。

豊山先生は笑いながら、ちらりと美雪さんの方を見たような。美雪さんもつられて笑ってたけど、申し訳なさそうに「明日早いので……。」と断りを入れていた。この感じなら豊山先生と上村先生は仲が悪いんじゃなく、僕の思い違いだったんだ。少しほっとした。

次話、第六章へ続く

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著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

Author: Contributor

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