小説 TIME〈〈 -第一章- 作、吉村 仁志。

Time<<
吉村 仁志よしむら さとし

**第一章**

あの朝は決して淋しくも、辛くもない。単なる晴天続きの朝だった。僕は家のドアを力いっぱいに開けて、進行方向を右の方へ、とにかく走る。辺りは草花に囲まれていて、たまにマムシが出現するような、そんな田舎だった。2分位走ったところに、大きな農園があった。囲いや柵は全くなく、誰が泥棒に入っても文句は言えない、そんな場所だった。畑には50歳を少し過ぎた位のダンディなおじちゃんが、1人で黙々と鍬を持ち上げ、地面に突き刺しうねを作っていた。居ない日もたまにあるけど、今日の朝は汗を垂らしながら作業していた。目を瞑り、精一杯顔一杯で笑うダンディおじちゃんに「おはよう!行ってきま~す。」と挨拶し、走り出す。僕の1日は、それがいつも始まりだった。

ダンディおじちゃんは春夏秋冬、ずっと農作業をしている。何を作っているか詳しくはわからないけど、トマトやトウモロコシ、ナスが遠目に見えた。たまに呼び留められたかと思うと、野菜をくれる日もあった。

そして農園の中で一際目を引くのが、あの大きな木だ。端っこの方にあるけど、かなりでかく際立っている。僕の身長が148センチなのを考えると、高さが僕を縦に6人並べたぐらいあるだろうか。木を少しだけ観察すると、幹が太く、がっしりした “体型” だった。体じゃないから、それとも “木型” と言った方がいかな。上の方を見ると、実がまばらに付いていた。たまに落ちたりもしてるようで、道路に落ちてるのを見ようとしても、ダンプカーやトラックがひっきりなしに通って危ない。近くで工事をしてるせいか、そこは田舎道のくせに、なかなか近寄れなかった。そこでダンディおじちゃんに大声で「この木って何の木?」と、思い切ってって聞いてみた。おじちゃんは僕が居るのに気付いたようで、鍬で作業を一時中断し「お~う、行ってらっしゃい~。」と返事をしてくれた。どうもしっかり聞こえてないらしい。後で自分で調べようって思ったけど、ちょうど僕の前を走ってる友達を見つけたので、「おはよう!」と追いかけながら挨拶する。たわいもない話をしているうちに、もう木の実の事は忘れてしまっていた。

“みずののうえん” から後藤商店まで何もしないで歩けば、8分位で着く。もう少しなのに……歩いているとなんだか、僕のお腹がいびつな音を立て始める。僕はお腹が物凄くゆるいのだ。後藤商店にはトイレはあるけど、とてもじゃないけど間に合いそうにない。家に帰るのも無理そうだった。近くの家のトイレを借りようと、必死に周りの “家” を探した。少し歩くと……2階建ての、アパートらしき建物が見えたので……無心で、ただ無心で走った。人のいそうな家、いなさそうな家、なりふり構わず、1軒1軒チャイムを2秒間隔くらいで押しては歩き、押しては歩いた。だけど1階にある3軒のチャイムを押してはみたものの、誰も出てきてくれなかった。もうお尻は爆発寸前。2階もあるので急いで階段を、漏れないように慎重に登った。2階の3軒も2秒間隔ぐらいか、無心でチャイムを押しては歩き、押しては歩いた。でもまだ、誰も出てこない……。もうダメだと思った瞬間、後ろから”ガチャ”と音が。真ん中の家のドアがあいたのだ。

「あれ?ボク、なんか用?」

小綺麗なお姉さんが出てきた。僕は「トイレ貸してください!」玉のような汗を顔に滲ませながら言うと、お姉さんは慌てた素振りで「うん!あっ。ここのドアあけると、トイレだから……。」すでに限界な僕は「ありがとう。」と一言だけ言って、トイレまで直行した。……今になって考えると、例えば何年か後に ”トイレの中はどんな感じだった?“ と聞かれても、全く特徴を思い浮かべにくいような、何も印象に残らない殺風景な和式トイレだったと思う。(もちろんその時はそんな風に思っている余裕は無いし、借りる側としては失礼な話だけど) その時は本当にありがたいと安心し、用を足した。

事は済んで「ありがとうございました。助かりました。」と伝えると、お姉さんは笑顔で「間に合ってよかったね。あっ、胸ポケットになんか入ってるでしょ?」なので僕は『なんでわかるの?マジシャンですか?』と聞き返そうとしたけど、落ち着いて首より下を見ると、胸にふくらみがあるような。僕は思わず「あ……おかまみたいだね。」こう言うしか思いつかなくて。するとお姉さんは「以後、気を付けるように。」と言って、見るからに優しそうな人の注意の仕方だった。「あっ。ここの寮の人みんなシャイだから、ボクみたいに胸膨らませてピンポン押されたら、出てくる人居ないわよ……。でもあたしは、爆笑だったんだけどね。」お姉さんはバカにする様子ではなくて、笑顔で言ってきた。

「ボク、名前は?」「吉山です。」「じゃあ、下の名前は?」「こうです。図画工作の工。」「そっか。じゃあ、コウちゃんって呼ぶね。またいつでもトイレ借りに来てね。あ、いつでもは言いすぎよね……。」僕はひとまず「ウン。」と答えておいた。お姉さんは「あっ。やばい、休憩時間終わっちゃうから、早く行かないと。ホラ靴履いて。」笑顔のまま、かして僕を外の方角へ押し出した。焦っているお姉さんを僕は気遣って、スニーカーをスリッパ履きで中途半端なまま、急いで玄関を出た。そういえばトイレの姉さんは、上下共に県内ニュースで見るような、就職活動中の学生さんみたいな服を着てた。そしてその服に似合わないスニーカーを履いている。お姉さんは僕の視線に気付き「この格好、不思議かな?」家の鍵をかけ、財布に鍵を入れながら聞いて来た。「ウン、なんで御立派な服なのに、スニーカーなの?」トイレのお姉さんと僕は、一緒に階段を下りながら話していた。「それは、また後で教えたげるね!ちょっと、ほんとに急がないと間に合わないわ。」腕時計を見ながら言った。「じゃあ、またね。」でっかい鞄をカゴに入れて、ピンク色の自転車に乗り、颯爽と漕いで行った。僕の方は見ていなかったけど、手を振ってくれていた。僕はその後ろ姿を見ながら手を振った。そういえば名前聞くの忘れちゃったなと思いながら、再び後藤商店へ向かう為、今度は走った。

アパートを出て右へ曲がると、ずっと ”みずののうえん” が続く。農園を歩き切ると、間もなく丁字路になる。そこを左へ曲がると、後藤商店が見えて来た。いま小学生の間で流行ってるお菓子のウエハースの、後ろに貼りついているシールの収集アルバムを店のテーブルに置き、丸井は仁王立ちで待っていた。僕の方を見るなり、笑って良いのか悪いものか考える暇もないまま、大笑いしてきた。「よっしー、おっぱいでっかくなったな!」

僕はすっかり忘れていた。顔を赤くし、実を手のひらに持ち替える。丸井はこう見えて、意外とあっさりとした性格だから、その場の笑いはそこで終わりという男だった。たまに思い出し笑いをすることはあるけど、ぶり返して笑いを取るということは、まず無い。そんな丸井に「そうだ。この実、なんの実かわかる?」と聞くと、こねくり回し、その実をめまわすように見て、「わかんない!」と勢いよく言ってきた。次には「図書館行って、調べてみるべ。」ということで、さっそく行先変更だ。本当は林に行くつもりだったけど、急に図書館へ行くことになった。でも実を言うと林に行くには、徒歩1時間以上は掛かる。でも後藤商店から図書館へ行くのなら、13分で着いてしまう。

後藤商店では、今日も僕達の集めているシールの入ったウエハースを買った。店の前で開けて、ゴミ箱に包装紙を捨てて、食べながら歩く。それが僕達の帰ってからの、ささやかな楽しみだった。ウエハースは30円で、付いてくるシールもたまに光ってるのも入ってるので、お得な商品だった。シールは僕が持っていないものは僕の物にして、それ以外は丸井にあげる。丸井も同じように持ってないと丸井の物。持ってるものは僕にくれる。ところが今日は少しだけ珍しいことが起きて、僕も丸井も持っているシールが当たってしまった。丸井は「これどうしようか~?」ウエハースをかじりながら、水分の無くなった口で言ってきた。「その辺から歩いてくる、誰かにあげるべ!」同じくかじりながら話していたから、水がすごく飲みたい。歩いていると目の前に公園が見えてきて、そこには水道があったので、2人ともそこに急いで走った。

図書館に着くと、入り口横に看板が掲げてあった。“今日は7月17日です。小中学生は午後6時までに家へ帰りましょう”。通学途中にいつも図書館の前を通るので、いつもの見慣れた光景だった。そこに朝は見なかったけど、働いてる人が知らないうちに貼ったのだろう、図書館の自動ドアのところにあるポスターに目がいった。【ミス小川原湖コンテスト】と大きく書いてある。もちろん僕が応募できる訳ではないけど、背景はピンク色で、文字は黒。そして女性の絵が負けないくらいに大きく描いてあり、その時は(派手だな……。)としか思えなかった。説明文を読むと、”三沢市では各店舗で電話応募用紙を配布している” と書いてあった。そういえば一昨日から後藤商店でウエハースを買って、用紙が一緒に付いてきていた。店のおばあちゃんは、「吉山君、丸井君も暇があったら見てちょうだい、私もあまりわかんなくてさ。商工会から渡してくださいって言われたから……。ノルマなのよ。」商工会だのノルマだの、丸井と僕にはピンと来なかったから、あまり見ないで……まったく見ずに”不要物”ということで、ウエハースのゴミと一緒に捨ててしまっていた。あの用紙の意味がようやくわかった気がする。

そんなことを思い出しているうちに、もう丸井の姿は隣に無かった。図書館の自動ドアが開くところに足をつけると、遠くから丸井がこちらに手を振っていた。入口から真っ直ぐ行くと、図鑑コーナーがある。僕は丸井に近寄ると、丸井はもう木の実を調べ終わっていた。”木の実図鑑” というのを見せてくれて「これ ”栃の実” っていうんだって!栃の実って食べれるそうだから、今度食ってみるべ!」その声が大きかったせいか、向こうで働いている人に「静かに!」怒られてしまった。「はい、ごめんなさい。」代わりに僕が謝っておいた。そして僕は小声で「この木の実は、あのでかい木の実のこと?」「多分そうだべ。あの辺に木って、あれしかないもんな。」わかった瞬間、気が清々した。丸井は説明を終えるなり、すぐさま隣に陳列してある漫画本を読んでいた。

僕にとって図書館は調べ物が無いと来ない場所なので、新鮮だった。何をしようか迷ったところで、あの ”ミス小川原湖” のチラシが大量に重なっているのが目に入った。そのチラシを今度は、じっくり読んでみる。表面はポスターと同じ柄。裏面を見ると、電話投票の締切は8月31日迄。予選には10人参加していて、今日は7月17日だから、5人勝ち残る予選会をやっているようだった。どうやらその勝ち残った5人の中から更に決勝戦があり、優勝を9月末頃、電話投票と審査員投票で決めるようだ。毎週金曜日の朝5時25分に、小川原湖に関する5分の情報番組をテレビとラジオでやっていて、この件がそこで流されているらしい。僕はその時間帯はトイレで起きてしまうけど、それだけなもので、また寝てしまう頃だ。とりあえずそのチラシを三つ折りにし、さらにその真ん中を折って胸ポケットに入れて、その場を後にした。

丸井は15巻もある漫画本の、13巻の終盤のページを読んでいた。音読はかなり遅いはずだが、黙読となるとすごく速い。こちらに気づくなり「あ、もうすぐ読み終わるから、ちょっと待ってて。」と、顔を向けずに伝えてきた。さきほど図書館の人から注意されたのもあって、声は小さい。僕は「ウン。」と聞こえるか聞こえないかの返事をし、コクリと頷いた。

ここには木の実図鑑以外にも辞典や図鑑がたくさんあるし、読むモノには困らない。でもまた何があるかわからないので、まずはトイレをすることにした。用を済ませ、手を洗い、トイレのドアを押した。すると目の前に丸井がいて、僕はびっくりした。どうも丸井もトイレをしたかったようだった。丸井からすると、自分が明ける前に戸が勝手に開いたので「これ自動ドア?」と勘違いしたようだった。僕は顔を赤くして笑いをこらえた。小学5年生って前に比べて勉強は難しくなるけど、何をやってもまだ面白く感じるのかな?そう僕は思った。洗面所の前で笑いを堪えながら待っていると、用を済ませた丸井がいてくる。「まだ時間あるべ?潤町の空き地に行くべ。」「ウン、でも行く途中でパン買わない?」僕は言うと、丸井は「いいねぇ~。今日の小遣いは、残り150円で多いから、贅沢してりんごパン買おうっと。」手を洗いながら言っていた。

「じゃあ行くべ!」と僕達はトイレを出て走り出そうとしたが、横切るはずのカウンターにはさっき注意してきた人が椅子に座っていたので、実際に走ったのは最初の一歩だけ。あとは静かに落ち着いて、その人の前を通り過ぎた。そして出口近くの本棚の卓上カレンダーが目につく。周りに松ぼっくりが飾ってあったので、持っていた栃の実もこっそり添えておいた。そして図書館の自動ドアから外へ出た。

「怖かったな。」丸井が僕に言った。「怖かったな~。でもあれ怒ってるようで、仕事で叫んでるだけだから、根は良い人かもね。」「さすが人間を読める男、よっしーだな!」

空き地に向かって歩いていると、隣の丸井が話しかけてきた。「ふるさと聞きたいな~。」僕のズボンの右ポケットに、いつもハーモニカが入っている。というか、いつ吹けと言われてもいいように入れている。音楽では習わないけど、父ちゃんが会社の休みの日に吹いてくれたのを見て真似して吹いていたら、自然と吹けるようになった。父ちゃんは ”夕焼け小焼け” ”大きな古時計” といった、なんだか切ない曲を選んで吹いてくる。僕の持っている新しいハーモニカは、去年の誕生日に父ちゃんからプレゼントされたもの。まだあんまり上手くはないけど、”ふるさと” が丸井には好評だった。今日も歩きながら吹いて見せる。

「やっぱりこの夕日をバックに、ふるさとは良いなぁ~。」シミジミと丸井がつぶやいていると、近くで打水をしていたスガヤパンのおやじも手を止め、拍手してきた。「懐かしいね~、ハーモニカ!」おやじは再び打水を始めながら「学校で習ったのか?」僕は首を振って「ウウン、自分で覚えたんだ。」と言うと「すごいな。んだ。ちょっと待って、見せたい物があるから……パンは好きなの選んでいいぞ。コンサートをタダで聴いてしまったから、そのお返しだ!でも1個だぞ。」僕は意地汚く「友達と2人分でいい?」と聞いてみた。するとおやじは苦笑いしつつ「よし、トモダチクンも良いぞ。でも何度も言うが1個までだぞ!」

念押しされつつ、僕達はパンを選んだ。丸井はりんごパンのところまで直行した。大サイズと中サイズがあり、やっぱり大サイズを取り、僕の方を見てニタ~ッと笑ってきた。僕は何にしようか選んでいると、丸井がトングのところまで歩いて、それを手に取ったようだ。お構いなしに30cm位もあるフランスパンを挟んでトレイに乗せ、僕に渡してくる。「ちょっと食えねえよ……。」「半分に分けるべ。」丸井は、夕ごはんの事を考えてか考えていないのか、イマイチわからない。そんなに食べたら、まずいだろう……。

そこへおやじがやってきて「これこれ、この楽譜もう使わないから、良かったらあげるよ。あっ、あとパンと絶対合わないけど、このコーラと一緒に持ってってくれ。」1冊のハーモニカの楽譜本と、恐らく製造元は日本ではない、ぶどう味のコーラを2本貰った。「ありがとう!パンも、ほんとにいいの?」「さっきのコンサート代って言ったべ。こちらこそ、ありがとう。」パン屋のおやじは、心地よさそうな顔だった。

ついでだったので、パンのお礼も兼ねて僕たちは訊いてみた。「おじさんの子供って、このシール集めてる?」後藤商店でウエハースに付いてきたシールを2枚差し出した。「おう、これ実は俺が集めてんだ!この前、箱で買ったんだけど、両方とも付いて来なかったんだ!ありがとう!」

どうやら3人とも欲しいものが手に入ったようだ。僕はフランスパンだけど……あまり食べたことないから、いいか……。「ハーモニカ君、名前は?」「吉山です。」「お~、じゃあ面倒だから、”ハーモニカ君” と呼ぶ。トモダチクンは?」「丸井だよ。」「ん~、じゃあ丸井君で宜しくな。俺の事は “おやじ” って呼んでいいぞ。」おやじは丸井の特徴を探しだす為、目が泳ぎ過ぎていた。残念ながら最終的には見つからず、”丸井君” に落ち着いてた。そして僕たちは手を振って、パン屋さんを出発した。

僕は歩きながら、もらった楽譜をペラペラめくっていた。「これ、普通の楽譜じゃないな~。」丸井も気になって「ちょっと貸して。」同じくペラペラめくってみる。「なんだか数字が書いてあるな~。」「明日先生に見せて、わかるかどうか聞いてみるよ。」

いつしか僕達は空き地に着き、大きな切株に座った。丸井はりんごパンを半分、フランスパンを半分に分けてくれた。「乾杯するべ!」フランスパンをコップに見立てて、丸井は「エンモタケナワデゴザイマスガ……乾杯!。」意味がわからなかったが、最後だけ聞き取れたので「カンパイ!」と言った。しかし、やっぱり訊いてみようと思い、丸井に「さっき、なんて言ったの?」訊くと「僕もよくわかんないけど、父ちゃんが乾杯の挨拶に、エンモタケナワデゴザイマスガ・・・・・・・・・・・・・・って言ってたから、真似した。」「大人って難しいね。」何を思い付いたか丸井は、大人のように話した。「酔うと、みんな俺よりバカになるよ。」「考えてみれば、大人ってなんでお酒飲むんだろうね。」と僕が言うと、丸井の名言「きっと小さい頃に戻りたいから、飲むんじゃねえかな?」なるほどと僕は思い、言葉もそれ以上出なかった。

ぶどう味のコーラの詮を開けて飲んでみると、まず炭酸がシュワシュワと吹き出してきた。あまり普段からコーラを飲まない僕は炭酸に慣れてないので、喉にイガイガっと来てむせてしまう。続けてフランスパンも食べてみたけど、案の定というか、やっぱり硬い。何かつければ美味しいんだろうけど、これは焼かれた素朴なパンの味だけ。「このお二方ふたかた。合うことは、ないんだべな。」「んだ。この2人、いつまで経っても意見が合わないんだべな。でもこういう2人がうまく行ったりもするからな……。人生わかんないもんだ。」丸井は人生を語ったのだった。

丸井は後ろにある公園の日時計を指し、「時間見に行くべ?」誘われたので僕は「ウン!」と頷き、2人は勢いよく立った。そこへ向かって走り出すと「あっ!!コウちゃん!」自転車で颯爽と近付きながら手を振ってたのは、あのトイレのお姉さんだった。近寄って来るなり「ベシっ!」と喋りながら、自転車から降りずに、軽く蹴りを入れてきた。「いてっ!」ダメージはないが、喋ってやった。「そんなに痛くないでしょ?コウちゃんとコミュニケーション取らないとね。まだ間もないから……。」まったくなんだかわからない丸井は置いてけぼりのようだったが、2人して話している間に時計を見て来てくれたようだった。「5時ちょい過ぎみたいだよ……ところでお姉さん、テレビ出てましたよね、朝のアニメの前に……。」「よく見てるね~。というか見てる人いたんだ。」興味深そうな表情を丸井に見せながら、お姉さんは自転車を降りた。3人が帰る道は途中まで同じなので、一緒に歩き出した。

「お姉ちゃん、芸能人だったの?」僕は訊くと前を向いたまま「ハハハッ。売れない芸能人ってとこかしら。」「ふ~ん。こんな田舎でも、芸能人いたんだね。」不思議に思ったまま、僕は1人で頷いた。間もなく丸井は「お2人って知り合い?」と疑問を投げつけてきた。僕は説明を始めようとするも、お姉さんに途中で遮られ「あのね、さっき、うんちしに、トイレ借りに私の家に来てね、それからの知り合い。知り合いになってかれこれ3時間くらいかな?」丸井は「またウンコしてたのか?」笑いながら丸井は言うと、僕は全身全霊・・・・の言い訳をした。「だって、漏れる直前だったんだもん。」僕の慌てている様子を見て、トイレのお姉さんはクスッと笑いながら「まあまあ。こういうの仕方ない現象だから、またウンチしたくなったら、家のトイレ借りに来るんだよ。」またもや言われた僕は「ウン。」と返事するしかなかった。

トイレのお姉さんの格好は、なんでこんなに着飾っているのか。その事を質問しようとしたけど、夕日を見ると思わず忘れてしまった。それはとても綺麗な夕日で、3人とも絵の世界にでも入れたら、近くのデパートの “なんちゃら展” で飾られても、おかしくない情景だった。そのまま動く絵の中を歩き続けていると、スガヤパンがまた見えてきた。すると丸井は「あ、丁度良い、おやじに聞いてみな?」そう言うなり、手渡したままだった楽譜を僕に突き出してきた。

人の声に気づいたパン屋のおやじが、外に出てきたようだ。そこで僕はおやじさんに「さっきはパン、ありがとう。」と言うと、続いて丸井も「あっ、ありがとうございました。」まずはお礼をした。お姉さんは不思議そうに見てたけど、とりあえず後ろに下がってきた丸井と待ってくれていた。

「あの、これ数字ばかりで、わかんないや……。」おやじは「楽譜読めないのか……。よしわかった!今度、いつでも来い!空き時間に特訓するべ。」とは言ってくれたけど、空き時間ってあるのかな……。そこで僕はスケジュール帳を見ようとして、でもその様子に気づかないまま、おやじは間を置かず喋ってきた。「日曜の午後は、ここ休みだから、その時間に来い。待ってるから。」お姉さんは一連の流れを見て、ある程度はなんの話かを理解したようだった。

ここでまさかお姉さんは「おじさんパン余ってるの無い?お腹空いちゃった。」と話しかけて、おやじはそんなお姉さんに驚いた顔をしつつも「あ~。まだあるよ。選んでちょうだい。でも綺麗なお姉さんだな。」「ありがとう……ございます……。」謙虚に言いながら上の空で、目の玉は泳いでパンに行っていた。クリームパンとチーズパンを取り、恐る恐るレジまで行った。「あ~、今日この子たちも、ハーモニカ吹いてくれたし、お菓子のシールくれたから、タダにしたんだよ。お姉さんも、今日だけタダな。」「え?あたしは何したの??」と戸惑いながらもお金を払おうと、財布の小銭入れのチャックを開けた。「いいんだ、今日だけタダ、だ。」

ここで丸井はとびっきりの笑顔で、しかもハキハキとした大声で「3人でお礼を言いましょう、ありがとうございました。」おやじは思わず爆笑し、「いやいや、照れるじゃねえか!じゃあ日曜日な!」と言い、奥の方へ下がった。「スガヤパン」下心がありそうなおやじだが、本当はピュアなおやじなのだろう。

「得したね。」と丸井が言うと、お姉さんは未だ「どうして私もタダにしてくれたのか、やっぱりわかんない……。」と困惑したまま。そこで丸井は、気を利かせてみた。「そう悩まなくても良いんじゃない?」続けて僕も言った。「今日はタダ、明日から払えってんだから、悩まず通えばいいじゃん。」するとお姉さんは「あ、そうか、そう考えたら良いのよね。」と気を取り直して、納得したかのような素振りを見せてきた。でも(やっぱり決まりが悪いような……。)と心の声も聴こえたような。僕はよくわからないまま、お姉さんを見上げた。

するとお姉さんは顔を合わせないまま、遠くを指さして「あ!販売機あるから、ジュースおごってあげる。パン代得したからね。」僕達はとても嬉しくて、販売機の前で好きなモノを選ぼうとすると、お姉さんは「ちょっと、おもしろいジュースあるよ。」と言ってきた。見ると【お楽しみジュース】と書いてあって、値段はみんな110円だけど、そこだけが ”60円” だった。もう中身を知っているかのように、お茶目にこちらを見てきた。仕方なく僕は真顔になって「じゃあこれにする。」と60円を指さした。「ホントは、何飲みたいの?」お姉さんは訊いてくる。僕は「このカフェオレ。」丸井は「グレープフルーツジュース。」お姉さんはクスっと笑い、僕たちに言った。「じゃあ買って良いよ~。」僕と丸井は好きなモノを買って貰った。

「で、このお楽しみジュースも面白そうだから、買ってみて?」僕は何が出るか知ってるなと感じながら、トイレの姉さんが60円を入れたので、押してみた。”ガタン、ゴトッ” 出てきた音がしたので、まず何が出てきたか中を覗いてみる。【ぶどうジュース】と書いてあったのでホッとして、そのまま手に取ろうと触ってみたら……地獄だった。「あっつ!」 アルミ缶かスチール缶かの違いで、こんなに熱いのかと思いながら、わざと何も知らせずに丸井にも「触ってみ。」とそのまま渡してみると「あつっ!」 やっぱり同じ反応だった。だけど続けて「おもしれえぇ。」なんてことを言い出した。怖さ半分、興味も半分。

「飲んでみるべ。」「よし、そこまで言うなら……。」僕は缶のタブを開けた。でもここで一つ、危険を回避する手段を思いついた。「これってやっぱり、ジャンケンじゃない?一本だけだし」と僕が言うと丸井は「そうだよな。お姉さんも。」と意地悪にも巻き込んだ。「え~あたしも?」仕方なさそうに、ジャンケンをすることにしたようだ。(でも結果としてジュースを飲む順番を決める話になり、飲むのを回避できるということにはならなかった)

「ジャンケン……ポン!!」僕は “グー”、丸井とトイレの姉さんは “パー” で僕の負けだった。そして丸井とトイレの姉さんのジャンケンでは丸井が負け、ホットぶどうジュースを飲む順番は1番目僕、2番目は丸井、3番目はトイレのお姉さんとなった。まず僕が一口飲んだでみる。「うぇぇ~。」 大げさに反応してみた。2人とも笑ってるから ”いいか” とだけ思い、2番目の丸井に渡した。丸井は少しだけ飲むと「いやいやいやいや、これまずいな。」と、冷静に喋っていた。そしてトイレのお姉さんが丸井から缶を躊躇ためらいなく奪い、そしてすぐさま飲んで、口を大きく開いて見せた。「うぅわ~やっぱりまずいわ~。」

……これで知っていたんだなと確信した。「実はあたし何が出て来るかはわかんなかったけど、あったか~い何かが出てくるのは知ってたの。」「そうなの?でもまずいけど、後引く味だな。」と丸井。「何それ~。」お姉さんはよくわからなかったけど、思わず笑っていた。左手にホットぶどうジュースを持ちながら、右手で自転車を押し、僕達はその場を後にした。

丸井の家は、僕とお姉さんのルートとは少しだけ違う。そこで丸井は「じゃあ、また明日な。お姉さんも元気で……。」 手を振って別れた。

僕は気になったことがあったから、トイレのお姉さんに訊いてみた。「今日どこ行ってたの?」 ___きっと缶の中身は、残りわずかなのだろう。でもそれを飲み切ろうとするのを止めて、山向こうに消えようとしてる夕日を見つつ……「あ~。今日はね、就職の面接だったんだ。」

(あれ?) 

さらに疑問に思ったので、僕は続けて訊いた。「芸能人じゃなかったの?」

すると、「ハハハッ。あたしね、芸能人でも売れてないから、就職するのよ。」

僕はわかったかのようでわからなかった。芸能人はみんな豪邸を建て、朝昼晩好きな物だけ食べれる職業と思っていたけど……大人って大変なんだなと思った。

ぶどうジュースを飲み終わったみたいで、自転車のカゴにポンっと缶を投げ入れた。そして間もなく、お姉さんの家に着く頃だ。ほぼ向かいにある ”みずののうえん” のダンディおじちゃんは、葉っぱでも切るんだろうか。剪定ばさみを持ちながら、草花を観察していた。

「ただいまぁ~。」 僕は叫ぶと、「オウ!おかえり!!あれ~。美雪も一緒か~。」

どうやらトイレのお姉さんは ”美雪” と言う名前らしい。美雪さんはダンディおじちゃんに手を振っていた。僕は何かを察しながらも、美雪さんに聞いてみた。

「知り合い?」

「うん、でも “知り合い” って言うのかな……。」

パッとしない、ハッキリとはしない答えだったけど、それ以上は聞けなかった。「よし、じゃあ、ここでお別れね。また今度ね~。」美雪さんのアパートの階段前で、手を振りながら僕は別れた。後ろ姿を見つつ……2階の玄関前の表札を見上げると、目の悪い僕でも文字が読めた。”小川” と書かれていたので ”小川美雪” だなと勝手に思った。

さっき図書館で調べたばかりの大きな栃の木の前を通り、僕は家へ帰る。すると木の根っこのところに、一升瓶が無造作に置いてあった。瓶の中身を見ると、白いお酒がまだまだ入っていて、少ししか呑まれていない様だった。ダンディおじちゃんにこれが晩酌かどうか訊こうと思ったけど、向こうでナスの花を切り落としているようだったので、邪魔になれば悪いなと思って訊けなかった。

・👇👇次話、第二章へ続く👇👇

https://aomori-join.com/2021/05/06/time-2/

著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

Author: Contributor

コメントを残す