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日本アカデミー賞をとった青森県人は? 松山ケンイチさんの受賞歴と青森ゆかりの映画スタッフを振り返る

3月13日、東京・グランドプリンスホテル新高輪で第49回日本アカデミー賞授賞式が行われた。毎年、日本映画界の話題が集まるこの舞台だが、授賞式のニュースを見ていて気になるのが、「日本アカデミー賞をとったことある青森県人は誰だろうか?」という点だ。

結論からいえば、青森出身の俳優や、青森県ゆかりの映画スタッフ、さらに青森を想起させる作品を通じて、確かな接点を持っている。

青森県出身の俳優として存在感を示してきた松山ケンイチさん

まず俳優で真っ先に挙がるのが、青森県出身の松山ケンイチさんだ。日本アカデミー賞では、第30回で『デスノート 前編』により優秀助演男優賞、第40回で『聖の青春』により優秀主演男優賞に選ばれている。

日本映画界の中心的な賞レースで、青森ゆかりの俳優がしっかり存在感を示してきたことが分かる。日本アカデミー賞を語るうえで、まず外せない人物の一人と言えるだろう。

俳優だけではない 青森ゆかりの映画スタッフにも注目

ただ、日本アカデミー賞と青森県の接点は、俳優だけではない。制作側のスタッフにも青森ゆかりの受賞者がいる。

その代表例が髙屋齋さんだ。日本アカデミー賞公式サイトでは、第17回の優秀照明賞『僕らはみんな生きている』で、髙屋さんについて「1949年 青森県」と記されている。さらに第28回では『血と骨』で優秀照明賞に再び名を連ねており、照明分野で評価された青森ゆかりの映画スタッフとして確認できる。

俳優の華やかさに目が向きがちな映画賞だが、実際には作品を支える技術者の中にも、青森県の出身者がいるのは興味深いところだ。

『八甲田山』も日本アカデミー賞の歴史の中で存在感

作品面で振り返るなら、やはり『八甲田山』の存在も外せない。日本アカデミー賞公式サイトの第1回受賞結果ページに掲載されている。

つまり、日本アカデミー賞の歴史をたどると、青森県の地名や歴史を背負った作品が、早い段階から評価されてきたことになる。青森県は、単に出身者を送り出した土地というだけでなく、映画の物語や歴史性の面でも、取り上げうる話題性を持った地域と言えそうだ。

昨日の授賞式をきっかけに見えてくる青森県の出身者

こうして見ると、日本アカデミー賞と青森県の関係は決して薄くない。松山ケンイチさんのように表に立つ俳優がいて、髙屋齋さんのように映像制作を支えるスタッフもいる。さらに、『八甲田山』のように青森を強く想起させる作品も、賞の歴史に刻まれている。

華やかな受賞ニュースの裏側には、地方と映画文化を結ぶ確かな積み重ねもある。

Author: かんから
本業は病院勤務の #臨床検査技師 。大学時代の研究室は #公衆衛生学 所属。傍らでサイトを趣味で運営、 #アオモリコネクト 。

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