小説 TIME〈〈 -第八章- 作、吉村 仁志。

 

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吉村 仁志よしむら さとし

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**第八章**

電話が終わると、向かいの談話室に案内された。

「そういえば店員さん、名前は何て言うの?」「佐藤かな…… “かな” でいいや。ボクは?」と聞かれたので名前を答えた。「じゃあコウ君ね、よろしく。」かなさんは握手するため右手を差し出してきた。ここで僕はどうしたことか、左手を出してしまった。思わず……失敗したなって気がしたけど、そのままかなさんの右手を掴んで変な握手をしたのだった。

「あっ、そうだ、ご飯食べないと。」

かなさんは自分の手提てさげ袋からっちゃい弁当箱を出した。でも飲み物は入れてないらしい。「なんか飲む?いちごオレ?」そう訊かれたので、思わず「いちごオレ、今日はもういいや。」と本音が出てしまった。人からおごってもらうなら、せっかくなら普段飲まないものを飲んでみたい。昨日は上村先生から水をおごってもらったし、さっきはいちごオレを隣のおじちゃんにおごってもらった。またおごってもらえるなら何にしよう……。少し嫌な顔になっていたかもしれない。そんな風に汚いことを考えていると

「ミルクセーキって飲んだことある?」

自販機を眺めながらかなさんが言ってきた。僕の飲んだものにかぶらないので、そのまま「ないからそれで……。」と答えた。かなさんは2回ミルクセーキのボタンを押して、車いすの隣の椅子に座ってきて「乾杯しよっか。」とニッコリ。そのまま手を軽く上げて僕と乾杯して、そのまま口に含んでみる。

「まっ……うまい。」

僕なりに気をつかってみた。

ここで「ほんとは?」と疑いの目線で訊かれたので、「舌に合いません。」と子供なりに上品で丁寧な言葉を吐き出した。だよねーっとかなさんはうなずきながら顔をしかめて「あたしも……まずいもん。買うんじゃなかった……って、あたしが悪いのよね。我慢して飲んでね。」 僕も一気に残りをのどに流し込んだ。

かなさんが弁当箱を開けると、食パンのみが入っていた。六枚切りくらいの厚さで、それがたった2枚。「だって朝遅くまで寝てたいんだもん。入れ物ないから弁当箱なだけ。」聞いてもないのに、かなさんは勢いよく語りだした。その食べ方もちょっと変わっていて、先に食パンの耳を全部食べ切ってから中身の白い部分を食う、新しい食い方をしていた。「パンの味しかしないんじゃない?」「うん、これが良いの。でもミルクセーキはないわね。」とても残念だったらしい。でもしかめっ面はだいぶ良くなった。

「ここ誰も来ないから、食べ終わったら椅子をベッド代わりにして寝てるのよ。良かったら休憩いつも11時からだから来てね♪ 1人だと淋しいから。ジュース毎日おごったげる。」

今日は電話に夢中だったから、もう11時50分。採血&昼ごはんの時間だ。

「そろそろ部屋戻らないと……。」

「あっ、あたしも戻らないと。エレベーターの前まで車いす押したげる!」

僕は “うん……” と思わず甘えてしまった。そのままエレベーター前まで押して貰って、エレベーターが来るまで待ってくれた。そして到着した音とともにエレベーターの扉が開き「またね~~。」と手を振りながら扉が閉まり、姿が見えなくなった。

部屋に戻ると、母ちゃんと光平は来ていた。「どこ行ってたの?」と母ちゃんが訊いてきて。「ごめん、2階の談話室にいた。」「そっか。看護婦さんがさっき探し回ってたんだけど、仕方ないから採血を一番最後にするって言ってたわ。」

ここですかさず光平は「ごはん、冷めちゃうね。」と、家で作ってきたおにぎりを頬張りながら、喋っていた。ごはんに味噌汁、ささみと牛乳がテーブルの上に湯気を立たせながら、空っぽの腹に入るのをのを待っていた。ごはんを目の前に採血を待つとなると……地獄だ。

「あっ、そうだ!今日お兄ちゃんの好きなゲーム、いっぱい持ってきたよ。」と光平。母ちゃんも「そうそう。ここに10本あるから、暇な時やってね。」そして手提げ袋の中から箱を出してきた。中にはアクションゲーム、野球ゲーム、格闘ゲームなんかがたくさん!光平は好き勝手にカセットを勢いよく出して、目に留まったのは少女マンガのキャラクターのゲーム。「え~。この真美のゲームいらないよ。」と嫌な顔を向けると光平は「リハリビ。リハリビ!」だって。笑いながら僕は「リハビリな。」と直してあげた。

そうこう話している内に、サバサバした看護婦さんCがやってきた。

「あ、帰ってた。どこ探してもいないから、トイレとかベッドの下とか、探したわよ。」

採血の道具を持ちながら近付いてきた。車いすに乗ったままの僕の横で小さくなり、「じゃあ左腕から取るね。」するとゴムで左腕を巻き、血管を見やすいようにしていた。だけど血管はなかなか見付からない様で、「ごめん、何回か刺すかもしれない。」とちょっと怖い発言。

まずは1回目の挑戦です。看護婦さんCはけっしてベテランには見えない。2~3年は勤めてるんだろうけど、仕事がやっとで覚えてきたなという雰囲気の看護婦さんだった。


1回目は言ってた通りの失敗。刺した場所をアルコールのついた脱脂綿で丁寧に拭いて、でも2回目もダメだった。三回目の正直も通り越して、何回か刺してるうちに9回目の挑戦!看護婦さんCもさすがにヤバいと思ったみたいで、光平はまさかの「がんばって。」と言う始末。「手の平から、取っていい?かなり痛いけど大丈夫だよね。」今まで8回も刺すんなら最初から手の平に刺してくれとは思ったが、口には出さず、作り笑顔で「大丈夫だよ。」と大人の対応をした。嫌な顔をして焦らせたら逆効果だ。

そして手の平に刺すと……すんなりと血が取れた。看護婦さんCが言う通り、すんげぇ~痛かった。「ごめんね。」と看護婦さんC。「大丈夫。こっちこそ、さっき居なくてごめんなさい。」「できた子なのね。」

母ちゃんは耳元に口を近づけて「痛かったでしょ?」と母ちゃんは言ってきたので、僕はちっちゃめな声で「多分青たんできてるよ。」と答えたんだ。でも看護婦さんCにも聞こえちゃったみたいで、恥ずかしそうに聞こえるか聞こえないかの声で「すみません・・・。」と言うもんだから、みんなで笑ってそれで終わりにした。

腹が減っていたんだと思う。昼ごはんは冷めちゃったけど、あっという間に食べ終わっちゃった。そして食べ終わるなり光平と携帯ゲーム機で野球をやった。やってる間ずっと母ちゃんは僕の服の洗濯をしてて、合間に部屋へ来ては女性週刊誌を読んでた。……なんか顔に疲れが出てるような

「母ちゃん、僕に洗濯の仕方教えて?覚えるから。」

 

ちょっと母ちゃんは驚いてたけど、少し優しい表情をして

「うん、これもリハビリだもんね。次にもう1度まわすから、その時教えるね。」

光平と僕は野球ゲームを続けてた。光平はうまくカーブやらシュートを放ってくるけど、僕は今のところストレートしか投げれなかった。勝ってやろうとは思ったんだけど、試合は2対1で負けてしまった。。。

「やった~。僕のチーム強いべ。」

「ウン、強いな。でも次は勝ってやるからな。またやるべ。」

そこへ母ちゃんは

「あっ。そろそろ洗濯終わる時間だから、残りの着替えもって洗面室へ集合!」

母ちゃんがまず出て行った。光平と僕はゲームを片付けて洗面室へ向かった。

「よし。じゃあ洗濯をしたもの取り出して?」気合の入った指導が始まった。僕は洗濯物を洗濯機から取り出し、バケツに入れ、車いすの人でも大丈夫な物干し竿に向かった。「パンツとかシャツしかないけど、1枚1枚取って、こうやってバッサバッサして。」実際にやって見せてくれた。バッサバッサとやり、物干しに下げていく。1個1個に集中しながらやるから、他の事は考えずに済む。ただ掛けるだけだけど、これも初めてだから時間が掛かった。そして干し終わったので、今度は洗濯をしてみた。洗濯機回してから干した方が、時間早かったんじゃないのかとは思ったけど、口にはしなかった。「残りの洗濯物入れて……これ全自動だから、この “スピーディ” ってとこ押して……。あっ、洗剤入れてね。はい!スタート押して、これで終わりよ。」

やってみるとけっこう簡単だった。光平も覚えちゃったみたいで、「簡単だね。」と興味深そうに洗濯機を見て喋った。そして一息ついた母ちゃんが「じゃあ皆さん、部屋に帰りましょう!」と合図して、みんな洗面室から出て行った。帰る間際に僕は洗濯層の中を覗き込むと、服が泡を立ててひたすらぐるぐると回っていた。

部屋に戻ると、丸井と真美が僕を待ってくれていた。面白おかしく昨日のテレビの事を丸井は言うけど病室にはテレビがないし、やっぱり実際に見なきゃ分からないなと思いつつ、愛想よく笑っちゃう僕がそこにいた。

そんな丸井の話を聞いてると、真美の向いてる方が気になった。なんでか知らないけど僕の財布をまじまじと見ていた。「ねえ、この綿毛みたいなの何?」母ちゃんが「あ~これ懐かしいわね。”ケサランパサラン”って言って、これベビーパウダーとかで増えるのよ。どこで貰ったの?」

僕は答えた。「言語療法の美雪先生から貰ったんだ。これあれば願い事叶うんだって。欲しかったら頼んでみるよ。欲しい人!」多数決を初めて取ってみると、みんな手を挙げた。しして隣のおじちゃんまでも挙げちゃったのにはビックリ。

「一応父ちゃんのも頼んでおくよ。」「それにしても懐かしいわね。タンポポの綿毛じゃないし、まじまじと見ると独特の形だわ。」と母ちゃん。「じゃあいつになるかわかんないけど、貰っておくよ。」忘れないように今朝いちごオレを買ったレシートの裏に “みゆきさん、ケサランパサラン貰っておく” とメモをして、財布に入れた。


「 “フロストフラワー” って見ことある?北海道で見たんだけど、凄く綺麗だったの。」

甲高い声の2人が部屋に近付いてきた。誰だろうと思って見てみると、シーツを替えにきた水野さん達だった。僕はベッドから車いすに乗り換えて、邪魔にならないところに行こうとした。

「あら、吉山君。こんにちは。」ニッコリとして話しかけてきた。僕が「こんにちは」と普通のトーンで答えたつもりだったけど、水野さんは違うように受け取ったみたい。「やっぱり治りが早いわね。それによく聞くと、良い声だわ~。」キョトンとした僕が「そう?」と聞き返すと、「聞いてると安心するっていうのかしら。そんな声だわ~。」……  “こんにちは” だけで分かるものなのかなと不思議に思ったけど、とりあえず「ありがとう。」と言葉だけ返しておいた。

「あっ、吉山君の好きな花は何かな?」さきほど聞こえて来ていた “なんちゃらフラワー” の話の続きだろうか、僕にも話を振ってきた。でもあまり花には興味がなかったので、「ひまわりとか、見て元気になる花が好き。」と、目立つ花を言ってみた。「あ、ひまわりか~。見ると元気になる花だよね。」「水野さんは?」と聞くと「あたしも実は、ひまわりが好き。」「一緒だね。後で “ハナコトバ” 調べておくよ。」

言ったことはメモしないと忘れちゃうと最近気付いたので、”ケサランパサラン貰っておく” と書いといた下に “ひまわりの花言葉” とメモをした。書いてる横でシーツを替えてる水野さんは「家に花言葉辞典あったはずなんだけど、どこ行ったのかしら。最近見ないわね……。」もう1人のシーツ替えのおばさんは相槌を打って「あ~。きっと見ないなら、ある場所忘れてるだけで、家帰ればどこかにきっとあるわよ。」「ならいいけど……今晩探してみようかしら。家の旦那は仕事場にこもってるだけだし、一緒に探してくれるかしら……。」「あら、織物でも織ってるの?」「家の旦那は鶴見たく美しい鳥にはなれず、老いていく一方よ。」

「ハハハハハハッって失礼だわね。ごめんなさい。」「じゃあ、また来週ね。」

話しながらも手際よく仕事をする水野さん達は凄いとさえ思った。

夕ごはんを食べ終わった。横になってじっくり背伸びすると、普段は目に入らない電気スタンドのところに封筒が立てかけてあるのを偶然見つけた。「やばい、皆からの手紙読むの忘れてた。」思わず声に出てしまったので、隣のおじちゃんはビックリしたようだった。「ハハッ。今読むのも後から読むのも手紙は書いてる文字は変わらんから。コウ君の友達が読んでくれって今言ったのかもしれないな。」

書いてある文字を読んでいくと “早く退院してね” “病気なんかやっつけて早く遊ぼう”みたいなのが多かったけど、1人だけが違ってたんだ。

“またコーラとチーマヨロールパン食うべ”

いかにも僕と仲良さそうな書き方してるけど……実はコイツと話した事が無い。だから一緒に席をくっつけてお昼を食った事もないし、とても奇妙な文章だった。そんな首をかしげるのはあったけど、そいつも含めて全員に返事を書かなきゃな~思い、ナースステーションに行くことにした。そこにいたのは夜勤に入っている畑野さんだった。

「手紙書く紙ない?」「いっぱいあるよ。ちょっと待ってね。」奥の部屋に入って行き、大きなダンボール箱を重たそうに持ってきた。「これ誰が置いて行ったかわかんないけど、好きなの好きなだけ持ってって。」中には便箋が大量に敷き詰められていて、なので遠慮なく1冊だけ手に取った。そして部屋のベッドまで戻り、うつぶせになって頬杖をついた。

隣りのおじちゃんの声がカーテン越しに聴こえてきた。「なんて書こうか迷ってるのか?思った通り書けばイイんだよ。」「じゃあさ、おじちゃんはこれ書かれたら嬉しいって言葉ない?」

でも答えが返ってこない。なぜなら……いびきが聴こえるし、さては寝てしまったな。

汚い字だけど一生懸命に書く。

“皆さん、お元気ですか?僕は元気とは言えませんが元気です。今まで右利きだったのですが、左利きになってしまい、今文字を書く練習。箸でつまむ練習、歩く練習、車いすをこぐ練習、しゃべる練習、ゲームをする練習をしています。勉強は怠けてます。ごめんなさい。今は自分のことを考えるのが精一杯ですが、退院したら、皆から貰った手紙の思いを実現できるよう、頑張ります。皆さんも勉強、運動頑張って下さい”

拙いがその文章をホワイトボードに書き見ながらボールペンで清書した。ここで必要なのをもう一つ。封筒無いことに気づいたので、またナースステーションへ行った。「2度目でごめんなさい。封筒ある?」「うん、何枚?」「3枚だけ欲しいです。」畑野さんは机の引き出しを開いて、可愛いらしい封筒を選んでくれた。それに手紙を入れて、ナースステーションの机を借り “5年2組の皆様へ” と書こうとしたんだ。畑野さんがその様子を見て「なになに?あたしにラブレター?」とチャチャを入れてきて、思わずどうこたえようか分からなくなっちゃって、「ちがうよ。」としか返しを思いつけなかった。畑野さんは笑いながら「顔赤くしちゃって。ごめんね。」

ずっとこうしておちょくられてると小高先生が入ってきた。「おう、吉山君、診察しよう!」聴診器でぽんぽんと心臓の音を聞いた。「よし、血液検査も異常なし。」良かったぁと思ったところ、「あ、ちょっと心臓早くなってたけど、畑野さんに惚れてるのか?」小高先生もチャチャ入れに参加して来やがった。でも今度はある程度経験値がたまってる。「違います!でも畑野さんはお綺麗だし、小高先生もかっこいいですよ。」そう言い返すと小高先生と畑野さんも顔が赤くなった。

「便箋ありがとうございました。」

ナースステーションでの一連の作業は終わった。そして僕は病室に戻って眠るのだった。

 

次話、第九章へ続く

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著者紹介

小説 TIME〈〈 

皆様、初めまして。吉村仁志と申します。この原稿は、小学校5年生の時に自分の書いた日記を元に書きました。温かい目で見て、幸せな気持ちになっていただけたら幸いです。

著者アカウント:よしよしさん (@satosin2meat) / Twitter

校正:青森宣伝! 執筆かんからさん (@into_kankara) / Twitter Shinji Satouh | Facebook

Author: Contributor

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