浅虫で最古の分類に入る道路 明治天皇御休憩所跡 善知鳥前隧道(うとうまえずいどう)

浅虫のうとうトンネルの脇に

A-join特派員のゲンサンです。

皆で来ればいい磯遊びが出来て楽しい場所、見晴らしのいい場所だったはずなのですが…まぁそれは後述で。

浅虫の善知鳥トンネルの脇にあるちょっとしたでっぱり。ここの場所をよく見ると石で積まれた人工物が立っています。これは昔の道のなごりなのですが、何があった場所なのでしょうか。

反対側には1980年代まで使われていた旧道のトンネル。ここからお寺側の旧道に抜けて浅虫の温泉街~浅虫水族館(旧)の場所まで一直線という地形になっていました。今の道路は海を埋め立てて造った道路に繋げた新しいトンネルです。新しいと言っても40年ぐらいは経過していますが……

観光スポット?……らしい。

そしてその前に出来たのが明治時代の隧道、善知鳥前隧道。青森って明治時代に使われていた鉄道や鉱山跡地、隧道って結構残ってるんです。その中で比較的行きやすいのがこの善知鳥前隧道になります。

青森側の入り口には石碑が。文治5年(1189)藤原氏の残党と大河兼任などが鎌倉軍に対して最後の防衛地とした場所である。との事……ここ古戦場だったんか!

浅虫側の入り口にはバッチリこんな石。あ、これマジのやつですね。ここの古戦場については今後県立図書館などで調べましょう。とはいえ、青森でこれを研究している方は沢山いらっしゃるかと……その方に会うのが一番早いな。

隧道に問題発生

草はボーボー。しかも観光地なのに道には大穴。危ないらしいです……

ちょっと向こう側を頑張ってのぞくと、凄い綺麗な松の木と休憩所に相応しい開けた場所があります。

そして、文献にある波をかぶりながら恐々とみな通過したんでしょうね。「怪岩波に洗はるる山下の小径に梯を掛け、恐怖戦慄しつつ辛うじて通過した」確かに、海が荒れた日にはここは難易度マックスかと。

道は進めないので消波ブロックへ降り、先に進みます。

ロープを使って落下対策、ロープワークは高校の時に習いました。その他ヘルメットを装備して安全管理、あとは自己責任で消波ブロック側へ降り先に進みました。他の方にはお勧めしません。

磯を登り隧道の壁を超えるとちょっと草がのびた広場につきました。

ここをもっときれいにすればピクニックと磯遊びが完璧にできるやん……

浅虫の海岸線で明治時代以前の形が残っているのって善知鳥前と裸島ぐらいじゃないかな?

あった、明治天皇御休憩所

これか、明治天皇が休憩された場所は……

ここに籠をおろし、馬を引いた従者達も休憩したのでしょう。そもそもこの隧道、明治天皇が波をかぶるわけにはいかないと、山を削り作られたものらしいです。そりゃ、天皇が波かぶったら青ざめるだけじゃ済まないよね。

ちなみにここから海を眺め、久栗坂の漁港から出てきた漁船を見つめていたそうです。当時はタイ漁を行っていたとか。

椿館で入浴されてサッパリとした後の眺めは最高だったでしょうね。てか、あの山また小さくなってない?

今一度、観光地というか休憩所として蘇ってほしい……

自己責任で、危険を伴う、この時点で観光地ではないです。そして石碑が忘れ去られてしまわないか不安でもあります。

http://www.asamushi.com/sightseeing/meijitenno_02.html

ちなみに浅虫の観光マップにもここの場所が記載されていまして、道が危ないとは一切書かれていません。ちょっと気を付ければ入れない事も無いのですが、できれば修復してまた皆で遊びに行ければ良いなと思います。

ゲンサンでした。

シェアして拡散して頂けたら、もっと青森が盛り上がります。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする