陸上自衛隊青森駐屯地の敷地内にある観光スポット「防衛館」八甲田山遭難事件、日清戦争の貴重な資料を見学してきた!

本日はここ、旧青森県総合運動公園(陸上競技場)近くの陸上自衛隊駐屯地に来ています。

こんにちは、いつものゲンサンです。久々の新作記事に手が震えています(笑)

今日も良い天気で絶好の取材日和、ちょっとだけ緊張する場所へ行ってみました。それがここ陸上自衛隊青森駐屯地。

普通、駐屯地ってバリケードがバリバリで一般人は絶対に入っていけないようなイメージしかありません。でも、ここの青森駐屯地ではお祭りの時期以外に入れる方法があります。

それがこれ、第八師団歩兵第五連隊(雪中行軍)などの資料展示を常設で行っています。幸畑にも雪中行軍資料館がありますがそこの資料館では絶対に見れない物がここに。(後程理由が解ります)

手続きが終わり、旧第五連隊兵舎(防衛館)にやってきた。

門番の隊員さんにお話しすると手続きのできるお部屋に通してくれます。ここで緊張しても不審な動きはしない方がいいです。多少キョドってしまった自分に反省……

防衛館の入り口へ。ここの建物はじつは元からここに建っていたものではありません。元々は青森高校の敷地内にあったものを移設したものになります。

建物の真上には菊の御門。これは旧日本軍の証ですね、よく映画とか水戸黄門の印籠とかに出てくるやつ。

実はここの菊の御門……明治天皇が贈ったものでして取り外した事はないそうですが裏側には明治天皇の名と贈られた日が記載されているとか。マジか。ちなみに旧帝国軍の紋章がつく建物は日本に2個しかなくそのうちの1個はここ青森駐屯地です。

建物自体の移設に関しては700万円をもって復元したそうです。はい、そこ安いとか言わない。

考えてみて下さい。当時の価値観で計測すると昭和40年付近の700万円は現在の2400万円に匹敵するらしいです。

……それでもこの規模移動するなら今よりよっぽど安いような??

扉は完全に当時もの。それでは中に入っていきましょう。

階段の微妙な傾斜が気になる。

※案内の隊員さんです。

入り口に入るとこれまた当時ものの階段。この階段にはちょっとした秘密があります。

担当の隊員の方に「どうぞ試してください」と言われて登ってみると。

超歩きづらっ!!!!

実は、当時の訓練で隊員の方が何度も駆け下りてはこの画像の中央に集合し……などなど色々な訓練を繰り返したせいで階段自体がゆがみ傾斜になってしまっているとか。

下りる時はいつもの2倍速で降りれそうなほど歪んでます。気を付けて登っていきましょう!

まぁ、敷地でかいっすからね……

2Fには展示が沢山、中にはお宝級の物も

早速目に留まったのが、秩父宮殿下の木彫り

※秩父宮殿下(昭和天皇の弟)

スキーを履く姿を木彫りにしたものが展示され、2つあるうちの1つは本人に献上された貴重なものらしいです。

そのほか、旧隊舎の配置図や……

これ覚えてます?今のスタバ(笑)もともとこんな感じでしたっけ??微妙に覚えてないなぁ。

日露戦争の戦局面を描いた地図もあります。ちょっと読み辛いかも……

ばあちゃんから聞いた慰問袋が目の前に。これは他では見れないわ……そして涙無くしては見れない。手帳などと一緒に展示中です。

歴代師団長の写真と書が展示されています。この中の師団長で2.26事件にかかわりのある人物がいるとか。それは実際に見に行って説明を聞いてほしいです。2.26事件に関してはWIKIで調べる事をお勧めします。ゲンサンが語ると止まらないので。

秩父宮親王の椅子、実際にこれに座っていたそうです。もっと宮殿椅子みたいなのを想像していたのですが……意外とシンプルなんですね。でもこの椅子木製と思いきや鉄製でした。これはビックリ。

証拠の写真もあります。でも、椅子見えねぇ。

このほかにも貴重な遺品や書が沢山あるので是非見てきてほしいです。

じゃ、次行ってみましょう。

雪中行軍の資料

幸畑の資料館とはまた違う物が展示されています。冒頭にも言った通りここの場所(自衛隊)の特徴があってこその資料も。

痛々しいですが、浅虫温泉で湯治をしている生存者の方たちです。手足は凍傷により切断されています。ちなみにここの場所をゲンサンは調査していたのですが未だに不明です。(一説によると椿館か柳の湯という噂が)大本営が関わるとすれば昔ならでわの旅館ですよね。)

記念写真は義手義足をつけて臨んだそうです。

後藤伍長がおそらくこの写真で身に着けたと思われる遺品もあります。

光あれば……もちろん悲しみもあり

生存者に対しての犠牲者の数。ちょっと言葉を失いますね。

32回転式拳銃(実銃です) 映画では三國連太郎さんの山田大尉が自決したとありますが、実際のお名前は山口少佐。そして映画と同じ自決につかったあの有名な拳銃です。これはここじゃないと展示できないでしょうね……

ただちょっとした疑問が。検死記録も全てここに残っているのですが……山口少佐の記載欄には「凍死」の文字が。本当はどっち?

鳴沢付近での実際の遺体写真。馬立場から田代新湯までの間にある場所で発見された二人。実際に看病したかどうかは推測ですが、心配していた事は間違いないです。

神成大尉と言えば映画をみた人は知っているはず。作中では北大路欣也さんが演じ、神田大尉となっていますが本当のところは神成大尉です。

マジの実弾。大砲の弾です。

これもよく見る国旗の寄せ書き。死の文字がよく見られるのですが、お国の為に死ぬことが美学だったという当時の価値観が垣間見れます。

あ、ここでは良し悪しを議論する気はありませんよ?こういう歴史があるという事を真っ直ぐに受け止めるだけです。

そのほかにも当時の装備品や遺品の数々が。結構皆さん大事な品として保管されていたんですね。これもまたその人の人生の一部で思い出だった、そういう事にしましょう。

他にも当時の軍服や写真が多数展示、ここだけでは書ききれません……

1Fは国連平和維持活動の記録が展示されています。災害救助や国際支援、衣類の展示なんかもちらほら。

なかなか中身の濃い時間でした。調べてた雪中行軍の資料も手に入ったので満足です。

青森に来て、もし高倉健さんの映画を見たのであれば実物を見に来てください。映画の迫力もですが実際の凄まじさを体感できます。

そして、幸畑資料館には別の展示や隊員の墓地もきちんと存在します。全国の方にも知ってほしい青森の凄まじい歴史でした。今でも世界最大級らしいです、これ以上の事故は起こってほしくないですけどね……

ゲンサンでした。

シェアして拡散して頂けたら、もっと青森が盛り上がります。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント