戦後すぐのねぶた祭の様子を展示した写真展「懐かしの昭和ねぶたⅡ」~昭和20年代~昭和30年代~

戦後すぐの青森ねぶた お子さんの夏休み自由研究などにも如何でしょう?

昭和20年7月28~29日に青森大空襲、同8月14日ポツダム宣言受諾の意思を表明により終戦。そのあとの生活の大変さは自身の祖母祖父から色々聞いているかと思います。

この時代の青森市の様子を写したもので、ねぶた祭りって実際どうしていたの?という自由研究テーマは如何でしょうか。

ちなみに戦時中のねぶたは「アメリカ人」も出演?

ちょっとだけネタバレをすると、戦時中のねぶた祭にて……東奥日報社ねぶたで題材は「桃太郎とルーズベルト」桃太郎が鬼の代わりにアメリカのルーズベルトを成敗するという政治色が強いねぶたが運行されたりもしていたました。後にも先にもアメリカ人が題材の大型ねぶたって中々ないのでは?

http://kanaminokaiaomori.jpn.org/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%82%E3%81%8A%E3%82%82%E3%82%8A/%E3%80%90%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%99%E3%83%AB%E3%81%82%E3%81%8A%E3%82%82%E3%82%8A%E3%80%9112%EF%BC%8E%E9%9D%92%E6%A3%AE%E3%81%AD%E3%81%B6%E3%81%9F%E5%8F%A4%E5%86%99%E7%9C%9F/

※上記ルーズベルトねぶたは奏海さんのホームページにて確認できます。

徹底的に焼かれた、何もなかった時代からの…青森市民の魂がねぶたを取り戻した。その頃からの記録です。

私の亡くなった祖母は古川に住んでおり「こ線橋あたりから堤川までなんにも無くなっちゃった。お店もお家も……もうね徹底的に焼かれてしまった。青森はもう終わりなのかなって。」という話をした記憶があります。

完全に無の状態から青森の市民はねぶたを復活させたんです。昭和24年ごろのねぶた祭、善知鳥神社前の様子や駅前の活気。写真を見る限りだと観光客向けというよりは市民の憩いという印象が写真から伝わります。

今も昔も変わらずねぶた祭を見ると「じゃわめぐ」のは先祖代々の想いが時をこえて受け継がれており、青森の心のより所でもあるんですね。

皆さんで写真展~昭和ねぶたⅡ~見に行きませんか?

青森まちかど歴史の庵「奏海」

開館時間:10時~17時 開館

休館日 :月曜日、第二・四日曜日

お問い合わせ先 :017-777-0856

入場無料

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